戸惑いながらもキキは正直に、なるべく解り易く、リンに話した内容と同じ経緯を説明した。
自分はキキという名の栗鼠族であること、独立したばかりの祖国は“地底の平原”と呼ばれていること等が補足した点だろうか。
「ねっ! ひどい話でしょ? これは勇者であるリンが救わなきゃならないよね」
胸を張って言い切るリンの言葉に、眉間を押さえながら、白髪の青年・ユキはぼやく。
「まず貴女は我が国の王女であって勇者ではないのですが…まぁリン様の勇者病は、今に始まったことではないので置くとしても…地底の平原。聞いたこともないですが本当ですか」
「間違いない。少なくとも今の話には嘘はなかった」
そう断言したのは、灰色の青年・ソラだった。
キキからしてみれば事実を信じてもらえたのは嬉しいのだが、なぜ彼は疑いもなく言い切れるのか不思議だった。しかしそこに疑問を抱いたのは、この場ではキキだけだったらしい。
「そうか。お前が言うなら確かだな」
しかし、キキは自分の話の真偽よりも先に、絶対的に確認しなければならないことがある。
「あの、失礼ですが……彼女――リンさんは、本当に天城の姫君なのですか?」
この二人の青年との会話を聞いていてなお信じがたい思いだが、全員でキキを騙しても何の得にもならないだろう。
「あー! ひどいな~、まだ疑ってたの? 確かに『信じてもらえないとは思うけど』とは言ったけど、こうして従者を連れてる前で改めて訊ねるかなー」
「日頃の行ないの賜物だな」
頬を膨らませて拗ねるリンに、にやにやとした口元を隠そうともしないソラ。
ため息混じりで、ユキが頷く。
「ああ、今、君の目前に居らっしゃる方こそ、天城の王のご息女であり“天城の籠”の王女・リン様だ」
そうか。
そうなのか。
しかし、それがどうだというのか――
疑惑が確信に変わった瞬間、キキは自分でも判らない…感嘆とも落胆とも形容しがたい思いで俯いた。
結局、事態は何も好転しないのだ。彼女が本物の王女だとしても…否、本物の王女だからこそ…どうしようもなく救われない。
彼女は言ったのだ。
――自分には兵士を動かせる権限はない、と。
つまりどれだけ優しい言葉で取り繕っても、答えは天城の王と同じなのだ。
『力は貸せない』
「ハハハ……」
彼女が王女だと名乗った時、僅かに芽生えた希望。その想いを心のどこかで諦め切れていなかった自分に気づき、キキは自嘲気味に渇いた笑いを漏らした。
あるいは彼女の身柄を人質に再び天城の王と交渉できないかという邪な考えさえ頭を過るが、護衛という二人組を相手に戦えるような力すらキキにはない。
(なんて無力なんだ…)
大きな脱力感を感じながらキキは言葉を絞り出す。
「知らなかったとはいえ、数々の無礼をお許しください――お話だけでも聞いてくださったこと、感謝致します」
俯いたまま、消え入りそうな呟きでキキは言った。
「そんなに畏まらなくてもいいよ。リンの方こそゴメンね……」
これ以上は惨めさで取り繕う台詞も出ない。
――早く立ち去りたい。
そう思った矢先だった。
「すっかり忘れてたの。このふたりならリンの直属の従者だから連れて行けるわ――少ないけど居ないよりはマシよね?」
一瞬、何の事か分からなかった。
「毎度の事なので半ば諦めてはいますが――非常に危険なので考え直す気はありませんか? 我らが供に行ったとしても下界は天城の籠の権威が及ばぬ無法地帯です。いつもの冒険ゴッコとはリスクが違いますよ」
「真面目な話、死も覚悟しなきゃいけない旅になる。それ、解ってるか?」
諭すように静かに告げるユキとソラ。
それに対してリンは大きな瞳をランランと輝かせて断言した。
「当然よッ!! 勇者の冒険に危険はツキモノ♪ なによりまだ見たことのない未開の地に行けるのよ!? 勇者の血が騒ぐってものじゃないッ!!」
「……ソラ」
「諦めろユキ。このアホ王女、正真正銘嘘偽りなく本心から言ってやがる。いつもの通り清々しいほど迷いがない……こりゃ、素直に従った方が安全だ」
「だが、彼の話を聞くかぎり間違いなく戦地の中心に行くのだぞ? 何かあったら王に顔向けできん!」
「仮にそうなってれば…お前の場合、王女庇って先に死んでるだろ。それにここで俺達が反対したところでアホは意見を変えない。それどころか最悪――独りで抜け出すぞ?」
「そうだ! 危ないところに行くなら、いつもより凄い武器も必要よね! 小島の遺跡探険で使ってる護身用の短剣なんかじゃなく勇者に相応しい伝説的な武器!! うん、母様の槍を借りましょう!!!」
まるで暴走列車よろしく思考が駄々漏れ状態で興奮しているリン。しかも最後に口走っている槍とは二人の想像通りなら文字通り、“天城の至宝”の事だ。
さらに侮りがたいのがリンの行動力である。有言実行とはよく言ったもので、一見、不可能と思えることでも思いがけない方法や手段で可能にする。
諦めるということを知らない王女様なのである。
そんな三人のやりとりを唖然とした様子でキキは見ていた。
信じられない思いで確かめる。
「ほ、本当に…力を貸してくださるのですか?」
その言葉に。
キキの勇気を振り絞った問い掛けに、リンは自然体の笑顔で肯定する。
「だから最初から言ってるじゃない。弱きを助けて強きを挫く、リンがあなたの勇者になってあげる!!!」
>物語は、続く。<
『手荷物を整えるのに少し時間掛かるかもしれないから、キキは繁華街の宿で待っててくれる? で、合流次第ダッシュで下界に降りましょう。そのつもりで準備しといて! ――あと、助ける条件として、そのよそよそしい敬語はナシ。…同じ王族なんだから対等な関係で行きましょう?』
そんな風に巻くし立てられてから城の方に飛び去ってゆく三人を見送って――指定された宿舎に入って、約半日。中庭界の時間感覚だと夜になっているはずだが、天上界の空は明るい。
キキは知らないだろうが天上界には“暗闇の夜”というものはない。便宜上、知識として朝や昼、夕方や夜という言葉はあるが…自然現象のそれを体感したことがある者は、鳥族では少数派だ。子供の間では下界の自然現象として教えられるほど。天上界は基本的に常春常昼な界層。浮遊島によっては独自の環境が生じる場合もあるが“天城”と城下の街々がある本島は、常昼なため…眠る際は室内の窓や扉に布を引いて光を遮る必要がある。
宿屋の各窓ではそれぞれ布が張られ、鳥族の民衆客が眠りに就き始める。
就寝の周期も個人差があり、大抵は疲れたら寝るというアバウトなスタンスだ。
キキの部屋にも窓を遮るための黒い布があったが、緊張と興奮からとても寝つける気分ではなかった。
望んでいた理想とは大きく異なるとはいえ、王族が応じてくれたのだ。従者は彼ら二人しか連れていけないと言ってはいたがきっと謙遜だろう。王女が遠征に行くのに護衛が彼らだけなど普通に考えてありえない――それとも少数精鋭なのだろうか?
どちらにしても、期待するなというのは、キキには無理な話だった。
(だけど遅いな…いや僕の気が早過ぎるのか、まだ別れて数時間だ。…落ち着け落ち着け…)
窓から外を見ながらキキは軽く深呼吸をする。
と、城の方角の空に黒い靄のような塊の影を見た。
それは近づくに連れ、鳥族の甲冑などを纏った兵士の軍勢だと分かる。
「凄い、あんなに兵を出してくれるなんて…!」
なんだかんだ言っても天城の王も娘には甘いということか。そんな風に思った矢先だった。
バン、と音を立てて部屋の扉を破るように開けられて、リンと青年二人が飛び込んできた。
「準備できてる!? すぐゲートまで逃げるわよ!」
「……は?」
開口一番の言葉に意味が分からずキキは目を白黒させる。
「ほら、ぼさっとしてないで外見えてるでしょ!? 急がないと追っ手に追いつかれるの!!」
窓の外、迫ってくる兵士たちを指差して言った。
「ちょ、ちょっと待ってください、どういうことですか?」
「だからね、キキを助けるために最強の武器を持ってきたんだけど母様には内緒で持ってきたからリンたちを捕まえるために兵団が動いたの!」
リンが早口で巻くし立てた内容を完全に理解する前に白髪の青年・ユキが補足説明する。
「あなたの国を救うためとはいえ、国宝を勝手に持ち出したのですから史上最悪の窃盗罪です。しかも真相が解ったところで王女様を犯罪者扱い出来ませんから――王女様をたぶらかして悪事を強制させたあなたが罪に問われます」
「わかったら、すぐ逃げるわよ!」
キキの荷物などバックひとつがせいぜいだった。それを灰色の青年・ソラが持ち、当のキキはリンに抱きかかえられる形のまま、窓から外へ飛び出した。
「わー、待ってください! 僕は飛べませんよ!?」
「知ってるわよ! しっかりリンの身体にしがみついてなさいッ!!」
言われて気づけばリンの装いは街中で会ったワンピース姿ではなく、ボーイッシュなシャツとパンツという動きやすさを重視した服装だった。シャツは背の部分だけ布地がなくそこから金色の両翼を広げていた。
「で、下界に行くゲートはどこだっけ?」
「リン様。以前ご説明したことがあると思うのですが…ゲートは、城下町と城の間に架かる橋。その谷底です」
「つまり戻らなきゃならないって事? もう、それならキキにゲートで待ってもらえば良かったじゃない」
そう。ゲートと呼ばれる天上門は谷底に立つ鳥居。
しかしその手前には兵士の大軍勢が立ち塞がっている。そこに突っ込むと?
「殺されますよ!?」
「他にゲートはない。それにアホ王女は殺されはしないだろ。まぁ、俺らは罪人扱いで翼を折られ、鼠は殺処分かもしれないなぁ♪」
切羽詰まった様子のキキを面白がりながらソラは言った。
すると、その言葉に反応したのはリンだった。
「それよソラ! ――あんた達、道を開けなさい! さもないと……二度と飛べなくなるわよ!!」
猛スピードで飛びながらリンはキキを支えていた片腕…右手を離して、天にかざした。
「――来たれ、天雷槍!!」
叫ぶと同時にリンの右手から凄まじい雷光が放たれ……彼女の手には似つかわしくない大振りの、金色の大槍が現われた。
キキは初めて見る、天城の至宝“天雷槍”だ。その一撃を浴びれば鳥族は例外なく飛翔能力を奪われるという天上最強の槍。本来なら王しか使用権限を持たないと聞くが、彼女が扱えるのは王女だからだろうか?
「ええーい!」
しかしキキから見ても、リンの扱いは粗雑なもので槍の型も何もなく、ただ振り回すだけ。しかしながら威嚇には絶大な効果をもたらした。矛先が振り下ろされるたびにその周囲に落雷が降り注がれ、兵士たちは散り散りに逃げてゆく。
「今よ、正面突破!! ――勇者に通れぬ道は無し!!!」
こうして一行は堂々と下界へと赴くのだった。
>物語は、続く。<
ここまでお付き合いくださったら方には感謝、申し上げます。
次の回から物語の舞台は、天上界編から下界┄┄中庭界編に移行します。
まだまだ先は長いですが、面白いと感じてもらえている方には頑張ってついてきてもらえれば幸いであります。
でわ、また。(*-ω人) 不協和音でした。