ウェルフなる旅人の帰路   作:揚げやきとり

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二話中編 削れ岩の尾踏まれ犬

「ぞ、賊襲だって!? 嘘だろっ!?」

「何が起きたんです、乗務員さん!?」

 

 群れ羊の一つを弓で射たように、(くだん)のアナウンスによって車内は騒然とした不安に包まれた。

 全ての車両に向けて放送されたアナウンスなのだから、他の車両でも同じような騒ぎが起きているのだろう。もっとも、私のすぐ脇に座る少女ローレは乗務員だ。騒ぎの頭は乗務員に向くので、この最後尾車両のやかましさは他の比ではない。

 

「皆様、落ち着いて……まずは降車準備を、手荷物をお纏めなさるよう――」

 

 こちらも慌てた様子の少女が、もとい乗務員ローレが職務に則って指示を出す。乗客は集団であるが故に制御が難しいが、そこは乗務員の手腕を発揮して頂こう。

 

 

 その間私はというと、最後尾の車両の更に最後尾、『列車渡り橋』とも呼ばれる列車外テラスへ繋がる扉を開こうと足を運んでいた。

 

「お、お客さん? 何をするつもりで……?」

 乗務員ローレが心中の不安を吐露したような声で聞いてくる。無論飛び降りる訳ではない。

 

 脇を抜ける景色は草原のように見えて、どうやら山の上を走っているようだった。なだらかな地面を深い谷が遮っている。

 列車に撫でられて舞った風が吹き込み、列車の方から薄い動揺の声が聞こえた。

 

「よっ、と」

 最後尾のテラスを支えていた支柱を掴み、近くにあった手すりに足を掛ける。

 支柱を囲んで体を捻る。そのままくるりと登ると、列車の屋上が見えた。未だ列車の走行は続いているので、この手を離せば直ぐに羽捥(はも)ぎれ鳥になれる。

 

「おきゃ、お客さん!? 何をし――」

「あぁ、大丈夫。もう降りるよ」

 乗務員ローレが少女らしい高い悲鳴を発したところで、私は引き際を察した。こんなコトに時間を割く余裕はないし、恐怖は身を固くする。調理されるのは食肉だけで十分だし、などと無駄な考えを思い浮かべた。

 テラスに降りて、両手を上げて降参のポーズを見せつつ、列車に戻ることにした。

 

「みんな、落ち着いて。何かあったみたいだけど、こんな時こそ慌てないこと」

 車内の空気は固まっていた。驚愕が成したのか、未知への畏怖がそうしたのか、乗客の顔には濃い不安の色が浮かんでいる。

 だが、私も旅人のはしくれ。旅の荒事は隣室の客に同じ、無論黙って死にたいとは思わない。なので、まずは私が先導を切ることにした。

 

「まずは、ノーレ。君はまず乗客の頭数を確認した方が良いよね」

「あぁ、確かに。皆様、今から乗務員がお客様とそのお連れ様の人数を聞きに参りますので、荷物をまとめつつお待ち頂けるよう――」

 

 狭い列車の中を、乗務員ノーレが歩いて進んでゆく。その姿が列車の中央に差し掛かったところで、私は口を開いた。

 

「さて、私はこれから前の車両を見に行くんだけど……か弱い子供に付いてきてくれる、勇気ある大人はいないかな?」

 

 

 

「マキ・ゲルルだ。職業はトンネル掘り、性別は男。聞いたまんま呼び捨てでいい」

 筋肉質で頑丈そうな胴体から、これまた立派な腕と足が伸びた、という体躯をした男性。自らをマキ・ゲルルと名乗った人間は、そう表現できる姿をしていた。

 

「武器と言えるかは謎だが、相棒のショベルは持って行かせてもらう」

 どこから取り出したのか大きなショベルを取り出し、彼は高く持ち上げて見せた。

「マキ、そのショベルの名前は?」

 軽いジョークをかけると、彼は苦笑を浮かべて返答した。

「”凄い掘れるショベル”君だ。仲良くしろよ、坊主。――つか、できればもう片方の名前で呼んでくれ」

 

 

「エンヴといいます。……旅医師をしています」

 白衣に煤汚れの付いた服を着た男性が、脚の脇に四角いバッグを置いて口を開いた。目の下にはくまが浮き、医師なのに不健康そうな外見である。猫背や右手の震えもそうだ。が、何より鞄の中身が気になった。

 

「よろしく、エンヴ。怪我人を見つけたらお願いね」

 そう声を掛けると、充血した目が私を睨むように細められる。軽く不気味だった。

「……はい」

 

 

 

 彼ら二人こそが、私の元に集まった仲間である。思ったよりは少ないが、私は空に頷いて口を開く。

 

「さて、お二人共。私からの注意点は二つだ。二回は言わないからね」

 相手は集まってくれた二人、掘り師ゲルルと医師エンヴだ。荷物も軽くして来たようで肩が軽く上がっている。まさに突入寸前、といった雰囲気だった。

 

「じゃあ言うね。――ひとつ、突入は自己責任。皆で一気に突入するのはナシってこと。そしてふたつ、命も自己責任。救う命、奪う命、それぞれがそれぞれを決めること。いいかい?」

 私が簡単に注意を述べると、二人は軽く頷きを返した。エンヴは依然として不満そうに見えたが、反論はない。

 

「じゃ、それで。行こうか、”死にたがり”諸君」

 私が言った。

「ははは、とことんうるせえ坊主だな。俺はまだ死にたくねえよってんだ」

 ゲルルが返す。

「……私も、死にたくありません」

 エンヴがぼそりと口を開いた。

 

 

「それでよ坊主、聞きたかったんだが」

 私が準備を整えて戻ると、ゲルルが聞いてきた。

「お前、男だよな? なのに一人称が”私”ってどういう事だよ?」

「それさ、私も聞きたかったんだよ、お客さん」

「うぉっ!? なんだ、乗務員の嬢ちゃんかよ。驚かせやがって」

 掘り師ゲルルの巨体の脇から、確認戻りの乗務員ノーレの姿が現れた。

 

 別に隠すことでもないし、彼はこの後は生死を共にするやもしれぬ仲間だったので、私は教える事にした。

「自己紹介がまだだったね。私の名前は”ウェルフ”。職ナシ旅人兼、旅狩人。今は軽いお尋ね者。――そして、私は(おおかみ)。性別は”(めす)”」

 

 

 

―――

 

 

 始めの車両は七号車、代わり映えせぬ焦げ茶色の車内が続く。

「何も起きていない」

 七号車の乗客はそう言った。仲間を募るが名乗りはない。灯油のランプを借りた。

 

 

 次の車両は六号車、代わり映えせぬ怯えた雰囲気が続く。

「一号車は前半分が石炭庫」

 六号車では情報を手に入れた。仲間は同じく名乗り出ない。そのまま通過した。

 

 

 五号車、怒鳴る声が聞こえたような気がし

 

 

―――

 

「ねぇエンヴ、何を書いているの?」

 五号車の壁に横顔を近づけたゲルルの脇で、私は小声を意識して口を開いた。

「……メモを取っていた。何があったのか、忘れても困るから」

 

 ここは六号車と五号車の(はざま)、貫通扉の部分。三人で列車の間に立つのは難しいので、掘り師ゲルルに聞き耳を立てて貰っている所だ。

 医師エンヴの手にはメモ用紙とペンが握られていた。落とさないよう慎重にインクを握るエンヴだったが、メモに書かれた文字はふにゃふにゃになっている。車内の揺れはまだ健在だった。

 

 

「駄目だな、こりゃ。外の風で何を話してるのかさっぱりだ」

 聞き耳を立てていたゲルルは、少し経ってから後頭部を掻きつつ戻ってきた。

 列車の外の景色は今だ濃い雲に覆われていた。風も勢いよく吹いていて、窓の無い貫通扉の間にあるのは列車を繋ぐ橋だけだ。

「ん、了解。じゃあ私が入ってみるよ」

 そんなゲルルだったが、私が突入の意を示すと驚いたように目を丸くした。

 

「大丈夫か……? 別にいいんだぞ? 二人はここで待っててくれれば、俺が――」

「いいや、私が行く。その巨体じゃすぐに見つかる。二人こそここで待っていて」

 私の強い反論に対し、ゲルルは複雑な顔をしていた。

 

 

 

「入ったら、三分経つまで開けちゃダメ。お願いね」

 そうとだけ残し、私は列車の間にある橋を渡った。すぐに五号車の貫通扉の前に辿り着き、扉を静かに開ける。急いで車内に入り脇の座席に飛び込んだが、風の音は誤魔化せなかった。

 

「誰だッ……!?」

 布にこもった声が聞こえた。乱暴な口調から、怯えた乗客とは違う者である事がはっきり理解できた。

「鼠が入り込んだかもな。見てこい」

 布にこもった声、それも先程とは違う声が聞こえた。同じく怯えた声ではない声であり、その声は薄い殺意を帯びていた。

 

 ――私は、彼らが賊の者達であると予想した。

 

 

 心臓の鼓動が速くなった気がして、自分の頭に響く鼓動音に疑問を覚える。緊張していることは紛れもないが、この拍動の原因は恐怖か、それとも。

 

 しかし、このまま客席の脇の床に座っているだけでは見つかってしまう。どこに隠れようかと考えるが、客席の下以外に隠れられる場所がない。拍動は更に加速する。

 私の耳に捜索者の足音が響く。ゆっくりと、しかし等間隔に響く音。捜索者の靴の靴底は固い素材らしい高音を鳴らして近付いてくる。

 

 車両の一番後ろまで三席、二席、そして残り一席の場所に近づき、追跡者の足音は止まった。

「どうだ、鼠はいたか?」

 車両の前方から声が聞こえる。もう一人の賊が殺意を帯びた声で聞いたのだ。

「……いいや」

 捜索者の賊がそう答え、またも足音が響き始めた。今度は間隔が短く、私の心臓は拍動の間隔を落とす。

 

 

 と、次の瞬間。

「あ」

 短い言葉、先ほどの捜索者の声だったが、私の心臓の拍動を再加速させるには十分すぎる言葉だった。

 

「どうした? 何か見つけたのか?」

「待て、これ……」

 

 響く声はすぐ傍から聞こえる。服の裾がはみ出ていないか気になるが、身動きなど取れたものではなかった。

 汗が顔を撫でて落ちる。背筋は凍ったように冷え、頭に供給される血液は逆に加熱されていく。鳥肌が全身を走った。

 

 

「――いや、なんでもない。鳥の羽が落ちていた」

「……遊ぶなよ、ゴドレ」

 

 安堵の風が全身を包んだ。恐怖の戦慄が頭を過ぎ去り、野性的な快感衝動をも感じていたが、すぐに私の耳は次の音を感じ取った。

 

 

「動くなッ! 二人共、乗客の命が惜しければ両手を上げて動くなッ!」

「やべ、見つかっちまった」

「嘘でしょうっ!?」

 

 この声は聞き覚えがある。……ゲルルとエンヴ。まさか二人共突入して、二人共見つかってしまうとは。

 

「よし、そのまま進んで来い」

 殺意のこもった声が聞こえ、今度は足音が二つ。私は無意識に苦笑していたが、後になって笑みだけが消える事になる事を、私は知らない。

 

 

 

「こりゃひどい……ゲルルさんが行こうって言うか――」

 

 

 医師エンヴの声は、そこで途切れた。


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