鏡映のモノポリー   作:まみゅう

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20.嫌よ嫌よも嫌がらせ

 

 仕事が立て込んでいる、というのは何も結婚を先送りにするためだけの嘘ではなかった。

 リリスが家に来るようになってからは対策と捜索に時間を割いていたし、いざ婚約者として迎える準備にもそれなりに手間と時間が掛かっている。いい加減、仕事が溜まりに溜まっているということだ。

 

 そのためリリスを家族の前で紹介してから、イルミはほとんど家を留守にしていた。もっともその間、世話好きな母親がはりきってリリスの生活を整えていたので、彼女の部屋は問題なくイルミの隣に用意されている。

 留守中の彼女の様子は、ミルキに命じて全て連絡させていた。お陰でイルミの知らないことは何もないし、彼女の考えもおおよそだが読めている。

 

 私用船を降り、久しぶりに我が家に帰ってきたイルミは、この際だから少し忠告しておくかと考えた。そしてそのままリリスの部屋ではなく、屋敷の北側にある図書室へと足を進める。

 ミルキの話では、ここ最近リリスは一人の時間を持つと決まって必ず図書室に向かうらしい。花嫁修業と称してキキョウにあちこち連れまわされるのでそう多くはない時間だが、なにやら熱心に調べ物をしているようなのだ。

 

 音もなく扉を開けたイルミは埃っぽい図書室の空気を吸い込む代わりに、そこにいた彼女の名前を呼んだ。

 

「やぁ、リリス。随分と勉強熱心なんだね」

 

 声をかけられてびくりと肩を跳ねさせた彼女は、ゆっくりとこちらを振り返る。その表情から突然の声掛けに驚いただけではなく、何か疚しいことがあるのは明白だった。

 

「……えぇ、まぁ。私には学がありませんから。花嫁修業の一環ですよ」

「へぇ、意外だな。リリスがオレとの結婚に、そんなに乗り気だったなんてね」

「……」

「どう?それで、神字については何かわかった?」

 

 腕を組み、後ろの扉にもたれかかるようにして尋ねれば、リリスは悔しそうな表情になる。それがものすごく気持ちよかった。攻守交代とは言ったものの、リリスがイルミに勝てるわけがない。解放されたければ自分を殺してみろと焚きつけたが、そんなことが無理なのは初めからわかったうえで言っていた。リリスの嫌がる顔を見るのが、楽しくて仕方がなかったのだ。

 

「相変わらず、どうしようもないほど性格が悪いですね」

「どうだろう。お互い様じゃないかな。リリスだって、オレを出し抜こうとしてたんでしょ?」

 

 そもそもの実力差があるうえに念も使えないとなっては、彼女が指輪の解除を優先するのも無理からぬ話だ。しかし、付け焼刃の知識でどうにかできるほど、神字というのは簡単なものではない。

 イルミも実際に作ってみて、できればもう二度とやりたくないと思っていた。オーラをスイッチに効果を起動、というだけなら簡単だが、そこへ細かな設定を追加すると途端に組み込む文字とデザインが複雑化する。効果の加減も難しいし、さくっと殺して次々行きたいイルミとしては、今後仕事に取り入れるメリットもないだろう。

 

 イルミの指摘にリリスは返事をしなかったが、どうやら開き直ったらしい。こちらの存在を無視して、元のように本へ視線を落とした。

 

「ところで、前から気になってたんだけど、いい加減その敬語もやめない?名前も呼び捨てでいい。婚約者なのに不自然だよ」

「……婚約者でも、ご両親の前でのさん付けはむしろ普通だと思いますが」

「キル達には砕けた口調なんだから、今更それは道理が通らないね」

「……」

 

 リリスは相変わらず都合が悪くなると返事をしない。だが、別にそれはどうでもよかった。そうやって彼女を黙らせてやりこめているだけでも、婚約以前は考えられなかったことだ。言い返したいだろうに言い返せない、という状況は彼女にとってかなりのストレスだろう。

 

「そうだ、これから簡単に食事をとろうと思ってるんだけど、リリスも来なよ」

 

 イルミは更に自分勝手に話を進めると、近づいて彼女の読んでいた本を無理矢理閉じた。

 

「……私は遠慮させていただきます」

 

 敬語を使うなという話は、早速無かったことにされているらしい。他の家族の前では仲良く振舞わなければならないので、リリスは特にイルミが含まれた家族団らんの場を嫌がった。

 しかし嫌がるからこその提案である。本を取り戻そうした彼女の手を掴み、イルミはこれ見よがしに指輪を撫でて見せた。

 

「言い方が悪かったのかな、これはお誘いじゃないよ」

 

 命令だ、と圧をかければ、彼女の身体に緊張が走るのが手に取るようにわかる。デモンストレーションのときに味わった苦痛を、彼女はまだちゃんと覚えているらしい。

 

「……わかった」

 

 しかし、頷いて席を立った彼女はその態度ほど素直な瞳をしていなかった。恐怖と嫌悪を色濃く宿しながら、それでもやっぱりイルミに対する憎しみが失われてはいない。それを見ていると愉快な気持ちになってしまうのは、我ながらどうかしているとしか思えなかった。

 

 

 ▲▽

 

 

 正直な話、リリスの本心を確認するチャンスは今まで腐るほどあった。

 一番の障壁である兄はずっと仕事で各地を飛び回っていたし、親父にも認められたリリスは、もう正式な婚約者としてゾルディック家に部屋を与えられている。これまでのようにいつ来るかわからない彼女の訪問を待って、数時間で帰ってしまう彼女に時間を合わせる必要は全くなかったのだ。

 

 しかし、キルアはそうした状況下にあっても、結局リリスの気持ちを確かめられずにいた。それどころかむしろ、前のように彼女にべったりくっついて時を過ごすこともなく、距離を置いて生活しているくらいだ。

 それを勝手な執事たちは、イルミ様にリリス様を取られて拗ねてらっしゃるのだとか、逆に義姉として認めたからこそ、節度を持った対応をされているのだとか好き勝手に言っている。誰もキルアの本当の気持ちをわかろうとはしないし、キキョウやカルトが兄の祝い事にはしゃげばはしゃぐほど、それに馴染めないキルアは孤立を深めていた。

 

 

「おい、キル。ちょうどいいところに。お前もちょっとつき合えよ」

「は?なんだよ、豚くんが部屋から出てるなんて珍しいじゃん」

 

 自主訓練を終えて部屋に戻る途中の廊下で、ミルキが巨体を揺らしながら近づいてくる。ほんのちょっと走っただけなのに次兄は荒い息を吐いていて、なんでこいつの体型が許されてるんだろう、と今更な疑問をぼんやり抱いた。

 

「イル兄が帰ってきたんだよ。で、ご飯食べるから付き合えって」

「それを聞いて誰が行くかよ。だいたい帰ってきたばっかのイル兄はともかく、俺たちはさっき飯食っただろ」

「夕食はな、夜食はまだだろ!俺だっていつもは部屋で食ってるよ。でもイル兄が呼んでんだ。俺だけ呼ばれてキルが呼ばれないなんておかしいだろ!」

「意味わかんねぇ、どういう理論だよ」

「とにかくいいからお前も来いって!」

「離せよ、俺は行かねーって」

 

 純粋な戦闘では負ける気などしないが、こうした下らないやり取りだと、体格差のあるミルキを振り払うのは難しい。強引に引っ張られてよろけたキルアがそろそろ本気で抵抗するかと足に力を入れたところで、ミルキは思いもよらないことを口にした。

 

「お前だって、ホントはリリスのこと心配なんだろ!」

「……は?」

 

 思わず驚きに目を見開けば、ミルキの引っ張る力が弱まる。「……なんでそこでリリスが出てくんだよ」キルアも抵抗するのをやめ、兄のほうへと向き直った。

 

「久々のイル兄の帰宅なんだ。俺が呼ばれて、婚約者のリリスが同席しないわけないだろ」

「……あっそ、そりゃお熱いことで」

「キル、お前それ、本気で言ってんのか?

 だとしたら、女心をなに一つわかってねぇぞ」

 

 コンピュータとしか恋愛したことなさそうな兄に、女心について偉そうに語られるのは心外だ。しかし反論できるほどキルアだって女心に詳しいわけではない。そもそも恋愛なんてする余裕は、この家の子供にはないのだから。

 

「あの二人、皆の前ではそこそこ仲良く振舞ってるけど、二人のときでも嫌味なくらい敬語だし結構ピリピリしてんぞ。イル兄からも留守中リリスの監視を頼まれてたし、相思相愛なんて笑えない冗談にもほどがあるぜ」

「……どういうことだよ。じゃあなんでリリスは、」

「わかるだろ!あの兄貴のやりそうなことくらい」

「……」

 

 相手を意のままに動かすために、騙すよりも簡単な方法はいくらでもある。実際、キルアは兄にそれをやられた。

 

 ――リリスを殺されたくなかったら、オレの言うことを聞いておいたほうがいい

 

 

 リリスが何を理由に脅されているのかはわからない。しかし脅す兄のほうは容易に想像がついたため、冷たいものが背筋を走る。

 もしも、彼女が騙されているだけなら、キルアの暴露はリリスを傷つけるだけだが、脅されているのなら話は別だ。どうにかして彼女を助けなければいけない。キルアが巻き込んでしまったリリスを、このままになんかしておけない。

 

「ま、もうリリスがどうなろうが知ったこっちゃねーって言うんなら無理に誘わねぇよ。でもうざいからいつまでも俺は不幸です~みたいな顔してんな」

「はぁっ!?誰がそんな……!」

 

 反論しかけて、キルアはしていたかもしれないとぐっと押し黙った。少なくとも、自分が傷ついているということだけに目を向けて、リリスの様子に気を配る余裕がなかったのは確かだ。

 

「……わかった、俺も行くよ」

 

 行って今度こそ、リリスにちゃんと向き合おう。

 キルアはそう決心すると、見た目ほど足音のしない兄の後ろへ続くことにした。

 

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