バッハさん家の勇者さま!?   作:不協和音

7 / 10
バッハ伝記11から12までの物語

 

 

 結局、野苺と野草を無理矢理詰め込む形でソラとユキの食事は終わった。

 ふたりにしては努力した方だと思う。努力して採る食事が美味いかは別にしても頑張りは認めてほしいところだ。むしろ同じメニューを出されたというリンがしっかり食事を採れたのか…そちらの方がユキには気掛かりだった。

 とはいえ、リンの許に馳せ参じる事も今は出来そうになかった。

 森の夜。一寸先は闇という諺を具現化したかのような世界に一変した現実に、ただただ絶句した。

 腹の底から沸き上がってくるのは原始的な恐怖だ。

 地形を把握していたとしても、目で見えるのと見えないのとでは、こうも印象が異なるかと思うほど…夜という闇は深かった。

 拓けた土地なら星々の光や月明かりなどで多少は明るくなるかもしれないが、木々が夜空を被うため、ここではそれも望めない。

 もっとも鳥族固有の体質である“鳥目症”には、あまり大差ないことだった。

「これほど過酷な環境で…よくここの種族達は暮らしていけますね」

「あなた方が考えるほど、住みづらい土地でもないんですよ?」

 穴蔵の入り口付近で唯一の灯りである焚き火の番をしながらキキは言う。

「兎族の大半は夜行性なので暗闇でも夜目が利きますし、むしろ天敵の少ない夜のほうが活動的です」

「オマエ達もそうなのか?」

 栗鼠族という意味を込めたソラの問いに、キキは肯定の意味で頷く。

「もっとも今は非常時なので…昼活動する班と夜見張る班に別れてるはずですけれど……」

 言いながら言葉尻が力なくすぼむ。三人の居る穴蔵は少し高めの丘のようになっている地形上、木々の間から狭いながらも星空が見えていた。

「祖国が心配か?」

 ソラが訊ねると、キキは取り繕うように喋る。

「いえ、それほどは……領土侵犯を強要されているとはいえ、こちらからの一方的なものですから…まだ、火の大陸に宣戦布告したわけじゃないので先に攻め込まれるなんて事もないはずですし……」

「それが本当なら、なぜ警戒する必要がある?」

「警戒?」

「お前が言っただろ。昼夜交替で見張る――と。襲撃の警戒以外でそんな行動を取る理由が、俺には思い浮かばないんだがな」

「名推理ですね。探偵にもなれるんじゃないですか」

 変に話題を逸らそうとするも、リンのようにつられる二人ではない。キキは、少し考えてから対応を変えることにした。

「そうですね――いずれ分かることですし、リンさんの居ない今に話しておいた方がいいかもですね」

 キキは軽く咳払いしてから話し始める。

「村長様の仰っていた事、憶えていますか?」

「徴兵がどうのという話ですか? それは誤解なのでしょう?」

「そこらの村に戦力になるような猛者がいるなら、鼠が天城の籠に来る必要もないからな」

「はい……ですが、噂が噂を生んで拡がり、地底の平原を警戒している小国は、この大陸内にも居るのが事実なんです。現に僕が国を出る前にも、それまで順当に進んでた商談を取り止めると一方的に告げてきた…ノゾミ様の怒りを買うことを恐れた国は多い」

 パキッと焚き火が鳴る。

「そもそも、栗鼠族の集落に過ぎなかった僕らが、地底の平原という国に独立した事を快く思っていない小国も多くて…古くからの歴史ある国は、尚更です」

「つまり、迫害を受けている――と?」

「や、さすがに大っぴらなものはないですよ? 何がノゾミ様の怒りを買うか解らないので。でも進めていた取引が突然白紙になったり…特に武具を扱う大口の取引相手は話も聞いてくれないような有様で……」

 キキの表情が悔しげに歪む。実際、どこと戦うにしろ、武器が無ければ戦は出来ないだろう。

「なるほどな。そんな話が噂と一緒に広まっているなら、ジジイの誤解も仕方ないかもな」

「実際、天城の籠に助力を求めるのも徴兵と見られても仕方ない行為ですし」

「はは……確かに。反論は出来ませんね」

 困ったように笑うキキ。

「だけど現実はうまくいかないものですね。大した助力を得る事も出来ずに、こうして帰郷するんですから……本当に徴兵を考える輩が出てきても不思議じゃなくなってしまう。そうなったら僕はどうすれば……」

「迷え迷え。国を導く者はそれが仕事だ、鼠小僧」

 然も他人事であることを面白がるように笑うソラ。

「ソラ、彼も彼なりに真剣なのですから…からかうのはやめなさい」

「じゃあ何か気の利いたアドバイスでもしてみるか? ――あとから責任転嫁されて巻き込まれるのは、ごめんこうむるぜ! 面倒事はアホ王女だけで十分だ」

 吐き捨てるように告げるソラの言葉に、キキは軽く笑ってみせた。

「あ、すみません。そうですよね……別に相談しようとか意見を求めようと思って話をしたわけじゃありません。ただの愚痴。独り言だと思って聞き流してください、本当に何を言ってるのか…自分でも混乱してるんだと思います」

 早口で弁明するキキの表情は明るいものとは言えなかったが、その悩みは今考えて答えの出るものではない。これ以上は不安が募るだけだ。

「長々と付き合わせてすみません。お二人とも寝ていいですよ? お疲れでしょう? 火の番は僕がします」

 そう言って穴蔵の奥に敷き詰められたワラを指す。

「いえ、交替にしましょう…あなたも疲れているのは同じはず」

「ご心配なく。僕は座ったままでも仮眠をとれます――何かあれば起こします」

「だとさ。せっかくの厚意だ。ありがたくもらっとこうぜ」

 そう言うとソラは席を立つ。「そこまで言うなら」とユキも習った。

 そうして独り、焚き火の傍に丸くなったキキは思わず呟いていた。

「他国の問題……そう。決めるのは彼らではなく僕らなんだ」

 また、焚き火がパキッと鳴った。

 

 

>物語は、続く。<

 

 

 一方三人が穴蔵で食文化の違いと格闘していたのと同時刻。真っ暗な闇に閉ざされた世界に居るリンは、不安よりも退屈だった。

 周囲の環境、人物たちは初めて触れ合える異国人だというのに…何の拷問か、何も見えないまま何かの布地を目元に巻かれ、過ごさなくてはならない。

 ただ、視界が奪われたことで触覚や聴覚、嗅覚などが鋭敏になっていった。

 

 馴染み深いユキの暖かい手に引かれ連れられてきた場所は、不思議な匂いに満ちていた。座らされたところは冷たく硬い。おそらく椅子か…奥行のありそうな感覚からはベットかもしれない。ただリンの知るフワフワな材質とは違い、木製か、石か…例えるならテーブルに腰掛けてるような感覚に近かった。

「さっ、用が済んだならあとは任せて、アンタらは散った散った!」

「………それではリン様の事を頼みます、ドクター」

 ユキの心配そうな声と共に気配が遠退くのがなんとなく分かった。

「まったく。腕は立つらしいが心配性な男だね、シャフツ花ひとつに顔色悪くしてみっともない」

「ユキは優しいから」

 傍から聞こえてきた飽きれ混じりな女性の声に相槌を返しながら、手探りで声の主を捜してみる。すると伸ばしかけた手を逆に掴まれる。

「何も見えなくて不安なのは解るけど…ここにはいろんな薬物があるから無闇に探らない方がいいよ」

「うわぁ……!」

 掴まれた手に伝わってくる柔らかい感触に、思わず感嘆の声をあげていた。

(羽毛の触感とも違う、まったりした不思議な手触り――あったかい!)

「ねえ、あなたは兎族?」

「あははッ、この村でそんな質問を聞いたのは初めてかもしれないな。もちろん兎族だよ。もっともアタシはハーフだけどね」

「はーふ? 他の兎さん達とは何が違うの?」

「ずばずば聞くね、大した好奇心だ。見えるようになれば解ると思うけど、獣の血が濃くて変化が中途半端なのさ」

 喋りながら、掴まれた手を膝元に戻し、手を離すと「ちょっと待ってな」と言ってガサゴソと何かを探る気配。

「何してるの?」

「治療の準備に決まってるだろ。話してるだけじゃ目は治せないからね」

 それから少し待つと目元に柔らかい綿のようなものをあてがわれた。リンは反射的に目を閉じ掛けるが、「あ、目は開けたままでいいよ? その方が解毒液の浸透が早いから。しみるようならいいな」と言われ…閉じかけていた目を開く。

 視界が暗いことに変わりはないが綿と目の間に隙間が出来るように貼ってくれたのか痛みはなかった。

「どれくらいで見えるようになる?」

「約二日。アンタ、シャフツ花の毒液を浴びた時、目元を擦っただろ。そのせいで深く入り込んでるから完治には時間かかるよ」

「むぅ…! せっかく未知の土地でのファーストコンタクトなのに、詰まんない」

 頬を膨らませて愚痴るリン。本心から悔しそうだ。

 そんな様子をみて女医は豪快に笑った。

「あはは、心配しなくとも毒が抜ければ飽きるほど兎族を見れるさ。まあアンタほど綺麗じゃなくとも化けてるんだから、そんなに言うほど変わらないと思うけどね。ま、がっかりしないことだ」

「何言ってるの? あなたの手もモフモフしてリンとは全然違うでしょ?」

「あー、アタシは別さ。野兎と穴兎のハーフだと言ったろ。生れ付き化けるのが下手なんだ――常時半獣化状態と言えば解るかい?」

「難しい言葉は頭痛くなるから分かんなーい」

「…まあ見れば分かるさ。あまり見せたい姿でもないけどね」

 喋りながら、先程からゴリゴリと何かを磨り潰す音が絶え間なく聞こえていることにリンは気付いた。

「さっきから何してるの?」

「アンタの飯の支度だよ。その状態じゃまともに物も持てないだろ。長がせっかく豪勢に用意してくれた食物だけど…面倒だからまとめて粥にしてやるよ」

「お粥~? あかちゃんの食べるものだよ、リンはあかちゃんじゃなーい」

「そう馬鹿に出来たもんでもないよ。見えないから分からないだろうけど生野菜百パーセント。消化もよくて食べやすい……病人食には、うってつけだ」

「うー、目が見えない以外はリン、元気なのに……」

「体の中に毒素があるんだから同じだよ。ほら口開けな、文句は食べ終えてから聞いてあげる」

 そう言われ、渋々ながらもお腹の空いていたリンは口を開けた。見えないため色合いなどは分からないが変な臭いなどはない、と感じた。もっとも植物の香りに満ちた場所で、何を変な臭いと判断するのか判らないけど。口の中に広がるドロッとした触感。

「ん……ッ?」

 その後に広がるだろう粥特有の味を想像していたリンは驚いた。さらさらとした液体につぶつぶとした細かい果肉、ここまではよく知る粥飯の触感だったが、味が好い意味で衝撃的だった。

「なにこれ…あまぁーい!」

 後味に酸味と苦味がわずかに残るものの口に広がるのは果物を食べたような甘さだった。

「うまいだろ、生野菜の苦味を消すために野苺をふんだんに混ぜたからね」

「それは本当に御飯なの? おやつ……ううん、デザートと間違えてない?」

「興奮しすぎだよ、大袈裟だね」

「だってお粥でしょ!? あわたま汁とは全然違うわっ」

 あわたま汁とは、天城の籠王族御用達の粥料理で、消化を良くし満腹感を得る事を目的とした、無味無臭な病人食だ。とはいえ兎族の女医が知るわけもない。

 ともあれ、ひとくちで粥を気に入ったリンは女医の差し出すスプーンに噛み付くような勢いで完食した。

 言わずもがなだが、この瞬間リンは従者二人が苦悩した食文化の違いを、素直に受け入れてしまった。

 

 

>物語は、続く。<

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