バッハさん家の勇者さま!?   作:不協和音

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バッハ伝記15から16までの物語

 眷属の儀を気軽にやった問題について。あれからユキは不満不平を漏らしていたが…ソラは現実を冷めた様子で受け止めていた。

「そもそも、教育係として指導を怠ったユキにも非があるだろ」

「怠ったわけではない! 時期尚早だと考えていたんだ…従者は我らだけで事足りていたし、王座を継いでからでも遅くはないと…だいたい、そんな儀を自由に出来るなどと教えれば、今のリン様は面白がって悪戯に行なうのが目に見えているだろう!?」

「確かにな。だが今回はそれが裏目に出た訳だ」

 眷属を持つ。

 簡単に言えば従者を作る行為だが、それは対象者の半生を背負う意味を有している。

 本来なら王位継承の後、認定杖を持たなければ効力を持たないはずなのだが――今リンは“天雷槍”を身に宿している。おそらくそれが認定杖としての効力を発現してしまったのだ。

 しかし、解ったところで後の祭りである事実は変わらない。騒いでも同じだ。

 そしてこの問題を、輪を架ける形で厄介にしているのが……この地、中庭界には眷属者という概念がない事実だった。

「起きてしまった事は仕方ないとして。問題はこの後――このことを、どう説明するかじゃないか?」

 眷属者。それは天上界に於いて、天城の王の加護を授かる者を示す。天城の籠の属民となり、天城に忠誠を示せば力を増す。しかし反攻者は加護を失い自らの力を制御出来なくなり自滅する、ある種の呪いにも似た契約なのである。

 天城の籠に属する兵や騎士たちにとっては、兵役に就く際には必ず受ける儀式だ。ちなみに余談として、ふたりが今回の件で加護を失わずいられているのは、天城の王女であるリンの命を忠実に全うしているという概念が、加護を有効化している為だった。

「ま、結論として放置する事は出来ないんだ。同行してもらうしかないだろ」

「しかし、それは徴兵行為と見られないか?」

「十中八九そうだな」

 それは村長の危惧を肯定し…キキの言葉が偽りだと認めることになる。

 キキの立場を考えるなら得策ではない。ただでさえ大変な時期に信用まで損なう事になるのだ。加えて厄介なのが彼女は女医だという点。野兎族にとっても重要な人材だ。無論、確認したところ医療の心得を持つ兎族は他にも居るとのことだったが、一番熟練しているのは彼女ということだ。

 そんな彼女を引き抜くという行為は、一度に信頼を失いかねない。愚行だ。

 だがいくら正論を並べ立てても成立してしまった儀を取り消すことは出来ない以上、背に腹はかえられない。それだけの重みが眷属者には含まれる。

「妥協案として――嘘も方便だ。乗るか?」

「止むを得まい」

 

 ソラが提案したのは、あえて眷属者の事を明かさず…リンの看病の為に同行してもらう、という建前だ。

 無論、女医を説得する上では真実を明かすしかないが村長達には、この建前で反感を買わないよう運ぶ。

 これならキキに悪印象を持たれることはない。

 あとは当事者たちの説得だが、そちらが難題だ。

「アタシがアンタ達と旅をする? 何でわざわざそんな奇特なことしなきゃなんないんだ?」

 自分達の旅に同行してほしい、と告げた開口一番に問われた疑心。

 自然な問いだが解っていても答えに困る。

「いや、その、なんだ……我らは医学や薬学の知識には疎くてな。あなたが居てくれればこれから先も心強いと思えてな」

 言い訳がましいと思いながらユキは言葉を選んだ。

「医療の知恵を得たいならアタシみたいな半端者より他の野兎医を誘った方が利口だよ。それに薬学についてなら“地底の平原”にも詳しいヤツは居るはずだ」

 間髪を入れず即答され、ユキは言葉に詰まる。

 しかし、今のやりとりにソラは違和感を覚えた。

「いや、その、リン様が懐いているあなたの方が」

「待てユキ。――実は俺達は天上界からきたばかりでな。こちらには疎いんだ」

「なっ、おい!?」

 さらっといきなり素性を明かしたソラにユキは驚嘆して目をやる。しかしソラは平然と断じた。

「無駄は省いた方がいい。この女は俺達がキキの同郷じゃない事に気づいてる」

「なに?」

 驚愕するユキを尻目に。

「神殺しの落日を知らない者が、風の大陸で暮らしてゆけるわけないからね」

 当然とばかりに頷いた。

「しかし他の大陸からの客かと思ってはいたが、まさか天上界とは――不可侵の禁を侵すなんてキキ王子も大胆な博打をしたもんだ」

 それで、と女医は言葉を続ける。

「アタシを勧誘してる本当の理由は、リンを叱ってた眷属の儀とやらと関わりのあることなんだろ?」

 ここまで推察されていれば、もはや暴露されたも同然だ。考えてみればユキは彼女の前で大騒ぎしていたのだ。その直後にこの流れ…気づかない方が不自然。

 ソラの言葉通り、正直に話して納得してもらう方が無駄がないだろう。

 むしろここで下手に誤魔化せばわだかまりが残る。

「わかった。少し酷な話になるが聞いてもらえるか」

 そう前置きしユキは話し始めた。

 

 

>物語は、続く。<

 

 

 ユキから淡々と説明された内容を女医は静かに聞いていた。そしてユキが口を閉じ、少しした後にひとつだけ確認した。

「これ、申し出を断った場合どうなるんだい?」

「即座に命の危険があるわけではないが…天城の血族に反感を持てば…」

「そうじゃない。今の話さ」

 取り繕う必要はないとの言い方に、ユキが言葉を濁すと――ソラが断じた。

「断った場合は危険因子となる可能性がある。消す」

「ソラ」

「誤魔化すだけ無駄だ。事実だろ。はっきりさせたほうが早い」

「正論だね。下手に勧誘されるより気が楽だ」

 抹殺宣告を受けているのに女医は笑って頷いた。

「いいよ。乗り掛かった船だ…リンも嫌いじゃない」

 ただし、と女医は言う。

「リンの目が治って…アタシを拒絶しなければ、ね」

「拒絶? リン様があなたを…ですか?」

 

 

 約二日。リンの体感的にはもっと長く感じられた、治療生活の終わりを告げる朝を迎えた。リンは動悸が早くなるのを抑えきれない…やっと未知の住民を我が目で見られるのだ。

「ねねっ、もう包帯取れるんだよね? はやくはやく」

「リン様、落ち着いてください」

「完全に解毒できたかまだ判らないから、目を閉じたままジッとしてな」

 羽毛に似た触感の手が、リンの目元に包帯越しに触れてくる。これはウサメの手だとリンは判った。

「いいか? アンタの目は丸二日陽を浴びてない…いきなり光を浴びるとダメージが残る可能性もあるから、ゆっくり開けるんだよ?」

 喋りながら、シュルシュルと布が擦れる音と共に、ガーゼを固定していた包帯をほどかれガーゼを取る。

 真っ暗だった視界が少し灰色を含む闇に変わる。

 視える。直感で解った。

 その時リンの脳内を駆け巡ったのは何を最初に視るかという一点だった。

 決まっている。否、決めていた。見た事のない兎族である。ユキやソラの顔など見慣れている。見えなくなったショックを癒し且つ感動を得られる対象は、未知の兎族――1番好きなウサメちゃんと決めていた。

 彼女の進言通り、はやる心を抑えつつ、ゆっくりと両目を開けた。痛みはなかった。約二日居たはずだが初めて見る部屋。土壁を丸く切り抜いたような洞窟で壁に埋め込まれた板が棚代わりに使われており…想像通り薬品の瓶が陳列されていた。自分の周りにはソラとユキ、そしてキキ…その後ろには見た事のない者が居た。顔立ちは細面で白い毛に覆われ、頭からは足下の地面に付くほど長い耳が生えている。体格は丸く、両の手は大きく太いのに…対照的に足は短く小さい。

 不安そうな色を称えた瞳は大きく、紅かった。

「――あなたが、ウサメちゃん?」

 静かにリンが訊ねると、その生物は唯一リンの知る声で応えた。

「言ったろ。あまり見せたい姿じゃないって……」

 呟いて視線をそらす。

 そのしぐさに、リンは心打たれ――我慢できずに、飛びついていた。

 

「かっわいい~♪ こんなに愛らしい生き物、見たことないっ! 本当にあなたがウサメちゃんなの!? 喋ってる時は、もっと大人な女性を想像してたけど…ううん、嬉しい誤算かもッ!!」

「~~~!?」

 思いっきり強く抱き締められ、赤い瞳を見開き呆然とする女医を、他三人は、やれやれといった雰囲気で見守っていた。キキはともかく、ユキとソラはこの展開を予想していたのか落ち着き払って言う。

「とりあえず視力は戻っているみたいですね。後遺症の心配もなさそうです」

「ま。何を心配してたのか見当はつくが…むしろ変わり種のほうがアホは喜ぶ」

 

『アタシはハーフだから見た目が異形だ。村でも医師としては重宝されているが慣れている大人たちさえ余所者を見る目でアタシを見てくる。そんな奴と一緒に旅したいなんて…リンも、きっと言わないだろ』

 

 女医の語っていた持論を容易く覆され、展開に付いていけてないのは他ならぬ彼女だった。

「リ、リン――アタシが怖くないのかぃ?」

「なんで? むしろこんなに可愛いなら先に言ってよ、逆にビックリしたよぉ!!」

 そんな裏表のないリンの言葉に、女医はわけもわからずひとつぶの涙を流したのだった。

 

 

>物語は、続く。<


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