僕は魔法使い   作:ニゲル兎

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1話 家族に出会った日

分かっていたんだ。

自分だけが辛い訳じゃないって。僕より辛い人は星の数ほどいるって。

だけど、仕方がないじゃないか。

――温かみを知ってしまっていたから。

ふっくらした白ご飯も、体がポカポカ温かくなるお味噌汁も、優しく頭を撫でてくれる感触も、帰りたいと思える住処も。

――知っていたから。

幸せを知っていたから。辛いことなんて何も無かったから。

 

……どうせなら、幸せなんて知らない方が良かった。最初から最後まで辛い方が良かった。そうすれば、僕は落差なんて知らなくて済んだのに。

……何で?

「何で前世の記憶なんてあったんだ……‼ 」

優しい母、厳しい父、お調子者な姉、生意気な弟。

生徒に親身な先生、一緒にいて楽しい友人。

恵まれた環境。

 

そんな記憶無かったら良かったのに。

そうすれば……僕はそれが普通だと思えたのに!

何でこんなに辛いんだ?

何でこんなに痛いんだ?

何で誰も助けてくれないんだ?

……誰か、誰か――助けてよ。……誰か。

● ● ●

 

ただの普通の男子高校生だった。

勉強も運動も普通、突出した才能なんてまるで無くて、仲の良い友人が数人いて、彼女いない歴=年齢で、家族の仲も普通。

反抗期が来ていないことは、少し普通ではないかもしれない。

けれど、それを除けば典型的な普通の男子高校生だったんだ。僕は。

それで良かった。……それが良かったのに。

少し話を変える。

僕は好きなものがあった。まあ、誰でも大なり小なり好きなものはあると思う。これは好きで、あれは嫌い。そんなものがきっとある。

僕の好きなものは、ある漫画だった。

『魔法使いの嫁』

少女と人外の魔法使いを主人公としたファンタジーコミック。

『魔法使いの嫁』はそのタイトル通り、異類婚姻譚の物語。

 

生まれつき人外が見えてしまうせいで、他人からも家族からも疎まれ、不幸と孤独にまみれて生きていた主人公、羽鳥智世は自暴自棄になり、謎の男に薦められるまま、自らの体を闇オークションに委ねた。

買われた相手は、人外の魔法使いエリアス・エインズワース。

エリアスはチセに魔法使いの素質があることを伝え、自分の弟子にしつつ嫁にすることを告げる。

イングランドでの生活のなかで、チセは自身と同様に不幸な境遇の者たちと出会い、彼らの心を救う中で自身の過去とも向き合うようになる。

と言うあらすじなのだが。

僕はこの作品が好きだった。

理由を説明しろと言われれば、少し困ってしまうが。

とにかく僕はこの『魔法使いの嫁』好きだった。

だから、その登場人物と話をしたいと思ったし、チセと友人になれたら幸せなことだろうと思った。

だけど、別に、主人公のような存在になりたいなんて、一度も思ったことは無かったんだ……。

 

 

ある日、『魔法使いの嫁』を読んでいると、眠くなってそのまま寝てしまった。それは良い。親に行儀が悪いと怒られるだろうけど、別に構わない。

だけど――

――気がつけば、僕は赤ん坊に生まれ変わっていた。

きっかけやフラグなんてものは全く無くて、本当に突然、僕は赤ん坊に生まれ変わっていた。

産んでくれた両親には悪いと思うけど……地獄だと思った。

気がつけば赤ん坊になっていて、周りには知らない人しかいなくて、赤ん坊の世話を強制的に追体験させられて。

……家族も友人も、もう会えないと気づいてしまって……。

けれど、本当の地獄はここからだった。

『夜の愛し仔(スレイ・ベガ)』

魔力の吸収と生産に極めて長けた存在。しかし、生きているだけで際限なく魔力の吸収と生産を繰り返すため、やがて肉体がその負荷に耐えきれなくなり、大多数が若くして突然死してしまう。

だから、スレイ・ベガの多くが『短命』である。

だけど、それよりも、もっと大切なことがあって。

スレイ・ベガの魔力は、魔や妖に属する者を例外なく惹き付ける。

――どうしよくもなく魅了される。

それが良いことなのかと言えば、僕は反応に困ってしまう。

妖精に好まれることは、魔法使いにとって大事な素質で、上手くいけば大成出来るだろう。

だけど、普通に生活したいと思うなら、妖精は害になってしまう。妖精の好意は必ずしも、その人のためになるとは限らない……。

主人公のチセも、その体質のせいで過酷な人生を送ってきたのだ。

 

さて。

ここまで話して、きっと気づいた人もいるだろうが。

僕はその『夜の愛し仔(スレイ・ベガ)』になってしまった。

気づいた時期は、赤ん坊になってそう間もない頃、変な生物が僕には見えていた。猫とか犬とかそんな動物らしいものでは全然無くて、不思議生物としか言えないような――そんな感じ。

家で飼っているペット? なのかと思ったが、誰も気づいている様子は無くて、僕にしか見えないのだと気がついた。

そして、それは日が立つ頃にどんどん増えていった。

『俺たちの蜂蜜酒だ! 』

『……愛おしい、愛おしい……』

『そおねぇ、まるで食べちゃいたいくらい』

『おい、誰か取り替えてこいよ』

妖精たちが見えたのは、運が良かったのか悪かったのか……。スレイ・ベガにには普通は見えないのだが……何故か僕には見えた。

人は異端を除外したくなる者だ。それは、僕の住む村も例外では無かった。

普通の人には見えないモノが見える僕は、村の人からも――その家族からも疎まれた。

何もしていない。ただ見えるだけだ。

けれど怖がれ、疎まれた。

 

……本当、何でこんなことになったんだろう?

 

● ● ●

 

走っていた。

暗い暗い闇の森の中で、僕はただ全力で走っていた。

もう、彼処にはいたくなかった。あの化け物を見るような目で見てくる場所にはいたくなかった……。

だから逃げ出した。

危険だと聞く森に逃げた。

『暗闇の森』

あの森は複雑絡み合う木々のせいで光一つ射さない。

更には、ダンジョンから溢れだしたと言われるモンスターが住処にしているから、危険なのだ。危険過ぎて、一般人どころか冒険者ですら潜らない。

端から見れば、防具も着けずに森に潜った僕は、自殺志願者にしか見えないだろう。だけど、一応僕には死なない勝算はあった。

……別に死んでも構わないけど、死なない自信はあった。

妖精たちに力を借りれば、モンスターに襲われない。スレイ・ベガを惹かれる妖精たちなら、僕に力を貸してくれる。

初心者が魔方を使うのは物凄い危険らしいけど、更にはスレイ・ベガは魔法を使えば使うほど、その負担寿命が縮むらしいけど、一応普通に生きていられる。

何故そこまで危険を犯して魔法を扱うのか……。

正直、良く分からない。

今、自分がどんな感情を有しているのか。どんな思いで行動しているのか、全然分からない。

まあ、チセとは別ベクトルで自暴自棄になっているのは間違いないと思うけれど。

「はぁ……」

ゆっくりと木の元に座る。……少し疲れた。

すると、緑色の光が右肩に来て。

『ユウキ、どうしたの? 』

手に収まるような羽の生えた小人になった。

美しいと言うよりは、可愛らしい容姿だ。

「――エアリエル、何でもないよ。少し疲れただけ」

エアリエル――風の妖精、空気の精。

新しい物好きで噂話に敏い、少し悪戯好きな妖精。

僕との関係もそこそこ良好だ。まあ、スレイ・ベガと言う性質のおかげなんだけど。

『そう? 辛かったら言ってね。ユウキが怪我したら私たちは悲しむからね』

心配気な表情でこちらを見るエアリエル。

……だから、僕は妖精を嫌えない。僕を貶めたのが妖精の仕業だったなら、僕を救ってくれたのも妖精のおかげだから……僕をどうしても妖精を憎めない。

僕に酷いことをしてくれれば、容赦なく嫌いになれるのに――利用出来るのに、隣人たちは僕に好意しか持ってくれなくて、僕は彼等を……嫌えない。

……それが、僕が『夜の愛し仔(スレイ・ベガ)』だっただけだからだとしても……。

 

『ねぇ、君がスレイ・ベガなのかい? 』

ふと、こんな森奥で聞こえる筈のない声が聞こえた。

バッと顔を上げる。怪しい男が視界に入った。

僕と同じ白髪で、だけど僕よりずっと高い身長の彼は、黒色のスーツのような――だけどそれよりもゆったりとした服を纏い、右手にはステッキに似た黒の杖を持っていた。

その容姿は並外れて整っているが、中性的なので男か女なのか服装も相まって謎に包まれている。一応男だと思うけど。

概ね、僕の評価は怪しい人に定まった。

「あの、あなたは誰なんですか?」

「僕かい? 僕はそうだね――」

トンッと杖を地面に叩く。

湿っている筈なのに、軽やかに音が出たことに、疑問を覚えた。

「――魔法使いだよ」

その言葉と共に、火で構成されているような鳥が、彼の肩に乗った。

「そうですか」

「あれ? なんか反応薄くない? 」

どこか愕然とした表情になる彼。

そんなことを言われても、そんなものは腐るほど見ているから。火の鳥は見たことないけど、多分妖精だろうと思う。

「けれど、君が僕のお目当てみたいだね。『夜の愛し仔(スレイ・ベガ)』」

「あまりその名で呼ばないでください」

その名で呼ばれるのは……少しだけ不快だ。

「あ、そうだね、ごめんね。僕の名前はマリン、君

は? 」

「優希です。綴優希と言います」

「へぇ~ユウキって言うのか。極東の名前だけど、両親がそうなのかな? 」

「……どうでしょう? どちらも死んでしまいました」

僕は多分、あの人たちに謝らなければならないんだと思う。たとえ望んでいた訳では無かったとしても、僕があの人たちの子にならなければ、あの人たちはきっと幸せに暮らせていただろうから。

そして、あの人たちの子供になれなかったことを、きっと僕は謝らなければいけないんだと思う。……その相手はもういないけど。

「そうか。なら、今の君は天涯孤独という奴なのか

い? 」

まるで気にしていない風に、訪ねるマリン。

こう言う相手は、意外に助かる。憐れまれるのも少し不快だったから。

「そう、ですね。もう、この世界のどこにも家族はいませんね」

僕の言葉を聞いて、マリンは言った。

「ならさ――僕の家族になってよ」

「…………はい? 」

その言葉に、僕は唖然とした。

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