この世は、ふたつの異なる界層で成り立っている。
数百年に及ぶ長い戦乱を納め、現在まで続く平和な大国“天城の籠”を築いた天上界。その名の通り、空に浮かぶ城や小島で形成され、暮らす民の多くは飛翔能力を生まれ持った鳥族である。故に、この国で罪を犯した鳥族は天城の王が持つ至宝によって飛翔能力を失われる。それは鳥族にとって死刑より恐ろしい罰とされており、飛べない鳥族は世間的に罪人扱いを受けるようだ。
そして今尚、戦火の絶えない戦乱の歴史を築いている対照的な中庭界。三つの大陸で成り立っており、中庭界という世の覇権を争っている。天上界と違い、飛翔能力を持たない種族の暮らす界層で、多種多様な民族が生活しているのだが、近年では各大陸にある村や小国を制圧して、それぞれを支配圏とする大きな力を持つ猫族の魔女たちが中心となってからは、さらに戦況は激化しているようだ。
しかし今までは、暗黙のルールとして異なる界層は互いに不可侵とすることで関わりを避けてきた。ところが、そんな無理を承知の上で天上界“天城の籠”に来訪者は現われた。
>物語は、ここから始まる<
天上界“天城の籠”城門を背に、少年・キキは立ち尽くしていた。
『遠路遥々来て貰ったところ申し訳ないが…君に力を貸す事は出来ない』
それが、必死に頭を垂れて救いを求めたキキに対する天城の王の答えだった。
無論、キキは自分の立場で出来得る限りの報奨を提示したのだ。例えば領地…小国ゆえ僅かな土地だが中庭界に領土を持たない当国なら対価になると考えた。例えば報奨金…命の対価として払うのなら、どれほどの大金であっても何十年掛けてでも負債する覚悟だった。最悪、救ってくれるなら隷属国扱いすら覚悟していた。しかしそこまで食い下がっても国王は悲しげに首を振るだけだった。
『そういう問題ではない。我ら天城の鳥族が、中庭界の争いに荷担する事実が容認できないのだ…これを破れば天上界にも戦火が迫るかもしれん。解ってくれ』
王たる者、民を危険に晒す訳にはいかない。当然だ…同じ立場ならキキも同じように考えるだろう。
それでも悔しさは拭いきれない。キキもまた独立したばかりの小国とはいえ、一国の王子なのだ。
国で待つ皆の期待を背負ってきたというのに、どう顔向けすればいい?
「くそ、このままじゃ帰れない…!」
整った短い栗毛を乱雑に掻き毟った、その時だ。
「あなた、迷子なの?」
唐突に掛けられた声に驚いて顔を上げると、目の前にラフなワンピース姿の美少女が立っていた。そう、美少女だ。流れるように美しい金の長髪だが、両サイドだけ染めているのか、黄緑色に変色している。興味津々といった大きな瞳はジッとキキを見つめており、次の言動を待っているようだった。
(ここは……)
そこまで思って初めて自分が周囲を少なくない喧騒に包まれた街中に居ることに気がついた。
どうやら呆然としたまま無意識に歩いてたらしい。
「大丈夫? 顔色が良くないみたいだけど……」
これは少し不味い。
別段“天城の籠”に鳥族以外の他種族が入ってはいけないといった法律などないのだが、目立たないに越した事はない。離れよう。
「いえ、大丈――」
「もしかして迷子の前に腹ペコさん? だったらミミズの串焼き食べる? リンもさっき初めて食べたんだけど、いつも食べてる物とはまた違った味なんだよ? いわゆる庶民の味? それとも家庭の味? あ、でもリンの家じゃないから違うかな? とにかく一口ど~ぞ♪♪♪」
「ちょっ、待ッ――うぶ」
マシンガントークの如くまくし立てられた挙げ句、彼女…リンの持っていた肉塊を口元に突っ込まれ、キキはその衝撃的な味に言葉にならない悲鳴を上げた。
「~~~!!?」
直後、条件反射のように隠してた獣耳と栗毛に包まれた尻尾が露となった。
そこでリンも自分の過ちに気づいたらしい。
「あれ!? あなた鳥族じゃないの? じゃあ何でこの国に……あ、観光とか?」
何から答えればいいかキキも迷うところだが、今は口内を支配する暴力的な珍味をどうにかしたくて転げ回っている他ない。
そして、そんなことをしてれば否応無く悪目立ちしてしまう。
「うーん、とりあえず場所変えようか。……ここに居ると見つかっちゃいそうだし。うん、そうしよう!」
リンはそう独り納得したかと思えばキキの意志を確認することなく手を引いてキキは商店の路地裏に連れ込まれてしまった。
>物語は、続く。<