お納めください。
よくよく考えれば、僕はこの為だけに生きてきたのだと思う。
魔獣の山だなんて良く言ったものだ。
けれど彼は結局、僕と同じなんだ。
「だ、れ、だ……」
「やあ久しぶり、
「お、ま、え、は……」
「覚えてないの?僕と君の仲じゃないか」
「お、ま、え……お前…お前!イグニアス、イグニアス、イグニアス!」
「ああ、よかった。覚えていてくれたみたいで」
優しい君はきっと純人のなかで、誰も彼もが魔法を捨ててしまうのを許せなかった。
優しい君はきっと純人のなかで、誰も彼もが魔法を与えてしまうのを許せなかった。
「どうして、どうしてだ…私は堕ちてしまった、堕ちてしまったのだ」
僕を創った君だから、僕は諦めなかったんだ。
「どうしても、君を迎えに行きたかったんだ」
僕を造った君だから、僕は諦めなかったんだ。
「オブシディアン、僕は4万829年、300日、12時間、11分、15…6…まあ秒はいいか。それだけ君を探していたよ。もう良いんだ。君はもう大丈夫」
「イグニアス…私は堕ちてしまった、堕ちて、堕ちて、堕ちて……」
純人が魔法を鳥獣に与えたのは、純人が居なくなっても困る子たちが居ないように。
純人が魔法を亜人に与えたのは、純人が居なくなっても困る子たちが居ないように。
最初の魔法はいつも僕だった。
どの時代でも、多くの魔法を持つのは僕だった。
この時代でも、やっぱり多くの魔法を持つのは僕だった。
最後の魔法はきっと君のためにあるんだ。
最期の魔法はきっと僕のためにあるんだ。
いくつもの村を食らい。
いくつもの森を食らい。
いくつもの山を食らい。
君はこの地にやってきた。
君の名前を冠するなんて、とてもロマンチックだろ?
これは君と僕の運命だ。
君の最後にふさわしい。
僕の最期にふさわしい。
アヴァリシアには悪いけれど、やっぱり僕は独りで逝けないみたいで。
カドルには悪いけれど、やっぱり僕だけじゃ中途半端みたいで。
アルニレックスには悪いけれど、やっぱり僕も辛いみたいで。
誰よりも長い時間を生きた証はマルプロスペローに渡しちゃったし。
誰よりも優しい気持ちはフルトゥナに負けちゃうし。
コタンコロカムイみたいに頭が回るわけじゃないし。
ミラージェンみたいに要領がいいわけでもないし。
戦闘に強いわけじゃないから龍喰にかなわない。
勇気がたりないから宿子にかなわない。
使命感に燃える烈海のような覚悟も無くて。
忘れる事ができるヤーチャイカのような覚悟も無くて。
アルテミスが夢見た世界に僕が居ないのは嫌なのだけど。
暁が笑う世界に僕は居られないのだけれど。
「お前、お…ま、え、も…私、を」
「大丈夫だよ。誰も君を笑ったりしないよ。誰も君を見捨てたりしないよ」
「そう、か…そ、う、か……」
最初の“魔”“法”と、この時代の“話”“伝”“操”と、戦争中のあれこれや、惨い生き物の30の魔法、純人たちの笑顔の源、鳥獣たちの元気の源、亜人たちの勇気の源、人々の覚悟の証、君に教えてもらった“咲”もあるし、王の大好きな“歌”も、みんなが笑ってくれる“虹”も、他にも、他にも、たくさんあるから。
もう寂しくないね。
もう苦しくないね。
「みんなが待ってる。もう時間だよ」
「み、ん、な」
「夜明けに間に合わせるようにしよう、君は遅刻しなければ誰よりも優れてるから」
「よ、あ、け」
「どうしたの、なんで泣いてるのさ」
「わか、ら…ない。わ、か、ら、な、い」
「じゃあ笑おうよ。大丈夫、大丈夫だよ」
「あ、あ…わら、おう」
できればこの時代のみんなを、みんなのことをもっと見ていたかったけど。
もう良いんだ。
もう良い。
「ありがとう、わがともよ、いぐにあす」
「こちらこそ、ありがとう、オブシディアン」
本当に、ありがとう。
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黒曜台地が一夜にして消えた。
山のように大きな魔獣ごと消えた。
ぽっかりと大穴を開けて、まあるく抉り取られて消えて。
村を、森を、山を食らった魔獣が消えた。
人々を、鳥獣を、魔獣を食らった化物が消えた。
その報せは大陸中を駆け巡り、多くの海を越え山を越え、世界中に広まった。
誰も彼もが喜んだ陰で、ひっそりと息を引き取った獣と魔獣を想うものがいた。
誰も彼もが喜んだ影で、ひっそりと帰って行った獣と魔獣を思うものがいた。
学園では一羽のニワトリが涙し、一匹のヘビがため息をつき。
ある山奥では一羽のシマフクロウが黙祷した。
ある迷宮で一頭のスレイプニルが空を見上げ、嘶いた。
王宮ではその日、一度たりとも猫が見当たらず。
遥か遥か遠くの地で黄昏竜は深く呼吸した。
これは、ある彼の物語。
これは、ある家畜の物語。
これは、ある英雄の物語。
蒼天の浮舟オブシディアン、あるいは始まりの騎獣イグニアスの物語。