ウェルフなる旅人の帰路   作:揚げやきとり

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二話前編 隠れ岩の町、削れ岩の太刀

 喧騒のある街中を歩いた日の翌日、私は既視感のあるエンブレムを見つけた。赤色の旗印の上から、黄色い一つ星がはみ出たそれだ。

 

 広い駅には汽笛が響き、到着した列車の煙突が煙をはいている。

 実にこの駅へ訪れたのは一日ぶりであり、まるで多忙な仕事人かのような旅の行く様に、私自身も苦笑いを隠せない。

 

 

 もう少しゆったりと出来れば良かったのだが。

 

 

 列車が軽い汽笛を鳴らし、赤レンガ壁の駅から列車が離れてゆく。

 午前七時十分、きっかり出発時刻。外に崖が見える窓側の席に肘をついて座っていた私は、脇の貫通扉(かんつうとびら)から現れた人影を見た。

 

 

 

「やぁ。どうもね」

「また会ったね、お客さん。相変わらずなようで」

 

 整った足取りに乗せて、黄色い葉っぱの髪飾りが揺れる。はりのある肌には笑顔が浮かんでいて、既視感のある動きでその歩みを止めた。

 

 ローレ・レランクル、客室点検主任。十二歳という若さと共に、客室乗務員としての職業技能に熟達する女性。

 体躯の大きさでも最早目立ってはいるが、小さな顔を飾る髪飾り、葉っぱ型のそれが特徴的で目に映る。特注品であろう乗務員服もよく似合っていた。

 

 

「その“相変わらず”って、相変わらず失礼ですね、って意味?」

 

 少女は一瞬だけ呆気に取られていたが、顔ににやりとした笑顔を浮かべた。

 

「いいえ、とんでもない。『相変わらずご健勝の事と見受けられまして何よりでございます』でございます」

 

 

 埃一つ付いていない服を撫で、完璧すぎる立ち姿を披露する少女。きっちりとした接客台詞もそうだが、最後の一言二言がくだけた感じを出していて小賢しい。

 

 やはりこの子、天才なのでは? と思った私は、背中に走る冷たい汗のようなものを感じていた。

 

 

 

「してお客様、再度の本列車への搭乗につきまして、この上ない感謝の中大変失礼を申しますが……何か御心揺れでも?」

 

 冗談めかしく調理された言葉をつき、少女が片頬(かたほお)を上げた。にやぁと笑う顔は人形に似て美しく、幼い外見も相まって神秘的な雰囲気を呼ぶ。

 

 きっとこの少女は”昨日の出来事”について、もう知らされたのだろう。

 まるで茶化すような問いかけに対し、私は軽い笑みを浮かべて返した。

 

 

「分かってるくせに、イジワルだね」

「こりゃ失敬。……こんな物を渡されたから、何かあったんだろうと思ってね」

 

 

 少女が服の(ふところ)から一つの茶封筒を取り出した。光で中身が透けず、何が書いているのかは分からない。

 表面には黒い字で『指示項』と書かれていて、封筒の口は開いていなかった。

 

「まったく、どうして私に渡されたのか……。お客さんが乗っていた列車の乗務員だったってだけで、私は面倒事を押し付けられるような程関わってないはずなのにさ」

 

 先程までの丁寧な口調と雰囲気は消え去り、少女が軽く溜息をついた。小さな手に握った茶封筒を放り投げる仕草からして、不満ありありの様子。

 

「それは悪い事をしたね。どうぞ、封筒は開けていいよ」

「……謝罪の念が薄い気がするけど、職務だから目を瞑るよ。じゃあ開けるからね」

 

 そう言った少女は道側の客席、つまり私の横に座ってきた。

 そこまで広くない椅子に二人が座る事になったが、そこまで狭くはならなかった。少女は封筒の口を裂いて書類を取り出し、読み始める。

 

 

「時刻は午後四時過ぎ、場所はケトロ町大道店街って……お客さん、列車から降りてすぐやらかしたのかね?」

「ま、いろいろあってね」

 

 空返事で返し、私は車窓から遠くの景色を眺めていた。

 そんな私の態度を見た少女がじとっとした視線を向けてきた気がしたが、遠くの山で跳ねる兎を見ていた私は気にしない。

 

「それで、指示項に書かれている名前は『ウェルフ』なんだけど、お客さんの名前で合っているかな?」

「合ってるよ」

 

 遠くの兎がぴょこぴょこ跳ねる姿が見える。目が良いと普段から便利なものだ。

 

「年齢は不詳、経歴も不詳、性別が男で知人もいない……よくこれで個人情報の審問に通ったね、お客さん」

「嘘なんてついてなかったから、すんなりね。……あと」

 

 言葉を切り、視線を車窓から少女の方に向けて口を開く。

 

「勝手に書かれたんだろうけど、私はお――」

 

 そこまで口に出したところで、私は口を噤んだ。

 蒼白を乗せた顔色を浮かべ、少女が口を開けて膠着する姿が見える。私が口を噤んだ理由はこれだった。

 

「ざ、罪状は――暴力行為(ぼうりょくこうい)?」

 

 

―――

 

 

 私が昨日(さくじつ)到着した町は、旅する商人の街ケトロ、という代名詞で呼ばれている。

 

 主だった交易品は簡単な干物から細工品まで、また食料から工芸品まで多岐に渡る。街には連日大勢の旅商人が訪れて店を構えるが、この町に住んでいて、なおかつ自身で作り上げた商品を売る店を出す人間も多い所が特徴的な町である。

 

 

 主な品は、食品で言えば加工された魚肉や獣類の肉、またそれを焼いたもの、焼いて干したものなどが挙げられる。特に干物は長期保存が効くので出回りが良い。

 干し魚、干し肉、貝の干し物の類、干し肉のうち火で焼くと強烈な香りを発するよう飼育された獣類の肉で獣類避けに使う物、そして干しヤモリなどが例である。

 

 あの商人が売っていた”干しヤモリ”は、正確には商品名を”干しヤモリ”とは呼べない。そう、言うなればあれは”薬物”である。

 

 人間の脳に影響を与えるため、有罪と裁かれて死刑となる人間、あるいは兵士などの持ち物としての所持もとい使用が許可されている薬物の一つ。

 それがあのヤモリ商人が売っていた”干しヤモリ”であって、本当ならば所持する事すら許可されていない。

 

――もしも、その街が”町”であれば。

 

 『バニ』という単位を持つ硬貨は、とある独立機関によって製造されている。

 それと同じく、各国の法律を統一して決定しているのもこの独立機関である。その独立機関が書き上げた決まりの書の『法の書 十一項 薬物所持の禁止』という部分によって、全ての町において薬物の所持もとい使用は禁止されている。

 

 あの『旅する商人の街ケトロ』は、正式には”町”とは書かれていない。単なる『旅商人の街』であり、公的には、普通の町に並ぶ商店街に似た物があるだけの街路の扱いをされている。『旅する商人の街ケトロ』が町として認定されるのは、まだ先なのだ。

 

 ぶっちゃけて言えば、あの町に法はない。言わば無法地帯ってことらしい。

 

 

―――

 

 

「無法地帯なのに罪を問われるなんて、全くもっておかしいと思うんだけど」

「それが罪人の台詞かい、お客さん。まったく、何やらかしたのか……」

 

 またも車窓の外を眺めつつ、私はぶつくさと不平を洩らしていた。

 本当はもう少し長くゆったりと見て回るはずだったのに、一日でトンボ帰り……もとい”追放処分”に処されるとは何事だろう。

 

 事のあらましはこうだ。いち、薬物の存在に気付いた私が怖い大人に絡まれた。に、私がその大人のうち片方を追い払い、片方に重症を負わせた。

 さん、そんな現場が見つかって私は無法地帯なのに整備された裁判にかけられた。よん、重症を負わせた大人はとある犯罪者チームの一人だった事が分かり、私は釈放された。

 そして、ご。私の知らぬ所で何故か再判決が行われ、犯罪者とはいえ怪我が酷いものだったことで私は追放処分を食らった。

 

「ははぁ、荒事を起こした奴は町にはいらないってことかね」

 その事のあらましを少女に伝えると、どこか嗤うような雰囲気で少女が返した。

 

「そーだろね、多分。正当防衛だってのに有罪だし、事もあろうか非通知再判決とは流石無法地帯らしいや」

「町になる時の事を考えると、些細な荒事も起こしたくないってのはまぁ理解できる。まだ町じゃない場所だし、行政機関がしっかりしている分凄いと思うがね」

 

 そう言った後、少女は少し不満そうな声色で、

「……あと、その無法地帯に列車を運んでいるのは私達なんだけど」

 と呟いた。振り返って少女の表情を確認すると、不満そうに頬を膨らませていた。

 

 

「そりゃ失敬、悪かったよ」

「いいや、そんなんじゃ許さないね。代わりにお客さん、色々と聞かせてよ。どうやって犯罪者に立ち向かったのか、とかさ」

 

 よほど興味があるのか、私に澄んだ瞳を向けてくる少女。その視線は純粋な輝きに満ちていて、完璧に仕事をこなす乗務員には全く見えなかった。

 

 

「それはいいけど、そろそろ時間かな」

 冷静な返答を返した私は、車窓の外を眺めていた。

 線路を進む列車は大きなカーブを曲がる場所に差し掛かっており、列車の先頭車両である煙突付きの車両が見える。私はそれを眺めていた。

 

「時間って? お客さん、何かあるのかい?」

 私の冷静な声色を感じ取ったのか、同じく冷静な声で少女が聞いてきた。

 少女の顔は確認していないが、声色から疑問の意が伝わる。

 

 車窓から見える空には重たそうな雲が浮かんでいて、雨が降る寸前の天気だった。

 朝の七時となればもう日が上がっている時刻だが、分厚く灰色の雲に覆われて辺りは暗い。お陰でこの列車に設置された照明が明るかった。

 

 

「列車はどれも、大きなカーブに差し掛かったら速度を落とす。だよね?」

 現役で乗務員をやっている少女に聞くと、

「ああ、速度が出過ぎて脱線しないようにね。……それが何か?」

 期待通りの答えが返ってきた。私は口を開く。

 

「とすると、運転手さんもできるだけ速度を抑えようと慎重に行動する事になる。運転手の補佐をする人もそこまで多くない。それに、今日はこんなあいにくの天気で視界も悪いから……」

 

 私と少女の間で緊迫する、少し湿り気のある空気。

 そんな中でも事は唐突に、そして全て私の予想通りに動き出した。

 

 

 全車両に向けて、そこそこ若い女性の声のアナウンスが入る。

「ぞ、賊襲ですっ! 乗務員に従ってすみや――」

 

 女性のアナウンスが途中で途切れ、車内に噛まれたような静寂が走る。

 

 

 降り出した雨に雷鳴と共に、小さなその声が響いた。

「――にげ、て……」


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