鏡映のモノポリー   作:まみゅう

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02.不都合はないの

「最近機嫌悪いねぇ、何かあったのかい?」

 

 言葉だけを拾えば、あたかもこちらを気遣うような台詞。

 しかしそれを発した隣の奇術師に本来の意味での気遣いなどないだろうし、そもそもイルミ自体気遣われるのを嬉しいとも思えない。どうせこの男は暇を持て余していて、なんでもいいから刺激が欲しいだけなのだ。

 

「別に」

 

 強引に誘われ、仕事終わりに立ち寄った高級なバーは客もまばらで居心地がいい。あまり会話をする気にはなれずイルミはいつも以上に素っ気なく返事をしたが、かえってそれはヒソカの好奇心を煽っただけのようだった。

 

「何もないのに、そんなピリピリしてるのかい?」

「ヒソカには関係ないでしょ」

「相談なら乗るよ?ボク達は友達じゃないか」

「は?キモいヒソカ死んで」

 

 最初から無いとはっきり言っているのに、しつこい男だ。だが、裏を返せばそれだけヒソカが確信をもって”何かがあった”と感じているということだろう。「また弟くんのことかい?」当たらずとも遠からず。観念したイルミは小さく息を吐いた。この調子だとこちらが何か言うまでヒソカは諦めないだろう。

 

「まぁね、少し気になることがあって」

「へぇ、また訓練が嫌だって逃げ出したりするのかい?」

「……なんで知ってるの?オレ、そんなにヒソカに弟の話したっけ?」

「キミは仕事か弟の話しかしないだろ。会ったことはないけど、有望だって聞いてるから楽しみにしてるよ」

「手を出したら殺すから」

 

 言われてみれば、確かにこのやり取りも既視感がある。仕事以外でキルアが外に出ることは無いから大丈夫そうだが、ヒソカへの警戒は怠らないようにしようと思った。

 

「ていうか話戻すけど、今はやる気がないわけじゃないんだよね。むしろ前よりあるよ」

「え?じゃあいいじゃないか、一体何が気に入らないんだい?」

「……うん、まぁ、そうなんだけど」

 

 ヒソカの言ったことは実に正しい。それがわかっているからこそイルミはもやもやしているのだ。「正確には、やる気を出すことになった理由が気に入らない」握ったままのグラスの酒は、ちっとも減っていなかった。

 

「うちにね、母さんの昔の知り合い――って言っても本人同士に面識はなくて、知り合いの娘って立ち位置なんだけど、そういう女が訪ねて来てさ」

 

 ゆっくりと話し始めながら、イルミは女に初めて会った日のことを思い出す。あれは確か三か月くらい前のことだ。まだ二度ほど、それもどちらも一瞬しか会ったことはないが、記憶は褪せずあの女の顔が、特に瞳の印象が強く残っている。

 

「最近オレは長期の仕事に出てて不在だったから知らなかったんだけど、結構頻繁にうちに来てたみたい。いい話し相手になるみたいで、母さんがすごく気に入ってるんだ」

「へぇ」

「家に来るようになってから、必然弟たちとも会ってるみたい」

「で、キミの可愛い弟くんはやる気を出している、と。

 別に悪い話だとは思えないけど……まさかキミは弟くんがその女を好きになったら困るとか言い出すつもりかい?」

 

 こちらがまだ何も言わない内から、ヒソカは大げさに呆れたような顔をした。「それもないわけではないけど、そうじゃないよ」女とキルアとでは流石に歳が離れているし、仮にキルアが淡い想いを抱いたとしても所詮一時的なものだろう。イルミが気に入らないのはそういうことではないのだ。

 

「少し、気味の悪い女でね。何がとは言えないけど、穏やかじゃない雰囲気があるんだよ。それがオレの知らないうちに、家に入り浸ってたことが既に気持ち悪い」

「なるほどねぇ、お父さんは何も言ってないのかい?その、見ず知らずの女が家に来ることに対して」

「さぁ、様子見って感じじゃない?女自体の実力は脅威になるほどじゃないんだ。いつだって殺せるし、今のところ居ても特に差しさわりが無いから放ってるように見える」

「お母さんの知り合いで、弟くんも気に入ってるし?」

「そう」

 

 だからイルミも手が出せない。気に入らないが、今はまだ放っておくしかない。曲がりなりにも彼女は侵入者ではなく、ゾルディック家に招かれた客人だからだ。

 

「まぁ、イルミがもやもやする気持ちはわからなくもないけどねぇ」

 

 ヒソカはそう言って、頬杖をついた。どうやら話を聞き終わって、あまり興味がなくなったらしい。勝手な奴だ、とは思ったが、こちらも解決を求めてヒソカに相談したわけではないのでそれ以上話すことは何もなかった。今更思い出したように、グラスの酒に口をつける。

 

「でもさ、キミ、それって単に気持ち悪いだけじゃなくて焼きもちなんじゃないのかい?」

「は?焼きもち?」

 

 アルコールの強い香りが鼻をついた。けれども流し込んだそれはイルミにとって水と変わらない。予期せぬ言葉に思わず聞き返せば、ヒソカはにやにやと意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「うん、つまりね、キミは突然やってきたよそ者が家族に気に入られていることが面白くないんじゃないのかなって」

「バカじゃないの?」

「おやおや気を悪くしたならごめんよ。でも実際、よく喋るお母さんの話し相手ができて、気にしていた弟くんも修行にやる気を出してるんなら好都合じゃないか。だからお父さんも放っている、そうだろう?」

「……」

 

 違う、と言うのは簡単だったが、自分の抱いている不快感をきちんと説明できる自信が無かった。「ヒソカはあの女のことを知らないからそう言えるんだよ」悔し紛れに言い返したが、実際イルミだって詳しいわけではない。それどころか、ほとんど何も知らないと言っていいだろう。

 

 あの女についてわかっているのは、名前と顔と出身地。それから嫌に家族に気に入られているということだけだった。

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