機動戦史ガンダム 双眸のガーディアン   作:アルファるふぁ/保利滝良

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3話Bパート

 

「豚一匹の体重は大体90キロぐらいで、頭とか内臓とかを取ると7割…63キロ残るんスよ」

「では、豚一匹からは63キロの肉が?」

「いや、そこからさらに骨とか脂身とか取ると、かなり減るっス。50キロもないっスね」

「たったそれだけ…ナルカの1世帯が食べる肉は年15キロ以上だから、一匹で3年も保ちませんね…」

 

食事をとって気を持ち直したサブローと、欲しい知識をくれる人間が出てきたことでテンションの上がったソーラ。二人の会話は弾んでいる。今は食事の中にあったソーセージから、豚肉の話が始まっていた。

 

サブローの家は畑仕事がメインだったが、近所の手伝いで牧畜もかじったことがある。彼にとってはそう難しい話ではないが、食糧難に苦しむコロニー国家の盟主たるソーラにとっては貴重な知識であった。

 

「コロニーに住んでる家族はいっぱいいるんスよね?」

「そうですね…しかし豚の飼育数を増やすと今度は酸素と土地が足りなくなります」

「餌も水ももっと必要になるから、単純に数を増やすのはキツイんじゃ…」

 

外交や軍事、交渉に長けるソーラだったが、若いソーラがナルカ共和国を立て直そうとすると、一人の指導者では長い時間がかかる。それにあたり、二人の指導者が分担して仕事を行うことで、わずか2年で過去最高級の経済成長を成し遂げた。

 

しかしソーラは、裏を返せばそれ以外、特に内政関係は摂政に任せっきりでいた。そんな中で地球の情報を、庶民生活のあれこれと共に教えてくれるサブローは、渡りに船といえよう。

 

が、護衛を任されたショーンとメイヴィーの親衛隊員二人は気が気でならない。素性の怪しい青年と守るべき主君が、テーブル一枚挟んで話をしている。奴がカッターナイフ一本隠し持っていたら、ソーラの命は尽きたも同然だ。

 

「ソーラ様、そろそろ本国との定時連絡のお時間です…」

「あ、はいっ。わかりました、ブリッジに参りましょう」

 

ついに我慢しきれなくなったメイヴィーが、定期予定を口実に会話を無理矢理切り上げさせた。連邦などに対する敵愾心が強い彼女にとって、この状況は耐え難いものであったらしい。

 

隣のショーンが何をやってるんだと言わんばかりに肘で小突いてくるが、メイヴィーは素知らぬ顔だ。ソーラ様と怪しい人物が接触する時間は短い方がいいに決まっているではないか。

 

「また来ます、サブロー」

「う、ウッス!待ってるっス、ソーラさん」

「ドゥルコフ少尉、サブローの容体は安定したようです。下がってもよい」

「もう元気そうだね、私の手は必要ないな?」

「先生も、世話んなったっス。俺はもういいっスよ」

「そうか、ぶり返さないように気をつけるんだよ」

「では、失礼します」

 

ソーラ、ドゥルコフ、メイヴィー、ショーンの順に部屋から出ていく。親衛隊の二人は振り向きざまにサブローをじっと見てからドアをくぐった。

 

合金製の自動開閉ドアが閉まり、オートロックが起動して、3人の姿は見えなくなった。後には、ソーラのことを思い出して惚けているサブローが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゥルコフと別れ、ソーラとお付きの二人はクインスローンのメイン通路を歩いていた。ただの廊下とは言えど、女王の座乗艦にふさわしい意匠や装飾が目に付く。ソーラの祖父である初代ナルカ国王とソーラの父である2代目国王の大写真が入った額縁を通り過ぎて、ソーラが口を開いた。

 

「彼は…あの機体について何も知らないようでしたね」

「…そうでない可能性もございます」

「無礼を承知で申し上げます。あのサブローとかいう男をあそこまで信頼するのは危険です。彼の対応にはどうか万全の注意を…」

「まだ無害な若者と決めるには早計ではあります。ですから、あなた達二人には新たな仕事を頼みたい」

「新たな、仕事…でございますか」

「何なりとお申し付けください」

 

二人が怪訝そうに尋ねる。ソーラはもったいぶらずに告げた。

 

「サブローの監視です」

「「監視、ですか?!」」

「それなら、サブローが万が一妙なことをしてもすぐ気付けるでしょう。二人の懸念を防ぐ絶好の役目です」

「は…はっ!親衛隊隊長ショーン・ザンバー、謹んで承ります」

「親衛隊隊員メイヴィー・スノウ、了解です!」

「よろしい。各位各々の任務に尽力せよ。頼みましたよ」

 

そうしてソーラは歩き出す。青い髪が揺れ、絨毯が足音を消す。

 

ショーンとメイヴィーは、複雑な表情でそれに着いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヌマズ砂漠は、かつては大きな街であったという。だが、宇宙移民が始まるにあたり、多くの住民がその土地から姿を消した。

 

住む人間のいなくなった街は維持する人間も消え、長い年月をかけて荒廃していき、最終的には鉄筋コンクリートと資源プラスチックの破片が劣化し尽くし、砂漠と化した。

 

太陽の熱と風で巻き上げられた砂がレーダーの効きを悪くする。モビルスーツの高性能レーダーさえも役に立たない。そんな中での偵察は命がけだ。

 

今、サブフライトシステム、略称SFSに乗ってヌマズ砂漠を飛ぶモビルスーツが複数。ブリジットが3に、レガストが6。視界も索敵範囲も最低な状況での偵察隊とはいえ、モビルスーツ9機による偵察行動は大規模と言える。

 

「どこを見渡しても砂だらけだ」

「これ全部人工物の破片とはなぁ、もったいねえ。元々は住める場所だったろうに」

「当時の連邦は作られたばかりで色々仕事が抜けてるなあ。コロニーが戦争しかけんのも納得だよな」

「そうだなあ」

「…おい待て、レーダーに反応!近いぞ」

「お前、こんな状況でレーダーがちゃんと働いてるとでも…なんだありゃ?!」

 

仕事中の緊張を紛らわすために駄弁っていた連邦兵たちが、各々何かを見付ける。それは、複数のスモールサイズ軍艦であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連邦の偵察部隊に見つかった。それに気が付いた時には、すでに戦闘距離一歩手前まで近寄られていた。

 

「敵モビルスーツ確認!」

「この距離まで来ていたのか!索敵班は何してた!?」

「申し訳ありません、砂嵐でレーダーが狂っているようです!」

 

ナルカの艦隊はたちまちパニックに陥った。至近距離にまで敵が近づいたことで準備を大急ぎで行う必要がある。

 

しかし彼らもプロだ。全速で戦闘態勢を整える。

 

「モビルスーツを出せ!出せる奴は全部だ!」

「こちら親衛隊のショーン、親衛隊のショーンだ!俺のディヴァインは出せるか!?」

「出撃可能なのはディヴァイン、ボルゾンが一機、予備のダナオスが一機!」

「それだけか!?」

「サブローとかいう奴が持って来たガンダムが…」

「他は?!」

「砂や損傷過多でダメです!」

「チィッ!」

 

使える機体は3機。レーダーを信用するなら敵機数は9。圧倒的にこちらが不利である。

 

頭数が足りない。戦力比は1対3。1対2でも厳しいというのに。

 

砂漠を強行突破して味方と合流すべきだったか。否、戦力がこちらにある程度残ったのは停泊して休息をとったからだ。

 

下手に動き回っていたら袋叩きにあっていただろう。今より少ない味方の数で。

 

「順次出撃!ダナオスはメイヴィーに乗ってもらう!できるな?」

「任せて!」

「ヴィクター!」

「わかってる!このボルゾンは僕のだ!」

「俺はディヴァインで行く!」

 

パイロットスーツに着替え、シートベルトを着用し、コクピットに座り、コクピットの上部にあるボタンやスイッチを次々と押す。

 

モニターやランプが点灯し、モビルスーツのエンジンに火が入る。起動完了。あとは、戦場に出るのみ。

 

「親衛隊、出るぞ!」

 

砂漠の上に乗ったSサイズ輸送艦隊のうち、3隻の後部ハッチが開く。そこから顔を覗かせるのは、ナルカ共和国製モビルスーツ。それぞれに親衛隊が乗っている。

 

背中のブースターから炎を吹き、三機の機体が大空へ飛ぶ。地に足をつけて歩くはずのモビルスーツが、大空を自在に飛び回っているのだ。

 

ナルカのモビルスーツは背中に半球状のユニット『コンバーターエンジン』がある。動力源である燃料電池はここに内蔵されているほか、ビームの羽を展開することで機体に揚力を与える。これによって、ナルカの機体は大気圏内における飛行能力を持つ。

 

空を飛ぶこと自体が大きなアドバンテージであるが、ナルカの機体は軽く、運動性も高い。装備を絞れば戦闘機とドッグファイトができ得るほどに速い。絶対的な速さこそが彼らの強みだ。

 

青い空に、ビームの羽を光らせて、3機の鉄巨人が天を舞う。目標は主人と祖国に仇なす連邦軍モビルスーツ隊。

 

相手も、モビルスーツを上部に乗せて搭載する航空機『サブフライトシステム』で飛行している。大気圏でモビルスーツが行うのは主に地上戦であるが、これから始まるのは空中戦であることは明白だろう。

 

3対9。敵のサブフライトシステムが戦闘能力を持つなら、その戦力比はさらに差が開く。勝利は全く望めない。だがナルカ共和国親衛隊はそんな状況でも立ち向かう。それが彼らの使命だから。

 

「こちらクインスローンこちらクインスローン。艦隊全艦は浮上して全速離脱する!親衛隊、足止めをしてくれ!」

「任せろ。ソーラ様も他の乗員も、俺たちが命に代えて守る」

「死ぬなよ!」

「約束しかねる!」

 

ショーンのコクピットにブリジットの影。

 

「敵機視認、行くぞっ!」

 

死闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソーラ様、お待ちください!サブローを解放するなんて、ましてやガンダムに乗せて出撃させるなんて…」

「親衛隊3機だけではこの状況はどうにもできません」

「無茶です!」

「お爺様…先先代の国王はこの言葉を残しました。戦場で手段を選ぶのは自殺行為だ、と。あの言葉には、私も同感です」

「そ、ソーラ様…」

「通らせてください」

 

外がなにやら騒がしいと思ったら、ソーラの声がする。手錠も外されたので自由に軟禁部屋を見ていたサブローは、唯一の出入り口を見た。

 

すると、自動開閉ドアが開き、真剣な表情を浮かべたソーラが現れた。

 

「そ、ソーラさん?どうしたんスか?なんかすごい騒がしく…」

「サブロー、お願いがあります」

「はい?」

「あのモビルスーツで、私の臣下達を助けてください。元は民間人であるあなたにこのようなことをお願いするのは非常に申し訳なく思います。しかし、今、私たちには…あなたの力が必要です」

「…ソーラさん…」

 

困惑するサブロー。見つめてくるソーラ。

 

サブローにとって、連邦は憎いとか、連盟が憎いとか、そういう思想はなかった。連邦と連盟が命を削り合う戦場において、彼は最もフリーな立場と言える。

 

どちらかに肩入れする理由がない以上、彼の行動はその場その場の感情に委ねられていた。

 

「…わかったっス」

「サブロー…ありがとうございます。将兵に代わり、お礼を申し上げます」

「礼なんて、いいっス。一宿一飯の恩義を…返したいと思っただけっスから」

「あなた一人のおかげで救われる命があるかもしれない。それにお礼を申したいのです」

「ソーラさん…俺、頑張るっス!行ってくるっス!」

「ご武運を」

 

開けっ放しのドアを走って通り過ぎるサブロー。それを見届けたのち、ソーラは懐から通信端末を取り出すと、凛とした声で告げた。

 

「ナルカ共和国現女王、ソーラ・レ・パール・ナルカの名において、客人サブロー・ライトニングの出撃及び作戦参加を許可する。各員、把握せよ!」

 

それぞれのSサイズ戦艦の内外スピーカーにその宣言は伝わっているだろう。この鶴の一声を止める人間は出ないはずだ。

 

あとで臣下達に謝らねばならない。そして、サブローにも。

 

家臣どころか、昨日今日会ったばかりの若者の命さえ捧げねばならない。自分の目標は、それほどに遠い道のりなのだろうか。

 

ソーラの、この戦争における目標。戦線のゴタゴタで有耶無耶になっていたが、その話は家臣一同にしっかりと伝えねばならない。

 

サブローはこの話を聞いて、何を思うのだろうか。地球の話をしてくれる青年のままで接してくれるだろうか。

 

「皆、生きてください…」

 

エスパーといえど、力及ぶ場でなくば無力だ。今のソーラには、祈るほかに術はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クインスローンのブリッジ下、非常避難口を開いて外へ出るサブロー。砂を含んだ風を顔に受けながらも、自分の機体を探す。

 

「サブロー君、君の乗って来たモビルスーツはワーラーにある」

「は!?ワーラー?!」

 

クインスローンのブリッジ上部に備えられたスピーカーから、艦長の声がする。マイクでこちらに指示をくれているようだ。

 

そういえばガンダムの在り処は聞かずに飛び出してしまっていた。サブローは己の愚かさを心中で嘆く。

 

「青と緑の迷彩のフネだ、見えるか!」

「青と緑…あれだな!?」

「そう、そこだ!その艦のコンテナの中だ!」

「おし、サンキュー!行ってくる!」

 

クインスローンをひょいひょいと降りる。体は鈍っていない。兄弟で山を駆け回った日々を思い出す。

 

口に入った砂を吐き出しつつ、ワーラーへとダッシュ。開きっぱなしの後部ハッチに飛び込んだ。

 

「おう、お前がサブローか!準備はできとるぞ!」

「爺さんが直してくれたのか!?」

「ガス突っ込んだだけ!時間はかかんなかったぜ。損傷もほぼなかったしな」

「動くんだな?」

「ああ。シートの横にマニュアルを出しておくから、読んどけ!」

 

ガスとはガソリンの隠語で、自動車の燃料がガソリンであったことから、この場においては乗り物の燃料と言う意味だ。サブローはよくわからないのでスルーした。

 

「じゃあ、すぐ乗っていくから!」

「FCSも弄ったから連邦機体をロックオンできる…話聞いてねえな?まあいいや行ってこい!」

「ありがとう!」

「死ぬなよボーズ!」

 

寝かせた状態のガンダムが見える。腰のあたりに立てかけられた梯子を登り、コクピットハッチ横のボタンを叩いた。

 

空気が抜けるような音がして、コクピットにつながる開閉ドアが口を開ける。サブローはそこへ身を潜らせた。

 

座ってからシートベルトを装着、そしてシート横の太いレバーを思い切り引く。轟く音は核融合ジェネレータが目覚めた証。モニターやランプが全て一気に光りだす。

 

「指紋、声紋、顔認証確認。お帰りなさいパイロット。ガンダム、起動します」

 

問題ない。これで動く。

 

立ち上がったガンダムが、格納庫の外へ通じるハッチへ歩き出す。ワーラーはSサイズであるため、出るのに時間はかからない。小部屋を出ていく感覚だ。

 

「ガンダムが出るぞ、踏み潰されんなーっ!」

 

先ほどの整備員の老人が仲間に呼びかける。格納庫の中の作業員はダッシュではけた。

 

のそのそと歩いてハッチの外へ。砂の大地を踏みしめて、ガンダムが陽の下に晒される。

 

「マニュアル…これか!よし、レーダー…これか。点いた!」

 

マニュアルはさっきの老人の言った通りの場所にあった。最初に開いたページにレーダーの操作方法が載っている。

 

目当てのページだ。これで戦闘エリアがわかる。すぐに見つかってよかった。

 

こういう時だけツイている。

 

「よっしゃあ!サブロー、行くぜーッ!」

 

ブースターペダルを蹴る。ガンダムがブースターダッシュで駆けた。

 


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