機動戦史ガンダム 双眸のガーディアン 作:アルファるふぁ/保利滝良
「なに遊んでるんだ!」
ショーンの呼びかけに、サブローは上を向いた。
青い機影、ディヴァインがこちらを見下ろしている。
「どうしたっていうんだ」
「武器が壊れちまって…」
「替えを取ってこい、急げ」
言われて、サブローは慌てて動き出す。
ライフルとロケットランチャーを放り捨て、クインスローンのハッチに取り着く。
「替えの武器をくれ」
「了解。チェーンソーを射出!」
整備員がパールホワイトのハッチを開くと、そこから巨大な剣のようなデバイスが吐き出される。ビームチェーンソーだ。
オーガはそれを受け取り、腰に付ける。マウントラッチが開き、咥えるように固定する。
「おっサンキュ!他には?」
「ないぞ」
「マジかよ!何かないのかよブレイクガンとか!」
勘弁してくれ、という顔でサブローは叫んだ。
オーガは確かに高性能だが、飛び道具無しで要塞に突っ込めるほどサブローはバカではない。
だが、クインスローンにはオーガが使える武器はないという。ビームライフル
「ブレイクガンじゃない!オールドグローリーだ」
「は?」
「ブレイクガンってのは武器の種類のことだろ…アレはオールドグローリーって言う名前があるんだ!」
「じゃあそのオールドなんたらをくれってんだよ!」
「無理だ!」
「なんで!?」
「この前の戦闘でラムドが無理にぶっ放したせいで故障した」
「はぁ〜!?」
通信機越しに言い争うヒゲモジャのジャムノフと黒髪のサブロー。
他のモビルスーツはとっくに出撃を完了している。オーガだけは母船の近くでウロウロしていた。
「撃てーッ」
その上方で、ナルカ所属のガードⅢが、巨大な筒を構えて引き金を引いた。モビルスーツの全長に匹敵する長さの砲身に、それなりに太い砲口。
そこから吐き出されるのはビームだ。それも、戦艦の主砲に匹敵する巨大なビームの弾。
一発撃つと、ガードⅢの小隊は大筒を捨てて突貫をする。巨大過ぎて、モビルスーツ戦には不向きなようだ。
「ありゃなんだ」
「あれは対艦ビームランチャーだな。両手で構えてチャージしないと並の機体にゃ扱えねえ」
「あれを失敬すっか…!」
オーガは上の方へ飛んだ。背中に埋め込まれたスラスターが僅かに火を吐く。
あっという間にガードⅢが捨てた砲ににじり寄る黒い影。腕を伸ばし、ビームランチャーを取る。
一つを右腰のハードポイントへ。一つを右手へ。一つを左手へ。
通常の武器とは上下逆についたグリップを握る。ちょうど、銃身がトリガーの反対側にある形だ。
「ウェポンアンロック、オンライン」
「よし」
コンソールには、エラー表示はない。エネルギーが飽和しているようなことはないようだ。
ビームランチャー側も、片腕からのエネルギー供給のみでチャージが完了している。
残弾は、三発。これならいけそうだ。
「ガンダムオーガ、行くぞーッ!」
ようやく武器を手にしたオーガは、長筒二本を振り回して直進した。
角張った厳ついフォルムのブリジットが、一機、また一機と両断されていく。
装甲の厚さを特長とする機体だが、ビームソードには敵わない。ビーム刃で劣化した部分を実体刃で切り開くビームソードは、通常のサーベルよりもよく切れる。
それがナルカ共和国特有の高機動モビルスーツと組み合わされば、鈍足のブリジットが敵う相手ではない。
「敵モビルスーツを叩け、要塞に戻らせるな!」
青い機影ディヴァインが暗黒の宇宙を駆ける。
ロケットランチャーを撃ちまくってディヴァインを狙うブリジット。しかしその弾は高速で飛ぶナルカのモビルスーツを捉えられない。
一筋の緒を引いて、ディヴァインが敵機の懐に入る。次の瞬間、ブリジットは上下に分かたれた。
「ジュリエット2ダウン!ジュリエット隊は壊滅!」
「ナルカの虫が来るぞ!追い払え!」
「はっ速い…うわっ」
うろたえる連邦軍。次々消えていくモビルスーツ。
ソーラ女王の尖兵達は、騎兵突撃のごとく敵陣へ飛び込み、剣で敵を倒す。縦横無尽に飛び回るその姿は、敵の瞬きを許さない。
このままでは勝てないと踏んでか、衛星要塞から新たな機影が飛び出てきた。大まかに分けて二種。
頭部が筒になった機体と、肩の上下から腕が生えた4本腕の機体。
「新手だぞっ」
「まだ出て来るのか?」
ナルカのパイロットがちらりと敵を見る。次の瞬間、4本腕の方がナルカのボルゾンに肉薄する。
4本の腕全てからビームサーベルを出しながら。
「うぉおおっ」
ボルゾンがビームソードで敵の剣を受け止める。しかし、ガラ空きになった胴に残り3本のサーベルが叩き込まれた。
1万度の熱で焼き尽くされる内装。
ボルゾンの複眼から光が消える。この機体は動かない。
連邦の新型機ズィーニスは、倒した敵を放り捨てて、別の敵機を探すために飛ぶ。
「僚機がやられた…うわっ!」
別のボルゾンが機動中に爆散する。撃ったのは筒頭の連邦機だった。
頭部それ自体が狙撃スコープとなっているその機体は、ラケシス。狙撃専用機体だ。
スナイパーキャノンを喰らえば、ナルカの機体はひとたまりもない。機動力の代わりに装甲を犠牲にしているからだ。
ラケシス部隊は、脆い敵に武器を撃ち込み続ける。腕のいい狙撃部隊にかかれば、もはや鴨撃ち同然であった。
ズィーニスも強い。ナルカのパイロットはサーベルを受け止めて鍔迫り合いを挑むが、その尽くが残りの腕のサーベルによって倒されるのだ。
押していたナルカ共和国軍だったが、新手の機体の投入でじわじわその数を減らしていった。
「対空砲火がうざったい。砲台を潰せないか?」
「無理です!敵モビルスーツの抵抗が激しく…」
「うわ!機関砲がかすった!」
そして、要塞からの攻撃もまた脅威だ。
この衛星要塞は、コロニー連盟軍による地球降下を阻止するべく運用されている。よって、そう簡単には落とされない。
「ふッ!」
アンバランスなほどの細身で、所々コードが露出している機体。メイヴィーのダナオスが、敵の新型に斬りかかる。
敵は腕2本でそれを受け止め、残りの腕でダナオスの胴体を穿とうとした。
それよりも早く、メイヴィーが操縦桿を動かす。ダナオスのもう片方の腕が、ズィーニスの胴体近くにマシンガンを押し付け、撃った。
弾丸シャワーを浴びせられたズィーニスは、被弾衝撃で踊る。そして、弾痕まみれになって、動かなくなった。
「面倒な機体を作ってくれたものね…!」
メイヴィーがコクピットで吐き捨てる。
ズィーニスの4本腕は、数が多くて避けづらく、受ければ残りの腕で切り裂かれてしまう。
接近肉弾戦を是とするナルカ共和国パイロットにとって、それがどんなにきつい相手か。
だが恐れている場合ではない。この要塞を潰せば、地球降下はすぐなのだ。
次の敵へ向かうべく動くダナオス。そのとき、メイヴィーの視界を巨大な光の塊が通り過ぎた。
「何なの?」
光が飛んできた先は、味方艦隊の方向だ。つまり敵の攻撃ではない。では、なんだというのか。
レーダーを見やる。示された表示はガンダムオーガ。
サブローだ。
「オーガが来た!」
要塞の対空機関砲、敵機のビームライフル、ラケシスのスナイパーキャノン。敵機の攻撃、その全てを食らいながら、意に介さずに正面突撃。ほぼ文字通りの猪突猛進。
「連盟の新型だ!」
「効いてないぞ…奴は化け物か!」
ガンダムオーガは、片手のビームランチャーを前方に向ける。モビルスーツが片手で振るう武器では決してない。
だが、オーガの出力とパワーなら、容易くできる。
トリガー、発射されるビーム。射線上の全てが蒸発し、消え去る。
もう片方のランチャーも発射。人工衛星の要塞に穴を開ける。
「サブロー!」
黒い影に寄り添う青い影。ショーンのディヴァインだった。
通信機から聞こえる聞き慣れた声。
「やっと来たか!ビームランチャーなんか振り回しやがって!」
「悪いかよ!?」
「それは両手に持って定点砲撃するものだ」
「知らねえよ!俺ぁようやっとオーガの戦い方がわかったんだからよぉ!」
「なんだ、それは!?」
「ゴリ押しに決まってるだろ!!」
「わかった、援護するから突っ込め!」
口喧嘩のような勢いで交わされる会話。その間に、ディヴァインとオーガの周りを敵が取り囲んでしまう。
「連盟を止めろ!」
「こっから先は通さねえ」
「好き勝手しやがって、墜ちろぉおおお」
「ソーラ様のために、通してもらうぞ!」
「来やがるよな、クソッタレ!」
ディヴァインがとぶ。鋭い弧を描いて、瞬きよりも早く敵の背中を取り、斬り付ける。
無防備な場所を攻撃されれば、いかにズィーニスといえどもどうしようもない。コクピットごと切り裂かれ、その動きを止める。
そして直角のような軌跡を描いて次の敵の背中を取る。対応しようとしても、ディヴァインのスピードがそれを許さない。
正面からならナルカのモビルスーツを圧倒できるズィーニスだが、背後は流石に対応外の領域だ。しかし、簡単に敵機の背中を狙えるのは、ひとえにショーンの腕前あってのものだろう。
「どけーッ」
そしてこちらは腕前もクソもないガンダムオーガだ。
取り回し最悪なビームランチャーを無理に振り回し、高性能なロックオンシステムの恩恵でモビルスーツを撃ち落とす。
撃ち落とされなかったズィーニスが、4本腕のビームサーベルを振り上げて接近する。
オーガは、接近してきた敵に、弾切れになったビームランチャーを投げつける。モビルスーツの身長と同じくらいのサイズの長筒だ、単純に投げつけただけとはいえ当たればタダでは済まない。
ズィーニスはそれをサーベルで切り裂き、弾いて無力化する。
第二投が投げられる。これは流石に予想外だったか、ズィーニスはまともに食らった。連邦軍機の腹に突き刺さるように激突する。
黒い鬼は、投げたばかりのビームランチャーを追い掛けて掴み直し、それを食らった敵に対してフルスイングをかけた。
「どぉらぁああああああ」
ホームラン。長筒でぶん殴られて、4本腕が飛んでいく。それと同時に、オーガはビームランチャーを放り捨てた。
吹っ飛ぶ先には別のズィーニス。向かってくる仲間を避けきれず、激突した。
揉み合ってくんずほぐれつする二機の連邦モビルスーツ。そこに、ダナオスがマシンガンを浴びせかけた。
腕が、足が、千切れて飛んで、ついにはバラバラになってしまう。
「メイヴィーさん!」
「油断しないで、来るわよ!」
「え?のがぁあああああ?!」
オーガのコクピットに強い衝撃。敵モビルスーツからの狙撃だ。
スナイパーキャノンを食らい、オーガが大回転する。変な慣性が働いて、その姿は滑稽ですらあった。
だが、ガンダムから受け継がれたAIは優秀だった。勝手にスラスターを蒸して、勝手に態勢を立て直す。
「やりやがったなぁこの野郎!」
右腰のマウントラッチから3本目のビームランチャーを取り外し、片手に持つ。
ガンダムオーガのメインディスプレイには、既に敵狙撃機の居所は分かっていた。
敵を捉え、トリガー。飛んでいくビーム。
「なんだ?」
ラケシスのパイロットは、スコープの頭を向けた。光る何かが近付いて来る。
それがビームだと気付いた時には、もう回避は間に合わなかった。対艦ビームランチャーのビーム弾は、巨大であるから。
巨大すぎるカウンタースナイプで、狙撃機が一機沈む。
その間にも、オーガとディヴァインとダナオスは、敵要塞に向けて猛進する。
「行けサブロー!」
「行って!」
「おうッ!」
ズィーニスが近付いてくる。ディヴァインがあっという間に背中に回り、切り捨てる。
別のズィーニスが近付いてくる。ダナオスがその剣を受け止めて、マシンガンの接射で沈黙させる。
ラケシスがスナイパーカノンで撃ってくる。オーガが被弾しながらビームランチャーを叩き込み、黙らせる。
「敵機接近!」
「あれは黒い鬼だ…おとぎ話の化け物だ!」
「ばかな、絵本から出て来たわけでもあるまい。ビーム砲を向けろ!対空砲火で散らせ」
「うぉっうおぉ!?」
コックピットディスプレイに表示されるレッドシグナル。その地点から伸びる一条のビーム。
サブローはブーストペダルを右に踏み込んで、間一髪ビームを避ける。
あれは要塞の固定砲台だろう。オーガと言えど、強力なビームを食らってはひとたまりもない。
「クソッタレぇええええええええ!」
後から後から飛んでくる強烈な閃光。そしてビーム。
オーガはスラスターの出力に任せてひたすらに回避を続ける。宇宙空間では方向の概念はほぼ無意味だが、右へ左へ、上へ下へと避け続ける。
宇宙の漆黒と黒いオーガ。二つの暗黒が、ビームによって輝いた。
「かすった、今かすったって!」
「うるさい、黙って避けろ!」
「避けながら進みなさい!」
「いや無理…言うこと聞けぇえええええ!」
ビーム弾がオーガのすれすれを通り過ぎる。一方のナルカ機コンビは危うげなくこれを避ける。
一方のサブローはと言うと、操縦桿の動きが硬くなったり柔らかくなったりめちゃくちゃだった。スラスターペダルを踏んでも反応しない瞬間がある。
「エネルギーか、推進剤が切れた!?んなわけねえよな…」
コクピットのコンソールには、エネルギー出力と推進剤残存率が表示されている。どちらも0ではないので、オーガはまだ動いてくれる。
だが、そもそもが不安定なマシンである。パワーが瞬間的に上下して、そのくせ膂力は常に過剰だ。
パイロットとして慣れてきたサブローだが、オーガは気が狂うほど扱いにくい機体だった。
「対空砲火を抜けた!」
「たどり着いたぞこの野郎!!」
だがサブローはやり遂げた。敵狙撃機を排除し、対空砲火を潜り抜け、衛星要塞に取り着いた。
取り着いたと言うよりは、足裏から墜落したような格好だが、もはやそれはどうでもいい話だろう。
ビームランチャーを投げ捨て、オーガは腰の巨剣を手に移した。
ビームチェーンソー。14枚の小型ビームソードを並べた板が2枚、それを毎秒10回転させる気が狂ったオーバーキル兵装。
「そのまま要塞をやれ!」
猛回転するビームの刃。それを手に睨みを効かせるガンダムオーガは、まさに今、人々を脅かす物語上の怪物と化す。
「ずぁああああああああああ」
チェーンソーを要塞外壁に突き立て、サブローはそのままスラスターペダルを踏んだ。
要塞に溶断痕の一本線を引きながら、その外周を巡る。
「おい、要塞が!」
「取り付かれた?いや、何をされているんだ!?」
「止めろ!輪切りにされるぞ!」
水面に挿した枝のように、ビームチェーンソーは滑らかに要塞外壁を切り裂いてゆく。直径数キロメートルはあろうかという宇宙構造体は、魚の開きになりかけていた。
それに気付いた防衛部隊が、オーガに向かおうと振り返る。
「グランガンより各機各艦へ。オーガの邪魔をさせるな!」
「了解!」
「了解しました!」
「生き残ったモビルスーツは敵を叩け!行け!」
「ミサイル斉射、オーガが要塞をやるまで撃ち続けろ!」
オーガの邪魔をしようとする敵を、邪魔するナルカ艦隊。モビルスーツの猛攻や軍艦の砲撃が、衛星要塞の部隊を蹴散らしその数を削る。
要塞の方からも砲撃支援で敵を撃っていたが、それも減っていった。
ビームチェーンソーの傷跡が、要塞全体を壊していったからである。
「伝播熱が燃料庫に引火!消火間に合いません!」
「このままだと真っ二つに割れます!」
「隔壁が閉じない!なぜだ!?」
「第8ビーム砲台稼働停止!」
「付近を斬られた、繰り返す、付近を斬られた!」
たった一機のモビルスーツに、地球連邦謹製の要塞が破壊されていく。
そして、ナルカ艦隊の攻撃で、駐屯部隊が目に見えて減っていく。
壊滅的打撃を受けていた彼らは、ことここに至ってある行動に打って出た。
「要塞から何かが発射された模様!」
「ミサイルか?」
「いえ違います。これは…」
オーガが尚も要塞に刃を突き立てていたその時、切り傷のない無事な区画から小さな物体が飛び出した。
それは戦闘とは関係ない宙域へ向かうと、炸裂。刹那に輝く真っ白い太陽となって、消えた。
「降伏信号…と捉えていいのでしょうか」
「ふぅむ?」
グランガンのだだっ広いブリッジルームにて、その最上段に座るカワセ艦長は、灰色の髪をいじりながら眉をひそめた。
発射された信号弾の色は白。このコロニーセンチュリーにおいても、軍隊の出す白色とは、降伏と無抵抗を意味する。
撃ち合っていたナルカの戦艦も、敵と鍔迫り合いをしていたモビルスーツも、誰もがその光に注目した。
「今度はなんだってんだよ…」
「おい、サブロー。もういい、もうやめろ」
「あれは降伏信号よ、攻撃をやめなさい」
「は?」
言われた通りオーガのスラスターを停止させ、突き刺していたチェーンソーを引っこ抜く。
ナルカも連邦も、白い光が出てから戦闘を止めた。
「白い信号弾は降伏っていう意味なのよ」
「降伏って確か…負けを認めたってことか」
「そうだ。だからもうやめろ」
困惑するサブローは、戦闘の興奮で息が上がっていた。
そんな彼の耳に、凛とした声が聞こえてくる。忘れもしない声だ。
「敵は降伏しました。ナルカ共和国は負けを認めた相手を撃ちはしません。衛星要塞の連邦軍は、残存部隊をまとめてこの宙域から離れなさい」
ソーラ女王の発令。これに、全てのナルカ共和国兵士が従う。
ある者は要塞から離れ、ある者は敵機を要塞の方へ押し出し、ある者は撃ち方をやめた。
オーガも、少々ぎこちなくそれに追従する。急に飛び上がり、衛星要塞から離れていった。
生き残った連邦軍部隊は、一斉に要塞へ戻っていった。戦闘開始直後と比べ、その数は大きく減っている。
ナルカの兵士はそれを見守るだけだ。オーガも、その中に混じってじっと要塞を見ている。
やがてソーラ女王の命が下ってから1時間が過ぎた。待ちくたびれたナルカの兵士達だが、ソーラ女王の御前であるため、集中力を決して切らさなかった。
そんな彼らの目前で、衛星要塞に動きがあった。
無数の宇宙輸送船とその護衛機と思われるモビルスーツ達が、衛星要塞から飛び立ち、離れていった。
十数分もしないうちに、その輸送船達の流れは途切れ、ナルカ艦隊とは別の方へと消えていった。
戦闘が終了し、出撃を終えたモビルスーツ達がそれぞれ着艦シーケンスを始めた。
ショーンのディヴァインや、メイヴィーのダナオス、そしてサブローのオーガも、それに倣いクインスローン2世ヘ帰還すべく動き出した。
「なあ、ショーンさん」
「うん?」
「あの輸送船は…あの要塞の中の兵隊全員だろ?」
「だと思うが」
「あの人ら、あの後どうすんだ?」
サブローの疑問に、ショーンは少しの間唸った。
「知らん」
「えぇ…」
「大方、別の味方が近い位置まで向かって、そこで救難信号を出して回収してもらうつもりなんじゃない?」
「それマジ?」
「いや、私にもわかんないわよ…」
ゆるく、適当な会話。
それは、ショーンとメイヴィーの二人が、サブローに心を開いている証拠であった。
ディヴァインの複眼のようなカメラアイが、オーガの姿を捉える。厳つい外見で、実際強烈な性能の機体だが、あの黒い鬼は間違いなくこちらの味方だ。
サブローは、俺達を助けてくれる。ショーンには、それが心強く思えた。メイヴィーも、そう思ってくれているだろう。
「ああ、そうだ。聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ」
「どうしたの、サブロー」
「いや、ソーラさんのお兄さんについて…」
ソーラ女王の兄。そのワードが出てきた瞬間、二人の顔が強張った。
全天周囲モニターの内部で、操縦桿を持つ腕が一瞬震える。
「どこまで知ってるの?」
「いや…行方不明になったお兄さんがいるって、ソーラさんが…」
「そうか、ソーラ様から直々に」
女王はサブローに話してしまったようだ。女王であろうとした時に捨てた、兄の思い出を。
だがそれはナルカの暗黙の秘密である。それを女王自ら話したということは、一体どういう意味を持つのか。
「それで、知りたいのは…ソーラさんのお兄さんの名前なんだけど…」
「サブロー」
ショーンが、サブローの言葉を制する。そして、そこから引き続きに言い聞かせるように話す。
「ソーラ様が、その話題をあまり口にしたがらないのはわかるよな」
「え、あ、ああまあ」
「いなくなった家族の話題というのは、気軽に触れてはいけないものだ。他人がベラベラ喋っていいものじゃあない。お前にはわかるよな?」
「それに、ソーラ様は女王にふさわしいお方よ。最善で、最も効率よく、効果的に物事を考えていらっしゃるの。家族関係のようなデリケートな問題で気を煩わせるようなことはいけない」
「あ、あぁ。わかったよ、ソーラさんのお兄さんの話はもうしない」
口ごもるサブロー。それだけ言って黙る二人。
だが、サブローはなおも口を開く。
「ソーラさんが最善で効率よくってのは…なんか、人じゃないみたいな言い方で、嫌な感じがする…」
「サブロー。ソーラ様は普通の人間より高位にある方なんだ。だから俺達は女王と国のために命を捧げているんだ」
「だけどそれは…」
「この話はこれでおしまいだ!」
食い下がるサブローの話を無理矢理に切り上げ、ショーンは通信を切った。
「ちょ…ショーンさん!」
「…」
メイヴィーは、ショーンがいきなり声を荒げた理由を察した。ショーンは、自分より一回りも年下のソーラが、重責を背負っていることを理解している。
だが、そのことを否定できない。してはならないのだ。それは国を背負い、導く信念を固めたソーラへの侮辱になる。
彼女がいたから、国王が急死したナルカは、今も強大なコロニー国家として在ることができる。
「…ショーンさん」
サブローは寂しげに呟いた。頭の悪い彼には、今のショーンの苦悩は理解しきれないだろう。
ソーラが彼を気に入っているのは、果たしてガンダムや地球の情報からくるものなのか。それだけの関係であれば、行方不明の兄の話などしない。
メイヴィーは、暗黒の宇宙に視線を移す。
ナルカの女王となり、最善で、最も効率よく、効果的に役目を果たす。しかし、サブローだけが、そのような女王としてではなくソーラ自身として接することができる相手となったのなら。
あの17歳の女王は、政治をするだけの機械となってしまったのだろうか。
「セイヴ様…」
果たして、失踪したソーラの兄セイヴは、国を背負うものの孤独を理解したからこそ、逃げたのだろうか。
宇宙の星々は何も答えず、静かに輝くのみである。