機動戦史ガンダム 双眸のガーディアン 作:アルファるふぁ/保利滝良
9話Aパート
白い大地が地平線まで続いている。見回せばクレーターだらけで、空は真っ黒。天には一面の星が広がり、燦々と輝いていた。
ここは地球じゃない。そう気付いたが、息苦しくもなんともない。真空の宇宙、実際には月面。
瞬きを幾度かする。すると、目前に黒い影が現れた。それの背丈は20メートルを越し、爛々と輝く赤い瞳をこちらに向けていた。
全身が強張る。目前の相手に、畏怖を抱かずにはいられない。大股の後ろ歩きで、一歩、また一歩と逃げていく。しかし、視線は巨大な影に向けられたままだった。
逃げるたびに、影はこちらに近付いてくる。一歩、また一歩。巨大な足でこちらに向かってくる。
息が荒くなってくる。体から脂汗が噴き出す。人間の後ろ歩きで、あれから逃げることなど無理だ。
だが目を離せない。視線を逸らせない。あの黒い全身から、あの真紅の瞳から、あの黄金の角から、視界を外すことができない。
やがて追い付かれ、それは左腕をこちらへと伸ばして来た。ゆっくりと包み込むように迫る手のひら。
触れる寸前、全く無意識に、その名をつぶやく。
「…オーガ…!!」
バチッ、と瞼を開いた。ふわふわの毛布に包まれた体には、脂汗がじっとりと浮かんでいる。
体がだるい。頭が痛い。口も乾ききっている。悪夢を見たおかげで、目覚めは最悪と言っていい。
ベッドの上で上半身を起こすと、サブローはもう一度その名を呟いた。
「…ガンダムオーガ」
自分が乗るモビルスーツの名前だ。
クインスローン2世は、ミドルサイズの輸送船である。コロニー連盟次世代モビルスーツ計画を担うガンダムオーガのために用意された宇宙軍艦だ。ナルカ共和国女王の現在の乗艦でもある。
パール色の船体は前後に長く、武装は一切存在しない。そのぶんを輸送に特化しているため、オーガをはじめとして試作機がいくつか搭載されている。
無論、オーガのパイロットであるサブロー・ライトニングも、このフネに乗っていた。
クインスローン2世は、ナルカ派遣艦隊とともに月を離れ、一路地球へと向かっている。ナルカ共和国軍は、補給を済ませて英気を養い、地球戦線に復帰する予定である。
現在、その途中でアールデン帝国の艦隊と合流、一時的な共同進軍を行なっている。地球に着く頃には解散するつもりだが、それまでは味方として扱うのだろう。
またナルカ共和国は、ただ戦線で戦うのではなく、試作機の運用も兼ねて行うことで、連盟内での立場をアピールするつもりでもある。コロニー連盟は複数のコロニー国家の集まりで、一枚岩ではない。ただ前線に参加するだけでは、他の国家に軽んじられてしまう。そうなれば立場の強い国に抑え込まれてしまう可能性も出てくる。
仮に連盟が連邦に勝ったとしても、今度は連盟内部で紛争が起きるだろう。そんな不安を抱えつつ、艦隊は青い星に舵をとる。
食堂。幾人かのクルーがテーブルを囲い、トレーの上に配膳された昼食を採っていた。
観葉植物と暖色系の照明で飾られ、壁には大人し目の色合いでナルカ共和国国旗『重ね葉枝』が描かれている。彼ら兵士にとっては、居心地のいい場所といえよう。
そんな食堂の真ん中のテーブルにて、黒髪のソフトモヒカンが一人。黒くてごついジャンパーと黒くてごついズボン。サブローはここで食事していた。
ボソボソの豆煮をスプーンですくい、口に突っ込む。まずい。だが口に出さない。サブロー自身が、コロニーの食糧事情を把握しているからだ。
コロニーの作物は、質が悪い。地球連邦設立とコロニー移民の時期が被ったことによるゴタゴタで、コロニーにおける食糧生産は劣悪な環境でスタートした。
その影響は現在でも色濃く残っている。だから彼らは、地球の食料を求めて戦争を続けているのだ。
「月に着いてから飯がやけにまずい…」
ついに声に出してしまった。サブローは地球生まれ地球育ちでしかも百姓の息子だ。新鮮な美味しい野菜を食って育って来た彼にとって、コロニーの飯は楽しみではなかった。
「地球の食べ物はほんとに美味しかったからね」
正面に座っている男性が、サブローに相槌を打った。彼はヴィクター、サブローの命の恩人だ。
地球でガンダムを奪って逃走した後、サブローは熱中症で死にかけた。そんな彼を拾い、ソーラ女王の元に送り届けたのが、彼である。
今サブローがこうして生きていられるのも彼あってのものだ。地球を出てからはあまり話すこともなかったが、同じフネに乗ることになって、初めて生身で会話する機会ができた。
それが、まずい飯を挟んだ食卓の場でなければ、会話も弾んだだろう。
「でも、サブロー君は地球で農家を手伝ってたんだろう?それじゃあ、地球の農業をコロニーに教えてくれないか?」
「いやいや、俺の知ってることは大体ソーラさんに教えちまった」
「そうなのかい?」
「地球のことを教えてくれって言われても、俺はバカな百姓の息子だから、知ってることなんてちょっとしかない。だからもう、俺はお払い箱だよ」
自重したように鼻で笑うサブロー。彼はソーラに、地球の知識を教えてくれるよう頼まれている。だが、彼は頭が悪い。教えられることはあっという間に尽きて、前回教えたことを口にしては、ソーラに指摘されていた。
それからは、サブローの方からソーラにものを教えることはなくなっていた。
「…そ、それなら、そうだ!ガンダムオーガ、聞いたよ。すごい活躍したんだって?」
「あぁ、オーガ?オーガか…」
「君がオーガで戦ってくれるなら、こんなに心強いことはないよ。女王陛下もそう思ってくれているに違いないって」
「いや、うん…」
サブローは再び言葉を濁した。その件も、彼にとっては耳が痛いからだ。
ガンダムオーガは強い。オータは唾を飛ばしつつその凄さを熱弁していたが、その通りだろう。
だが扱いづらい。性能がオーバーすぎて手加減ができず、サブローは人生初の殺人を行う羽目になった。それも一人や二人じゃなく、百名ほど殺した。
しかもパワーが強すぎて制御が効かない。マトモに動かすこともできなかったし、振り回された結果、降りたその後にあちこちがムチ打ちになった。
活躍したといえば、確かにそうだ。モビルスーツ5機とその母艦1隻を正面から圧倒し、全て粉砕。モビルスーツ一機の戦果としてみれば、圧倒的な活躍だ。
だがその暴威はサブロー自身が自分の意思で引き起こしたものではない。彼はただ、暴れるオーガに振り回されただけだ。
あれ以来、サブローの中に、ガンダムオーガを恐れる気持ちが生まれた。
「ごっそさん。俺、部屋に戻るわ」
「そうかい?早いね」
「昔から早食いが得意だったんだ。あぁ、それから…」
「うん?」
「また話せるといいな」
「そうだね。また話そう、サブロー」
結局つまらない話しかできなかった。ヴィクターは幻滅したろうか。
サブローの心は、深く沈んでいる。オーガのこと、愚かな自分のこと、その両方が大きな重しとなって彼を責める。
空のトレーを返却口に置くと、食堂の白いドアを通り、自分の部屋とは反対方向の通路を歩く。今のサブローには、自分の部屋への帰り道も判別できない。
完全に気持ちが参っている。ガンダムに乗ってから、何度も味わった葛藤。たった一人で割り切ってしまえるほど、彼は利口ではない。
「…ありゃぁ、なんでだ?」
気が付けば、足を運んでいたのは格納庫だ。
モビルスーツが何機も立ち並び、コロニースーツを着込んだ作業員が所狭しと歩き回っている。手元を明瞭にするためか、照明の光度が非常に強い。
クインスローン2世の格納庫はとても広い。Mサイズでありながら、Lサイズ艦のそれにも匹敵する。
だからといって、サブローは別に見学がしたいわけではない。むしろ、今一番訪れたくない場所である。悩みのタネがここに存在するからだ。
ガンダムオーガはこのフネに積まれており、その保管場所はこの格納庫。火を見るまでもなく明らかだ。
他の機体に隠れて見えないが、見てしまえば気分はもっと沈むに違いない。とっとと立ち去るに限る。
そう思って踵を返すと、視界に青い影が映った。
「ソーラさん…」
「サブロー、ご苦労です。暇でしたら、着いて来てくれますか?」
「…うっす」
ソーラ女王。サブローの雇い主にして、ナルカの最高指導者。青い髪に青緑の瞳と耽美な顔立ち。しかしその風格は、サブローより2つ下の17歳でありながら、女王という肩書きに違わぬものだ。
ここだけの話、サブローは彼女に一目惚れしている。褒められただけで舞い上がってしまいそうになるし、話すのが楽しくてしょうがない。
だが今回は別だ。もう少し気持ちが沈んでいたら、今のソーラの言葉を、断っていたかもしれない。
ソーラは一人ではなく、髭面の男と、親衛隊のメイヴィーを連れていた。
メイヴィーの方は知り合いだ。今日もソーラの護衛役だろうか。
だが髭面のほうはぼんやりとしか覚えていない。顔は見たような気はするが、どんな人間かはっきりと思い出せない。
「おやオーガのパイロットじゃないか。彼を連れて行くんですか?」
「あんたは確か…オータの同僚だっけか」
「ん。ジャムノフ技術大尉だ。会えて嬉しいが、君マジで着いてくんの?」
「何か問題があるのですか、ジャムノフ大尉?」
「いや、大丈夫ですが…連れて行く意味があるのかと」
「では参りましょう、」
白ひげのジャムノフ大尉が不思議そうにサブローを見た。しかし、彼はソーラの促すままに、格納庫の奥に向かう。
ソーラもメイヴィーもサブローも、その後に続いた。
歩いている途中、何も言わないでいたメイヴィーが、サブローにしか聞こえない小声で話しかけてきた。
「遠慮のない物言いよね、自分の好きなことしか頭にない感じ。気にしないでいいのよ」
「ジャムノフの言う通りかもしれない」
「…どうかしたの?」
茶髪が揺れた。サブローの異常な様子に、メイヴィーは気付いたようだ。
「俺、怖い」
「何が?」
「オーガ。ガンダムオーガが怖い。あんな機体が俺のものだなんて信じられない」
「…確かに、色々凄まじい機体ではあるわね」
「だけど、俺はオーガに乗る以外に…ソーラさんの役に立つことは無くなっちまった。オーガに乗らなきゃ、俺はタダ飯食いの役立たずで…」
またも暗い愚痴をこぼしそうになる。だがそれを、ジャムノフのどら声が遮った。
「着きました!これが…史上初、エスパー専用モビルスーツ・クインメイルです!まあ、ほとんど月で出来上がってたけど…とにかく、史上初のエスパー専用機、です!」
彼らの面前には、純白に金の細工が施された機体があった。所々広がっていたり、膨らんでいたりしていて、ドレスを着ているような印象を受ける。
広がった袖や、大きなスカートは、意匠性が強い。
「なんか…飾りが多いんじゃないか?服着てるみたいだし」
「と思うだろ?あれはな、装甲なんだよ」
「装甲?あれが?」
「武器を入れるスペース兼、サブスラスターのスペース兼、装甲。あれに乗るのはソーラ女王だから、生存性を高めるために装甲を増やしたんだよ」
「へぇ〜…」
「意匠性が強いのはまあ、ご指摘通りなんだが。プロパガンダに良いし?」
「ちょっと待て」
ジャムノフの説明を聞いていたサブローだったが、大きな疑問を見つけた。
「ソーラさんが?あれに?」
「そう、乗るんだよ。あれに」
「マジですか?」
「はい。エスパーの軍事利用研究の一環として開発された機体に、テストパイロットとして…私が搭乗します」
メイヴィーの方を見やると、彼女は静かに首を振った。
「エスパー…ってたしか、こう…なんでしたっけ?」
「エスパーとは、思念による意思疎通や、遠くの人間の意識を感知する能力をもった人間のことです」
「ソーラさんも、そうなんですか!?すっげぇ…」
「あなたには今まで話していませんでしたね」
ジャムノフが手を叩き、脱線した話を元に戻そうとする。
狙い通り、ソーラとサブローの会話は中断された。
「ソーラ女王のお力をお借りして、連盟の発展と利益のため、このエスパー用モビルスーツのテストを行っていただきたいのですよ」
「まさか、実戦に出すのか?オーガみたいに?!」
「それはない。我々だってそういうところは弁えている」
「えぇ。実戦テストは他のパイロットを探すそうです。私が前線に出る心配はありません」
「そ、そうなんすね…びっくりした…」
「というわけで、早速調整していきますんで…」
「わかりました。パイロットスーツに着替えてきます」
ソーラが踵を返して、格納庫の隅へとツカツカ歩いていく。
だが、サブローとすれ違う寸前、女王はその足を止めた。
「地球のことはもう大丈夫です、サブロー。勉強になりました。あなたの伝えてくれた農業の知識は、コロニーの人間の飢えを凌いでくれると信じています」
気遣いだ。サブローは直感した。
もうサブローからソーラに対して教えられることはなにもない。今のは、それを気にするなというソーラの心遣いだろう。
「…スンマセン、俺が情けないばっかりに」
「あなたには他にもできることが多くあるでしょう。期待しています」
そして、ソーラは、格納庫の外のパイロット更衣室に向かっていった。去り際、メイヴィーに何か耳打ちしたようだったが、サブローには知る由もない。
クインメイルを見上げる。白色にあしらった黄金の飾りは、高潔な芸術品のようですらある。
オーガとは正反対だ。あの怪物とは、違うんだ。きっと。その思考に至って、頭がパンクしそうになる。
「サブロー」
それを、その思考を、メイヴィーが遮った。
「自分の機体が怖いと思っているの?」
「…そうなんだよ。あんな怪物、俺が使えるわけ…」
「無理強いはしない」
「えっ…?」
てっきり笑われるかと思って身構えていた。だが、メイヴィーの一言がその緊張を解いた。
サブローは、メイヴィーの顔を見た。美しく整った顔立ち。
一周の静寂の後に、メイヴィーが再び話し出す。
「サブローは十分働いた。地球の砂漠で、あなたが拾われてから、私達は幾度か助けられた」
「でも、メイヴィーさんは俺のことを…」
「スパイだと思っていた。でも、あなたは…ソーラ様に心酔したとか、ソーラ様のために働きたいとか、そういうのは全く言わなかった」
「…イチローが死んだ理由、ジローが酷い目にあった理由…」
「そう。あなたは自分の利益のために着いて来た。不純のように思えるかも知れないけど、胡散臭くはなかったわね」
つまり、自分はおまえを信用することにした。メイヴィーはそう言っている。
「そして、あなたには人間味があった。自分のモビルスーツが怖いって、バカバカしいけど…人間味があって、変な言い方だけど、悪くなかった」
「メイヴィーさん、マジで怖いんだって!オーガはほんとヤバくて…」
「その上で」
ネガティブな話に移そうとしたサブローに、メイヴィーは声を大きくして話の脱線を防ぐ。
サブローは黙って、その続きを聞く姿勢に入った。
「あなたらしくないんじゃない?サブロー」
「俺らしくない?」
質問の意図を理解できず、聞き返す。
「あなたの良いところは、馬鹿正直で、猪突猛進で、とにかく愚直なところ。今のあなたは、それが全部ない」
「ひ、ひでぇな」
「ビビりっぱなしで良いの?うじうじ悩む自分が好き?」
「そら…そうじゃない方がいい」
「じゃあ、どうすれば良いかしらね?」
メイヴィーが、自分の細い腰に手を当てる。高い鼻に指を置いて、まるで挑発しているようだ。
実際、挑発しているのだろう。今の不甲斐ないサブローを。
ため息をつき、脳みそをフル回転させ、気の利いたセリフを考える。
「…メイヴィーさん、言うこときついっすね」
「そうかしら?ジャムノフ大尉のことを言えないわね」
メカニックが二人の間を通り過ぎる。彼らの怒鳴り声が聞こえる。
「このでかいのはオーガの方に持っていくんだよね〜!?」
「そうだ、オーガ用の武器だ!」
クインスローンの外、星がきらめく様が見渡す限り続く、大宇宙。
コロニーによって生活圏を宇宙へ伸ばしたことにより、人類は旧世紀から多くの星を見つけ、名前を付けた。モビルスーツのコクピットの中でも、探せば、知っている星があるかもしれない。
だが、星を観ている暇はないようだ。
「ソーラ様、クインメイルの稼動状態はどうでしょうか」
「問題はありません。テストを開始しましょう」
白いモビルスーツのコクピットの中で、ソーラはパイロットスーツを着て、操縦桿を握り締めていた。
ソーラのパイロットスーツのヘルメットは通常よりいくらか大きく、コクピットの内壁からコードが繋がれている。このヘルメットが、エスパーの脳波をダイレクトにキャッチし、コードを通して機体側に信号を送るシステムになっている。
「ジャムノフ大尉」
「あ、はい。どうかいたしましたか、女王」
「このヘルメットは窮屈ですね。長時間かぶり続けるのは厳しいでしょう。技術的な問題でしょうか?」
ソーラが開発責任者に問いかける。
大きいとは言っても、脳波を受け取る機器のせいで、頭を入れるスペースは通常のそれより狭い。ソーラは長い髪をお団子状にまとめ、なんとか被っている。
白い頰肌にうっすらと汗が浮かび、桃色がにじむ。機体の方には問題はないが、エスパーのパイロットに依存する機体がパイロットに負担をかけるようでは本末転倒だ。
「機器のせいでそれ以上小型化できず、大型化すると今度は首に負担がかかるのです。今後の課題にしますので、今回はそれでどうかご勘弁を…」
「わかりました。それでは、改めて…テストを始めましょう」
クインメイルの周りを、少し離れて複数のモビルスーツが取り囲む。緑のボルゾンだ。
そのパイロットはナルカ共和国親衛隊の面々。テストのためのターゲットと、トラブル時の対応係と、女王の護衛を全て兼ねている。
そこからさらに大きく離れ、クインスローン2世のブリッジに髭面のジャムノフはいた。テストの進行のため、通信機片手に突っ立っている。
「はい、了解です。とは言っても、駆動もモーションも内蔵火器もだいたい問題ないから…そうですね…ビットのテストを行いましょう」
「了解しました。ビット射出…親衛隊各機、良い動きを期待しています」
ソーラはコクピット正面のコンソールに触れた。画面に表示されたボタンを次々押していく。
それに連動して、クインメイルのスカートアーマーから、玉状の物体がいくつも放出された。それは各部に穴が空いており、本体の拳より一回り大きい程度のサイズであった。
「ビットの射出、完了しました」
「それでは、自動制御を行いつつ、ビットの挙動をイメージしてください」
ソーラの目つきが変わる。女王が眼を細めると、本体の周りでふわふわするだけだったビットから、スラスターの火が噴き出す。丸いビット達は、スラスターで高速移動しつつ、規則正しく女王の周囲を回る。
その小型さから、モビルスーツよりも遥かに速い。
「うぉっ」
「捉えられない…!」
「は、速いぞ」
ナルカのパイロット達が狼狽える。だが気を抜いた彼らは、ビットに更に翻弄されるだろう。すでにテストは始まっているのだ。
「モードをペイント弾に変更してから、テストターゲットを攻撃してください」
「了解しました」
ソーラが再びコンソールを操作する。そして、クインメイルが両手をボルゾン部隊の方へ向けた。
瞬間、クインメイルの周囲を飛び回っていたビットの群が、その方向へ一斉に向かっていく。ビットは複雑な軌道を描いて飛び、中央の一際大きな穴を、モビルスーツに向けた。
その穴から、小型の玉が吐き出される。
方々へ散るボルゾン。だが、速さ自慢のモビルスーツでさえ、ビットのスピードからは逃げられない。追いかけ回され、囲まれ、ペイント弾を撃ち込まれる。
星空を駆ける小さな星達が、鉄の巨人を取り囲み、方々から弾を浴びせていく。
「ああっ」
「うわ、囲まれ…当てられた!」
「これがエスパーの威力…」
「お、お見事でございます、女王」
各機が頭部や背部、胸部を黄色く染めながら機動を停止する。
ビットのスピードと数は驚異だが、その操作を正確に行うのはエスパーの仕事だ。親衛隊の誰もが、連盟の技術と女王の能力に舌を巻く。
「実弾はビームガンと同等のビーム弾を発射します。ボルゾンではひとたまりもありませんね」
「確かに強力ではあります。しかし、やはりパイロットに依存しすぎています」
ソーラは眉をひそめた。ビットの正確な操作はエスパーの強いイメージを要求し、パイロットの集中力を大きく割く必要がある。
モビルスーツの本懐は高速機動戦闘である。こんなにも意識をやらねばならないものを、果たして回避機動を行いつつ扱えるだろうか。仮にできたとして、貴重なエスパーパイロットへの負担はいかほどのものだろう。
「ビットの仕様は改善の必要がありそうです、ジャムノフ大尉。これでは実戦に投入すべきとは言えないでしょう」
「そ、それはどうも…」
「テストを切り上げ、反省点の確認…っ!?」
ソーラが通信機に触れようとしたその時、彼女の感覚はそれを捉えた。頭に浮かぶビジョンか、直接感じ取れる敵意。
エスパー用機に乗っている影響か、いつも以上にエスパー能力が働いている。だからこそ言える。これは間違いない。
「敵が来ます」
「なんと?」
「女王ソーラの名において、ナルカ艦隊、全軍緊急戦闘配備を命じる!」
「ソーラ様、いかがなされましたか!」
「ショーン。敵が来ます」
「なんと!」
クインメイルの傍に、青い親衛隊長機ディバインが舞い降りる。それは主人を守る騎士のようだった。
だが、当の本人は、自分一人で女王を守りきれるとは微塵も思っていない。
「…レーダーに感あり、突っ込んで来ます。女王、このままでは…」
「本隊と合流する前に、取り囲まれる…」
レーダーが示す点は、高速でこちらに向かっていた。ソーラ達と艦隊本隊の間に壁を作るつもりなのだろう。
この距離では、ソーラ達と味方艦隊が合流する前に敵が到達する。ならば、無理に味方の方へ突き進むより、女王を守護して耐える選択肢も見える。
「親衛隊、守りを固めろ!本隊から救援が来るまで、我々だけで持ちこたえる!女王に指一本触れさせるな!」
「了解!」「了解です、隊長!」「我ら親衛隊、ソーラ様にこの身を捧げます!」
ショーンの号令に、ボルゾンが一斉に剣を抜く。各々各部に色汚れが付いてはいるが、クインメイルを背に立ち並ぶ様は圧巻だった。
だが、艦隊を相手取るには脆い壁。彼ら全員が死兵となってなお、時間稼ぎが関の山だろう。
「こちらソーラ。グランガンブリッジ、聞こえるか」
「ソーラ様、今救援を送ります!」
「頼みました。親衛隊と共に、待っています」
艦隊旗艦の艦長が、大慌てで言った。
さすがに長年ナルカ艦隊旗艦を任されたことはある。言わずとも要件を理解してくれた。
あとは、いよいよ耐え忍ぶのみ。レーダーには既に、こちらに迫る複数の軍艦が映し出されていた。