サイレンススズカ生存ルート〜もし彼が生きていたなら~ 作:ディア
西暦2014年
マーチオブスズカがターフを去ってから数年後。サイレンススズカ産駒は、重賞馬はいくらかいるもののGⅠが勝てず善戦している馬が多くパッとしない印象だった。
サイレンススズカ産駒の特徴は身体が柔らかく、スピードも出やすい。言うなれば父の特徴を引き継ぎやすい傾向があった。しかしその傾向に釣られたのか、気性が荒く、騎手が少しでもやる気を見せないと馬がやる気をなくす。酷いときには乗せようともしない馬もいた。マーチオブスズカがその典型的な例だった。
だがマーチオブスズカよりもその傾向が強かったのがカワカミプリンセスを母に持つサイレンスプリンス。カワカミプリンセスの血統を少し、具体的には二代前まで遡ると外国馬ばかりだが名馬──名馬には競走馬としてか種牡馬としてかの二つ種類があるがこの場合は前者──ばかりがそろう。父母は名牝グッバイヘイロー、父父は欧州80年代最強馬ダンシングブレーヴ、母父は唯一無二無敗で米国三冠馬となったシアトルスルー、母母父は史上最強の米国三冠馬セクレタリアトと豪華メンバーがズラリと揃う。いくらサラブレッドでもここまで揃うのは稀な例である。
しかもカワカミプリンセス自身も名馬そのものの成績を残している。特に三歳時点では優駿牝馬と秋華賞を無敗で制し、その後エリザベス女王杯で降着するものの先頭で走り、誰もが無敵感を感じていたくらいの名馬だった。
そんなカワカミプリンセスの息子として生まれたサイレンスプリンスが遂に三歳となった。
この年のクラシック候補はラジオNIKKEI杯を制したハーツクライ産駒ワンアンドオンリー、共同通信杯を制したフジキセキ産駒イスラボニータ。そして弥生賞でワンアンドオンリーを打ち負かしたサイレンススズカ産駒の無敗馬サイレンスプリンスだった。
「三強対決だって? ははっワロス。ここはサイレンスプリンスで確定だろ」
……三強対決といったら三強対決だ!
とにもかくにも、皐月賞。弥生賞馬は皐月賞で負けやすい。ここ数年そのような傾向が強い。十年前(西暦2004年)から遡り実際のデータを以下のように纏めた。尚()の中はその年の皐月賞馬である。
・コスモバルク(ダイワメジャー)
・ディープインパクト(ディープインパクト)
・アドマイヤムーン(メイショウサムソン)
・アドマイヤオーラ(ヴィクトリー)
・マーチオブスズカ(マーチオブスズカ)
・ロジユニヴァース(アンライバルド)
・ヴィクトワールピサ(ヴィクトワールピサ)
・サダムパテック(オルフェーヴル)
・コスモオオゾラ(ゴールドシップ)
・カミノタサハラ(ロゴタイプ)
一目瞭然。弥生賞馬が皐月賞を勝った例はディープインパクトやマーチオブスズカ、ヴィクトワールピサの三例のみである。さらに遡るとスペシャルウィークやナリタトップロード等の後にGⅠを勝った名馬すらも皐月賞を勝てずにいる。そこまで遡っても勝った例は2001年のアグネスタキオンが加わるだけで、さらに弥生賞馬が皐月賞馬となったのは1987年のサクラスターオーまで遡らなければならない。もう一つおまけに言っておくと二年後、無敗で弥生賞を勝ったマカヒキすらも皐月賞を勝てなかった。
何が言いたいかというとそのくらい弥生賞馬が皐月賞を勝つのは難しいことである。
その弥生賞馬が皐月賞に挑戦する。それだけでサイレンスプリンスを見放す動きもあるほどで、本来であれば単勝オッズ1倍台になってもおかしくないがそのジンクスもあって単勝オッズ2倍台に収まった。
しかし本当に強い馬はジンクスなど関係ない。2000年時のテイエムオペラオーがその典型例だ。彼は長らく続いていた天皇賞秋やJCの一番人気不勝利のジンクスを破り勝利した。しかも天皇賞春秋共に一番人気で勝利する例は彼が初めて──後にキタサンブラックが達成──である。
【サイレンスプリンスがまだ粘って残り100m。二着争いにイスラボニータがやってくるが苦しい! 誰もいない一人旅で今一着ゴールイン! 難なくこなしましたサイレンスプリンス。ダービーも楽しみです】
サイレンスプリンス。この王子もその例に漏れず、勝利した。無敗で弥生賞を勝利した馬が皐月賞を制す。マーチオブスズカ以来のことであった。
そして日本ダービーこと東京優駿を勝てば無敗の三冠待った無し。何故ならばトキノミノル、コダマ、トウカイテイオー、ミホノブルボンが無敗で二冠を制したのにも関わらず三冠馬になれなかった理由は弥生賞に出走していなかったからでシンボリルドルフ、ディープインパクトの二頭はそのレースに出走し勝っている。
【ああっと! サイレンスプリンス外ラチに向かって走っていった!】
しかしサイレンスプリンスに問題が発生した。それは斜行だ。サイレンスプリンスの悪い癖は祖父サンデーサイレンスから受け継がれた気性の荒さ。何度も言うがサンデーサイレンスの気性の荒さは非常に荒いことで有名だ。レースの最中隣の馬を弾き飛ばしたりしている。種牡馬になってもそれは変わらず隣にいた馬を威嚇したりしている。その為隣の馬房にはオルフェーヴルのもう一人の祖父ことメジロマックイーンが傍にいることで解決したが、それでも生涯サンデーサイレンスの気性はほとんど変わらずじまいだった。
さてここで話は変わるがサンデーサイレンスの気性の荒さは父ヘイローから受け継がれている。しかしヘイローは父つまりサンデーサイレンスの祖父にあたるヘイルトゥリーズンは非常に大人しい馬──これも一説──であり、子孫であるグラスワンダー、ナリタブライアン等も大人しかった。父系に同じヘイルトゥリーズンをもつのにこの違いは何かと言われたらヘイローしかいない。
ヘイローの気性が荒くなった原因は、性質の悪い厩務員だという説がある。ヘイローはその厩務員から虐待され、身を守る為に人間不信となって気性が荒くなったと考えられている。無論この説の他にもヘイルトゥリーズンの気性は荒く、ヘイローの気性も父から受け継がれている説や、気性の荒いノーザンダンサーが近親(ヘイローはノーザンダンサーの従兄弟にあたる)だという説などが上げられるが、人間の性格が環境で変わるように馬も環境で変わることに違いはない。
話を戻そう。マーチオブスズカやサイレンスプリンスは良血馬故に徹底的に勝つことを強要された。その為、絶対勝利主義者となってしまったのだ。良い意味でも悪い意味でもマーチオブスズカにも見られた隔世遺伝がサイレンスプリンスにも出てしまった。いやサイレンスプリンスはヘイローの血が濃く、マーチオブスズカよりも更に気性が荒くなってしまった。
不幸中の幸いというべきか二番手から三馬身以上離れての斜行である為に降着させられることは確実にないが、間違いなく不利になるし審議にもなる。
【サイレンスプリンスがまだ粘る粘る! イスラボニータ、ワンアンドオンリーが突っ込んでくる!】
そしてワンアンドオンリーが一馬身差まで詰め寄ったその瞬間、サイレンスプリンスが再び突き放した。
「な、なんだと……!」
「この日本ダービーに貴様の出番はねえ!」
このようなやり取りが二頭の間であったかどうかは不明だがワンアンドオンリーの心は完全に折れ、二着に食い込むことが精一杯だった。一着は当然サイレンスプリンスであった。
その後、サイレンスプリンスは古馬最強格の一頭ジェンティルドンナがいる天皇賞(秋)で勝利したが、マーチオブスズカが早期引退した理由と同じくサイレンスプリンスも故障していたのであった。3戦以上走って無敗馬二頭を産駒に持つ馬はサンデーサイレンスとサイレンススズカのみである。
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