バッハさん家の勇者さま!?   作:不協和音

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バッハ伝記9から10までの物語

 キキの故郷、風の大陸はあれだけ雪深かった水の大陸が夢か幻であったかと思えてしまうほどに別世界。信じられないほど穏やかな気候と、春を想わせる陽射しの温もりに、ユキでさえ…つい気を抜いてしまいそうになる。

「別の大陸とはいえ、空間的には地続きの大地だというのに、この環境の違い――なるほど。積雪が魔法の力で降らされた産物だからこそ、支配圏外である風の大陸には雪が無い。魔女の底知れぬ力…聞くと観るとでは、まさに雲泥の差が感じられますね……」

 知らず知らずのうちに呟くユキの声の端々にも畏怖の念が籠もっていた。

「わぁ~~☆ スゴいスゴい見てよ、見渡す限り一面草原だよ!? あ、こっちには知らない花が咲いてる! 可愛い…キキ、これ何て花かな?」

 緊張感に包まれた場の空気を一気に壊すようにリンのハシャギ声が響き渡り――思わずユキとソラは頭を抱えた。

「台無しだよアホ王女! 少しは時と場をわきまえて発言しろ! それが無理ならせめておとなしくしてろ」

「えー? ソラはわくわくしないの!? 知らない土地に知らない景色、知らない草花に知らない文化――何から何まで未知の山。わくわくが抑えられないよっ!!」

「リン様。ここは天上界の浮き島や遺跡とは違います…せめて敵地である事を自覚して動いてください」

 ユキも警告するが、そんな台詞は、どこ吹く風といった感じのリンである。

 ここまでの短い旅路で渡り歩いてきた“水魚の湖畔”や“水の大陸”では満足な自由が利かなかった分の反動もあってか、リンの興奮度合い…喜び様は大きいらしい。ようやく周囲の異文化に関心を持てる余裕ができた、という面ではユキやソラからしても安堵できる点ではあったが…せめて安全圏、キキの領土である“地底の平原”とやらに着いてからにしてほしいのが本音である。

 現状はまだどこから敵が出てくるか判らない状況なのだ。相応の警戒心は保ってほしい。

 とはいえ三人の張り詰めた緊張感の空気をリンの無邪気さが、ほどよく解してくれたのも確かなのだが……それは互いに無自覚であった。

「……でも、良かった。こうして大陸内に入っても特に異変が起きないということは、少なくともノゾミ様は、僕やあなた方の入国を認めてくれたようです」

「おや、まださほど歩みを進めてもないのになぜ言い切れるのですか?」

「水の大陸の時と、理屈は同じです。認められてなければ吹き荒れる突風やつむじ風の刄に襲われて…歩く事は愚か、立っているのも難しいからですよ」

「当然ねっ! リンは勇者なんだから、入国を拒まれる理由がないわッ!!」

「目的地が悪の巣窟だったなら、拒絶されまくると思うが?」

 ソラの皮肉も、ハイテンションになっているリンの耳には届いていない様で、行進するように堂々と土肌が見えている道筋の通りに森へ入ってゆく。

 その歩みには警戒心の欠片も無かった。それが仇となったのか――知らず知らず護衛二人の気もゆるんでいたのか、反応が遅れてしまった。

 リンの踏み入った地面が盛り上がり、桃色の花弁に彩られた一輪の花が、顔を出すと同時に無色透明な液体をリンの顔に浴びせかけたのだ。

「きゃっ!」

「リン様ッ!?」

「しまった、忘れてました…トラップです。村や集落への入り口近辺には薬草花を用いた罠が仕掛けられている事が多いんです」

 二人に比べ、あまり慌てた様子もなくキキは説明した。

「何を悠長なことをッ!! 外敵に備えてということは毒草ではないのですか!?」

 血相変えて詰め寄るユキに、逆に驚きつつキキは続ける。

「だ、大丈夫ですよ…確かに毒素を含む花ですが、一輪なら命に別状はありません…ただ、顔にかかった場合」

「んー!! あれれ? まっくら? みんなどこ? 何も見えないよ~~っ」

 汁を拭った後のリンの目は彼女の言葉通り周りのものが何も見えていない様子で、手探りで辺りを探っている。直ぐ様ユキは駆け寄ると安心させるように声を掛けていた。

「そんなに慌ててないとこをみると…よくある罠なのか?」

「ハイ。すぐ近くに小さな集落があります。きっと彼らが仕掛けた罠のハズですから、頼めば解毒薬を貰えると思いますよ」

 ソラの疑問にキキは苦笑しながら答えた。

 なんだかんだ言いつつ、ソラも王女の身は案じているのだと解ったからだ。

「案内しなさい! 即刻迅速適切にッ…例え無害であってもリン様に毒を盛るなど許されません。ましてや御顔に――後遺症でも残ろうものなら一族皆殺しにし、ユメ様への詫びとして私も自害する覚悟です!」

 先程までの冷静なユキはどこへ行ったのか……文字通り噛み付くような勢いでキキに迫る。

「わかりました、落ち着いてください…すぐ着きますから……」

 興奮するユキをそう宥めると、キキは罠を仕掛けられていた道に近付き、おもむろに地面に顔――鼻を這わせるように臭いを嗅ぎ始め、草群の一点でぴたりと止まる。

「うん。ここです、毒草の臭いが途切れてる」

 指し示された草木を分けると、周囲の森に溶け込むような獣道があった。

「へぇ。ただの腰抜けって訳でもなかったのか」

「別に自慢するものでもないですよ? 風の大陸に住むほとんどの種族は、生れ付き嗅覚が優れている種が多いんです。だからこそ毒草や薬草花を嗅ぎわける事が出来るわけです」

 至極当然のようにキキは言った。そして先導するように前に進む。

「ここから近い村で毒花の罠を得意とするなら…おそらく野兎族だと思います」

「なぜ断言できる?」

「や、予想ですから断言したわけじゃありません…でも、父に付いて興業に近隣国を回ったとき立ち寄った覚えがあるだけです」

 ソラの疑問に何気なく答えるキキ。キキからしてみればこの会話に深い意味はなかったが――ソラは小さく「なるほど」と呟いた。

 まるで何事かを吟味するかのように。

 

 そうして少し歩んだのちにキキの証言通り小さな集落に辿り着いた。

 集落と言っても、これまた異文化とでも言うべきか――天上界の建造物によくある、わら造りの家や、浮き島の遺跡などの石造りの風景を想像していたユキやソラからしてみると、一見ただの草群にしか思えなかった。しかしキキに付いて集落のエリアに足を踏み入れると、ところどころ地面の盛り上がっている草群の隙間から、探るような警戒の視線を多方向から感じられた。所謂余所者を見る目という気配だ。

「穴蔵か?」

 ソラが小声で訊ねるとキキも小声で答えた。

「はい。天上界では珍しいかもしれませんが、中庭界では一般的な住居ですよ……特に野兎族は肉食民族の天敵から集落を隠す意味もあって、素人では、あると理解していてもすぐには気づけないほど周到にカモフラージュしてるので、そのまま素通りしてしまう旅人も少なくありません。出来ればあまり警戒心を持たれたくないので騒ぎは起こさないようにしてください」

 その言葉に軽く頷きながら、少し後ろをユキに付き添われながら歩くリンを見やった。おそらく現在視界不良となっている王女が、この光景を見たら…抑えられない好奇心と興味本位に一秒も黙っては居られないだろう。下手をすれば、他人の住居という感覚もないまま不作法に、出入口の地に開けられた穴に突入していた可能性も大きい。

 そうゆう意味では、偶然とはいえ罠に掛かったのがリンだったのは、今は幸いなのかもしれない。

 しかし集落内で歩を進めるにつれ、ユキやソラは違和感に気づき始めた。

 余所者である自分達に対して警戒するのは当然だが…商談などで村を訪れたこともあるキキに対しても、警戒を緩める気配が無く…中には敵意に近い視線さえ感じる。何より不自然なのは誰も出歩いていない。

「変だな……以前、父と来たときはもう少し活気のある村だったのに……」

 キキも異変は感じている様子だが、特に警戒はしていない。ソラが振り向くと…ユキは心得ているように無言で頷いた。

「鼠。オマエ今どこに向かって歩いてるんだ?」

「え? ああ、村長様の巣穴です。こういった村だと外見からは、どこが誰の巣穴か判別できないので…村長様に挨拶をしてから案内役を借りるのがセオリーなんですよ」

「なるほど。ときに、その村長様とやらは、常に穴蔵前に護衛を置くほど用心深いのか?」

 その言葉に、歩いていたキキも思わず歩を止めた。

 ソラの言葉尻が終わると同時に目視できた村長宅の前には茶系の長い耳が特徴的な野兎族の男二人が木製の槍を構えて立っていた。

 おそらく、その発達した聴力で村に入った時から、ここに向かっていると解っていたのだろう貫禄のある老兎が、待ち構えていたかのように穴から出てきた。

「あっ、村長様! ご無沙汰しております。地底の平原国のキキです。あの、何かあったのですか…?」

 数メートルある距離を駆け寄ろうとキキが足を出した瞬間、それを合図としたように周辺の木陰から野兎族の男衆が、門兵二人と同じ槍を携え走り出てきた。

 あっという間に取り囲まれる四人。

「え? なになに、急に騒がしくなってない? キキが言ってた村に着いたの?」

 状況判断が出来てないリンが不安げな声を上げる。

「殺さんで。捕らえよ」

 キキの問いに、短く返された村長の声は冷ややかで内容も友好的とは程遠い。

「村長様!?」

 事態を呑み込めていないのはキキも同じ。驚愕の声を上げると同時に――ソラの声を背後から聞いた。

「地に伏せろ鼠ッ!!」

 鬼気迫る怒声に反射的に身を屈めた。直後、屈んだ頭上付近を鋭い風切り音が通った。

 

 その少し前。

 キキが驚愕の声を上げる直前、ユキは優しく目の見えないままのリンを促す。

「失礼ですがリン様。少しの間だけ腰を下ろしていてもらえますか……不安でしたら私の腰にしがみ付かれても構いません。すぐ終わりますので」

「地に伏せろ鼠ッ!!」

 察したソラがキキに指示しながら自らも屈む。

 ほぼ同時にユキはその場で両翼を広げ、風を翼に絡ませると旋回する形で解放した。

「散列風切羽《陣旋風》!!」

 竜巻状になぎ払う《烈風》の刄が、一瞬で迫ってきていた野兎族の男たちを、その場でたじろがせ――絶妙な風圧の制御で全員が持っていた槍だけを弾き飛ばし、または持ち手をへし折っていった。

 たちまち辺りは静寂に包まれた。

「さて。何か弁明はあるのでしょうか?」

 

 

 

>物語は、続く。<

 

 

 

 

「まさかノゾミ様のように風を操れる従者を持たれているとは――ノゾミ様に歯向かうだけはある、という事か。武器を失っては我らに勝機などない」

 野兎族の村長の声は悲愴感に震えていた。がくりと肩を落として膝をつく。

 だが縋り着くような勢いで声を荒げ巻くし立てた。

「しかしながら勝手な言い分と解っていて聞いていただきたい! “神殺しの落日”以来、武道や槍術に長けた武芸者や血気盛んな若者の多くが犠牲となってから、まだ村民たちの…夫や子どもを亡くした心の傷も完全には癒えとりません…この上、戦いに慣れていない男手まで徴兵されては生きるにも困るのです! どうか、どうかひとつ慈悲をいただけないでしょうか、お願いしますキキ殿!」

「ち、ちょっと待ってください。いったい何の話ですか? 徴兵って僕の国が?」

 目を白黒させているのはむしろキキの方だった。

 おかげで村長の話の途中でぼやくユキの「我々はリン様の従者であり、そこの小僧の配下などではありません、失敬な!」という文句も誰にも聞かれず無視されてしまった。

 しかし興奮気味に巻くし立てる老兎も、キキの混乱に気づいてない。

「無論、虫の良い話なのは承知しております。この大陸に於いて、あの災悪の影響を受けてない土地など皆無。我らだけを見逃すのは難しいでしょうが――もし聞き入れてもらえるなら、これまでの2倍、いや3倍の額で商取引に応じます。近隣の村や小国より上物が作れるよう村民一同精を出しますので……」

「確認させてください村長様! 地底の平原から、そのような使者が来たのですか!? 僕の居ない間に父がそのような話を?」

「ですから今キキ殿が来てるではないですか!」

「違いますッ、誤解ですよ――僕らは徴兵に来たわけじゃありません!!」

「…………え?」

 ようやくキキの言葉が耳に入ったかのように、長い白髪に隠れていた意外に可愛い瞳で見つめてくる。

「村外れに仕掛けられていたシャフツ花の毒を、客人が浴びてしまったので薬草を貰えないかと立ち寄っただけです。断じて徴兵なんてしていません」

「ほ、本当ですか?」

「聞きたいのはこちらです…その話はどこから? 誰がそんなことを言ったのですか?」

「いえ、あの……、火の大陸に攻め入る盟約をノゾミ様と結ばれたと噂で聞いたものですから、てっきり」

 そのまま気まずそうに押し黙ってしまった老兎に、それまで二人のやり取りを黙って聞いていたソラが、灰色のボサボサ髪を面倒くさげに掻きながら結論づける。

「早とちりから襲ってきたというオチ? なら追い返すのではなく生け捕りにしようとしたのはなぜだ?」

「それは、当国の王族を楯に交渉すれば、見逃してもらえないかと……」

「なるほど」

 それまで遠巻きに見ていたユキとリンを呼ぶ。

「大丈夫だ。この兎ジジイの話に嘘はない」

 ソラが断じた事で、ようやくユキも武闘家としての警戒心を解いた。

「え? うさぎ? あの白くて、ふわふわで耳の長い獣種族? うー、見たいのに見えないよ~」

「そうですッ! ごたごたが済んだのならリン様の治療をッ! 薬草師はどこですか!?」

 

 この後すぐ村長が半ば強制的に解毒薬を作る野兎の女医宅まで案内させられる事になったのは言うまでもない。

 

 リンの目にかかったシャフツ花の毒を解毒するには数日掛かるという事でキキ達は野兎族の村で一旦滞在する事になった。解毒自体は数時間あれば終わるらしいが視力低下などの後遺症を残さず完治するには最低でも二日は薬草を溶いた薬を染み込ませた湿布で目を保護する必要がある。

 その間の宿として、村長は最大限の詫びと謝罪の意味も込め――少し高台にある見晴らしの良い穴蔵を無償で貸してくれた。

 もっとも彼らにはリン達三人が“天城の籠”の鳥族などという素性は伏せた。

 あくまでも、“地底の平原”の王子・キキの護衛役と思わせておいた方が、余計な詮索をされないというソラの提案である。

 あまり納得はいかなかった様子だったがユキも「その方がリン様に危害が及ばないというなら…」と渋々従ってくれた。

 しかし敢えて困った事を挙げるのなら彼らの存在は村民達の注目と興味を大いに引いてしまったこと。

 特にユキなど村の子ども達から憧れと尊敬の混じる無垢な眼差しに晒され、タジタジであった。

 子どもの扱いは、それこそ幼少期からリンの教育係を請け負っていたのだから当然慣れているだろう――等と周囲からは思われがちだが、王女として母君から躾けられていた当時のリンと…礼儀作法すら満足でない村の子どもとではまったく勝手が違う。

 特に男の子は無邪気に「どうすればそんなに強くなれるの?」とか「風の魔法、もっと見せて」とか好奇心丸出しで訊ねてくるのだ。

 ユキも軽く聞き流せば良いものを変なところで真面目なものだから「あれは魔法ではなく武術です」等と訂正するものだから「えっ? じゃあ練習すれば出来るようになる? 教えて教えて~♪」と迫られ本当にたじろぐ他ない。

「あいつらの爪垢を煎じてバカ王女に飲ませてやりたい気分だな…少しは“風切羽”の修練にも身が入るようになるんじゃないか?」

「冗談でもやめて下さい。庶民の、それも他種族の因子をリン様に与えるなど……正統な天城の血が汚れますッ!」

 そう。仮にユキがどんなに慈悲深く心の広い武人だとしても――天城伝承の古武術である“風切羽”は、翼を持つ鳥族しか扱えないのだ。

 とはいえそう諭せば自分達の素性を公表するも同じだった。

「相変わらず堅いよなー、戦術の基礎くらい教えてやれば?」

「半端な力は無いより質が悪い。常にリン様にも言っている心構えを繰り返させないで下さい」

 それよりも、と話題を変えるようにユキは呟く。

「今は、これをどう処理すべきかを考えませんか」

 そう言った彼らの周囲には大量の食物があった。

 これも村長を始めとした村民達の謝罪の産物だ。

 無論、旅人である彼らにとって食料を無償で恵んで貰えるのはありがたいのだが――立ちはだかるのは食文化の違いという絶壁だ。

「これらは食べられるのですか…?」

 珍しく弱気な確信の持てない不安げな声音でユキは呟く。まず目についたのがいかにもその辺に生えていた物を無造作に採ってきたと言わんばかりの濃い緑の野草。それが山と積まれている。その横にオレンジ色の棒状に近い物体。さらに付け合わせだろうか赤々とした実の表面に黒いつぶつぶの浮いた木の実が添えられていた。

(食料を恵まれることはありがたいが、こんな粗末な物をリン様に?)

 無論、軍用の携帯食などは城を出る際に多少は持ち出している。当然食べ慣れてなどいないだろうが、そちらを食べて貰う方がユキとしては安心できる。

 だがあくまでも非常食として持ってきたものだ。

 ここまでの道のりでも少しずつ食べてきたが、節制しておきたいのも事実。

 ところが、そんな風に理想と現実の板挟みで葛藤するユキに気づいてない様子でキキは運んできてくれた野兎族の子ども達や女に、感激したように礼を述べていた。

「うわっ、いいんですか? こんなに沢山の野草……キャベツや人参、野苺まで……まだ収穫の時期ではないはずじゃ?」

「村長様の計らいでね、貯蔵庫に余ってた去年の物だけど、色合いや味に変化はないから心配ないよ。むしろあんな無礼を働いて、これっぽっちじゃ償いにさえならないだろうけど遠慮せず食べておくれ」

「ありがとうございます、お心遣い感謝します!」

 笑顔で頭を下げるキキを疑心の眼差しでユキは見ていた。こんな時、頼りになるのがソラなのだが、彼は無言で頷くだけ。両者の会話には嘘偽りはない。

 しかしユキとしては冗談であれば――と期待した結果だった。

 すると、物言いたげなユキの視線に気づき、キキは言う。

「あ、安心してください。ちゃんとリンさんの食事も同じメニューらしいので」

「まったく安心できません」

 思わずユキは苦言を述べると、木を削って作られた椅子から席を立つ。

「どうしました?」

「リン様のもとに行きます……訳の解らない物を口にされ更に体調が悪化したら療養の意味がありません」

「大丈夫ですよ、僕らと同じ物を食べているんですから元気になる事はあってもお腹を壊すことはないです……それに、もうじき陽が暮れます。夜の森は危険ですから動かない方が良い」

 言われてみれば穴の外の空が赤紫色に染まり始めていた。

「助力を求めて行く前、鳥族について少し調べました…“鳥目症”という体質で暗闇では普段通り動けないのでしょう?」

「私は戦士であり軍属です…多少の暗さは問題ありません!」

「落ち着けユキ。今回は鼠の言い分の方が正論だ」

 興奮して食って掛かろうとしたユキを、肩に軽く手をおいてソラが諭した。

「俺達はまだ下界の夜を体験したことが無い。過信すると危険だ」

「しかしリン様に、このようなゴミクズを食べさせる訳には……ッ!」

「ゴミって、それはちょっと失礼です。確かに天城の王族であるあなた方には馴染みの無い味かもしれませんけど、この村では十分豪勢なもてなしですよ?」

 話しつつ、席に着いたキキは人参とか言うオレンジ色の棒に噛りついた。

「もぐもぐ……うん美味しい。少なくともリンさんに食べさせられた物よりは絶対ご馳走です」

 キキは初対面で逢った際に突っ込まれたミミズ料理を思い出して断言するが、二人からしてみると何の事を言ってるのか解らない。

「とにかく。まずは座って食べてください。“腹が減っては戦も出来ぬ”でしょう? 食べられる時に食べておかないと」

「ぬぅ……」

「正論だな。鼠が身を以て毒味してくれたんだから、食えはする。今は、俺達も食べることにしよう」

 そう言うとソラは手近にあった野草を無造作に掴んで口へ運んだ。それを見てユキも渋々座り直し…目の前の橙色の棒を口に入れたが、直後二人の動きは止まった。

「歯応えはあるが味が無い」

「固過ぎて噛めません…それに苦味のような癖のある味。本当に、これが美味しいのですか?」

 さすがのソラも苦虫を噛み潰したかのような表情になる。ユキは素朴な疑問をキキに問うていた。

「? お口に合いませんか? 野兎族の主食は野草が主ですけど――葉付きの人参なんて祝いの席にしか出さないような贅沢品ですよ」

 その時、ようやく二人は気づいた。キキ達、栗鼠族や野兎族は雑食系だ。鳥族も大半は雑食系の食文化だが……明らかに違うのは、顎と歯の作り。キキは鋭い前歯などで削り取るように食べられるが、前歯が特別発達しているわけではない二人に人参という物体は、石のようなものだった。

(生物は周囲の環境に適応するように育つとは言いますが……)

「カリカリ…、もぐもぐ…久しぶりのまともな食物は胃に染みます~♪」

「んっ、おいユキ…こっちの赤い実は柔らかいし、甘くて美味いぞ?」

「それは良かったですね」

 相槌に応えながらユキは内心頭を抱えた。少なくともリンの気が済むまでは風の大陸で暮らすのだから、自分もそれなりに順応しないといけない。

 まったく自信はないが。

(せめて、こうゆう文化の違いからの暮らしにくさで早々に心変わりしてくれないだろうか…?)

 ユキは、はかない可能性に希望を託すが…ここだけの話、城下の繁華街で初めて食べたミミズの串焼きに躊躇せず噛り付いてた事実を知れば確率は低いと気づけたかもしれないが、今は言わぬが花だろう。

 

 

 

>物語は、続く。<

 




 ご無沙汰してます、不協和音です。
 あまりあとがきなど書いた経験がないので、無作法かもしれませんが御容赦ください。(*-ω人) 今回はひとつき以上、更新が空いてしまった詫びと、今回から登場した『野兎族』についての補足をしておこうかと。ウサギの種に詳しい方なら疑問に思っているのでしょうが、本来の野兎に巣穴を掘る習性はありません。その習性を持つのは穴兎です。
 のちに物語でも記述するつもりですが、あの村は正確には2種のウサギ族が共生している形になっており、住居は穴兎族が作っているというわけです。
 混乱された方々には申し訳ありません。(*-ω人)

 なお、投稿更新はこれからも不定期でしょうが、気長に付き合ってもらえれば幸いです。
 でわ、また。不協和音でした。( ≧∀≦)ノ
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