僕は魔法使い   作:ニゲル兎

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2話 家族の意味は

あの言葉から五年が経ち、僕の年齢は十五になった。

あの日、どうして僕は彼の手を取ったのかは分からない。分からないけど、この五年はそこまで悪くないものだった。そう言うと、まるで寿命が来てしまった老人のようだが、意外と正しい。

後、三年で僕は死ぬ。その寿命はチセと同じくらいだ。

そう言えば、チセはどうやって助かったんだろう? 前世の頃はそこまで出ていなかったから、僕には分からないや。

分からない、分からないからこそ、僕は分かる手を打った。

――ダンジョンに行く。

この世界は、どうやら『魔法使いの嫁』世界とはかなり違っていた。まず文明の発達がかなり劣っている。電気とか物理とかがまるで知られていない。

その分、空気は綺麗で、自然は美しいまま――なのだが更にはモンスターなんて言う、妖精よりよっぽど危険なモノも存在している。

それを倒すのが、『冒険者』と言われている。

とは言え、モンスターの力は人の力を容易く超えていて、ゴブリンとか下等なモンスターでは無い限り、挑めば挽き肉にされるのがオチだ。

だから、冒険者は神の恩恵を受けて戦う。

神の恩恵――そうだ、神だ。ふざけた話なのだが、この世界は人間と同じように神様も一緒に暮らしている。

理由は暇だから――なのだそうだ。本当にふざけた話だ。

まあ、その力は抑えているらしいが。

何故なら、神様が力全開の状態で暮らしていると、人間は萎縮してしまう。だから、力を抑えて生活しているようなのだけれど、それでは人間に何の得にもならない。

だから、神は一つだけ下界の民にある恩窮を与えた。

それが先程言った『神の恩恵』である。

神の恩恵は人々の可能性を引き上げ、より高次元な存在に位階を上げる。

滅茶苦茶簡単に言えば、力が上がり、体が丈夫になり、手先が器用になり、素早くなり、魔力が上がる。そして、魔法が使える。

まあ、それは僕たちが使う魔法とは全く違うものらしいんだけど。

さて。

神の恩恵を貰い、体の耐久力を上げれば、無尽蔵に吸収、そして生産される魔力に耐えられるようになるかもしれない。

だから、僕は沢山の神が集う、この世界の中心。

迷宮都市オラリオに行くのだ。

 

● ● ●

 

ギルドの受付嬢を勤めるハーフエルフの美女。

エイナ・チュールは真面目に仕事をこなしている職員だ。友人が少しサボり過ぎて半泣きで仕事を終わらそうとしている中、エイナは冒険者登録の書類を差し出された。

「……あの、冒険者登録をしたいんですけど」

「えっと、君が入るの? 」

思わず素の口調になるエイナ。それも当たり前だろう。目の前の人物は、かなり幼い外見をしているのだから。多く見積もっても、精々十三歳、もしくは十四歳と言ったところか。

粉雪のような真っ白な髪に、灰色の瞳。

容姿はかなり整っている。しかし、中性的で男か女か分からない。だが、どちらかと聞かれれば、女寄りの顔立ちだ。

彼(彼女)は真っ黒い生地に金の線が刻まれた、ゆったりとしたフードを羽織り、髪色と同じ真っ白な杖を右手に持っている。

正に、典型的なメイガスの衣装。

しかし、あまり似合っているとは言い難い。見習いにしか見えない。

エイナはどこかに先生役でもいるのかと思い、辺りを見渡してみるが、先生らしき人物は誰もいない。

「……駄目、なんですか? 」

「駄目じゃないんだけどね……うーん」

規約的には何も問題は無い。そもそも書類を見れば、ユウキ・綴、年は十五歳と書かれている。この年は、担当冒険者のベル・クラネルより上だ。考えれば、考えるほど何も問題はない。

しかし、何故かエイナは彼に死んで欲しくないと思った。会って数分しか経っていないのに、エイナはもう好意を持ちつつあった。

ユウキには死んで欲しくないと思うし、ユウキの力になりたいと思う。

説明しておくが、エイナは会って直ぐの人を好きになるほど尻軽ではない。

だが、どうしようもなくユウキに惹かれてしまう。

「あの……」

その言葉でエイナは現実に戻った。

「え? あ、うん、何かな? 」

「冒険者になるには、ファミリアに入らないといけないんですよね? 」

「うん、そうだね」

「どこか、お薦めのファミリアはありますか? 規模は小さくて良いので、出来るだけ良心的な神様のファミリアが良いんですけど……」

エイナは一つのファミリアを脳裏に思い浮かべた。

ベルのファミリアなら、規模は小さいが主神は良心的だと聞いている。しかし、如何せん規模が小さ過ぎる。

他にはと考えた時、彼女を呼ぶ声が聞こえてくる。ベル・クラネルだ。取りあえず一度聞いてみようかと思い、その声の方向に目を向けて……顔がひきつった。

「エイナさぁああああああああああああああああああんっっ‼ 」

ベルは血塗れで、彼女の名前を呼んでいた。

「うわぁああああああああああ⁉ 」

「アイズ・ヴァレンシュタインさんの情報を教えてくださぁああああああいっ!」

その様は、ちょっとしたホラーであった。

 

ぼ、冒険者には変わった人がいるんだなぁ。

そう思った今日この頃です。

今は何故か、このベル・クラネルと言う人物と一緒に、応接間に通らされた。

「……それで、何で血に濡れていたのかな? 」

「……それが、七階層でミノタウロスに会って……」

「ミノタウロス⁉ だ、大丈夫だったの? 怪我は無

い? 」

「あ、はい。全然大丈夫です。この通りです」

そう言って、手をブンブン振り回すベルさん。

安心した風に肩を落としかけたエイナ・さんだったけど、すぐにキッと表情を強くする。……怖い。

「もう! 私言ったよね⁉ 冒険者は冒険しちゃいけないって! 」

「は、はいぃ! ご、ごめんなさい! 」

おー、凄い。九十度に曲がった完璧な謝罪だ。……って現実逃避する訳にはいかないか。何で僕はここに一緒にいるんだろう? 少し前までエイナさんと一緒にいただけで、無関係だと思うんだけど。

それにしても、まさか冒険者になるのを受付嬢に心配されるとは思わなかった。僕はそんなに頼りない顔をしているだろうか。どちらかと言えば、あそこで平謝りしているベルさんの方が頼りないと思う。と言うか、そうであって欲しい。

そんなことを考えていると、いつの間にやら、意中の女の子を射止める話に変わっていた。……え、何で?

「待たせてごめんね。ファミリアの件なんだけど、ベル君のいるファミリア【ヘスティアファミリア】はどうかな? 主神は良心的だと聞いているよ」

「もう、それで良いです」

あ、勢いで決めてしまった……。

 

「君がボクのファミリアに入ってくれるのかい? やったぜ! 新しい団員ゲットだ! ベル君、このままボクたちのファミリアを大きくさせようぜ! 」

「はい! 神様! 」

いえーい、とハイタッチするベルさんとヘスティア様。

思考停止して決めてしまったけど、ここまで喜んでくれるなら、了承して良かったと思える。

「……これからよろしくお願いします」

「おいおい、そんな堅苦しい挨拶は無しにしようぜ。これからボク達は家族になるんだから」

「家族?」

「君にはこれからボクの血がその身に流れるんだ。君がどう思おうと構わないけど、少なくともボクは君を家族として接するつもりだよ」

「ぼ、僕もそう思ってるよ! 」

「……家族……家族かぁ」

それを言ってくれたのは、二度目だ。

……ああ、どうしよう。そんなことを言われたら、情が湧いてしまう。

ここに来たのは寿命を伸ばすためだけで、それ以外に目的は作らないつもりだったのに、これじゃあ、変な考えが浮かんでしまいそうだ。

「……はい、そうですね。これから、家族としてよろしくお願いしますね」

自然と笑みが浮かんだ。

「…………ッッ! 」

「…………ッッ! 」

うん? 何で二人とも顔を赤くしているんだろう。

「あの、どうかしましたか? 熱だったら、自前で良く効く薬を作れますけど」

「いや、大丈夫だよ。なぁベル君! 」

「そ、そうですね! 神様! 」

「……そう、ですか。なら良いですけど」

あ、そう言えば。

家族になるなら、最低でもこの子は紹介しておかないといけないかな?

「おいで、アミ」

その言葉を聞いて、影の中にいた僕の使い魔が現れて、僕の頭に乗る。

犬くらいの大きさの黒い猫で、胸に大きな白いハート型の模様があった。

『我輩を呼んだのか? ユウキ』

可愛らしい少女の声で、アミは人語を話す。

「「しゃ、喋ったっ‼ 」」

驚愕の声を上げる二人。一応気持ちは分かるけど……それは不味い。

『我輩を侮辱しているのか? 』

アミは猫の顔でも、はっきりと解る不機嫌そうな表情になる。

「あの二人は別に悪気があった訳じゃないよ。多分、あの二人は喋る猫を見たことが無いんだよ」

僕はアミを説得した。

『……そうか、ならば仕方がないか』

「うん、仕方がないんだよ」

「あの~ユウキ君? この猫は一体何なのか説明してはくれないかい? 」

未だにフリーズするベル・クラネルさんより、先んじて起動したヘスティア様は僕に質問する。

「この仔は、こんな僕と感覚も、記憶も、時間も全てを共有してくれた使い魔。名前はアミ――僕の家族です」

二人の驚愕した顔が、面白くて印象的だった。

 

 

「えーつまり君はお伽噺の魔法使いの弟子で、オラリオにやって来たのは延命のため。そして、そこのアミ君は君の使い魔。そう言うことだね? 」

「はい、理解が早くて助かります」

見れば、話が難し過ぎたのか、ベル・クラネルさんは硬直してしまっている。

あ、戻った。

「ユウキ君! 延命ってどう言うこと⁉ 」

「そのままの意味です。僕はこのままでは三年で死にます」

「どうして⁉ 」

「僕の体があまりに脆いからです。魔力を無尽蔵に吸収、生産してしまうこの体質は、僕の体では耐えきれないんです」

「そんな……! 」

悲痛な声を上げるベル・クラネルさん。

会って少ししか経っていないのに、本気で僕の心配をしてくれるベルさんは、きっと優しい。だけど、それが少し心苦しい……。

「大丈夫ですよ。体が弱ければ、強くすれば良いんです。僕はそのためにこの街に来たんですから」

だから、僕は出来るだけ明るい声でベル・クラネルさんを励ました。

「でも、それって……! 」

「……ベル君」

肩を震わせるベル・クラネルさんに、ヘスティア様はそっと肩に手を置く。

「ベル君はまだ、気持ちの整理が着かないと思う。だから、一度外に出て落ち着いてみようか。ほら、せっかく出来た後輩なんだ。どうせなら格好いい所だけを見せようぜ! 」

「……分かりました」

鈍重な動きで、ドアに手を掛けてベル・クラネルさんは外に出た。

「色々と言いたいことがあるけど、さて、取りあえずは神の恩恵(ファルナ)を刻もうか」

「……え? 」

何を言っているのか、僕には分からなかった。

「何を呆けているんだい? ボクたちは家族になると言っただろ? ボクは君がたっあ三年の命だからって、見捨てるような真似は絶対にしないさ。ベル君だってそうだ。それが家族って言うものだよ」

「…………そう、ですか」

――あの子はお人好しで頑固だからねぇ。

ヘスティア様は笑いながら言った。

僕は正直、もう無理だと思っていた。こんな爆弾持ち、見捨てると思っていた。

だって、僕はいらない子だったから。いない方が良かったと言われたから。

本当のことを話せば見捨てられると思った。だから、黙っていようと思っていたのに、彼らはそんな僕を一度だけでも家族と呼んでくれた。

家族には嘘を吐きたくなかった。たとえ嘘の関係でも、嘘は吐きたくなかった。

だから、本当のことを言って、これでお別れだと思っていた。

――思っていたのに。

「……家族……家族かぁ。(少しだけそう思っても……良いのかな? )」

知らず知らずに、小さな涙が溢れた。

「さあ、そろそろファルナを刻もうか! 」

「はい、お願いします」

ヤバい、久しぶりに泣いた。

滅茶苦茶恥ずかしい……影に潜りたい。

「任せてくれよ! じゃあ、服を脱いでくれ! 」

「……はい? 」

……何言っているんですか? この人。

「服を着たままだと刻めないんだ。だから、上半身だけで良いから脱いでくれ。大丈夫、そのためにベル君に出て貰ったんだから」

ん? 何でベル・クラネルさんに出て貰わないといけないんだ?

まあ、良いか。取りあえず、服を脱ぎ、ヘスティア様の指導に従って、ベッドにうつ伏せで体を沈める。

「綺麗な肌だね……」

「……はぁ」

さっきから、どこかおかしいな。ヘスティア様は……いや、どこかと聞かれれば、説明に困るけど。

「……君の魔法の師匠はどんな人だったのか、聞いても良いかい? 」

「……そうですね。……マリンは適当な人でした。享楽主義で、今が楽しければ後はどうでも良いって感じの、人間より妖精や精霊寄りの価値観の持ち主でした。おかげで、物凄い苦労を掛けられましたよ。何度キレたか、思い出すのも一苦労です」

「そ、そうだったんだ」

返す言葉に迷っている様子のヘスティア様。

「好きに言って良いですよ。多分、その感想はそんなに間違っていない筈です」

「そ、そうなのかい? 」

「えぇ、あの人はただの人間のクズですよ。けれど――」

「けれど? 」

「――初めて僕に家族と言ってくれた人でした。初めて言われた時は、は? ってなりましたけど、だけど本当はとても嬉しかった。救われたと思いました。……少しだけですけど僕は救われたんです、あの人に」

「……良い人だったんだね」

「……まあ、多分」

照れ臭くて、言葉を濁した。

正直、この話題は恥ずかし過ぎてもう話したくない。

「…………」

「ん? いきなり黙ってしまってどうかしたんです

か? 」

「えっ? あ、ああ、何でもないよ。ご覧よ、これが君のステータスさ」

ヘスティア様は僕の腰から自分の体を降ろし、A4サイズの髪を一枚渡してくれる。

 

ユウキ・綴

LV.1

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

《魔法》

 

《スキル》

【夜の愛し仔(スレイ・ベガ)】

・魔力を無尽蔵に吸収、生産する。

・魔や妖に連なる者を惹き付け魅了する。

・人外の者を見る。

 

「はあ……こんな感じ、なんですね」

魔力のステータスは高いものだとばかり思っていた。

「基本的に経験値は恩恵を受けた後にしか加算されないからね。君の魔力量は関係無いんだよ」

「そんなものなんですか」

「そんなものなんだよ……それにしても、君のこのスキルは本当に危ないね。他の神にでも知られたら、何がなんでも手に入れるだろうさ」

「やっぱり、そうですか? 」

「そりゃそうさ。君のスキルは、つまりは精霊に愛されているというところだからね。幸い神様までは魅了されないようだけど……それでも、どんな希少スキルよりも希少だよ」

……どうしよう、聞くだけで不安になってくる。

「それに、魔法欄についてもおかしい……」

ヘスティア様は深刻そうな表情で言った。

「魔法欄、ですか? 」

別に何らおかしいことも無いと思うんだけども。

「本来、どんな人間にも魔法欄にスロットが一つあるんだ。それが人の可能性と言うものなんだ」

「そう、なんですか。……多分、僕が違う魔法を使えるからだと思いますけど」

「うん、僕もそう思う。ユウキ君――」

ヘスティア様は僕の目を覗き込む。

綺麗な瞳だった。

「――絶対に誰にも話してはいけないよ。ベル君にもだよ。あの子は素直だから、隠し事には向かないんだよね……」

「……分かりました。あ、あの、何かスキル欄に消したような跡が有るんですけど。それは……? 」

「あーこれは、少し手が狂っちゃてね。何も無いよ」

「……そう、ですか」

なら、何も気にする必要は無いか。

そして、初めての神の恩恵の刻みが終わった。


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