バッハさん家の勇者さま!?   作:不協和音

5 / 10
場面転換。
冒険者一行から外れ、独りの魔女へ。


バッハ伝記8という追憶の物語

 風の大陸。そこは緑豊かな自然に溢れた土地だ。

 草原や森が大陸の大半を締め、気候も基本的には、穏やか。雨が降ったり風が吹いたりといった気象変動も多々あるが…三大陸の中では、最も天上界の気候に近い環境と言える。

 

 そんな大陸の中央地域に…大きな円を描いたような形で拓けた平野がある。

 上空から俯瞰してみればあたかも台風の目のようだという感想を抱くだろう。

 そんな平野のさらに中心に位置する場に、暴風の異名を持つ猫族の魔女にして風の大陸の王・ノゾミの居城はあった。良く言えば機能的、悪く言えば『これぞ砦』といった佇まいの、平凡的な居城だ。周囲を高い壁で円状に囲み…壁の天井部は見張り番の往来する通路になっており、基本、兵たちが常駐している。

 もっとも主人であるノゾミにとっては文字通りの御飾り…兵や民たちが『今日も異常無く平和だ』と自己満足したいが為に設けられている機能だった。

 ノゾミの魔力は大陸全土を網羅しているのだ。

 当然、目視できる距離まで侵入を許すようなことは滅多にない。彼女の気紛れで招かれれば話は変わるが…そんな珍事も稀である。

 しかし今、そんな珍事が起きてもおかしくないほど…ノゾミは退屈を持て余していた。この地に居を構えてから半年程経つだろうか…振り返ってみれば最初の二週間が最も楽しく充実した日々だった。

 

 理由は簡単だ。ココは風の大陸ほぼ中央の地。いわば誰の領土でもない中立の広大なジャングルだった。その森の中央には古くてもなお幹は太く立派に大地へ根を下ろし、目視できないほど気高くそびえ立つ大木の、さらに天空を覆うように四方八方に伸びた強靱な枝という枝からは大自然の息吹を感じさせるかのような青々と茂る深緑が巨大なキノコ傘を築いていた。

 その大樹は満月の夜だけ決まって、満開の桜の花を咲かせる事から…謎と神々しさを讃えられ、土地神の宿る神樹と信じられていたのだ。

 始まりの日。

 それは光の柱と例えられるほど巨大な一筋の落雷が神樹を根元まで両断する形で現われた。

 瞬間ではない。数十秒…否、もしかしたら数分単位で滝のように流れ落とされた雷撃は容赦無く幹を裂き見る間に高電熱から生じた炎がキノコ傘すべてを呑み込んだ。

 そうして焼け落ちた大木だったモノを眺め、猫族の幼女――ノゾミは。

『神の宿る樹ってわりには結界の一つも張れないのね…こっちはそれなりの激戦を想定して神殺しにきたのに、詰まらないの』

 一瞬、落胆の表情を見せたが次の瞬間には一転して笑顔で宣った。

『ま、いいや。土地神は死んだ。と言うわけで、この大陸は今からボクの領土で構わないよね♪ とりあえず四方の見晴らしを良くしてココに砦建てて住むから文句のある人は、遠慮無くボクを殺しにきてよ! 大歓迎してあ・げ・る☆』

 今にして思えばノゾミの支配ゲームは既に始まると同時に終わっていた。

 この声、この言葉を聞いて風の大陸にある村や小国の民たちは、ある者は神の死を嘆き、ある者は憤怒して武器を取ったが……まず触れるべき事実を皆が敢えて気付かなかった。

 ノゾミは瓦礫と化した大木の傍で呟いただけ。ただそれだけで風の大陸全土に一言一句ハッキリと言葉を届け…大陸内の全民衆に、戦線布告したという事実。

 それから数時間、大木の焼失地を中心に大規模な嵐が吹き荒れた。

 それが局地的な台風だと理解できた者は、どれだけ居たか。

 数キロ単位で発生したそれは無論自然現象ではなくノゾミの魔法事象であるため、本来ならありえない動きで定められた大円状に留まり、さながら境界線のように外側を烈風が吹き荒れ外敵を近寄せない。だが驚嘆すべきは、これが戦闘目的ではなくただの地ならしだった事だ。円の内側では大中小無数の竜巻群が森林を根こそぎ薙払い見る間に原野を形成してゆく。

 切り裂くなどというものではない。

 大地ごと暴風で巻き上げ森だった形跡そのものを消し飛ばす。

 文字通りの“制空圏”をノゾミは半日も経たずに構築してしまったのである。

 無論、その光景は各小国から…大陸の全土から目視できた。すぐさま突如現われた強力な侵略者に各国では挙って歴代最高額の懸賞金が賭けられ、ノゾミは間違いなく風の大陸一の賞金首となった。腕に覚えのある者たちが集い、我先にと競うようにノゾミが開拓した原野を目指した。

 しかし実際にノゾミの目前まで辿り着けた者は皆無だ。ある者は烈風に刻まれ…ある者は突風で吹き飛ばされ…ある者は空からの無数の落雷に撃たれ…その経緯はどうあれ末路は一様に同じだった。そして一週間が過ぎれば、討ち入りに行ったはずの戦士たちが誰一人戻らない現実に皆が恐怖し集団パニックとなる民まで居た。ここからは各国の首脳たちも、これ以上は無益な犠牲と戦意喪失し、どうにか怪物とコンタクトを取り、話し合いの場を持てないかと模索し始める。

 だが使者を送ろうにも…森林地帯を一歩でも抜けて魔女の領域に踏み込めば、問答無用で暴風が襲う。

 それは白旗を掲げても結果は変わらなかった。

 だが、ある国のモグラ族の民たちが光明となった。

 地底にトンネルを掘って約一週間掛けて、神樹の位置した地まで辿り着き、正体不明だったノゾミと邂逅を果たしたのである。

 鮮やかな銀に、黒と白という対極的な色彩の混じる短髪。その髪からは三角の猫耳が覗き、小さな口元には鋭い歯があり、エメラルドを想わせる両眼が興味深く相手を見つめる。細長い尾が称賛するように揺れていた。彼女は言った。

『おめでとう、初めてのお客さま♪ さて、ボクと殺し合うか…このままボクの配下となるか…好きな方を選ばせてあげる。どっちが良い?』

 ノゾミとしては最初の闘いの前の前座気分で放った戯言だったのだが、唯一の使者が配下となることを選択した時点でノゾミは風の大陸を統べる幼い女王となったのである。

 逆に言えば、ノゾミとしては詰まらない展開でしかなかった。不完全燃焼もいいところだ。以降ノゾミに逆らおうという輩は、永く現われなかった。

 

 ところが今から約一年ほど前に植民地のひとつだった栗鼠族の民が、おそらくは彼らなりの精一杯の勇気と度胸を振り絞って独立を宣言してきた。ノゾミの支配下から抜けて再び小国となりたいと。普通ならその時点で反乱異分子として排除するのが絶対王政としては必然なのだが…ノゾミは二つ返事で独立を許した。

 反逆者が出るかもしれないという危機感より、独立した彼らが何をするのかという興味と好奇心が勝ったのである。しかし面白い事になるかもしれないという期待は、半年も経つと落胆に変わった。彼らは自治権を得た事で他国となった近隣小国との交易や商いに精を出すだけで、侵攻などの戦事には見向きもせず、動乱の影さえない。

 何もしないなら独立した意味はない。だからノゾミは元領主にして現国王に、再び軍門に下るように命を出した。ところが小国の王は生意気にも抗議文を送ってきた。ノゾミからすれば1日あれば更地にできるちっぽけな国だ。しかしふとノゾミは考えた。

 ここで力任せに滅ぼすのは簡単だが、それではまた退屈な日に戻るだけだ。

 ならば逆に希望を持たせてあがく様を見物した方が面白いかもしれない。

『分かったよ。じゃあ正式に独立を認める条件として…そうだね、火の大陸へ侵攻して国土を拡げてみせてくれないかな?』

 その言葉に小国の王は青ざめた顔をしていたがノゾミは少し上機嫌になれた。

 その数日後、小国から大陸外へ使者らしき者が出る気配を感知したが、ノゾミにとっては楽しみなイベントが起きるのを、ただ待つだけだった。

 

 しかし期待が膨らむほど退屈な時間は長く感じられ……ノゾミの我慢も限界が近づいていた。

(暇潰しに、悪事捏造してテキトーな領地で遊ぼうかな? 村の一つくらい無くなっても、特に困らないだろーし)

 そんなどうでもいい事を考えていた矢先だった。

 風の大陸を覆うように張り巡らせていた探知魔法に待ち焦がれていた反応。

 それは数日前に索敵外に消えた栗鼠族の声。

「帰ってきたー♪ 火の大陸に密偵にでも行ってたのかな? 命あって良かったね――おや?」

 感知した人数が増えていることに遅れて気付く。

 数は3。

 風の匂いを纏っているので栗鼠族ではなく…さらに加えれば僅かな魔力反応を感知できた。

「おや、おやおやおやぁ?」

 この中庭界に於いて自分達猫族姉妹以外で初めて魔力反応を感知したことに、ノゾミは胸が高鳴るのを抑えられなかった。

 久しく忘れていた昂揚感に思わず手を叩いて無邪気な幼女らしく喜んだ。

「いいよぉ♪ どんな玩具かなぁ…楽しみだなぁ♪♪」

 そして、そんな様子を遠巻きに見守っていたモグラ族の側近達は、ただただ恐怖し震えていたのだった。

 

 

>物語は、続く。<

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