「なんだ~、下界から観光に来たヒトだったんだ! それを早く言ってよ」
曲がりくねった路地裏を駆け抜けると、少し拓けた空き地に出た。そこでやっとキキは一息吐くことが出来た。
「あんなモノ、よく食べられるな……」
「えー? まぁリンも初めて食べたけど…言うほどひどくなかったよ? 鳥族の民たちの間では人気メニューらしいし……」
「鳥族には、だろ……」
笑いながら言うリンに、キキは苦々しく呟いた。
「それであなたは下界のどこから来たの? あれ? でも観光なら普通は都市部に行かない? この辺は王城と城下の繁華街しかない、観光には向かないよ?」
先程から彼女の言う下界とは、中庭界の別称だ。
中庭界に暮らすキキ達は使わない、天上界特有の呼び方であった。
咳き込みながら食べ残しを吐き出し、息を整えながらキキは頭を整理する。
「えっと、まず僕は…観光に来た訳じゃない。……天城の王に頼み事があって来たんだ。断られたんだけどね……」
「お願いごと? どんな?」
またしても興味津々といった瞳で訊ねられる。
一時、話しても良いものかキキは迷ったが…考えてみれば、作り話と笑われるのがオチだろう。
「信じてもらえないと思うけど…僕はこれでも王子なんだ。僕の国は、中庭界にある風の大陸の植民地だったんだけど、一年ほど前に独立が許されて…小さな国となった。父が領主だったから自然と僕も王族という立場になったんだ。そして独立国となっても今までと変わらず細々と平和に暮らしていこうと考えていた」
ここまででも十分馬鹿げた妄想話だ。しかし聞いている彼女は茶化す事もなく…むしろ真剣に聞いてくれている。キキは続けた。
「…だけど半年ほど経った頃、一度は独立を許してくれた大陸の王の気が変わったらしくてね。再び植民地に戻れと命じられたんだ。でも、民達も僕らも望んでも叶わないと思っていた自由を気軽に手放すなんて納得できなかった。父もそんな皆の意を汲んで大陸の王に抗議してくれたんだ。そしたら王は、正式に独立を認める条件として…戦争状態にある火の大陸へ攻め入って僕らの力だけで他国の領地を奪えと言ってきた」
父から話を聞かされた時の感情を思い出し、キキは思わず拳を強く握り締めていた。
「そんなこと出来る訳がない。独立したといっても元植民地の国にどんな戦力があると思う? 魔法は疎か…まともに戦に出たことがある者だって、数えるほどしか居ないんだ……」
「それじゃあ、頼み事って」
「僅かでもいいから兵力を貸してもらえないかとね……でも考えてみれば都合良過ぎる話だよな……」
もともと交流のある国同士なら分かるが、何の因果もない他国の使者が突然尋ねてきて『戦争したいので兵士たちを貸してくれ』などと恥ずかしげもなくよく言えたものだ。
今更ながら自分のしたことを客観的に思い返して、キキは自嘲気味に笑った。
むしろ、そんな不作法な自分に対し謝罪を述べてくれた天城の王に罪悪感すらわいてきた。
そんな時だ。
「んー、話が複雑でよく分かんなかったけれど…つまり、あなたが困ってるのに天城の王は助けてくれなかった、という訳ね?」
「――え?」
「ひどい話ね! 弱きを助けて、強きを挫く! それが正義というものなのに…分かってないわ、あの王様」
頬を膨らませてプンスカと怒っている彼女。
キキの話をどこまで理解して、どこまで信じてくれているかは定かではないが…それでもキキを非難せず励まそうとしてくれていることは伝わってきた。
「ハハ…、ありがとう」
愚痴る形になってしまったが、話を聞いて貰えた事で僅かに心が軽くなった気がして、キキは素直に礼を述べたのだが……
「安心して! リンがあなたの勇者になってあげる!!」
堂々と胸を張って宣言したリンの言葉に。
「――えっと?」
戸惑っている様子のキキを見て、コホンとひとつ咳払いしてからリンは改めて言った。
「信じてもらえないと思うけど…リンはこの国“天城の籠”の王女様なの! だからお母様に断られた頼み事、リンが代わりに叶えてあげるわッ!!」
>物語は、続く。<
「君が、王女さま…?」
目の前で公言したリンの言葉を、なんとか頭で整理するようにゆっくりと反復する。
しかしどう考えても不自然だった。
確かに彼女は美少女ではある。相応に着飾れば、王族らしい品格も出るかもしれないが…ではなぜ現在彼女は庶民的なワンピースという装いなのか? 百歩譲って、お忍びで城下に来ているのだとしても、もう少し見栄えの良い格好をするはずだ。そう思って改めて彼女の服装を観察すると、ワンピースの縫い目がツギハギ状になっていることに気づく。
(もしかして手作り?)
「驚くのも無理ないわよね…実はリンも城外に出たのは久しぶりなの! だけどドレス姿でお供や護衛を引き連れた状態じゃあ、満足に楽しめないじゃない? 窮屈だし、民とも気兼ねなく話せないし……だからこうして町娘に変装してるわけ! どう? 一晩で仕上げたにしては中々の出来栄えでしょう?」
そう言いながら、その場で一回転。確かにパッと見は露店で売られている品と大差なく見える。だからこそ、彼女の話をどこまで信じればいいのか分からないのだが……
最悪、キキの話を全否定した上で、悪ノリしているだけという可能性もある。
「ハハ…、王女殿下とはつゆ知らず失礼しました。でも、僕の願いを叶えてくださるというのは、兵をお貸しくださるという意味ですか?」
「もちろん! ……と言いたいところだけど、リンが自由に動かせる兵士なんていないのよね」
――ああ、これはやはり冷やかしだな。
一瞬でも希望を抱いた自分に苛立ちながら溜息を吐いたキキに、リンは笑顔で言った。
「だから、リンが行ってあげるッ!」
「……はい?」
「お母様の兵隊は動かせないけど、リンが行けば百人力だよ? 勇者リンは無敵だからねッ!!」
彼女は、どこまで本気で言っているのだろう?
思わずキキは頭を抱えそうになった、その時だ。
「見つけましたよ、リン様」
二人の直上より飛来したふたつの人影が降り立つ。
その二人も、なんとも個性的な二人組だった。背から翼を生やしているのだから当然鳥族なのは分かるが…片や、雪のような白髪を首もとで揃えた美青年。整った顔立ちに気品を感じさせる振る舞いは、リンという少女より王族のようだ。片や、もう一人の青年は真逆のように乱雑な風貌だった。ぼさぼさの灰色の髪で目元まで隠れ、鼻や口元しか表情が分からない。なにより不機嫌そうな空気を隠そうともせず纏っている。
「あちゃー…もう見つかっちゃった。今回はうまく巻けたと思ったのにな~」
そう言って舌を出すリンに白髪の青年は告げる。
「ええそうですね。商店の入り口に我々を待機させ、リン様は裏口から逃げる――リン様にしては頭脳的行動ですが、常に何かしら騒動を起こす貴女の動向を捜すのは難しくありません。それに加えて、上空から見通しの良い開けた空き地に居らっしゃるとは…逆に、我らに見つけてほしかったのではないですか?」
「そんな訳ないじゃん! せっかく繁華街に溶け込める服を着てるのに、護衛が居たんじゃ無意味でしょ!?」
「何を仰るかと思えば…いいですか? 我々はリン様が、みすぼらしいワンピースを着られる事を黙認しただけでも十分譲歩しています。本来なら護衛も天城の王室付近衛隊が務めなければならないところを、我々だけに限定したのも貴女の望みを叶える最大限の配慮をした為ですよ?」
「それでもリンは完全な自由がいいの~!」
まるで駄々をこねる幼女のように、白い青年の頭をポカポカと叩く。
白い青年も彼女のそんな振る舞いには慣れているようで気の済むようにやらせていたのだが……
「それで…戯れ合ってるところ悪いが、そこの鼠小僧は誰だ?」
それまで黙って傍観していた前髪の長い男が訊ね、すっかり蚊帳の外だったキキに視線が集まった。
「あ、この子はね…中庭界の国の王子さまで、自分の国を救ってほしくて母様を尋ねてきたんだけど断られちゃったんだって! で、代わりにリンが助けてあげることにしたの! これでリンも勇者デビューよ!!」
「下界の…? どこの国ですか?」
「いろいろツッコミたいとこ満載だが……まず、名前は聞いたのかアホ王女」
「当たり前よ! 彼の名前は――あれ?」
そこまで言われてようやくキキも互いに名乗っていなかったことに気づく。
「えっと僕は」
「リン様! まったく貴女という方は、知らない人には声を掛けられてもついていかないようにと何度言えば分かるのですか!?」
「違うもん! 声掛けたのはリンからだし、連れ込んだのもリンだからセーフ!」
「なお悪いですよ!!?」
ますます二人の痴話喧嘩が白熱し出すところを灰色の青年が制した。
「落ち着けユキ。まずコイツの素性と経緯を確かめるのが先だ。リンへの説教はそれからでも遅くない」
「……ああ、そうだな……頼むソラ」
ソラと呼ばれた灰色の男はキキの前に立つと前髪の間から鋭い眼光を見せて威圧するように言った。
「全て話せ。虚偽は認めん」
>物語は、続く。<