ウェルフなる旅人の帰路   作:揚げやきとり

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一話後半 乱舞は静かに狂う

 賑わいが散った街中で、先の賑わいの中心に座っていた男が指を折っていた。

 

「六、七……すげぇ、八万バニも売れてるじゃねぇか!」

 

 木製の皿いっぱいに乗せられた硬貨の総数、計26枚。これが彼の手元にある稼ぎの内訳となり、彼はそれに笑みをこぼした。

 

 

 この世界で流通している通貨は、バニと呼ばれる単位で価値を付けられている。

 それぞれ、一、五、十、五十、百、五百、千、五千、一万バニの価値を持つ硬貨が独立機関により製造されており、型はもちろん製造行程さえも公開されていない。

 

 

「売れたのが九十匹だから、総額で……八万二千八百バニ! こりゃすげぇ、すげぇや!」

 周囲の視線を気にもせず、自らの手取りを高らかに宣言する。

 元気な子供のように喜ぶ彼には見えていなかったようで、私の声で存在に気が付いたように彼は顔を上げた。

 

「良い稼ぎになったみたいだね、おじちゃん」

「あぁ、最初の坊ちゃんか! 話を聞いてくれて助かったよ、これはあんたのお陰でもあるってもんさ! いやはや、こんなに買って貰えるなんて……。ううう、祖父の遺言を信じて頑張った甲斐があったってもんだよ……っ!」

「そりゃ、どうもね。自分は別に聞いていただけだし、おじちゃんの客集めが上手かったんだろうね」

 

 泣くように顔を覆う彼を軽くいなし、私は話を戻す。

 

「それで、その干しイモリの話なんだけど」

 

しっかりと、無表情を貫くことを意識して。

 

「途中で話が逸れちゃったけど、それ一匹くれる?」

 

 

「ほ、ほ……ほんとうか!? ありがとう、ありがとうよ坊ちゃん! えぇと、一匹九百二十バニになるぜ」

「きゅうひゃくと、にじゅう。よし、これでいい?」

「毎度ありっ! ありがとな、素敵なお顔した坊ちゃん!」

「ああ。どうもね」

 

 代金を渡して商品を受け取り、私は軽く会釈を返す。にへらと笑顔を浮かべた商人に見送られ、私は商店街を進んでゆく。

 道を進む私の気分は、雑多な考えを抱くほど良いものではなかった。

 

 

 

 歩数で百数歩ほど歩き、ここでよいかと思って私は足を止める。

 周囲を見渡すと、すぐ近くにある大道店ではガラス細工が売られていて、その二つ隣の大道店ではマッチが売られている事を示す看板が掲げられていた。

 

「いらっしゃい。ガラス細工はいかがかな?」

 

 まずは近場のガラス細工店の店前に移動し、目当てのガラス容器を探した。

 私に気が付いたようで、ガラス細工商人が声を掛けてきた。灰色の無精髭(ぶしょうひげ)を微笑みに歪ませた男だった。それ以上私は特徴を読み取ろうとしなかった。

 

「ガラスのコップ、二つ頂戴(ちょうだい)

「あいよ、二つで五百六十バニだよ」

「五百六十バニ、はい」

「はいどうも。丁度だね、またどうぞ」

 

 宣伝文句のない、シンプルな会話だった。ヤモリ商人の数押し商売術とは打って変わって単純明快な会話、とでも言おうか。

 しかし私は新鮮な気分にもなれず、次の目標地点へと歩を進める。

 

 

「らっしゃい。何かお探しかな、()()()()()?」

 

 女鍛冶屋の作業服に似た服に身を覆い、褐色の肌をしたマッチ商店の商人が声を掛けてきた。口紅でも乗せているのかやけに赤い唇といい、何だか艶めかしい風貌の女性だった。

 

「……やっぱり、気付かれちゃう?」

「おっと、話は後だ、後。客じゃない奴とは駄弁(だべ)らない主義なんでね」

 

 お話はお金の後、ということらしい。商品を買わなければ聞きたい話も聞けないようなので、先程の発言については後々考える事にした。

 まず手に入れるべきは、火を起こせる道具である。私の頭を埋め尽くすこの疑念を晴らさずして、どうして買い物が楽しめるだろう、と思って私は決意を固めた。

 

「火を点けたいんだけれど、マッチ二本でいくらくらいになる?」

 

 褐色のマッチ商人は、店内を物色するように視線を動かす。なにやらごそごそと両腕を動かした後、ものの数秒とかからずにこちらを向き直した。

「小枝マッチで五バニ、枝マッチで十二バニ、ろう塗りマッチで三十バニ。どれも一本での値段なのと、それと……」

 

 そこまで言い並べ、マッチ商人は足元から何か箱のようなものを取り出した。

 

「……それは?」

「確か『ライター』って名前の、オイルを燃料とした着火装置だ。東南の都市から来たって商人が譲ってくれたんだ」

 

 そう言ったマッチ商人は『ライター』の箱に横一直線に入った切り込みに触れ、そこから上半分の部分を引っ張って箱を開けてみせた。

 

「……本当に、そんな箱で火が起こせるの?」

「最初は私もそう思ったさ。使ってみた私に言わせれば、これは物凄い画期的な機械だと言える。実際に使ってみれば、文明の利器と表しても過言じゃないと分かるよ」

「へぇ。少し拝借してみても――」

 

 私はライターなる箱に手を伸ばしたが、商人は間に手を入れてそれを遮った。

 

「おっと待ちな。こいつを使うには燃料が必要だと言っただろ? 買う可能性がある、ってんなら話は別だが」

「いくら? そのライター、いくらで売ってくれる?」

 

 多少食い気味な口調だっだが、そこまで焦った様子も見せぬマッチ商人は口を開く。商売慣れしている、といったところだろうか。

 

「……七百。きっかり七百バニだ、それで売ろう」

「買う! 買うから、どうやって使うのか見せて!」

「おいおい、七百バニだぞ? おいそれと小さな嬢ちゃんが出せる額じゃ――」

 

 話は早いに越したことはない。自身を自身で保つためにも、心の迷いは早急に晴らすべきだ。そんな自分でも意味の分からない事を考えつつ、

 

「これでいい?」

 

 きっかり七百バニ分の硬貨をカウンターに付き出し、私は商人の顔を見据えた。

 当のマッチ商人はというと、唖然としたように驚いた顔を浮かべていたが。

 

 

 

 私は大通りの脇道へ入り、人影とそれらしき雰囲気がないことを確認する。

 まずは先に手に入れた『干しヤモリ』を取り出し、

「えい」

 私は軽く力を込めて、丁度半分くらいに分ける事を意識して裂いた。

 

「やっぱり、尾の奥までは詰められてないか」

 尾が付いた方の半身ヤモリを持って中身を確認すると、ぱらぱらと赤からしの粉が付着してはいるが、緑色にぶちのついた葉は詰められていなかった。

 

 そして取り出したるは、つい先程手に入れたばかりの『ライター』なる箱。

 先の店で燃料となるオイルを入れてもらったので、後は火を点けるだけだ。

 

 

 箱の側面に飛び出た、小さな金属の板。私はこの板を歯で噛み、そのまま口で軽く引っ張ると、板が箱から糸に繋がって離れた。

 軽く顔から離してから、噛んだ板を一気に引く。金属が鳴らす高く鋭い音が響き、再び『ライター』を見ると、人差し指大の炎が橙色に燃えていた。

 

 これこそが、マッチ商人が文明の利器と呼んだ機械『ライター』の力である。

 糸を引いて歯車を回し、回った歯車をとある金属合金に擦り合わせ、飛び出た火花を火種に火を点ける。これがこの機械の大まかな仕組みだと聞いた。

 引いた糸は機械に組み込まれたゼンマイに巻き取られるので、その糸を引きちぎってしまわない限り、マッチを買うよりも長い間使えるらしい。……が、

 

 さっぱり理解できなかった私に対し、マッチ商人の女性は『自動火打ち石』という『ライター』に代わる商品名案を教えてくれたのだった。

 

 

 ヤモリの尾の方、ヤモリの中身に葉っぱが入っていない方に火をつけて、ガラスのコップにぽいと投げ込む。

 ヤモリの頭の方、ぶち付きの葉っぱ入りヤモリの方にも火を付け、もう一つのガラスのコップに投げ入れた。

 

「おぉおぉ、黒い黒い」

 どちらのコップに入れた半身ヤモリも同じように燃え、まさに煙と呼べるようなもやが立ち上る。真っ黒に染まった煙からは物が焼ける匂いがした。

 

「頃合いかな。えぇと、何か手ごろな生き物は……あっ、いた」

 

 近くの草むらをかき分けて、私は二匹の生物を見つけ出して捕まえる。この生物がどんな生物はさっぱり分からないが、かろうじて同種には見えた。

 

「奥に行かないようにね。熱いから」

 コップを横に傾けて地面に置き、捕まえた二匹を両方のコップに一匹づつ入れる。入れた瞬間に入り口を素手で塞ぎ、中に入った二匹の生物の退路を閉じた。

 

 

 そして待つ事数十秒、私は頃合いを見て両手をコップから離す。

「……やっぱり、動かないか」

 

 捕まえた当初は何とか逃げようと動いていた、今はコップの中で煙を吸い込んでいる生物二匹。実験的に退路を作ってみたが、そのどちらも動こうとしなかった。

 

 

「それじゃあ、これならどうかな?」

 私はコップの内側から動こうとしない二匹の胴体をつまみ、コップの入り口まで移動させる。掴んでいた胴体を離した途端、二匹に動きが現れた。

 

 

 葉を燻した方のコップにいた生物は、そのままコップの中へ戻り、

 葉を燻していない方にいた生物は、すぐ側の草むらへと逃げていった。

 

 

 

「やっぱり、そういうことか。……本体は干しヤモリと赤辛子を燻したもので、この葉は溶媒と似たようなものなんだろう」

 

 干しヤモリ、もとい魔術師の秘薬と称した商品を売る、あの干しヤモリ商人。

 彼はきっと、全てを知っている。知っている上で販売しているんだろう。だからこそ厄介で、この街をあれが救っていると考えると、誰も止められない。

 

 

「まさか、こんな町にまで薬物が出回っているとは。依存性もあるみたいだし、さぞかし儲かってるんだろうね?」

 

 

 背後から、大柄な男が顔を出した。


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