木漏れ日の記憶   作:欲望貯金箱

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架空図書の100回記念に応募した[毛玉 RUN AWAY]を前に読んでいただきたいと思い執筆したしました。
お納めください。


架空オルナイ7巻 魔獣の泪 最終章『魔獣の泪』

 よくよく考えれば、僕はこの為だけに生きてきたのだと思う。

 魔獣の山だなんて良く言ったものだ。

 けれど彼は結局、僕と同じなんだ。

 

「だ、れ、だ……」

 

「やあ久しぶり、()()()()()()()?」

 

「お、ま、え、は……」

 

「覚えてないの?僕と君の仲じゃないか」

 

「お、ま、え……お前…お前!イグニアス、イグニアス、イグニアス!」

 

「ああ、よかった。覚えていてくれたみたいで」

 

 優しい君はきっと純人のなかで、誰も彼もが魔法を捨ててしまうのを許せなかった。

 優しい君はきっと純人のなかで、誰も彼もが魔法を与えてしまうのを許せなかった。

 

「どうして、どうしてだ…私は堕ちてしまった、堕ちてしまったのだ」

 

 僕を創った君だから、僕は諦めなかったんだ。

 

「どうしても、君を迎えに行きたかったんだ」

 

 僕を造った君だから、僕は諦めなかったんだ。

 

「オブシディアン、僕は4万829年、300日、12時間、11分、15…6…まあ秒はいいか。それだけ君を探していたよ。もう良いんだ。君はもう大丈夫」

 

「イグニアス…私は堕ちてしまった、堕ちて、堕ちて、堕ちて……」

 

 純人が魔法を鳥獣に与えたのは、純人が居なくなっても困る子たちが居ないように。

 純人が魔法を亜人に与えたのは、純人が居なくなっても困る子たちが居ないように。

 

 最初の魔法はいつも僕だった。

 どの時代でも、多くの魔法を持つのは僕だった。

 この時代でも、やっぱり多くの魔法を持つのは僕だった。

 最後の魔法はきっと君のためにあるんだ。

 最期の魔法はきっと僕のためにあるんだ。

 

 いくつもの村を食らい。

 いくつもの森を食らい。

 いくつもの山を食らい。

 君はこの地にやってきた。

 黒曜台地(オブシディアン・フィールド)は、英雄としての僕を称えて、僕に与えられた領地だ。

 君の名前を冠するなんて、とてもロマンチックだろ?

 これは君と僕の運命だ。

 君の最後にふさわしい。

 僕の最期にふさわしい。

 

 アヴァリシアには悪いけれど、やっぱり僕は独りで逝けないみたいで。

 カドルには悪いけれど、やっぱり僕だけじゃ中途半端みたいで。

 アルニレックスには悪いけれど、やっぱり僕も辛いみたいで。

 誰よりも長い時間を生きた証はマルプロスペローに渡しちゃったし。

 誰よりも優しい気持ちはフルトゥナに負けちゃうし。

 コタンコロカムイみたいに頭が回るわけじゃないし。

 ミラージェンみたいに要領がいいわけでもないし。

 戦闘に強いわけじゃないから龍喰にかなわない。

 勇気がたりないから宿子にかなわない。

 使命感に燃える烈海のような覚悟も無くて。

 忘れる事ができるヤーチャイカのような覚悟も無くて。

 

 アルテミスが夢見た世界に僕が居ないのは嫌なのだけど。

 

 暁が笑う世界に僕は居られないのだけれど。

 

「お前、お…ま、え、も…私、を」

 

「大丈夫だよ。誰も君を笑ったりしないよ。誰も君を見捨てたりしないよ」

 

「そう、か…そ、う、か……」

 

 最初の“魔”“法”と、この時代の“話”“伝”“操”と、戦争中のあれこれや、惨い生き物の30の魔法、純人たちの笑顔の源、鳥獣たちの元気の源、亜人たちの勇気の源、人々の覚悟の証、君に教えてもらった“咲”もあるし、王の大好きな“歌”も、みんなが笑ってくれる“虹”も、他にも、他にも、たくさんあるから。

 もう寂しくないね。

 もう苦しくないね。

 

「みんなが待ってる。もう時間だよ」

 

「み、ん、な」

 

「夜明けに間に合わせるようにしよう、君は遅刻しなければ誰よりも優れてるから」

 

「よ、あ、け」

 

「どうしたの、なんで泣いてるのさ」

 

「わか、ら…ない。わ、か、ら、な、い」

 

「じゃあ笑おうよ。大丈夫、大丈夫だよ」

 

「あ、あ…わら、おう」

 

 できればこの時代のみんなを、みんなのことをもっと見ていたかったけど。

 もう良いんだ。

 もう良い。

 

「ありがとう、わがともよ、いぐにあす」

 

「こちらこそ、ありがとう、オブシディアン」

 

 本当に、ありがとう。

 

―――――――――――――――――――――

 

 黒曜台地が一夜にして消えた。

 山のように大きな魔獣ごと消えた。

 ぽっかりと大穴を開けて、まあるく抉り取られて消えて。

 村を、森を、山を食らった魔獣が消えた。

 人々を、鳥獣を、魔獣を食らった化物が消えた。

 その報せは大陸中を駆け巡り、多くの海を越え山を越え、世界中に広まった。

 誰も彼もが喜んだ陰で、ひっそりと息を引き取った獣と魔獣を想うものがいた。

 誰も彼もが喜んだ影で、ひっそりと帰って行った獣と魔獣を思うものがいた。

 学園では一羽のニワトリが涙し、一匹のヘビがため息をつき。

 ある山奥では一羽のシマフクロウが黙祷した。

 ある迷宮で一頭のスレイプニルが空を見上げ、嘶いた。

 王宮ではその日、一度たりとも猫が見当たらず。

 遥か遥か遠くの地で黄昏竜は深く呼吸した。

 

 これは、ある彼の物語。

 これは、ある家畜の物語。

 これは、ある英雄の物語。

 

 蒼天の浮舟オブシディアン、あるいは始まりの騎獣イグニアスの物語。


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