ウェルフなる旅人の帰路   作:揚げやきとり

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一話前半 夢戻り、街踊り

「ふああぁ……きもちよかったぁ」

 ぐぐっと真上に伸びをして、雑多な鉄骨で組まれた天井を見上げた。

 心地よい睡眠から目覚めた時の感覚には、とくに青空が似合う。偉い人を真似て粋な空想を浮かべた私は、金属の板の間から見える空に向けて目を閉じた。

 

 先程まで乗っていた列車は終点に到着し、石で区切ったホームの間に停車した。

 赤いレンガ壁の箱を倒したようなデザインの駅には3両の列車が到着していて、所々に設置されたドアからぞろぞろと乗客が顔を出してきていた。

 

 列車の脇に描かれた、赤色の旗印の上から黄色い一つ星がはみ出たマーク。

 列車のエンブレムか何かなのだろう。エンブレム自体もよく目立つように書かれている。かすれた木の葉色に塗られた列車にもよく似合っていた。

 

「おはよーさん、お客さん。ちょっとはぐっすり眠れたかね?」

「うん、おかげさまで。ふかふかの枕、ありがとね」

「いやいや、予備が余っていたから礼はいらないよ」

 

 この清々しい目覚めも、この少女……もとい、一車掌さんから借りた枕あってのこと。眠れない私の不満を聞いた彼女は、快くも良質な枕を貸してくれたのだ。

 それらしい見返りは望めないと分かっていても、彼女は乗客に良い旅を届けるため、彼女にできることをしてくれた。純粋なもてなしの態度が現れていると思った。

 

 良心から滲んだ行動に、私はどんな美術作品をも凌駕する美しさを感じた。感情を伝えるのは苦手なので、心と言葉で感謝の言葉を呟く。ふんわりと着ていたコートを両腕で整える。しっかりと少女の目を見据えると、軽く笑みが浮かんだ。

 

「じゃあ、また」

「あぁ。改札にはそこの跨線橋(こせんきょう)から行けるからね。……それと」

 

 彼女は言葉を切り、何か言いたげな表情を浮かべたが。

 

「これからも、当列車をごひいきにね」

 

 そうとだけ言葉を残して、少女はその小さな体で、

 しかししゃんとした足取りで、背景の列車へと戻っていった。

 

「そりゃどうも」

 

 礼儀として言葉を返し、私は示された跨線橋(こせんきょう)に向かった。

 眼下に動き出した列車が見えて、私はひゅうと歓声を上げる。

 

 

 人格からして、十二歳という歳が似付かわしくない少女。

 親の有無は分からないが、決して立派な教育を受けた訳ではなさそうに見えた。末恐ろしいというか、身震いをするような才を感じたというか……。

 ともかく、彼女は私に強い印象を与えたのだ。その印象が理由となり、私は彼女の事を忘れたくないと感じたのだが――

 

「……ああっ、あの枕の銘柄、聞くの忘れてた」

 頭と口が別々に考えを持っているように、私はそんな情けない声を出した。

 相変わらず物事を忘れがちな自分も、今だけはおかしく見えたが。

 

 

 

 賑わいを見せる街は、道の両側を良い匂いのする露店で固めていた。

 切符代わりに渡された銀色の板を持ち、そのまま駅員さんに渡して改札をくぐる。駅を出た先の下り階段を降りると、暗い色の木材で作られたゲートが一つ。改札から伸びる列に流されてゲートをくぐると、軽い騒がしさと共にその景色は開かれた。

 

「わぁあ、凄い……。いつぞやの商人街みたいに沢山、店が並んでる……」

 

 駅から流れる人の波を集めるように、遠近法の景色の中に商店街が並んでいた。

 安そうな材木の下で雑多な商品を売る大道店(だいどうみせ)もあれば、立派な服を着た商人が切り盛りする商店まで見つける事ができた。

 原木(はらき)を組んで麻布(まふ)を掛けたその商店には、特に大勢の客が集まっていたが、

 個性的な外観を立ち並べた街中にあって、並べられた商品は全て強調されていた。

 

 飲み水を売る店、なめした皮でできた製品を売る店、干し物を売る店に不思議な色をした水を売る店。紋章を刻んだ盾を売る店もあれば、錆のない長剣を売る店も。

 青色の香水だけを売る店の店主と、その向かいに陣取った赤色の香水だけを売る店の店主が睨み合っている。片方の店に客が寄れば歓声が上がり、離れれば嘲笑の声が上がっていた。

 

 面白いけれど、実にくだらない。香水の色などどれも同じだと思った。

 そんな事を考えつつも、様々な品を扱う店に視線と歩みが奪われてしまう。特徴を前面に押し出した景観に目を輝かせていると、

 

「いらっしゃい、そこの坊ちゃん! ケトロ名物干しヤモリ、買っていきなよ!」

 性格が良さそうな男の声がして、声の主は私のことを笑顔で見ていた。

 

 周囲に興味を示していた事を感付かれ、私は声を掛けられてしまった。

 平気で変な名前の変な物を進める店は、他にも何軒か立ち並んでいた。焼きバッタをバターの香りだとかいう説明で勧めてくる店から逃れる為にも、私はその声を聞き取った。

 

 

 呼ばれたならば仕方がない。行ってみる事にした。仕方がないので。

「お、いいねいいね。見ていきな、聡明そうな顔の坊ちゃん!」

「こりゃどうも。おじちゃんさっき『干しヤモリ』って言っていたけど、どういう商品なの?」

「ふふん、やはり気になるよね。流石は旅の坊ちゃん、 目の付けどころが良い」

 

 どこからそんな褒め言葉が湧くのか、少々疑問に思った。私はそんな感情から自然にじとっとした表情を浮かべてしまうが、この店の主人は気にせず紹介を続ける。

 

「我が店の看板商品は、さっきも言った通り『干しヤモリ』だ。がしかし、そのへんの(わら)を重ねて屋根を作って、ひっ捕まえたヤモリを釘打ちにして干した、なんてそんなつまんねぇもんじゃねぇ。玲瓏な瞳を持った坊ちゃんに似合う高貴な代物さ」

 

 どこからそんな宣伝文句が湧くのか、またも疑問に思った。

 

 しかし、件のヤモリ商人の流暢なそれは聞いていて悪くない。言いたいことがまとまっていて、一つの朗読劇を見ているような、そんな感じがした。見事だった。

 

「時は遡る事百二十年、一世紀と大人一人分くらい前の話だ。当時は列車も線路も引かれていなかったこの街は寂しく、それはそれは賑わいがなかった。特産品と呼べる物が無かったんだ。そんなわけでこんな辺境に来る人もおらず、ここは廃れていた」

「ふむふむ、なるほど?」

 

 軽く合いの手を打ってみると、ヤモリ商人の顔に興奮が浮かんだ。なんだなんだと人が集まってくる気配がして視線を感じるが、それは商人の高談に勢いを付けた。

 

「もうだめだ、この街はお終いだ。そうどうせ、あぁ、誰も訪れなくなり、住人は末代を迎え、地図からも忘れ去られるのだ。おいおい、おーいおい。そう思い未来に咽び泣く皆の先祖様やその仲間たちは、だんだんと気力を失っていってしまった」

「ほうほう。それでそれで?」

 

 こっちの合いの手に言葉を区切り、ヤモリ商人は一度口を噤む。

『おいおい、おーいおい』と言った時の泣き真似といい見事な芸当だが、朗読劇の職に就かぬ所以(ゆえん)が気になった。

 

 丁度、私が疑問を脳裏の脇に寄せた時だった。彼は右腕の拳を持ち上げ、口を開いた。

 

「そんな時だった。ある秋の哀愁が漂う季節の日だ。寂れきったこの町に、とある旅の魔術師団が辿り着いたのだ。がしかしその魔導師団は疲弊していて、多くの者がこの町に至って刹那の時も経たずに倒れ、魔術師の先を行く者だけが弱りつつも立ち続けていた。そして、言った」

 

「わっ」

 群衆がヤモリ商人の語りを聴こうとするあまり、商店の並ぶ広い道を埋め尽くしてしまっていた。どこから集まったのかは見当もつかない。

 その景色に驚いた私は軽く歓声を上げてしまい、周囲の人から睨むような表情を送られてしまう。ヤモリ商人はその声が聞こえなかったようで、そのまま続けた。

 

 

「『龍蛇(りゅうへび)に緋の粉を振り、新緑色にぶちのある葉を裂いて練ったものと合わせ、それを軽く燻したものを、どうか恵んでくれないか』。と、魔術師は言ったのさ」

 

 ヤモリ商人の声により、間延びした歓声が一斉に強まった。

 

「緋の粉とは、赤くて小さなからし粒のこと。新緑色にぶちのある葉はそれのまま。そして、先祖様方は驚いた。龍蛇(りゅうへび)それこそが、そこらを這いまわっているだけの生物、ヤモリだったからだ!」

 

 歓声は少し控えめで、先程までの勢いを十分に活用したものとは言えない。

 しかしそれを理解していたヤモリ商人は、最後の一言を立派に言い切った。

 

 

「干したヤモリにからし粒と葉を詰めた、そう、これこそがかの魔術師が求めた物であり、古来より伝わる魔術師の秘薬、『龍蛇(りゅうへび)花香(はなか)』だ! 燻した煙は痛みを癒し、上る香りは心を癒す。ぴりと広がる空気の辛味、一つ920バニという嗜好性はまさに大人の嗜み! さぁ、紳士淑女の通り人様方! 寄ってけ見てけ、お一ついかがかな?」


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