ひとしきりはしゃいで抱きつき終えた後、リンはひとつだけ疑問に思ったことを口にした。
「ところで皆、金色のカーテン? 布みたいなの纏ってるの? あ、兎族の民族装束だったりする?」
その発言に、場の一同が顔を見合わせる。
「我々は特に衣装を代えたりしていませんが」
戸惑いの色を含んだユキの言葉に、リンは言う。
「嘘! 少なくともリンの目が見えなくなる前には着てなかったじゃん!」
ほら、とリンはウサメの羽織っている金色の布を掴もうとしたが――スカッと手が空振りした。
「あ、あれ?」
何度か繰り返しても触ることは出来なかった。
「ソラ、どう見える?」
「いつもの悪戯や悪ふざけじゃない。少なくともリンは嘘をついていない」
「幻覚症状かぃ? 薬で毒は抜けているはずだけど…」
呟きながら手近にあったスプーンをかざし「何本に見える?」と問われたので1本と素直に答えるリン。
「ちなみにその食器には、色のようなものは見えますか?」
「ううん。周りの物や景色は普通に見えるけど…」
しかし改めて見回している内に、リンは小さな違いに気づく。
「あっ、キキだけ黄緑色っぽい布な気がする!」
「え、僕ですか?」
それを聞いて、ソラとユキは顔色を変えた。
目に見えても触れられず…この場でキキだけに当てはまる共通点。加護だ。
「リン様、おめでとうございます! こんなに早く開眼されるとは…ユメ様さえも、オーラの開眼には相応な年月を有したと聞いております」
「信じがたいが、現状ではそれ以外に該当する症状がないな」
ユキは大袈裟に讃え、ソラは呆然と呟いていた。
「オーラ? なにそれ?」
「長くなりますので説明は追々。とりあえず病気ではありませんので御安心を」
「ま、慣れない内は違和感だらけだろうけど」
「うん、まあいいわ。とりあえず外に出ましょ?」
丸二日を取り戻さんとするかの勢いで、リンは村を巡ってまわった。
リンの性格は他人行儀な心の壁を一切感じさせず、村人の野兎・穴兎族たちに受け入れられた。
ユキが予め身分は明かさぬようにと言っていなければ、素で素性を明かしていたかもしれない。しかし、逆に素性を隠して国内を駆け回っていた経験豊富なリンはむしろ喜んでいた。
特に兎族の子ども達とはすぐに打ち解け、仲良くなった。ユキがあれほど苦労していた子供らの好奇な視線を怯むことなく受け止め一緒に遊んでいた。
「リン様、さすがです」
「ま、お前と違ってアホは闘いのイロハもおざなりだから変な影響もないだろ」
そんな風に遠目で二人が話していると、村長の元に旅への同行の許可を貰いに行っていたキキとウサメが戻ってきた。
「後遺症が出る心配もあるからと言ったら、簡単に快諾して頂けました」
「だから言ったろ? アタシは目の上のたんこぶみたいな扱いだから引き止められる心配はないって……」
少し不満げなキキに、「大丈夫、気にしてないよ」とウサメは笑っていた。
「手荷物を整理したいから時間貰ってもいいかぃ?」
「もちろんです。むしろ巻き込んでしまい本当にすみません」
キキが頭を垂れるのを見て、ソラは言う。
「お前がそれを言う必要はないと思うぞ。巻き込んだのはアホ王女だ」
「今回ばかりはソラと同意見です。リン様には、もう少し反省して貰わないと」
一行が行なっているのは単なる観光旅行ではない。無事帰還できるかも分からない戦地への旅なのだ。
今回の件で、リンは本当の意味での危機感が薄いと痛感させられた。
「それで、どうする? ウサメの準備が出来次第ここを立つか?」
「出来ればそうしたいです…本当なら、この村に立ち寄ること事態想定外だったので…悪い噂もあるようですし、早く“地底の平原”へ向かわないと」
キキの心配は、村長の誤解話だ。早とちりだったとはいえ他の集落でも同じように警戒している村がある可能性が露見した以上、単なる笑い話にも出来ない。
「確かに。リン様には悪いですがウサメの準備が整い次第ここを発つことにしましょう」
それで三人の意見はまとまった。
>物語は、続く。<
「へぇ! リンは勇者なのか…じゃあ強いんだ」
「え? うんモチロン! びっくりするくらい強いわ」
「なら腕試ししようよ。まだ習い始めたばかりだけど…俺の父さんは槍の名手だったんだ。俺も父さんくらい強くなりたくて毎日特訓してる」
「そうなんだ…でもあたしの槍は気軽に使えるものじゃなくて…」
「リンも槍使いなの? なら尚更腕比べしたいな…そうだ、俺の家に練習用の槍が余ってるからそれを使おう…それなら良いだろ?」
兎族の子ども達と遊ぶうちに、話がそんな流れになり、現在、リンの手には少年から借りた練習用の木槍が握られていた。
(ど、どうしよう……)
“天雷槍”とは比べるべくもなく細く短い。子供用とされるそれは、むしろ本物より持ちやすく感じる。
ちなみに訓練用なので、石の鏃は無い。先端は鏃の形に削ってあるが、怪我をしないよう丸まっている。
それは良い。今リンが困っているのは安全面の問題ではなく…槍の扱いについてだった。なにしろ“天雷槍”さえ一度しか振るったことはなく、それ以前に槍の正しい扱い方など教えられたことがないのだ。
「お待たせ。これを使って」
渡された槍は使い込まれた物のようで少年の持つ槍より古そうだ。
「父さんが子供の頃使ってた御下がりの槍だけど…練習用には問題ないよ」
「あ、ありがと」
思えば、練習用とはいえ槍を持つなど初めてだ。
“天雷槍”も立派な槍だが…雷を降らせる力ばかりに頼りきりで、純粋な槍として扱っていない。
「それじゃ始めよう…か?」
言いかけた少年の言葉が止まる。そして問うた。
「もしかして槍使うの初めて?」
「そ、そんなことないわ? 言ったでしょ、見せられないけど槍を持ってるって」
「じゃあ中段に構えてみて」
中段の意味は解らないがリンは構えた。片手で天に刃先を掲げるように――
「なにやってんだよ?」
「えっ!? か、構えよ?」
そう、これで“天雷槍”なら雷が降る。しかし少年や見物してた他の子供たちからも失笑に等しい笑いが漏れた。
「あのさぁ…素人なら素直にそう言いなよ。別に恥ずかしいことじゃないから」
「うぐっ!?」
それからリンは少年に、槍術の基礎を学んだ。
基礎となる中段構えは、腰を落とし脇を絞め、槍の柄中心を握り構える。
槍術の攻防は“突き”・“薙ぎ”・“払い”の動作から始まるという。
“突き”を極めれば、“刺突”になり、“薙ぎ”は袈裟形に切る事もできるが、真髄は回転するように扱うことで威力を増す。そして“払い”は防御。刃先や柄頭で相手の武器を弾く。また柄全体で攻撃を受け流すことも出来るという。
「まあ、勝負するならこの基本が出来るようになってからだな、頑張れ勇者」
もはや完全に下に見られ…ついでに、練習用の槍もくれると言われ…立つ瀬のないリンは唸るしかない。
「リン様! そろそろ発ちましょう」
静かに見守っていたユキからそう告げられ、リンは渋々ながらキキ達のもとに戻ろうとしたが…不意に、少年に小声で訊ねた。
「ね、あなたは名前ある?」
「なまえ? 何だそれ? 俺は俺だ」
やはりウサメの言う通り…この村では名をつける習慣がないらしい。ユキからは軽々しく使うなと言われたが…今のリンが出来るお返しはこれしかない。
「じゃあ、あたしが名を挙げる――槍の者でソウシャはどお?」
「ソウシャ? 不思議な響きだけど…ま、まあ呼びたければ勝手にしてくれ」
少年――ソウシャが照れ臭そうに応えた瞬間、彼の身体をそれまではなかった金色の膜が包むのをリンははっきりと視た。
これが、ユキ達の言う加護というものなのか。
「それじゃあ、今度は槍の勝負しようねっ!」
そう約束し、リンはソウシャと別れたのだった。
>物語は、続く。<
今回は後半少し短めになってしまいました。
しかし、修行風景を長々と描くのもどうかと思ってなので気にせず。
さて。それはそうとここにきて予定外に名無しのサブキャラであるはずの兎族から、名持ちさんが出てしまいましたf(^ー^; このふたりが物語にどんな影響をもたらすのか……正直未知数ですが、とりあえず見守ってくださいませ。