提督の事が好きになりすぎて暴走してしまった川内型のお話。

※ほんの少し流血の描写がありますので苦手な方はご注意願います。

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情熱的すぎる川内型

 ある日の鎮守府の昼下がり、そこには提督の他に、二人の艦娘、神通と那珂が居た。

 それとなく提督の身の回りを世話する神通。そして、提督とじゃれあうようにしている那珂の姿がある。

 そんな光景を少し離れた場所から眺めているのは川内だ。川内の隣にいる艦娘は、あの二人、本当に提督にくっついてばっかりだね、と笑いながら言う。その上で、ちょっと変わってるかもね、あの子達。お姉さんとしてはどう? と聞いてきた。

「ま、あいつら提督とは仲良いからさ……」

 そう言う彼女の表情はとても寂しそうだった。

「私は私で、提督との付き合いはそれなりにあるんだけどさ、あんな感じにはならないなあ」

 とも言った。

 確かに提督は川内の誘う飲みにはよく付き合ってくれるし、その際にはくだらないおしゃべりで大いに楽しむ事が出来る。が、結局の所そこまでの関係であった。川内がその胸の内に秘めている想いとは裏腹に、提督にとっての川内という存在は仲のいい友人程度の位置付けでしかなかったのである。

 

 そう、だから彼女の忍耐が限界を迎えるなんてあっという間だった。

 

 執務室で提督が神通とともに書類仕事を片付けていると、川内が入室してきた。

「神通、代わってやるよ。アンタ朝から働きっぱなしでしょ?」

「ええっと、それは提督の許可を頂かないと……」

 神通は戸惑い気味に提督を見る。

「ああ、代わってくれ。流石に部下を働きづめにさせちまうのは俺が気分悪いんでな」

「そうですか、それでは一旦失礼します」

 神通が退室した後、川内が提督に聞く。

「でも、提督だって働きっぱなしじゃん。少し休んだら?」

「んー、そうしたい所なんだけどな。今日中にこの書類だけは片付けておきたいもんだからさ」

「真面目だねえ」

 そうこうしているうちに、川内の協力もあって書類の片付けも終了した。元々神通が人一倍真面目な性格だからデスクワークを一緒に進めるのが比較的やりやすいというだけの話であって、川内にしても那珂にしても実務面での能力もかなり高い。

「いや、済まなかったな。ここまで手伝わせちまって」

「しょうがないじゃん。私が居なかったらこの時間で終わってなかったよ? もうちょっと仕事量の見積もりとか時間配分とか考えた方がいいと思うけど?」

「違えねえ」

 提督は苦笑う。

「コーヒーでも入れたげよっか? この時間でも流石に目ぐらい覚しておいた方が良いっしょ?」

「ああ、頼む」

 

「ほら、コーヒー。気分転換には丁度良いと思うよ」

 ホットコーヒーが入ったマグカップが川内から手渡される。

「ありがとさん」

 そう言って提督は早速コーヒーをすすった。が、次の瞬間、

(あ、れ……?)

 提督の意識がクラリとし、急速に眠りへと落ちて行った。その際、最後に彼の視界が捉えたのは歪んだ笑みをたたえた川内の姿であった。

 

 提督がハッと目を覚ますと、そこは相変わらず執務室であった。自分も執務用の椅子に座っている。しかし、いつもと違うのはロープで手足を動かせないようにされた上で、椅子に縛り付けられた状態であったという事である。

「どうなってんだ、こりゃあ……?」

 提督が混乱しつつそう言うと、

「ようやく目が覚めたみたいだねえ」

 と言う声が聞こえてきた。声のする方向を見れば川内が居た。

「ちょっと薬効き過ぎちゃったかな?」

「お前、あのコーヒーに細工したのか!?」

「うん、そろそろ私的にマズイと思ったからね。悪いけど一服盛らせてもらったよ」

 川内はニヤニヤと笑っているだけでそこから何を考えているのかは読み取る事が出来ない。提督が目を覚ますのを対面に置いた椅子に座ってじっと待っていたのだろう。その椅子から立ち上がって、ゆっくりと提督の元に近寄ってくる。

「お前、一体これはどういうつもりだ?」

 提督がそう聞くのは当然だが、川内は逆にこう聞いてきた。

「私は提督こそ今までどういうつもりだったのか聞きたいけどねえ? 神通とか那珂の相手ばっかしててさあ、私の扱いが一番軽い気がするんだけど?」

 川内の狙いがますますもってわからなくなるが、彼女がこれまでにないほど苛立っている事だけは伝わってきた。

 

「クスクス……神通にご退場願ったのは大正解だったねえ?」

 白目が多くを占める目で提督を見下す川内は言う。

「アイツったら提督にべったりでさあ。甲斐甲斐しく世話焼いたりして妻気取りかっつーの。那珂もそうだよ。とにかく無邪気に提督に甘えてばっかりで、私が付け入る隙ないじゃん? ……で、こういう状況でもあるんだし、逆に私が出し抜いて提督と既成事実でも作っちゃおうかなあって」

 要するに神通を交代させたのもこの状況を作り出す為の計算の結果だったという事のようだ。そして、いかにも妹を気遣っているようにして自然に自分が提督の隣のポジションを確保し、長時間に及ぶデスクワークからの解放感から何も疑う事なく川内の淹れたコーヒー、それも睡眠剤入りのコーヒーを飲むように仕向けたのである。

「お前、なんでこんな騙し討ちみたいな真似を……!」

「だって、正攻法で行ったって私の気持ちが通用しそうになかったんだもん。だったらトラップ仕掛けるしかないじゃん?」

「既成事実も何も相手なんか俺じゃなくていいはずだ。お前ならいい男がいくらでも居るだろうが!」

「そうそう、そこそこ」

 すっ、とかがんできて、提督の顔を人差し指でチョンチョンと軽く叩く。

「それって前々から一緒に飲んだりしてる時とかに『私と提督が付き合うってのはどう?』って聞いたりするとさ、その度にアンタが言ってた事だったじゃん?」

 一息ついてから川内は続ける。

「そこ、まず間違いなんだよねえ。いい男が居るって事と、自分好みの男が居るって事が一致してるワケないじゃん」

 そう言って皮肉な笑いを浮かべる川内。

「どんな良い男が居たとしても私にとって代用なんて効かないんだ。提督以外いらない。他の男なんてクズだね」

「なんて奴だ……」

「バカにするならいくらでもしな。むしろ一途だって褒めて欲しいぐらいなんだけどね。アンタを手に入れる為なら軽蔑も罵倒も暴力も受け入れるよ」

「そんな事するはずないだろうが……」

「あはは、こんな状態にされといて優しすぎるんじゃないの、提督? だから私みたいに本気になっちゃうのが出てくるんだよ? そう、あの子達も提督には本気なんだよねえ」

 ほんの少しだけ川内は妹二人の事を振り返る。

「まあ、アンタのそんな所にあの子もあっさり騙されたのは運が良かったよね。おかげで私はこの場でうまいこと入れ替わる事が出来たんだし」

 ここで川内が言う「あの子」はおそらく神通の事であろう。神通がここに残っていればこんな事にはなっていない。提督は苦しげに言う。

「……妥協してくれと言っても、無理なんだろうな……」

「当たり前でしょ? ……はっきり言って、これがうまくいかなかったら殺すつもりでやってるから、そのつもりでね?」

 提督の顔を覗き込みつつ、まっすぐ見つめてくるその目は極めて冷徹だ。

「だったら、殺せ」

「…………」

 遠くを見るような視線で提督は言う。その表情は、どこか諦めと残念さをないまぜにしたかのようだ。

「まさかお前をここまで苦しませてしまっていたとはなあ……。これは戦場での指揮じゃないが、部下のメンタルケアで致命的な失敗をしたって事なんだぜ? 軍事ではこう言うのも非常にまずいミスなんだ。大体、こうやって部下に拘束されている現場を目撃されてみろ。そんな事を平時からやらかす人間は指揮を取る側の人間であっても到底戦力にはならんし、いるだけ無駄だ」

 川内はフン、と笑う。提督とは対照的にどこか勝ち誇ったような態度なのは何故だろうか。

「いるだけ無駄なのはこの鎮守府にとってでしょ? 私にとっては何が何でも必要な存在なんだけど?」

 川内のこの台詞を聞いてどこか言い方を間違えたか、と提督は心の中で舌打ちをする。

「もしかして言い方間違えたかなあって思ってる? あは、それくらい分かるよお、どれだけ提督の事見てたと思ってるのさ?」

 自分の考えている事を見透かされて提督はただ驚いて川内を見つめるだけだ。

「私の事見て貰えてなかったってのはちょっと悲しいけどね。だって、私が提督をずっと見てたって事が全然伝わってなかったって事だし」

 川内は寂しげに言う。

「でもねえ、収穫もあったよお?」

 ずいっと、顔を近寄せてくる。

「提督は私には必要なんだよ? そこは言ってるんだから分かるよね? でも、さっき提督も言ったよね? 『自分はいるだけ無駄だ』って……これはあくまでこの鎮守府にとって無駄だって意味だけど、私個人にとっても無駄だって意味にはなってないよね?」

 心底嬉しそうに川内は言う。

「……もう、どういう意味か分かるよね? つまり、提督は私だけが必要としてるって事なんだよお? ここの他の奴らがいらないって言ってもさあ!! それとも、提督にとってはこの鎮守府にも海軍にも居ない他に必要としてくれる存在でも居るって事なのかなあ? もうここまできたらそんなのは居たとしても消すだけなんだけどね!?」

 そして川内は宣言する。

「さあ、これで提督は私だけの物って事だよねえ!? さっき認めたでしょ!? 私以外がアンタを必要としていないって! もう誰も邪魔する権利なんかないよねえ!?」

 

 暫くの間沈黙が続いた後、提督が言う。

「……川内、一つ、聞いてくれ」

「……何?」

「部下たちがせめて今後困らないようにしてあげないといかんからな。俺が動けないって言うんであれば、川内、せめてお前が俺の後任について代わりに海軍省に打診してくれないか? もう他はどうでも良いんだ、せめてこの頼み事だけは引き受けるって約束してくれ」

 現状の提督は川内に従うしかないが、完全にそうなるというのであればもはやこの鎮守府に居続ける事は出来ない。それが提督の失踪という結果になるのか、あるいは別の何かなのかは今の時点ではわからないが、鎮守府をハンドリング出来る人間が居なくなるという事を意味するのだけは間違いない。そんな事になれば鎮守府に所属する艦娘達が混乱するのは火を見るより明らかだ。今まで面倒を見てきた艦娘に極力迷惑がかからないようにしなければならない。

「……何で提督はそんなに優しいのさ……こんな状態なのに他の子達の事ばっかり……」

 そう言う川内のその顔は実に悔しそうで、その目には涙さえ浮かんでいた。

「ふん、そんな約束は守れないよ。そもそもどんな約束したところでそんなもん守るつもりないしね」

 川内はあっさりと拒絶する。

「約束を守るなんて生ぬるい事は言うつもりないからね? 約束は守れなんて変なこと言っても無視するからね? 私にとっては提督のそばにいる事だけが全てなんだ。私は確かに海軍の所属だけど、もう、信用も、実績も、全部いらない」

 艦娘としてあるまじき発言である。

「なんで私がこの世にいるかなんて、それは提督の為だけだよ? ああ、そんなの重すぎて迷惑だって? それじゃあ言い方変えようか。提督を愛したいから私はここに居るんだよ? それも重すぎる? あはは、でもこれは譲れないよ?」

 ポロポロと涙を流しながら続ける。自分でもとんでもない事を言っているのはわかっているのだろう。

「そもそも論を言っちゃおうか? 艦娘がこんな見た目な理由は何だと思う?」

 そう言われてしまって提督はふと考え込む。艦娘達はどの娘も美しい外見の持ち主ばかりだ。

「大体さあ、人の愛情が欲しいんじゃなけりゃここまで見た目人にそっくりになる必要ないっつーの。じゃなきゃ所詮ただの兵器なのになんでこんな見た目なのさ?」

 川内は愛情が欲しいと言いたいのだろうか。

「他の子はともかく、砲弾撃ち合ってそれで終わりなんて一生、私はごめんだね。しかもずっと一緒に居たいと思わせるような相手にせっかく会えたのにだよ?」

 じっと提督の目を見つめながら言葉を続ける川内。

「お船の頃だったらそりゃ使われるだけ使われてそれでお終いだったろうさ。でも、やっと人の姿になれたのに、人らしい生活を送っちゃいけないっておかしくない?」

 もしかしたら彼女は詭弁を言っているだけなのかもしれない。

 実際、艦娘がなぜ人間の体を備えているのか、提督にだって本当の理由が分かっている訳ではない。だが、川内が人としての愛情を提督から得たいが為に必死になっている事だけは今この場でも否応なく伝わってくる。

 

「……姉さん、いい加減そこまでにして貰えますか?」

 そんな声と共にドアがゆっくりと開かれた。そこに居るのは神通と那珂であった。

「……っ!? アンタ達、いつからそこに居たの!?」

「川内ちゃんが『提督以外いらない』って言い出した辺りからかなあ?」

 那珂は冷えた声で言う。

「へー、随分前から居たんだねえ?」

「ええ、姉さんがわがまま言い放題なのをひたすら我慢し続けて聞いてましたから」

 神通が答えるが、もう限界が来ていたのだろう。姿を見せた段階で川内の妹たちはプルプルと体を震わせている状態であった。

 

「いくら姉さんでも提督を渡すなんて事は出来ません。何の為に私が提督のおそばに居たのかそれぐらいは分かりますよね? 提督に私自身の事を好きになって欲しいというのは勿論あります。でも、姉さんが何となく危険なのは分かってましたから、その牽制のつもりでもあったんですけどね。それに、提督の身をお守りするのも私の役目だと思っていますから」

 淡々とではあるが、捉えようによっては凄まじい事を言ってのける神通。

「っざけんじゃねーよ!! アンタそんな事一言も言ってなかっただろうが! しかもここで邪魔まですんのかよ!!」

「ええ、言ってませんよ? 言う訳ないじゃないですか。大体、あくまで言ってないだけなんですから、今ここで姉さんの妨害をしないと保証した事にもなりませんよね?」

 神通の口調は落ち着いたものではあるが、その表情は険しく、放っておいたら死人の一人や二人は出ても不思議ではなさそうだ。

 

「那珂ぁ!!」

 川内はもう一人の妹も怒鳴りつける

「『みんなのアイドルだから』って言うのは嘘だったのかよ!?」

「嘘じゃないよ? でも、川内ちゃんだって言ってたじゃん? 『いい男がいることと好みの男がいることが一致してるワケじゃない』って。私だって、確かにかわい子ぶってるし、うざい女っていう自覚はあるよ? 八方美人だけど、本物の気持ちを向けたい相手は一人だけだよ? そんな相手を縛り付けるなんて許せるわけないじゃん?」

 普段は明るく振舞っているがやはり川内型という事か、こういった場で発揮する殺気は凄まじいものがある。

「チッ、提督を見る目がおかしいとは思ってたけど……」

 警戒はしていても、このタイミングで二人が邪魔をしてくるものとは思っていなかったらしい。

「おいおい、あいつらもかよ……」

 提督はすっかり呆れている。

「そう言う事。私達がこうなったのも全部アンタのせいだからね?」

 横目で提督を睨みながら川内は言う。

 

 睨み合う三人は微動だにしないが、何らかのきっかけで取っ組み合いくらいは始まりそうな雰囲気である。そしてそんな険悪な雰囲気の状態のまま、どれほどかは分からないものの、執務室ではしばらく時間が経過した。

 そのうち、そんな三人の表情が一変した。室内に妙な臭いが漂い始めたのだ。しかし、この場にいる者にとってはよく嗅ぐ臭いでもあった。そんな時、那珂が大きく目を見開いて叫んだ。

「提督!! 何で血出てるの!?」

 川内と神通も即座に提督を見た。確かに提督は出血をしていた。それも手首からであり、出血をしている手とは反対の手には小さなナイフが握られていた。

「しまったっ!!」

 すぐさま三人は提督に駆け寄り、拘束を解き、素早くナイフを取り上げて、傷の手当てを開始する。幸いまだ致命傷には至っていなかったようだ。

「何で、こんな……」

 応急処置をしている最中も川内はカタカタと震えていた。流石にそこまでするとは思っていなかったのだ。

「ツメが甘えよ、川内よぉ……」

 そう言う提督の顔色は蒼いが、不気味な笑顔を浮かべていた。

「俺を縛り付けてる時に隠しナイフの存在に気づかなかったのかよ? 少なくとも俺には逃げ場なんて無さそうだからな。こうするしかねえし、だからお前がマヌケで助かったなんて思ってたんだが、死に損なったなあ……」

 そう言って提督はガクリと倒れ込んでその体を完全に床に伏せてしまった。

「提督っ!!」

「大丈夫です……気を失っているだけですから……」

 そう言う神通の顔色も蒼い。

 

「まさか、手首切るなんて……!」

 と、川内が叫べば、

「そんな死に方痛くて苦しいだけなのに! そこまでして死にたいの!?」

 と、那珂もパニックを起こしかけている。手首の切断による自殺はその部分を通過する動脈を断ち切る事での出血多量による失血死を狙うものであるが、その動脈の上を頑丈な筋肉が覆っている為、まずはそれを切らねばならず、その過程で凄まじい激痛に耐える必要がある。だからこの手法による自殺を遂行してしまう者はそんな激痛に耐えるだけの強靭な意志の持ち主か、そんな激痛でさえどうでも良いと思ってしまう程追い詰められてしまっている人間の、大抵はそのいずれかである。重度の精神病を患った者の中には、これが癖のようになってしまった者というのもいて、日常的に行なっている内に偶々うまくいってしまってそのままポックリ逝ってしまうケースというのもあるにはあるのだが、それはあくまで例外中の例外である。

「私たちがそれだけ追い詰めてしまったって事ですよ。はっきり言って私達は狂ってるんです、提督の愛情が欲しいせいで……」

 そう言う神通にしたって口調が落ち着いていると言うだけで体は震え続けている。

「でも、提督に死なれたら何で私らが狂ったのかわからなくなるじゃん……」

 脱力した状態で床に座り込んでいる川内のその目は虚ろであった。

 

 

 提督が再び目を覚ますとそこは自室のベッドの上であった。今一つ現実感が無いが、ふと手首を見れば丁寧に包帯が巻いてあって、昨日の出来事が現実であり、かつ、自分もまだ生きている事が確認出来た。

(何だよ、結局死ねてねえでやんの……)

 そう思ってふと首を回してみると自分のベッドには川内型三姉妹が突っ伏して寝ていた。恐らく徹夜で看病をしていたのだろう。

 手首以外に異常もない為、もそりと体を起こしてみると、看病をしていた三人もそれにピクリと反応して、ゆっくりと体を起こし、そしてこちらを見て来た。

「提督……起きてるの?」

 川内が深刻な表情で聞いてくる。

「ああ、ついさっきからだけどな」

 と、答える。

「……生きてるんだよね」

「当たり前だろうが」

 と、苦笑いしつつ言うと、三人が一斉に飛びついて来た。

「良かったあっ! 良かったよお!」

「痛えっ! 痛えよバカ! 手首手首っ!!」

「あ、ごめん……」

 三人の体が提督からさっと離れた。喜んで飛びついたはいいものの、提督の手首の傷におかしな負荷をかけてしまっていたようだ。

 

「よかったあ……提督がどうなっちゃうのか心配で……」

 そう川内は言うものの、提督の反応は極めて淡白だ。

「……こういうのも自業自得って事になるんじゃねえの? 誰のせいでこうなったのかわかってんのか?」

「それは、分かってるつもり、だけどさ……」

 ふくれっ面の川内。

「あのなあ、いくら愛情欲しくてもやり方間違ったら意味ねえだろうが。内心嫌がってる相手束縛して脅迫して偽の言葉引き出せたら満足なのかお前は?」

「…………あー、わかったよ。これ以上提督を追い詰めるような真似はしない」

 実に不快そうな表情でそう言う川内。

「自由にはさせてあげる。死なれたら困るからね」

「……随分と偉そうだな、おい」

 提督はそう吐き捨てる。

「そうかもね。けど、それってお互い様だと思わない? アンタが私を無意識のうちに奴隷化してる事実ぐらいはきちんと理解しなよ。あくまで心理的にだよ? 軍の階級とかそういう制度的な問題じゃないからね、これ?」

「奴隷かあ……確かに那珂ちゃんはそうかも」

「ええ。私も提督にいなくなられたら、もう何も出来ませんし……」

 那珂と神通はそう言って川内の言葉に同意しているが、提督は不思議そうに言う。

「俺がお前らを奴隷に……?」

 そんなはずはない。艦隊の運用については極力特定の艦娘に負荷が集中しないよう、注意を払って行ってきたつもりだ。川内型を集中的に過負荷運用したといった記憶はない。

 だが、川内が「自分達は提督の奴隷」と言ったのはそういう事を言いたい為ではなかったようだ。それでは何か、と考えて、提督にはふと思い当たった事がある。

「例えばさ……アンタに『死ね』って言われたら死ねるよ、私?」

 そう川内が言った所、提督は意外な返答をした。

「……んな事は分かってる」

 流石にこれは川内の想定外だったようだ。

「……え、分かってんの?」

「お前ら、ウチの他の奴らと比べると俺の言う事に関しちゃ自分の考え殺してやっちまうような所あるだろ? しかも戦闘以外も本来なら俺か外部の業者に頼むような事も見返り無しでやろうとするしよ」

 提督は三人を見渡しながらそう言う。

「まず神通な」

 提督はそう切り出した。

「自分の部屋の掃除とか結構士官学校で鍛えさせられるもんなんだぜ。だから俺自身がやって然るべきなんだが、神通の方で全部やってくれちまう。俺はお前らを戦わせてる訳だし、出撃の度に死ぬような目にあってるお前に家政婦みたいな真似までさせるのは正直気が引けるんだわ。でもいざ俺の方で部屋の掃除終わらせた後で神通が来た時どうなったと思う? 『私がここで出来る事なくなるじゃないですか』ってすんげえ暗い雰囲気で怒られてよお。さっきも言ったが、俺はお前らを死ぬような目に会わせてる。わざわざ俺の身の回りの事まで気を使う必要ないんだぜ?」

 そう言われた神通は、

「戦う事自体は艦娘として当然の事をこなしているだけですよね? 提督はそんな私達を支える為に一生懸命頑張ってくれてるじゃないですか。むしろそこまでしてくれなくていいと言うくらいに。だったらこちらから何かしてあげないとと思ってもそれは当然だと思うのですが」

 どうやら神通を突き動かしているのは提督を支えたいという気持ちであるようだ。

「次に那珂なんだが」

 提督は話題を那珂に移す。

「お前が歌ったり踊ったりでみんなを盛り上げてくれるのは本当にありがたいぜ。馴染みにくそうな子を馴染めるように気を使ったりしてあげてるだろ? おかげでこの鎮守府の雰囲気もいいしな。でも、お前が本領発揮してるのはそこじゃねえと思ってるんだわ。お前意外と武闘派だよな? しかも何やらせてもそつがねえしさ。一旦戦場に出ちまえば確実に相手仕留めるような戦い方するし。かと言って全然自分本位な戦い方はしないし、むしろ全体を見渡して仲間を守るような戦い方出来るだろ? そこはすげえなと思う所なんだけど、だからと言って他優先で自分を捨て駒みたいに扱うのは感心しないぜ? 傷が癒えてない状態なのに『他の子が心配だから』って無理矢理出撃しようとしたの何回俺が止めたと思う?」

 そう言われた那珂は気まずそうだ。

「だって……みんなが辛そうな顔してるの見るの嫌なんだもん。それだったら那珂が辛い目にあったほうが何倍もいいもん」

「そんな那珂を見るのは俺も辛いんだが、それはいいのか?」

「うっ……」

 那珂は俯いてしまった。それを見てふう、と軽くため息をついた提督は最後の一人を見て、

「最後に川内」

 と言った。今回の騒動の張本人だ。

「本来のお前の仕事じゃないのに、やたら俺の抱えた事務作業引き受けたがるよな。あれは別にお前がやらなくてもいいもんなんだぜ?」

 川内は口を尖らせていう。

「えー? だって提督大変そうなんだもん。別にそういう所で私に負担かけてくれたっていいじゃん」

 それを聞いて提督はまた一つ小さなため息をついて、続ける。

「それに一度、伝令ミスでお前のことを大破状態のまま進撃させたことがあるだろう? そういう指示出しちまった時は一回俺に確認取れって前から言ってたはずなんだが、結局何にも聞いてこねえで突撃しやがってよお、思い切り肝を冷やしたんだぜ? あのときお前が死ななくて心底ホッとしたが、それでも嫌なもんでね……」

「ああ、あん時確かに突撃しちゃったねえ、私。最後に一体だけ敵が残ってたから、それだけは仕留めたかったしね。そこで進撃の伝令受け取ったから、それも良いかと思って突撃しちゃったんだ。……ふうん、一応前科持ちって自覚はあるんだ。コイツは良いこと聞いた」

 ぽそりと「心配してくれてたんだ、あの時」と聞こえないくらいの小さい声で呟いた後、川内はこれ以上ないという明るい顔で、

「提督ってなんだかんだ言って結構ミスするよねえ? アンタがしでかしたミスのうち、利用出来るものは全部利用させて貰うから。アンタをモノにする為にね」

 と、通告した。

 

 結局、その日は提督が怪我をした為に臨時で休暇を取るという連絡が鎮守府内になされた。なお、その怪我の原因については提督が個人的に工廠で作業をしていた所、ミスをして怪我をしてしまったと言う説明を提督自身が直接行い、それでひとまずは全員が納得してくれた為、三人に疑いの目が向けられる事はなかった。

 提督は手首を結構深い所まで切りつけてしまっていたらしく、今だに出血が止まりきっている訳ではない。定期的に汚れた包帯を変えてあげる必要がある。そんな包帯を変える手を止めずに川内は言う。

「良い加減分かってるんじゃないの? 私ら、結構深刻に依存する癖があるみたいだからさ? アンタに居なくなられたらみんな後が怖いよ?」

 提督は大きなため息を一つついて、「どうやらそうみたいだな……」とだけ言った。

 

 その後、提督の秘書艦は原則として川内型三姉妹が交代で勤めるようになった。その事に関して詳しい説明は無かったが、元々この三人が提督のそばに居る事が日常となっていたこの鎮守府において別段疑問を覚える艦娘は居なかった。

 ついでに言っておくと、提督が着替えた際には三姉妹による念入りなボディチェックが入るようになった。また自殺未遂でも起こされたら困るどころではないからだ。一度だけ、もう自殺なんかやらないからこんな事もしなくていい、と言った事があるのだが、川内から「それだけは絶対に信用する訳にはいかない」と凄まじい形相で言われてしまった。元々は万が一深海棲艦の捕虜となった場合の自決用として隠し持っていたもので、その事も説明してみたのだが、「そんなもんを身内相手に使ったんだよねえ、アンタって?」とツッコミを食らってしまってそれ以上の反論は出来なくなってしまった。だからそれ以降ボディチェックは甘んじて受けるようにしている。

 

 

 今日の秘書艦の担当は川内で、提督がふと彼女に声をかける。

「川内」

「何?」

「今更な質問なんだが、お前、本当に俺に惚れてんのか?」

「当たり前じゃん。じゃなきゃ何であんな事する? こうやってずっと一緒にいたがったりする?」

「まあ、以前だったら、単純にからかってるのか、あるいは子供がオモチャ欲しがる感覚なのかなとか、そんなふうに思ってたもんでね」

「ひっど! 幾ら何でも私らそこまでガキじゃないよ」

「大体よお、俺に惚れた理由って何よ?」

「それは私にも分かんないなあ。気が付いたらそばにいてくれないとダメになってたんだよねえ。何だろ、コタツみたいなもん? あれって一度入ると気持ち良くて抜け出すの大変じゃん?」

「何だそりゃあ……」

 提督は呆れる。まるで答えになっていない。そんな提督を見て突如川内はこう言った。

「納得して貰えてないみたいなんで追加情報を出しまーす」

 とは言え、提督に惚れるきっかけになった原因についての話ではない。川内が何故あんな行動を取ったかについての補足であった。

「やっぱさ、提督って艦娘の恋心的な部分を刺激しちゃうような所があるみたいなんだよね。で、他の子もそんな雰囲気出し始めててさあ、モーションかける気満々な子とかも出始めてるし、そりゃ焦るよね。他に取られるのだけは嫌だったしさ」

「そこで諦めるとかなかったんだろうなあ、お前の場合」

「逆になんでそこで諦めるのかって聞きたいんだけど?」

 と言ってから川内は続ける。

「いい加減さあ、『私以外見てない』ってはっきり言ってくれればいいのに、そんな事言ってくれそうにないし。まあ、あんな事したからもう言ってくれるはずはないと思ってるけどさ」

 そして何て事のないように川内は言い切った。

「でも待つよ私。『お前しか見ていない』って言ってくれる日。そりゃあれだけのバカやったんだもん。一生そんな言葉貰えないどころかそのまま地獄に行くぐらいの覚悟は出来てるって。でもここにいる間ぐらいは夢見てもいいでしょ?」

 

 川内をじっと見ながら提督は思った。

(ホントこいつ俺の事が好きなんだな)

 改めて彼女に対する見方を変えてみれば、何がどうあっても離れたくないと考えてしまう程に提督の事を想っている。だから常に彼女の視界の中心には提督の存在がある。それが痛い程伝わってくる。自然と川内の頭に手が伸びた。

「ちょ、ちょっとお! いきなり頭撫でたりとか何考えてんの?」

「何でだろうな。撫でてみたくなった。で、今日のお前ってこの後何も予定は無いはずだよな?」

「ん、まあ、そうだけど……」

 不審げに見てくる川内に対して提督は言い放つ。

「俺も今日の分の仕事は終わっててやる事が無い。だからこの際この後の時間はお前をアッチ方面も含めて甘やかす時間にしようと思ってな」

「はあっ!?」

 流石の川内も提督のこの明後日すぎる発言には驚くしかない。

「えっと、甘やかすっ!? アッチ方面も含めて!?」

「当然だ。ドロドロにしてやるよ。嫌か?」

「嫌じゃないどころか非常に魅力的な提案だけど……あー、そのー……いいの、そんなことしちゃって?」

「のめり込んでみる以外の方法があればよかったんだがな。仮にそんな方法があれば俺はお前らから逃げられんのか?」

「……そんなワケないじゃん。私らが提督をそばに置く為に手段を選ぶと思う?」

「思わねえなあ……まあ、要するにそれだけ俺のそばに居たいって事だろ? どうせ離れらんねえなら逆に嫌って言いたくなる程甘えさせてみたらどうなるか試してみたくなっただけだ。そんな事やる奴まず居ねえだろうしな。だから来い。元々俺に変な執着してるの除けばすげえ魅力的な女なんだからな」

 そう言って提督は執務室の机から立ち上がって歩き始めた。

「え? 何? もう今からやるっての? あー、知らね。私がアンタにますます依存するようになるだけだってのに」

「そんなの元からだろうが」

「いやそりゃそうなんだけどさ。はあ、もう好きにしなよ。はっきり言って、私今めっちゃテンション高いからね? もう歯止めきかないよ?」

「ああ、そんなん見てりゃ分かる」

 思わず川内は足をピタリと止めて先程の提督の言葉を頭の中で反芻してから「ハンッ」と言って、

「……なんでその観察力を前は発揮出来てなかったんだよ。ったく」

 と呟きつつ、頭を掻きながら提督について行く。

「提督の部屋でシャワーぐらいは浴びて良いんだよね?」

「好きにしろ」

 そんなやりとりをしながら提督の私室に向かう二人であった。

 

 

 翌日には、どこか腑抜けて提督に甘えたがるかのような状態になってしまった川内がいて、更にその翌日から翌々日にかけて同じく甘えたがるかのような状態になった川内の妹たちの姿が確認されたとの事である。

 ついでながらこの変化について不思議に思った艦娘の一人がそれとなく川内に聞いてみたところ、

「いやあ、やっぱ伝えるべきもんはきちんと伝え合わないとダメだよねえ」

 と、どこかフワフワとしたような雰囲気と共に全く理解の出来ない返答が返ってきたそうだ。

 非常に珍しいケースではあるが、たまには愛情を思う存分暴走させて見るというのもお互いの関係を円満に収める為には役に立つ事もあるようである。


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