機動戦史ガンダム 双眸のガーディアン 作:アルファるふぁ/保利滝良
物言わぬイチローを背負い、サブローがのしのし畑のあぜ道を歩く。その顔には、冷たい無表情があった。
イチローは重い。そして冷たい。命は全く感じられず、石の入った袋と錯覚してしまう。
だが、振り向けば確かに見慣れた兄の顔があった。それがサブローに現実を突きつけてくる。イチローの死という現実を。
畑を見渡せばレンガ造りの小さな一軒家がポツポツと建っている。その周りを囲むように農場や牧場が広がっていた。
この農村はサブローの故郷だ。去年までは昼夜百姓たちが必死で畑仕事などをしていた。が、連盟の地球侵攻が始まった今は、畑を捨てて疎開する人間も多くいる。
サブローの農村も、疎開した住民の割合が多いため、閑散としている。だからイチローの亡骸を背負っていても騒ぎが起こらない。皮肉だった。
しばらく歩くと、見慣れた家が見えてくる。生まれ育った家だ。ライトニング一家宅。
百姓夫婦と三人兄弟が住んでいた場所。既に息子の一人はこの世になく、残る二人もこれから死にゆきかねない。一体どうしてこんなことになってしまったのだろう。
家が見えて少しすると、初老の夫婦が駆け寄ってきた。成人済みの息子がいるからか、二人とも白髪混じりだ。
父ノブオ・ライトニングと母ジュアリー・ライトニング。鉄面皮のサブローに比べ、その表情からは爆発しそうな感情が読み取れた。
人生で数えきれぬほど見た両親の顔だ。それが、意味不明な状況に対してくしゃくしゃになっている。
「父ちゃん、母ちゃん…」
「サブロー…それに、イチローか?まさか…」
「イチロー?どうしたの?返事をして…返事してちょうだい!!」
「ごめん母ちゃん…ごめんよ…イチローは…」
「嘘、何かの冗談に決まってる!ねえ返事してイチロー、イチロー!!」
自分の息子のズタズタの背中を見て、返事をしない亡骸を見て、なおもヒステリックに母が叫ぶ。だがそれは、愛情の裏返しであった。
「父ちゃんごめん。ごめん…」
「あぁイチロー…痛かっただろう…辛かったな…」
「返してっ!息子を返してぇええ…わぁああああ!!」
サブローの背中からイチローを降ろし、ノブオが抱きかかえようとする。だが、体を支える力を失った人間の体は、重いのだ。
二人はしきりに泣いた。長男の死に涙を流した。サブローはただ立っている。だが、いつまでも留まるわけにはいかなかった。
「父ちゃん。母ちゃん」
「サブロー…イチローは一体…」
「仲間を連れて、向こうの連邦基地にテロをしやがったんだ。連邦の軍隊を追い出すとかなんとか言ってさ…止められなかった。ごめん…」
「なんて、ことを…」
「そんな…」
悲しむ両親の姿を見て、サブローはある決心をつけた。
絶句する二人の肩に、サブローは手を置く。もしかしたら、これが今生の別れになるかもしれない。
「バカなことした兄貴だけどさ。できれば、できるだけ丁寧に見送ってやってほしい。皆のために…こんなバカなことやったと思うから…」
「サブロー…?」
「サブローお前、何かするつもりなのか?」
「…ジローだけでも連れて帰ってみせる。そしたら、急いで3人で疎開しろ」
サブローは踵を返して走り出した。村の向こう、畑裏の森に隠したモビルスーツへ向かう。
「サブロー、待て!どこに行くんだ!」
「サブロー!サブロー、あんたまで行ってしまうの!?サブロー!」
「…ごめんな!」
引き止めるために呼びかける二人。だが、イチローの亡骸を置いていけないからか走って追って来ない。
その間にも、サブローの背中は遠くなっていく。
サブローが森へ消えた後、見たこともないようなモビルスーツが森を突き抜けて飛んで行った。葉っぱが吹っ飛び、鳥の群れが驚いて散っていく。
「サブロー…」
「あぁ神様…私の息子を連れていかないで…」
老夫婦は、それを見送ることしかできない。
連邦基地の北東。武装した作業用モビルスーツを要するテロリスト達は、洞穴の中を進んでいる。
ここは旧世紀に廃棄された坑道だ。山の中に死火山由来のレアメタルが掘り出されたため、大規模な発掘工事が行われた。巨大車両も通り抜けられるほどの横穴が延々と開けられたが、当時の政府が地球連邦に吸収されたのと同時に封鎖。時間が経ち、現地民以外は誰も知らない場所となっていた。
彼らの攻撃目標である連邦基地は、当時の採掘拠点跡を流用して建築された。リーダー格であるイチローとの連絡がつかなくなったテロリスト達は、この廃坑道を利用して奇襲する作戦に出たのだ。
「ロドリゲス、サンチョ、どうだ?」
「ジロー、心配するなよ。順調だ」
「崩落する様子もねえ。あとは目標の場所で暴れるだけだ」
廃坑道入口付近では、味方との連携のためにジローが待機している。彼らにとってはこれ以上ない布陣だ。
勝利は目前。連邦を追い出し、イチローとともに新しい未来へ。
「待て」
「なんだ?」
「レーダーの故障か?敵影あり」
「アールデンの奴らに押し付けられた中古品だろ?元から役には…」
現地民以外に忘れられた秘密のルートだ。連邦はこの奇襲に対応できない。その場の誰もがそう確信していた。
向こうからモビルスーツが現れるまでは。
「わっ、ワァああああああああ!」
廃坑道進行組の一人であるロドリゲス・パリグソンは軍事系のマニアだった。彼は目の前にぬっと現れた機体を知っている。
地球連邦の主力モビルスーツ『ブリジット』。全長20メートル本体重量75トン。こちらとの性能差はおおよそ10機分を超える現行軍用機。
威圧的につり上がったゴーグルアイに、他機種より一回り大きな図体。連邦の敵対者を叩き出す重厚なる守護者。
こんな寂れた基地にはいるはずのない新鋭機だ。なぜブリジットが。
連盟の勢力が近付いてきたためにこの基地にも新鋭機が配備され始めたなど、軍事素人のテロリストには把握できるはずもない。
「ひぃいいい」
作業用機の肩部に溶接された30ミリ機関砲が毎秒12発の砲弾を吐き出す。しかしブリジットの分厚い装甲の前では、テロリストが放ったそれは豆鉄砲に過ぎなかった。
横穴の壁を、跳弾が貫く。ブリジットはほぼ無傷。へこみすら見当たらない。
「逃げろぉ!わぁあっ」
「後ろに下がれ!早く、急げ!急げって!」
「アワワワワ…」
長蛇の列で進行していた作業用モビルスーツは、相手が新鋭機と見るや急いで逃げようとした。こんな狭い場所では正面から各個撃破されてしまう。
それを見逃す連邦軍ではない。
ブリジットは、バックパックから手のひらサイズの棒を取り外した。その棒から不可視の磁力線が伸び、棒から出てきた無数の発光する粒子体が磁力線を覆うように集まった。
そして光り輝く半透明の刃を形成する。ここまでにかかった時間は1秒未満。
それの名前はビームサーベル。『ビーム物質』を利用した近接用の剣型武装であるためにこの名前が付いた。連邦だけでなく連盟も同様の武器を開発・運用しており、派生武装も存在している。
その威力は一撃必殺。摂氏1万度のビーム物質を固めた棒は、重装甲すら簡単に溶断する。
サーベルを振りかざしたブリジットは、敵の攻撃を物ともせず、のしのしと歩いて接近した。テロリストたちはその人数ゆえに、引き下がるスピードが遅い。
「早く!早く!わぁああああああ!!」
あっという間に追い付かれたロドリゲスの機体に、ビームサーベルが振り下ろされた。無慈悲な一太刀はコクピットに到達し、パイロットごと中身を蒸発させた。
「ロドリゲスーっ!」
崩れ落ちるモビルスーツ。次はお前だ、と言わんばかりにブリジットが残りのテロリストを見る。恐れ慄くテロリスト達の視界には、ロドリゲスを殺した敵機の後ろにもう一機のブリジットが写った。
彼らは死の直前に思い知る。非正規軍が正規軍に喧嘩を売った代償を。その末路を。
容赦は期待できそうになかった。
廃坑道入口にて、ジローは無線機を振った。仲間からの応答が途絶えたのだ。
故障かと思い無線機を弄るものの、帰ってくるのはノイズだけ。だがすぐに原因にアタリをつけた。
「敵が来るぞ!」
待機していた味方のモビルスーツに叫んだ。同時に、横穴から二機のモビルスーツが現れる。
仲間じゃない。連邦軍だ。
「皆やられたのか!?」
連邦のモビルスーツの片方は、ビームサーベルでテロリスト機を真っ二つにした。もう一方は右手のビームガンで残りをたちまち穴だらけにする。
ジローは絶句する。奇襲をかけるつもりが、奇襲を受けてしまった。この場の味方モビルスーツはもういない。
「こちらは地球連邦軍フジ基地所属のチーリン少尉だ!テロリスト諸君に告ぐ、抵抗をやめ、武器を地面に置いて両手と両膝を地面に着けろ!基地内のテロリストは一掃した、後はこの場の君たちだけだ!繰り返す、抵抗は無駄だ!武器を置いて跪け!」
残る生身の仲間達へ、連邦軍機はスピーカーで呼びかける。降伏勧告だ。その内容は信じ難いものだった。
他の仲間は壊滅した。信じられない情報だ。イチローは負け、自分達の戦いは失敗に終わったということか。
だがそれがブラフであれなんであれ、精々が歩兵戦力しかいないこの場で連邦の現行モビルスーツに逆らうことはできない。力の差は歴然だ。
18メートルオーバーの鋼鉄の巨人に、生身でどう立ち向かえというのか。だが、ジローの仲間はジローのように聡明ではなかった。
「れ、れ、連邦の犬どもぉおおおおおお!!」
「うっ!?よせ!!」
止める間もなく、仲間の一人が携行していたロケットランチャーをぶっ放した。それは敵モビルスーツの頭部に直撃するも、爆風が消えた後には無傷の顔面があった。
頭部はモビルスーツの貧弱な箇所だが、それでも愚かなテロリストの攻撃は通らなかった。
「了解した!諸君らは実力を持って駆逐する!」
ブリジットの脛辺りのカバーが開いて、本体と比べて小さな機銃が顔を出した。
対人機銃から放たれた弾丸が、たちまちのうちに若きテロリスト達を薙ぎ払っていく。
その火線がジローに近付く。100メートル、90メートル、80メートル。走って逃げても間に合わない。70、60、50。後ろを振り返れば、眼に映る仲間達が皆弾丸によって弾き飛ばされていった。40、30、20。
そして10メートル。死。
だが、命を刈り取る弾丸はジローの元に来なかった。
「な、なんだ…?」
二機のブリジットが上を向き、動きを止めたのだ。そしてジローは、すぐその理由を知ることになる。
坑道入口の前の荒野で見たものは、空の向こうから飛んできた白いモビルスーツだった。
「クソッタレぇええええええ!!」
スラスターレバーを限界まで踏み込むサブロー。ガンダムをブースタージャンプさせる操作だ。
短時間飛行するガンダム。もう敵のレーダーに捉えられたか、光の玉がこちらへ向かってくる。スラスターを操作して回避機動、勘でかわす。
「あっぶねえええええ!!」
すぐ横をビーム物質の塊が飛んでいく。あのまままっすぐ飛んでいれば直撃であった。
ガンダムのスラスター出力は通常よりも高く設定されており、その上ガンダム特有の出力によってスラスターの可動も高速化されている。このため、ガンダムの機動力は通常のそれと比べかなり高い。
だがパイロットが超のついた素人であるハンディを覆せるかは別だ。
着地地点へ向け、足を向ける。その格好は飛び蹴り。狙うは敵のモビルスーツの一機。
「警告。味方機です」
まだ連邦から離反したと設定していないために、AIオペレートが報告する。
そんなものは知ったことではない。それに向こうは撃ってきた。
「うォラァッ!」
「なんだあの機体…ぐぁ?!」
回避機動を取れず、ブリジットの胴体に踵がぶつけられる。仰向けに転ぶ敵を踏みつけるガンダム。
コクピット内のサブモニター、サブローはジローが生きているのを確認した。あたり一面蜂の巣だが、助けが間に合ったか生きている。
場所がわかればすぐに見つかる。携帯を買ってもらった時にGPS機能を父親に教えられた成果だった。
だがよそ見をしている暇はない。
「この野郎、人を踏みつけやがって…」
「な…!?」
踏まれていたブリジットがガンダムをのける。立ち上がると同時、ビームサーベルが刃を生み出す。
よろめきながら後退したサブローに、またもビームガンが襲い来る。スラスター移動。
「2対1なら…」
サブローはバカだった。だが、喧嘩の知識はあるつもりだ。
それぞれエアガンとバットを持ったクソガキと喧嘩した時、エアガンを持った方と自分の間にバットを持った方を挟んでやると、相手は仲間を撃てないために動けなくなる。
それと同じような布陣を作る必要があった。ビームガンのブリジットと自分を対角線上に、そして間にもう一機が来るように移動。
ビームの連射がピタリと止む。
「あれが報告にあった盗まれた機体…チャーリー6、そこをどけ!撃てない!」
「うるさい!」
ビームサーベルを振りかざすブリジット。
「俺一人で十分だーっ!」
だが、ガンダムのアクチュエータは伊達ではなかった。高出力高性能の稼動力が滑らかかつスピーディーな動きを実現する。
「かわせる!?」
上半身を横に倒すガンダム。サーベルは空を切った。
だがサブローには反撃の手段がない。武器を持っていない機体を盗んだため、どうしようもないのだ。
「なにか…武器は…これか?」
コクピット内部、自分から見て左上のタッチパネルコンソールには、『ビームサーベル』と表示されたコマンド表示があった。
指で押す。すると、オート操作でガンダムの右腕が背中へ伸び、バックパックにある2本の棒のうち一本を引き抜いた。
そこから伸びる光の刃。
「なに!?」
連邦のパイロットが呻く。
「うっ!チャーリー6下がれ、危険だ!」
「テロリストがビームサーベルを!?」
「警告、フレンドリーファイア、フレンドリーファイア」
「るぁああああああ!!」
踏み込むガンダム。叫ぶサブロー。喋り続けるAIアナウンス。
超至近距離で隙を見せるブリジット。仲間の援護射撃は、味方に当たらないところを狙ったために外れる。
一瞬、光の軌跡が生まれ、消えた。ブリジットの両腕は綺麗に溶断される。
「ぅうう!!」
振り抜いたサーベルをもう一度振り抜く。今度は両膝。切っ先が通った。
真っ赤に焼けた切断面を晒しつつ、四肢を失ったブリジットの胴体が仰向けで落ちた。
「よくも…くそ!」
ビームガンの残弾はさっきで最後だった。予備武器はこれだから役に立たない。いつ崩れるかわからない廃坑道を潜る都合上、他の強力な飛び道具の携行が制限されていた。
「まぁだだァあああ!!」
「貴様ぁあああ!!」
弾切れになったビームガンを捨て、残ったブリジットもサーベルに手をかけた。
同時にサブローが真ん中のフットペダルを全身全霊で踏む。急加速。一瞬飛びそうになる意識。
「ぐっ…がぁ!」
ブリジットのサーベルが伸びる。そこへガンダムのサーベルが押し付けられた。ぶつかるビーム物質の刃。
粒子状で不定形のビーム物質は、ぶつかり合った際に霧散する。だが、ビームサーベルのようにビーム物質を高密度に固めた場合は、その周辺に不可視かつ低密度のフィールド層が生まれる。モビルスーツの装甲などに当たった場合、このフィールドは破られて中のビーム物質が装甲を溶かす。
だが同密度であるこのフィールド同士をぶつけ合うと、破られない。そのため、ビームサーベルをぶつけ合ったときはその表面のフィールド同士がぶつかり合う。そして起こるのが、ビームサーベルによる鍔迫り合いだ。
「こんなろぉおお…!」
「貴様、くぉおお…!」
押し合う二機。鍔迫り合いによって身動きが取れない。少しでも刃を滑らせれば、敵に押し切られて真っ二つだ。
その均衡も、長くは続かなかった。
サブローがコンソールをもう一度叩く。ガンダムの背中にはもう一本のビームサーベルがある。
左腕がサーベルを引き抜いた。鍔迫り合いに集中していたもう一機のブリジットは、もう一本のビームサーベルをどうにもできなかった。
「しまっ…」
腹部を摂氏1万度の光が穿つ。ブリジットの動力部である燃料電池が蒸発して消え、メイン動力を失ったモビルスーツのカメラアイから光が消えた。
腹から剣を引き抜かれた直後、ブリジットは姿勢を乱して崩れ落ちた。モビルスーツのハイスペックを支える動力を失った今、ブリジットが動作を止めるのは必然だった。
倒れるモビルスーツ。巻き上がる砂埃。
「や…勝った、んだよな?」
二機のブリジットは沈黙無力化した。片方は四肢をもがれ、もう片方は動力を失って行動不能。
周囲には敵はいなさそうだ。今がチャンス。
ガンダムをしゃがませて、腕を地面に着け、コクピットハッチを開ける。
「おい、ジロー!」
「…サブロー?」
「乗れ!」
今なら逃げられる。連邦の増援が来ないうちに早くここを離れねばならない。
テロリストに襲われた地球連邦軍フジ基地。まだ無事な隊員食堂棟の一室。
「あ〜よっこい、しょっと。ようやく一息つけるな」
「これからが大変だぞ。ウチの連中とテロ屋どもの死体の分別、こいつらの出所の調査、それに奪われた試作機の行方だって探さなくちゃならない」
「『ガンダム第一世代二号機イヴ』だっけか?面倒ごと増やしやがって…」
「テロリスト連中の目的は最初からガンダムだったのか?それにしたって数が多かったな」
「状況が収まったわけでもないしな。伏兵が隠れてる可能性だってある。本当は飯なんか食ってる場合じゃねえんだ」
「そう言うなって、少しは休まねえと体が参っちまう。サボってでも休息は取らねえと…」
「おい、連盟のモビルスーツ部隊が出たぞ!輸送機と一緒にこっちに向かってきてやがる!」
「ハァア!?」
「こんな時にか!飯は後だ後っ!」
「どこの所属かわかってるのか!?」
「…アールデン帝国だ!」
コクピット内では、森が視界の横を高速で通り過ぎていく。ガンダムはスラスター移動を行なっている。
コクピットシートに座って操縦しているサブローと、その後ろのスペースで立ちながらしがみついているジロー。二人は連邦基地から離れていた。
「サブロー、俺は…」
「イチローは死んだ」
「は…?」
ジローが口を効く前に、サブローは喋り出す。
「俺を庇って、死んだ。そこの血はイチローのだ」
「な…」
「ジロー、お前らどうしてこんなことしたんだ。言えよ」
一瞬の静寂。兄が死んだと言う情報を唐突にもたらされ、パニックになったジローの頭の中。
「答えろよ」
急かされて、ジローはようやく話し始めた。
「…貧しさが嫌になったんだ。イチローは独り立ちする金がなくて、俺も大学に行く金がなくて、ずっと貧乏だった。どうにかしたかったんだ」
「だから連邦に八つ当たりしようとしたのか。頭使って仲間増やして、武器集めて」
「…それは…」
再びの静寂。今度はサブローが話し始める。
「俺達が貧乏なのは誰のせいでもない。じゃあこうなったのは誰が悪いのか、誰が正しかったのか…」
「誰のせいでも、ない…」
「イチローが死んだ意味も、お前がこんな目にあう意味も、俺がこのモビルスーツに乗った意味も、俺にはわかんねえ」
「サブロー…」
「だけども、そんな色々をお前教えてもらう時間はねえんだ」
ガンダムが急停止する。二人の体が前方へ傾いて、そして衝撃と共に元の位置に戻った。
「お前、いきなり止めるなよ!急ブレーキは危ないって教えた…」
「降りろ」
「は?」
「俺が囮になって連邦の追っ手を引きつける。だから…」
「サブロー、お前…」
「父ちゃんと母ちゃんを頼む。俺とイチローのぶんも、助けてくれ」
「サブロー…」
「お別れだ兄貴」
ガンダムは再び跪き、手をコクピットハッチの近くに置いた。ハッチが開くと同時にジローがガンダムの手のひらに乗る。
一瞬の浮遊感の後、ジローが地面に降ろされた。立ち上がる白いモビルスーツ、見上げるジロー。
ガンダムは数歩下がると、スラスターを吹かしてあっという間に飛び去っていった。
着地、ブーストジャンプ。着地、ブーストジャンプ。
見えなくなっていくガンダム。去っていくサブロー。
バカな弟だ。こんなテロリストのなりそこないのために、自分を犠牲にしようとしている。だが、しくじったジローには、サブローを止める術も、もっと良い方法を思いつく時間もない。
兄は自分の提案した作戦で命を落とし、弟は自分を庇って戻れぬ道へ旅立った。それを自覚した瞬間に、ジローの目から涙が溢れ出す。
悔し涙か、悲しみの涙か。今の彼には、その判別は難しかった。
「許してくれ、イチロー、サブロー。許してくれ…許してくれ…」
もう、ガンダムは見えない。
サブローがどこへ行ったのか、もうわからない。