鏡映のモノポリー   作:まみゅう

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08.違和の足音

 ありえない。そんなはずない。

 

 頭の中で繰り返し呟くが、近づけば近づくほどあの女の気配であると確信する。

 地下の訓練室から、母親のお茶部屋に向かって一直線に歩を進めたイルミは、柄にもなく動揺していた。先ほどキルアに、暗殺者なんていやだと言われたのも地味に効いているのかもしれない。これまで地道に築き上げてきたものが崩れつつあるような錯覚に陥り、自然と早足になる。

 

 

「まぁ!!!イルミったらどうしたの?!?」

 

 いくら家族とはいえ、いつもならノックもするし、これほど乱暴にも扉は開けない。 気配を隠しているつもりは一切なかったが、突然現れ、無言のまま立ち尽くす息子に、さすがのキキョウも驚いたようであった。

 

「なぁに?どうしたの???キルは……ええと、あら、まだ地下にいるじゃないの」

 

 キュイン、と目元を覆うスコープが音を立て、キキョウはまずキルアの様子を確認する。そうだ。本来ならまだイルミはキルアの訓練中であり、この場に現れるのはおかしい。イルミが大事な弟の訓練をすっぽかすなんてあるはずないのだから。

 

 しかし、イルミにしてみれば、それ以上にありえないことが目の前に起こっていた。 

 確かに殺したはずの女。それもひと月も前の話だ。リリスの力量から考えてあの強さの念で死なないわけがないし、針を刺すときにほとんど脳も破壊した。万一、生きていたとしても”ゾルディック家に関わるな”という操作もあるはず。

 

 イルミはただ言葉もなく、警戒の姿勢をとった。隠していた針を指の間に握り、いつでも投擲できる状態になる。「イル!!」しかし驚いた声をあげたのはキキョウだけで、リリスは目を見開きこそすれ、椅子から立ち上がりもしない。

 

「イルったらいきなりなんのつもりなの!?」

「母さん、退いて」

「ダメよ!!!せっかく久しぶりにリリスさんが訪ねて来てくださったのよ!!あなたの殺気は素晴らしいけれど、お客様に向けるのは失礼だわ!!やめなさい!!」

「……っ!」

 

 面と向かって母親に否定をされ、思わず心臓が跳ねる。これまでイルミは”褒められる”か”わざわざ褒められはしない”かの二通りしか知らなかった。それはイルミがいつも家のために正しくあろうとして、正しいことを行ってきたからだ。

 母は大げさに褒めたりもするが、父や祖父は当然のものとしてあえて口に出して褒めるようなことはしない。そもそもうちは家族間で方針が違えばインナーミッションが行われる。イルミはとっくに成人しているのだし、いつまでも親の言うことを聞かなけばならないというのはナンセンスだ。

 

――それなのに、

 

「……」

 

 どうしても身体が動かなかった。

 何もキキョウが身を挺してリリスを庇っているわけではない。驚いて立ち上がってはいるものの、イルミとリリスの間に障害はなく、針を投げることは可能である。しかし、イルミが動き出そうとするよりも先に、ぱちぱちぱち、と場違いな拍手が部屋に響いた。

 

「イルミさん、ありがとう。すごかったです。自分で頼んでいたくせに、すっかり忘れて本気でびっくりしてしまいました」

 

 それまで黙っていたリリスの、突然の行動。

 発言自体の意味も分からず、イルミは眉を顰める。しかし、理解できなかったのはイルミだけではないようで、キキョウも不思議そうに首を傾げた。

 

「どういうことなのかしら……???」

「すみません。次来るときは侵入者として扱ってほしいと、私がお願いしたのを忘れていたんです。最近、潜入系のお仕事が多いのでプロに練習相手になってもらおうと思って。それなのに私が忘れてすっかり普通にご馳走になってたから、キキョウさんまで驚かせてしまいましたね」

「まぁ、そうだったの!!!そういえば、イルミもリリスさんと仲良くなったって言ってたわね!!お仕事のほうで話が合うのかしら?!」

 

 そんなことは言っていない。少し話した(それも実際には脅しだ)と言っただけだし、リリスの仕事が裏家業だというのはミルキの調べによる単なる知識だ。そもそも戸籍もなく、図々しく暗殺一家を訪ねてくるような女が、真っ当な仕事をしているわけもないのだから。

 

 しかし、キキョウの誤解は気に入らないものの、リリスの話は好都合だった。さっきはつい頭に血が上ってしまったが、そもそもイルミは表立っての衝突を望んでいない。針をしまうと、感情のこもらない声で「ひどいなー」と言った。

 

「リリスがやれっていうから、やったのに。そっちは忘れてのんきにお茶か」

「ごめんなさいね」

「いいよ別に。ていうか久しぶりだね。今までどうしてたの?」

「少し、トラブルに巻き込まれまして」

 

 我ながら白々しい会話だ。しかしキキョウは気づく様子もなく、嬉しそうにスコープを点滅させている。「トラブルなんて大変そうだね。手伝ってあげようか?」料金はお前の命だけど、と心の中で付け加え、イルミは自然に席に着く。

 

「母さん、少しリリスを借りてもいい?仕事の話をしたいんだ」

「ええ!!いいわ!私もリリスさんに見てもらいたいお洋服があるし、向こうの部屋で準備して待ってるわね!!!」

 

 おほほほほ!と高らかな笑いを残し、キキョウは部屋を出ていく。

 二人きりになった瞬間、しん、とやけに部屋が静まり返ったような気がした。

 

 

「……で、一体どんな手を使ったわけ?」

 

 わざわざイルミの行いを告発せず、余計な嘘までついたくらいだ。てっきりリリスのほうから何か言ってくるのかと思いきや、彼女は横顔のまま、目すら合わせない。

 

「ご自分で考えられては?」

 

 そう素っ気なく一言だけ返すと、毒入りの紅茶に涼しい顔で口づける。

 別に、イルミだって素直に答えてもらえるとは思っていなかったが、あからさまな彼女の態度にはイラついた。

 

「敵意は相変わらずみたいだね。オレに殺された、って母さんに泣きつかなくてよかったの?」

「言ってもいいんですか?お宅の息子さんは私を殺り損ねましたよって」

 

「いいよ、別に」

 

 悔しさを押し殺し、平気な顔をする。「その時はお前の化けの皮もはがれるだけさ」リリスの目的が何にしろ、彼女がバラさなかったということは今がその時ではないということなのだろう。

 ならばまだ、チャンスはある。実際、これは仕事ではないのだから、何度殺し損ねようと最終的に殺せればそれでいい。

 

 頭ではそう考えたが、実のところリリスの告発を恐れてもいた。失敗そのものよりも、失敗したことを家族に知られるほうが嫌だった。

 だから殺すならなるべく早いほうがいい。さっさとこの女を殺して、何もかもなかったことにしたい。

 けれどもそんなイルミの内心を見透かしたように、リリスは鼻で笑った。

 

「言っておきますけど、何回殺っても無駄ですよ」

「……試してみる価値はあるよ」

 

 何度やっても無駄だなんて、そんなわけない。いくら優れた念の遣い手だろうと死なないことはないし、彼女の蘇生が念によるものなら尚更だ。不死ほどの強力な念になれば発動条件が厳しいはずだし、それ相応の高いリスクも伴うはずである。

 

「では今、試してみます?」

 

 そんな安い挑発に乗るわけにはいかない。この場でこの女を殺すメリットはゼロだ。せいぜい、イルミの気が少し晴れるくらいのものだろう。苛立ちは確かにイルミを内側から苛んでいたが、それを誤魔化すようにこちらも鼻で笑い返す。

 

「先に母さんが楽しみに待ってるみたいだからね。オレはその後でいいよ」

 

 実際、キキョウの気配はこちらに近づいてきていた。おおかた、待ちきれなくなって呼びに来たのだろう。執事でも寄越せばいいものを、キキョウのリリスに対する執着は異常なほどである。

 

「イル!リリスさん!!そろそろいいかしら?」

「あぁ、こっちは終わったよ」

 

 立ち上がって扉を開けてやれば、入口のイルミはそっちのけでキキョウはリリスに向かって手招きする。もともとテンションは高いほうだけれど、リリスの前ではまるで友人とはしゃぐ若い娘のようだ。

 

「昔、私達が憧れていた隣町のドレス店、覚えてるかしら???今日はそこから特別に取り寄せたものがあるのよ!!!ショーウィンドウに飾ってあったものと少しデザインは違うけれど、同じデザイナーの物なの!!」

「まぁ、それは素敵!」

 

 リリスも先ほどまでのイルミとのやりとりが嘘だったみたいに、ぱっと顔を輝かせた。そこにイルミなんていないみたいに、女二人で楽しげに言葉を交わしている。リリスのあまりの変わりようとその勢いに一瞬呆気にとられたイルミだったが、ふと何か引っかかるものを感じ、母親を止めようとした。

 

「じゃあイル、あなたはキルをよろしくね!!今日から厳しくするんでしょう???頼りにしているわ!!」

「あぁ……うん。任せてよ」

 

 キル、という単語に反射的に頷く。そうだ、忘れてなんかいない。イルミはこの家のために可愛い弟を立派な暗殺者にしなければならないのだ。そしてそれと同じくらい、家自体も守らねばならないと思っている。

 

「ねぇ、母さん、」

「行きましょ、リリスさん!!うふふ、まさか二人で思い出のドレスを着れる日が来るとは思わなかったわ!!楽しみねぇ!!」

 

「母さん……?」

 

 嫌な予感がする。すうっと胃の腑のあたりに冷たいものが落ちていくのが感じられた。

 キキョウの名前に対する執着は、異常な“ほど”なんかじゃない。“異常”だ。二人は友人の娘と母親の友人という関係のはず。歳も離れているし、直接の面識などなかったはずだ。

 

 それなのに思い出のドレスとはどういうことだ?

 

 仲よさそうに談笑しながら衣装部屋に向かう二人からは、流石に足音一つしない。

 けれどもイルミは忍び寄る違和の足音を、この時確かに聞いた気がした。

 

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