機動戦史ガンダム 双眸のガーディアン   作:アルファるふぁ/保利滝良

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第12話 開戦、激突の地球
12話Aパート


クインスローン2世の内部は、1世と同じく芸術的な調度品で飾られている。ふかふかの絨毯や大理石を思わせる壁。とても試作機を運用するための母艦とは思えない。

そんなゴージャスな廊下を歩く1人の男。女王親衛隊のショーンだ。

ショーンは壁に寄りかかり、腕組みをする。耳までかかった黒髪が揺れる。

壁に背中をくっつけ、後頭部を置く。彼の顔の真横に、ソーラ女王の先祖の肖像画があった。

彼の脳裏に、過去のビジョンが浮かんだ。今から10年前のあの日だ。

 

 

 

 

ナルカ共和国の首都コロニーであるビギニングポストは、比較的太陽に近く、暖かい場所だった。

花が咲き、そして地球から持ってきた蝶が飛んでいた。

花を摘みながら、不思議そうに蝶々を見上げる少女。青い髪のソーラ王女。

 

「あれが蝶々?」

「え?あ、はい!そうでございます」

「そう…!」

 

ショーンが慌てて肯定し、メイヴィーも頷く。ハイスクールのトップ生でも、王族の前ではタジタジだ。

将来有望な少年少女は王族と謁見する権利を与えられる。この時のショーンとメイヴィーがそうだった。

花畑の中でにこやかに笑うソーラ王女は、まさに花や蝶に祝福されたような愛らしさだ。世界の混乱を知らず、処女雪のごとく純粋。

世界が愛に満ち溢れているのを疑わない。そんな印象さえあった。

だが、そんな時期も、永遠に続くものではなかった。

 

 

 

 

「お兄様が…行方不明に!?」

 

愛くるしい目を見開き、ソーラは驚愕に身を震わせる。

報告をしたスーツ姿の男が、これは事実だと、落ち着いてほしいと繰り返す。

肉親がいなくなってしまったという受け入れがたい現実。彼女の目がたちまち潤む。

 

「ソーラ様…」

 

そんな彼女に声をかけることは、ショーンにはできなかった。その時の彼には、王族の問題を口にする地位や権力は持っていない。

ただ、悲しみに暮れる王女を、見守ることしかできない。

 

 

 

 

画面やら管やらが無数に付いた医療機器に囲まれたベッド。そこに横たわる見目麗しい女性に、ソーラ王女がすがりつき、泣いている。

その周りを、彼女の親族や、ナルカ国王までもが取り囲んでいる。その場は皆一様に、重苦しく、悲しそうな表情をしていた。

 

「行かないで、お母様…嫌!私を置いてかないで!お母様、お母様ぁっ!!」

 

全てをかけて愛し育てた息子セイヴが、地球にて行方不明となった。それはナルカ共和国の王妃、ソーラの母にとって筆舌に尽くし難い心労となった。

王妃の体調は優れなくなり、やがて食事も喉を通らず、そして、衰弱死した。皮肉にも、それは息子に対する愛情の証明になった。失った時に命を落とす程の存在であると、そう示した。

その結果が、これだ。

妻の死に、心優しき国王は唇を噛み締めることしかできなかった。

涙は流せない。弱さを見せれば、国民を守る王としての威厳が揺らぐ。だから、王は涙を見せてはならない。

だが、王女は泣いていた。セイヴ王子と同様に父母に愛されたソーラは、同様に父母を愛していた。

 

「嫌ぁ、嫌ぁ!誰か、お母様を生き返らせて、お母様にもう一度会わせて!お願い、お願い!」

 

7歳の少女の金切り声が、痛々しく病室に響く。

それに応える大人は、いない。

 

 

 

 

ナルカの国立図書館に入り浸る人間は、年間数十万人を数える。豊富な蔵書数と、様々な分野の書物を納める姿勢から、他のコロニー国家からも利用者が集まるのだ。

10代に差し掛かった王女ソーラもまた、その一人。

彼女は毎日、国立図書館の蔵書を読みふけった。毎日、毎日、毎日。休むことなく。

種類は様々だ。心理学、文化、雑学、自然、歴史。中でも、軍事と帝王学、そして政治運営に関するものには非常に強い関心を持った。

そして、彼女の補佐官であり、摂政としての任を持つ叔父に、ひたすら政治や社会情勢のことを聞き、会話した。

その頃にはもう、花や蝶を見て喜ぶ愛くるしい瞳は無い。最善で、最も効率よく、効果的に物事を見据える目となっていた。

 

 

 

 

画面やら管やらが無数に付いた医療機器に囲まれたベッド。そこに横たわるやせ細った男の傍に、ソーラ王女が鉄面皮で立っている。

寝ているのはナルカ国王。数年前の彼の妃と同様の状況だ。だが、ひとつ違うことがある。

彼の娘は、悲しそうな顔どころか、人の皮でできた仮面を被ったように、表情がない。

かつて、妃の死に目の場にいた国王自身のように、涙の一つも落とさない。

ただじっと、目の前の父が逝くのを眺めている。

 

「ソーラ。我が娘、ソーラ・レ・パールよ」

「はい、お父様。ソーラはここにおります」

「そなたに、国を治める王の任を授ける。国民とこの国を支え、守る役目を…余に代わり、そなたに与える。余が死した瞬間より、そなたはソーラ・レ・パール・ナルカ女王として、ナルカ共和国に富と安寧をもたらすのだ…」

「その大役、時代のナルカの長として、謹んで引き受けさせていただきます」

 

それは、事実上の戴冠式だった。親から子へ、新しき王としての全てを与える神聖な会話。

国王にとっては、苦々しい気分だろう。ソーラはまだ若い、若すぎる。女王となった瞬間に、摂政に国の運営を任せることしかできないだろう。

だが、当初の王位後継者となるはずだったセイヴは、この国にはもういない。ナルカ国王には、ソーラを後継者として指名するしか方法はなかった。

国王は、息子と妃を同時に失った後、戦争に向けて転がりゆく情勢のせいで病を患った。死神の列は確実に、彼のすぐそばに来ている。

 

「おお、可愛いソーラ、我が娘よ。年若きおまえに、大きな責務を負わせる父を、どうか許してくれ…」

「心配ありませんお父様。叔父様と共に、この国を支えて参ります。どうか、お母様と共に見守っていてください」

 

息も絶え絶えな王に、ソーラは機械的に応える。

ソーラは既に、兄を失った10年間で女王としての才覚を磨き抜いたことを、国王は気付かなかった。

そして、同時に得た刃のようなカリスマで叔父を御し、摂政を逆に意のままに動く傀儡としたことも、知らなかった。

ベッドの周りで悲しみに暮れる親族や高官の中央で、娘に看取られ、国王は天に召された。地球の空よりも、宇宙よりも高いところへ昇っていった。

そして、一人の女王が誕生した。

 

 

 

 

ハッと気が付き、ショーンは腕時計を見る。

少なくない時間を思い出巡りに使ってしまった。ソーラ女王の指定の時間が迫っている。

ショーンは慌てて、豪奢な廊下をツカツカと歩いた。

 

 

 

刺繍を思わせる飾り模様の自動ドアの前で、ノックを2回。するとドアがひとりでに開き、内部が露わになる。

室内にも、廊下同様高価そうな調度品や家具一式があるが、それらを差し置いて最も目を引くのは、その部屋の主人に違いない。

青いドレスに、青い髪、そして青い瞳。神秘的でありながら凛とした佇まいの、女王と呼ぶに相応しいカリスマ。ショーンの仕える相手、ソーラ女王がそこにいた。

 

「ショーン・ザンバー、只今到着致しました」

「ご苦労。楽にしてよろしい」

「はっ」

 

ショーンは、右側の壁をちらりと見た。女王が座するこの場に相応しくない、質素なパイプ椅子が立てかけてある。

 

「そのパイプ椅子が気になるのですか?」

「あっ、いえ…はい」

「この部屋にはサブローがよく来ます。立たせたまま長話させるのはどうかと思い、特別に用意させたのです」

「そうなので…ございますか」

「はい」

 

パイプ椅子を見るソーラ。ショーンはそんな女王を見る。

彼自身や国民を見るカリスマ的な視線ではなく、まるでペットの玩具を眺める飼い主のような。そんな視線。

いや、ソーラ様がサブローをペット扱いしているのだろうか。確かにあの百姓の三男坊と話す時のソーラ様は、ストレスを感じてはいなさ気だったが。

 

「それで少し…ショーン、あなたに相談があります」

「相談、ですか」

「はい。あなたもそこの椅子を使いますか?」

「いえ、私はこのままで結構です」

「そうですか」

 

主の申し出をやんわりと断り、ショーンは姿勢を正す。

ソーラ女王の相談事である、親衛隊長として、一言一句聞き逃すわけにはいかない。

 

「サブローの求めること…彼の兄が死んだ理由についてです」

「…たしか、連邦基地に対してテロをした時に、爆発に巻き込まれて致命傷を…」

「おそらく、サブローが聞きたいのはそういう直接的なものではないでしょう」

「では、テロに至った理由でしょうか?」

「それはサブロー自身が述べていました。貧困による不満を連邦政府にぶつけるためのテロだと」

 

よくわからない、とショーンは思った。

サブローがソーラ女王に、ひいてはナルカ共和国のために働くのは、兄が死んだ理由を知りたいからだ。本人が恥ずかしげも無くそう公言している。

だが、既に答えは出てるじゃないか。彼の兄が死んだ理由は、貧困による不満を連邦にぶつけ、その返り討ちにあったためだ。

だが、ことはそう簡単ではない、と女王は述べる。

 

「そのような表面的なことではなく、もっと根本的な話を知りたいのでしょう」

「根本的な…話、ですか」

「実際にはもっと複雑な質問だったのでしょうが、サブローの語彙ではやや言葉不足だったのでしょう」

 

塵ひとつ落ちていない綺麗なデスクに肘を乗せ、両手を口の前で組む。17歳の少女とは思えない貫禄だ。いつ見ても、その視線に晒されれば、ショーンは身だしなみを気にしてしまう。

そんなショーンの様子を気にせずに、ソーラ女王は話し続ける。

 

「兄は死んだ。なぜ死んだのか?連邦軍の基地にテロを起こしたから。なぜテロを起こしたのか?貧しい生活に不満があったから。なぜ貧しかったのか?」

「何故、の先にあるもの、ですか。アイツが求めるのは」

「えぇ、その通り。サブローが求めているのはそこです」

 

ショーンは驚きに目を見開いた。何故のその先だと。あのバカにそんなことを考える頭があったとは。

そして、それは難しい問題であることも、ショーンは同時に気が付いた。

なぜ、どうして、と言うものはいくらでもできるものだ。理由というのを突き詰めれば突き詰めるほど、それは難しい話になっていく。

その先、何故を突き詰めた先の本当の答え。もしそれが、サブローが本当に欲するものだとすれば。

 

「これは…難しい問題ですね」

「はい。迂闊に答えを出せない問題です。サブローが本当に納得できる答えを見いだせるかどうか。もしかしたらこれは…私自身の思想や信ずるものが、試されている瞬間なのかもしれません」

「…アイツがわからないのも無理はないでしょう。私にはさっぱりです」

 

なかなか容易ではない疑問に、つい渋い顔をしてしまう。サブローはバカだが、だからこそこういう本質的な疑問を見出したのだろうか。

ショーンには、その答えに辿りつける気がしない。何故貧困なのか、から始まる『何故』の最果てなど、思考がループしてしまってわからないのだ。

 

「やはり、難しいですか。メイヴィーも答えられないと言っていました」

「でしょうね…この場では答えは出ません。というより、もう答えのない問いと言っても良いのではないでしょうか?」

「ですが、サブローが我々のために命すら張っています。途中で投げ出すのはできません」

「私も、微力を尽くします。サブローのために頑張りましょう」

「感謝します、ショーン。サブローも喜ぶでしょう」

 

安請け合いしてしまったぞ、とショーンは心中で呟いた。気が付けば、ソーラの難題を手伝う流れになっている。

それはたぶん、ソーラ女王の会話術と、サブローのほっとけなさが招いた結果だろう。ソーラ女王のためなら使命感が湧くし、サブローのためならしょうがないという気分にもなれる。

ため息を抑えつつ、ショーンは思案を巡らせた。難しい問題に、何かとっかかりを見出そうとする。

その時だった。部屋中に、二人の知る人物の声が鳴り響く。

 

「グランガンより、艦隊各艦へ通達!衛星要塞の解体を開始する。各自持ち場につき、準備を進めてもらいたし」

「始まりましたね」

「随分と遅かったですが、物資の回収に手こずったのでしょうか」

「だとすれば、回収班からの朗報を期待しましょう」

 

ナルカ艦隊旗艦グランガン艦長、カワセ大佐の艦隊指令。ソーラは手元の端末を弄り、中空投影型モニターを起動する。

先程ナルカ艦隊が制圧した連邦軍の衛星要塞が画面に映る。その後ろには、青く大きな母星、地球があった。

地球連邦軍とコロニー連盟軍は現在、第2次地球圏戦争を行っている。そのなかで連邦軍の拠点である衛星要塞だったが、伸びきった戦線の中では、ナルカ共和国がこれを維持運用する余裕はない。

連邦に奪い返されて活用されるくらいなら、と、これの破壊作戦が行われる運びとなった。内部に人間が残っていないことを確認すると、ついでに食料や水といった残りの資源を接収。そして、これから特殊な方法を使った破壊作戦が実行に移される。

衛星要塞へ船首を向ける、幾つものナルカ艦隊所属艦。砲塔を一斉に向け、敵のいない場所へ臨戦体制を整えている。

 

「ガンダムオーガ、発進してください」

「うっす!」

 

クインスローン内部のアナウンス。パールホワイトのフネの艦首、そこに立てかけられたように鎮座するカタパルトデッキに、黒い鬼が現れる。

ガンダムオーガ。サブロー・ライトニングが強奪した連邦の新型機ガンダムを素体とし、コロニー連盟のモビルスーツ強化用装甲ギルティスを着せた、間違いなく世界で唯一のハイブリッド・ワンオフモデル・モビルスーツだ。

オーガの足裏に下駄のようなデバイスがくっつけられ、そのままカタパルトデッキの上に立ったまま滑るように加速する。

そしてカタパルトデッキの先端に到達した時、デバイスが外され、ガンダムオーガは真空の宇宙へ放られた。

 

「ブレイクガン、準備」

「うっす」

 

オーガの左腕に握られているのは、ポンプアクションショットガンに見える。銃身の下に平行に置かれたスライドパーツに、ピストルグリップのない曲銃床。モビルスーツサイズであるという点を除けば、何の変哲も無いショットガンに見える。

オーガはそれを、切れ込みの入った衛星要塞に向け、撃った。

衛星要塞はいくつもの機能を持った施設ブロックの集合体であるため、モザイクアートのような見た目だった。しかしミサイルや機関砲ではビクともしないレベルの強固な構造体でもあった。

そこへ飛んでいく弾が、それをあっさり打ち崩す。オーガから見て上側に着弾、構造体の一部がパーツの群となる。

直撃した弾丸のあまりの威力に、直撃箇所を中心とした一部分が粉砕されてしまったのである。

 

「次弾用意、完了次第撃て」

「うっす」

 

オーガは、銃を持っていない方の腕、右手でスライドパーツをコッキングした。銃身後部の穴から筒型の物体が排出され、真空の宇宙に投げ出された。

オーガはゴミに目をくれず、リアスカートのホルダーにある弾丸を右手に取った。

そしてその弾丸を、先ほど筒状のゴミを吐き出した穴にねじ込み、もう一度コッキングを行う。

これで次弾装填が完了。左腕を伸ばし、よく狙って、引き金を引く。

今度は衛星要塞の下部分に命中した。命中箇所から亀裂が走り、あっという間もなく、その部分とそこを中心とした衛星要塞の一部が砕け、部品の群れに変わった。

 

「次弾装填、完了次第撃て」

「これで最後っすね」

 

またもコッキング。またも排出される筒状のゴミ。

三発目の弾が衛星要塞の真ん中を貫く。先の二発によって大分脆くなっていた巨大構造体は、ついに完全崩壊。ぼろぼろと崩れていった。

このような威力の武器は従来の、他の機体には決して出せないものであり、それがガンダムオーガの異常性を物語っていた。

ブレイクガンが衛星要塞を破壊し尽くし、あとは大粒のズペースデブリが浮くだけである。

 

「衛星要塞の破壊を確認。オーガは待避せよ」

「了解っす」

「全艦砲撃用意…撃ち方はじめ!」

 

後ろを向いて、スラスターを柔らかく吹かす。反作用によってオーガはナルカ艦隊の射線上からどき、クインスローン2世の美しい船体へと飛んで行った。

そのあとに流れる無数の流星群。機関砲、ミサイル、ロケット砲、ビーム砲。ナルカ軍艦から撃たれた無数の攻撃が、ブレイクガンによって崩された衛星要塞をさらに破壊する。

破片の群れにそれを防ぐすべがあるはずもなく、あるものは溶けて消え、あるものは砂のように細かくなった。

 

「火器演習のようですね」

「我が方の砲撃手たちは腕が良いようです。彼らも我が国の宝です」

「そう聞けば、彼らも訓練の甲斐があったと自慢できるでしょう」

「はい」

 

それを、中継映像で眺めるショーンとソーラ。二人の視界に映る火線は次第に減っていき、やがては完全に消えた。

あとには、それが衛星要塞の残骸であると気付けぬほどのスペースデブリがたっぷりと残った

どれもこれも粉々にされ、モビルスーツより巨大なものは視認できる中で少ししかない。

あとは高周波炸裂弾で消し飛ばし、掃除を終えれば完了だ。

 

「ソーラ様。高周波炸裂弾はどれほど使ってよろしいでしょうか」

「残数全てを投入してよい。それから、各艦へメッセージを。ナルカ共和国を預かる者として、貴官らの奮闘と努力に感謝する」

「了解しました。各員と全てのフネに、伝言をお届けします」

 

カワセ大佐にそう言って、ソーラ女王は別の通信回線を開いた。

ガンダムオーガ直通、サブローへの発信。

 

「サブロー、聞こえますか」

「うっす。聞こえるっすよ、ソーラさん。どうかしたんすか?」

「オーガの活躍、しかと見届けていました。ご苦労でした、感謝します」

「え?いやあ、これの性能のおかげっすよ。俺は大したことは…あ、これ直しといて!」

 

照れ笑いをしつつ、サブローが右下を見て叫んだ。たぶん、着艦してクインスローンのメカニックに何かしら言っているのだろう。

サブローは、あまり頭がよろしくない。ものを知らないし、敬語もおぼつかない。本人もそれを了解していて、自己評価がやや低い傾向にある。

 

「そんなことはありません。あなたはあなたにしかできない仕事をやり遂げました。誇ってください」

「そ、そうなんすか?」

「そうなのですよ」

「いや、アハハ。あざっす」

 

サブローは黒髪まで赤くなったと錯覚するほどに照れ笑いをする。ソーラの前ではいつもそうだ。

ソーラは、それが、サブローは目上の人間から褒められることに慣れていないのだと考えた。

彼は純朴だが、深い物事を知りたがっている。それでいて義理人情に溢れる人間だ。彼を裏切る真似はしたくないと、ソーラは心中で漏らした。

 

「お…ん!?」

 

照れ笑いして視線をソーラからそらしていたサブローが、コクピットの一角を凝視して固まった。

 

「どうかしましたか、サブロー」

「あ、いや…レーダーに何か写ったんです」

「何か?」

 

ガンダムオーガの2本角は、高性能のレーダーアンテナだ。ナルカ艦隊が把握していない敵を先にキャッチできていても不思議はない。

ソーラの前で突っ立っているショーンから真剣味が漏れ出す。異常事態を察知して。親衛隊長が、その場から動かぬまま臨戦態勢を整え始めたのだ。

素早い仕事ぶりに感嘆するばかりなのだが、ソーラは注意深くサブローの言葉を待った。

 

「それは、どのようなフネですか?サブロー」

「連邦の軍艦が一緒だ…30、40、まだ増える!」

 

それを聞いた後のソーラの行動は早かった。端末のモードを切り替え、口元に当てて、指令を発する。

 

「女王ソーラ・レ・パール・ナルカより、ナルカ共和国の全艦へ命じる。総員第二種戦闘配備!敵の接近に備えよ!」

 

クインスローンの内部で、けたたましくブザーが鳴った。艦内のクルーが慌ただしく動く様子が、扉の外からよく聞こえる。

 

「ソーラ様、敵が来たというのは…」

「本当です。サブロー、方角はわかりますか?」

「え?艦隊から見て右手側、斜め下から直進してくるっす!」

「カワセ艦長、お聞きの通りです。オーガの索敵能力は存じていますね?」

「了解しました。降下するフネを守る陣形を取ります」

「降下を優先するのですね?」

「はい。ここまで来たのはそのためで、それを全うするために、降下するフネを守り切らねばなりません。そうでなくとも、連邦軍にはクインスローンに指一本触れさせたくないのです」

「感謝します、カワセ艦長。ご武運を」

「ありがたき幸せです、女王」

 

カワセ艦長の通信が消える。回線の操作で、今の会話はナルカの全艦に行き渡ったはずだ。全艦、事情を了解してくれたはずだ。

 

「ソーラ様」

「親衛隊は、降下直前まで各艦を援護。動きはショーン、あなたにお任せします」

「了解です。同法の船を守り抜いてみせます」

 

敬礼を行い、ショーンは急ぎ足で部屋を去る。あのやる気に満ち溢れた物腰ならば、彼は必ず任務を遂行してくれるに違いない。

クインスローンのレーダーに敵艦が映ったか、艦内放送で敵艦捕捉の報せが流れる。

速い。サブローが接近を報告してからすぐだ。これでは、降下の隙を突かれ、敵に釣瓶打ちにされてしまう。

 

「カワセ艦長。敵のスピードは早い、降下の中止を」

「はい、敵を追い払ってからの方が、安全ですな!全艦に通達します」

「正体不明艦が混ざっています」

「心得ております。降下するフネはしないフネの後ろにいさせます。グランガンをはじめとして、我々一同が防衛ラインとなってお守りいたします」

「感謝します、カワセ艦長」

 

そして、ソーラは端末に向き直る。そこには、コクピットの中でキョドキョドする、大柄な青年が未だ写っていた。

 

「そ、ソーラさん…」

「サブロー、クインスローン2世は前線から引きます。着いてくるなら、ここに残っていてください。何があるともわかりません」

 

ソーラは諭すように述べる。サブローのオーガは強い。だが、そもそもオーガの運用目的は、その身に纏うギルティスの実践検証にある。地球に降りた後もそれを行うには、離れ離れになるのだけはまずい。

 

「…俺は行きます」

「サブロー…」

「行かせてほしいっす。ソーラさん!」

 

口をつぐむサブローの顔には、仲間を心配する色があった。顔にシワを寄せ、唇が引き結ばれている。

ソーラは、サブローの性格を思い出す。こういったときに動かないでいられるような人間では、なかったはずだ。

 

「頼みます。呼んだときは、すぐに戻ってくるよう、約束してください」

「わかったっす!」

 

ソーラは、自身の甘さを笑った。

以前、親衛隊のメイヴィーにも指摘されたのを記憶している。サブローに甘いのだと。

サブローには、ついつい特別な扱いや接し方をしてしまう。兄の話をしたり、ショーンを呼び出してまでサブローとの約束に悩んだり。女王らしくない、と、自分でも思う。

ソーラには、せめてそれが良い結果であると祈るばかりだ。

 

「サブロー、ガンダムオーガ、出るっす!」

「武運を祈っています、サブロー」

「うっす!」

 

サブローとの通信を切る。最早、自分にできることはもうない。

あとは戦いの趨勢を見て、政治的判断を下す準備をするだけ。ソーラはそう思って、一瞬瞬きをする。

 

「…っ!」

 

そのときだ。部屋の外、言うなればクインスローン2世の外側、宇宙の向こうにいる何者かが、強い光を放つイメージが、ソーラの頭の中に届いた。

その方向は、サブローが示した、敵艦隊の方と一致する。

 

「光った?うっ…」

 

またも、頭に響くようなイメージが浮かぶ。それは、誰かの声のようでもあった。

絶え間なく、それでいて不規則。少しの間それを受けることに注力し続ければ、ソーラにはそれがなんなのか、少しずつ気付いてきた。

 

「女性…連邦軍の女性が、私を狙っている?」

 

ソーラにはそれが、衛星要塞攻略の前に見た未来予知のビジョンと一致することに、すぐ気が付いた。

地球にて、銀髪の女が見えたビジョン。そして、そのビジョンには別の影があった。

 

「ガンダムが来る…」

 

地球にて起きる戦い。ガンダムの後ろに浮かぶ銀髪の女。

地球圏全体の集合無意識が成す未来予知が、現実のものとなろうとしていた。

 

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