ウェルフなる旅人の帰路   作:揚げやきとり
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四話後編 雷鳴の刻、街道にて

「目を開くと、そこは見覚えのある天井だった」

「何言ってるのさ」

 

 今日の予定を考えながら、私はベッドの上でごろごろしていた。

 

「で? 今日は何をするの?」

 少女ローレが聞いてきた。今日の服装は無地の服、私が昨晩買ったものだ。

 

 

「買い物と、聞き込み。この町の噂でも聞ければいいかなって」

 私が言う。

 

「というと?」

 少女が問う。

 

「一つ、思い出したことがあるんだ。――けれど、紙とペンは切らしてて」

「へえ。で、聞き込みのほうは?」

 間髪入れず、少女が聞いてきた。

 

 

「失った記憶が恋しくなってきた、から。取り戻す方法が知りたい」

 

 窓の外から、嗅ぐとお腹が空く匂いが入ってきた。ミルク入りシチューだろうか?

 

 

―――

 

 

「それと、さっきの話だけど」

 部屋の鍵を閉めつつ、私は壁に向かって呟いた。

「ん? 何?」

「さっきのことだけど、買い物についてはどうでもよかったの?」

 

 脚が隠れる乗務員服と、安っぽい白の上着。これが今日の少女の服装。

 質も価格もばらばらだったが、意外と良く似合っている。明日は休日だ! とはりきる作業員に似ていた。

 

「旅人さんの思い付きだもの、哲学みたいな話をされてもねえ」

 なぜか呆れ顔で言われた。

 

「失礼な」

 

 

 

「あ、そうだ。朝ご飯は先に取っていい?」

 開店前のパン屋から出て、私は少女に聞いた。

 

「だめ。お客さんは食べすぎるから、湯船に浸かったら寝ちゃうでしょ」

「し、失礼な」

 

 そう。私たちはこれから、この町の風呂屋に行くつもりだったのだ。

 

 先に腹ごしらえでもと思ったんだけど。

 

「……お風呂に入れば、きっとお腹も()くよ。美味しく食べるために我慢して」

「へいへい、分かりましたよ。諦めます諦めます」

 道の先にいた少女の方へ、私は減った腹をさすりつつ歩き出す。

 どうも、二人旅というものはめんどうだ。

 

 

 軽く笑みがこぼれた。

 

 

―――

 

 

 道を進むように、月と太陽が空に浮かんでいた。

 二色に染まり上がった青空を見上げ、その先を見据えるように。

 

「ふひー、はらへった……」

 汗を拭いつつ、私は風呂屋から出て呟いた。

 

 時刻は早朝過ぎ、月が輝く夜空が浮かぶ刻。

 この刻の風は街道を吹き抜け進み、私の頬を撫でて抜けていった。

 

「うん、良いお湯だった。ありがとう」

 背後に声を感じる。

 あくびに手を当てて目を開くと、視界の左脇からローレが顔を出した。

 

 

「そりゃよかった」

 私は小さく返答し、少女に振り向いて小さな瓶を渡す。中身は冷えたミルクだ。

 

「さて、じゃあ朝ご飯でも――」

 

 

 

 少女がそう呟き、小さな靴が歩を進める。

 この時間が妙に長く感じた直後、私は頬に火の粉が触れるような感覚を憶えた。

 

 少女の靴が地に着いた瞬間だった。何かが来る予感が走ったのだ。

「――来る」

 

「へ? どうしたの、旅人さん?」

 少女は感じなかったようで疑問の声を発するが、私は街道から周囲を見渡した。

 

 

「何か、嫌な予感がする。不穏でいて奇妙な何かが――」

 操られるように言葉を発する私。少女はただ不思議そうな顔をしていた。

 

 

「不穏で奇妙……大嵐でも来るのかねぇ?」

 呑気な声で呟きつつ、少女は瓶を傾けてミルクを飲んだ。ぷはーという声が聞こえる。

 

「大嵐なら……良かったんだろう」

 

 

 ――旅人はそう呟いて、少女を包むように抱き締めた。

 

 

―――

 

 

 天という天が裂け、点々とした雲に丸い穴ができた。

 響く音が大地を揺り動かし、浸されたガラスの割れる音が聞こえる。

 耳さえも拒むような破裂音が轟いて、薄く開いた瞳には光の柱が立っていた。

 空は深く黒い雲に覆われつつあり、私は視界に入る景色に目を疑う。何本もの雷が街道を襲い、また草木を襲っていたのだ。

 

 

 

 雷が止んだ時、周囲は暗闇に包まれていた。悲鳴も聞こえず、ただ雨の音だけが響いている。

 足を動かすと”ちゃり”という音が聞こえて、ミルクの入っていた瓶が割れていた。

 

 腕を広げると、呆けた顔の少女が私の方を見上げていた。

「……何が、起きたの?」

 そうとだけ呟いて。

 

 

「分からない。急に大きな雷雲がやってきて、雷を落としていった」

 私は簡潔にそう呟いた。

 

 降り続く雨に包まれて視界は悪いままだ。道の先も暗いままで、うすぼんやりと灯の光が浮かんでいる。

 雨が続いているので発火は起きていないが、天井が打ち砕かれている建物が確認できた。中にいた人は――雨に打たれているだけならば良いのだが。

 

 

 髪を撫でる雨に顔をしかめてから、私は口を開いた。

「道を進んでみようか。泊めてくれたパン屋の人が気掛かりだ」

 

「ええっ!? でも、また嵐に襲われたらっ! 雨が止むのを待てば――」

 少女が私の手を取る。歩がぶれて体制を崩した私は、あと一歩で転びそうになる。

 

 

「どこで待つって言うのさ?」

 

 背後を振り向いた少女は、きっと気が付いたんだろう。

 屋根が抜け落ち、ただ雨に打たれるだけの風呂屋の姿を。

 

 雷に打たれては居ないはずだが、確かに風呂屋は倒壊していた。その事実は何よりも信頼できて、少しの不安を私に感じさせたが、私は前に進むことを決めた。

 

 

「これ、もう……旅人さん、何かに呪われた記憶はないの?」

 私の脇に立って歩き出した少女が呟いた。その顔はこちらは向いていない。

 

 

「――ようこそ、不運な旅人の生活へ。毎日三食衣服つき、奇妙な旅路をあなたに」

「そりゃいいね、気に入った。是非とも老後に楽しみたいものだよ、旅人さん」

 

 

 旅人と少女はおのおの、また同じ方向へ、暗闇へと歩を進めた。

 

 暗い道を進むのは、もう一人きりではない。

 

 

―――

 

 

 周囲を何かが走り抜ける気配がして、私は幾度となく視線を動かした。しかし何もいない、という事を幾度も繰り返した。

 

 自分では分からないが――自分は、恐怖しているのだろうか?

 

 

「ねぇ、旅人さん。……怖い?」

 少女が私の服を掴んだのは、私がそう考えていた時だった。

 

 道の先から雨水を踏む音が聞こえて、それは今も近付いてきている。しかし、私も気配は感じられなかった。――やはり、恐怖が幻の何者かを見せているのだろうか。

 

「――いいや、平気だよ。……大丈夫」

 

 

 

 暗闇に人影が浮かび、雨が頭の中に振るように音を鳴らす。少女ローレは動こうとしなかった。

 

 現れたのは二人の人間だった。年老いた男性が一人、若い外見の男の子が一人。

 二人の足取りは安定していて、外見からすると無傷のように見えた。無論、雨水でびっしょり濡れているはずだが。

 

「む、人か?」

 老人の声が聞こえ、ローレが軽く安堵の息を洩らす。老人は続けた。

 

「おお、やっぱり人じゃったか。無事だったようじゃな」

「おはようございます。町人の方ですか?」

 ローレが返答し、老人が私達の方に近付いた。暗闇の中、二人の表情が窺えるようになる。

 

 老人の表情は”笑顔”だった。きっとかなり前向きな人なんだろう。また右手には木製の杖が、左手には男の子の手が握られていた。髪の毛や髭は全て白色だ。

 

 そして男の子の表情についてだが……”無表情”だった、とでも言おうか。

 目線は前に向けられているが、少年の目線は合っていない。力が入らないのか腕を垂らし、水を吸った髪を額に張り付けていた。

 

 

「――っ!?」

 男の子の表情を見たのか、少女ローレが口元を覆った。彼女が何を感じたのかは分からないが、私は老人の方を向き直った。

 

 老人は言う。

「ああ、そうじゃよ。……む、知らぬ顔じゃな。旅人さんかの?」

「ええ。先日からね」

 私は答えた。

 

「そうじゃったか。ゆっくりしていくとよいぞ、旅人さん。まぁ、こんな大雨じゃ宿る場所が少ないじゃろうが」

 老人が朗らかに笑って見せる。どこか違和感のある会話だった。

 

 私は続ける。

「それで、何をしていたんです?」

 老人は答えた。

「孫と散歩をしていたんじゃが、予定ができたものでな」

 

「――予定って?」

 少女ローレが口を開き、老人が返した。

 

 

「この大雨じゃ町の人も苦労するじゃろうてな。一つ儂が止めてやろうとな」

 

「どうやって?」

 

 

 老人は、答えられた。

 

「生贄を捧げて、な」

 

 

―――

 

 

 あらぬ方向に向いた視線を見せ、老人は更に笑みを浮かべた。

「おじいさん、若返るとしたら――何歳に戻りたい?」

 私は手を動かしつつ、そう訊いた。

 

「む? そうじゃな……わしなら、20歳くらいじゃろか」

 

 

「そっか。――じゃあ、そのまま死なないで戻れるといいね」

 

 ローレが軽く目を瞑り、私は右手を少し引く。

 

 

「なんのことじゃ?」

「……戻ったら、少しは狂気も隠せるようになると良いねってことさ」

 

 老人は一番の笑みを浮かべた。

 

 

 

 老人の生死は確認できなかった。

 鉄球のサプレサが彼の寿命を呑んだ後、彼の姿は消え去ってしまったのだから。

 

 その後に雨は止み、次第に空は晴れていった。

 

 

「目標、消えた老人の行方を調べる……と」

 

 私はメモにそう書き記した。





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