ウェルフなる旅人の帰路   作:揚げやきとり

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二話後編 犬狩り狼

 薄い血の匂いがした。出所は予想が付いていた。

「あああっ、エンヴッ! よくもエンヴを殺し――」

 掘り師ゲルルの声が聞こえた。それも、私の“目の前で”。

 

「ゲルル、誰が下手な芝居をしろと?」

 

 真ん中の通路にしっかり立ち、私は三人を見つめていた。

 

「ありゃあ……嬢ちゃん、出て来ちゃったか」

 余裕に塗れた口調でゲルルが言う。

 出会った時の清々しい笑顔は、ねっとりとして不快な笑みに変わっていた。

 

 

 

 じっとり暗い空に囲まれて、私と、ゲルルを含む三人の男達は対峙していた。

 男達の足元には白衣姿の男性が倒れている。かつて彼はエンヴと呼ばれていた。

 ここは、とある列車の五番目の客車。少し前に賊に襲われ、ここ五号車に賊がいる事を確認したのはつい先程。

 

 私が先に五号車に乗り込み、後から掘り師ゲルルと医師エンヴが突入し、見つかった。その後エンヴの言葉が途切れ、打撃音と共に転倒。未だ起き上がる気配がない。

 

 倒れたエンヴの傍に立ち、賊らに背を向けて私に対峙する人間の名は掘り師ゲルル。その手に握られているのは先の尖ったシャベル。つまり――

 

 

「っははははは! ゲルル、ああ、ゲルル! 君は裏切り者だったんだね!」

 

 

 全身の血が火柱で打たれたように膨張する感覚。脳裏に焼き付いた自らの意志は、残忍で凄惨な行動を嬉々として行える力を持っていた。

 

 現状を冷静に整理しようとしたことで、私の狂喜を止める(かんぬき)が力を失った。獣と戦士が戦う闘技場にあって、門が開かれた獣は立ち止まれない。

 

 

「たわけ、誰が裏切り者だ。俺は元々賊側の人間でお前の仲間じゃねえ」

 ゲルルが答える。見下すように流される視線は私の瞳を射ていた。

 

 皮肉にも、私を含めた四人は全員が笑みを浮かべていた。

 

「それに、嬢ちゃん。あんたは言ったよな?」

 またも、ゲルルが口を開いた。

 

 

「“命は自己責任だ”、ってな」

 

 

 

 私は上着の右袖の先を探り、止まっていた小さなポーチのピンを外した。

 右肘のあたりに重さが落ち、腕を下ろすと“それ”は手のひらへ落ちてきてくれた。

 

「あぁ――言ったね! そうさ、決断と同じように、命は自己責任なのだからね」

 私がそう言いつつ左足を一歩分出すと、ゲルルは軽く目を見開いた。

 

 

「驚いた、まさか向かってくる勇気があるとは」

「そこの殉職? 医者と同じく、私も賊狩りに付いて来た人間なものでね」

 

 

 そう呟き、私の右手に落ちた重みを握りしめる。ごつごつした形状の球体、これが私の武器であることを肌で感じた。文字通り。

 

 

「じゃあ――何故、立ち向かう? そのまま泣いて逃げればいいだろ、嬢ちゃん?」

 にたあと開かれた笑みは邪悪な感情を伝えている。賊らしい“情けを与えるつもりのない”目をしていた。

 

 

 私は右手から球体を離し、代わりに降りてきた“鎖“を掴む。そして口を開いた。

 

「ゲルル、私は言ったよね? “命は自己責任だ”、“決断と同じように”――ってね」

 

 

 あぁ、大きく切られてよく煮込まれた羊肉が食べたい。

 自らをかろうじて人たらしめていたのは、そんな願望の念だった。

 

 

―――

 

 

 倒れた人影は四つ。ゲルルを含め賊が三人、そして医師エンヴの姿があった。彼はもう遺体になってしまったのか、確かな事は分からない。

 見たところ、賊の持っていた武器は腕の長さの(つるぎ)が二本と――先が剣のように尖ったシャベルが一本。シャベルには拳の大きさほどの凹みが幾つも残っている。

 

 本来ならばエンヴが生死を確認するはずだった。(ねずみ)捕りが(ねずみ)に噛まれてしまったなら、私としては、毒が体に回り切らぬ事を祈るしかない。

 

 

「まさか、二日連続で世話になるとはね。サプレサ」

 右袖から垂れた”鎖”。その先には片手で握れるくらいの鉄球が結ばれている。

 これが私の相棒、そして武器。名前は”サプレサ”。語の意味は”抑える者”。

 

「お疲れ様。よくやってくれた」

 地に落ちた鉄球を掴み、大きさに反して重量のあるそれを右袖のポーチへ戻す。まるで動くことを拒むような重量には仕掛けがあるのだが、まずは先を見る事にした。

 

 

 医師エンヴの足元に倒れたランプを拾い上げ、私は歩みを進める。目指すは客車の前方、人質に取られていた客達の下へ。

 

 

 

「お前は――賊の人間か?」

 怯えた中年の男性が問うた。

 

「いいえ、私はただの乗客ですよ。道を開けて下さいませんか?」

 私はそれに要求を伝え、客衆の間に開いた道を進む。

 

 すると突然、

「待て、坊ちゃん。……この先には、何が待っているか分からない。危険だ」

 そう声がして、肩にくたびれた手が当てられた。声は震えており、悪意は感じられない。

 

 

「忠告どうも。生憎(あいにく)私は(めす)なもんで、坊ちゃんって呼び方は変だけど――」

 私が振り返ると、多くの目がこちらに向いていた。

 

 

生憎(あいにく)と、怪我人の介抱は専門外でね。私は”賊狩り”の役に徹するよ」

 

 

―――

 

 

「気をつけろ、残る賊はきっと手練れだ。乗り込んできた奴らの目は相当だった」

 整った髭姿の男性が言った。

 

「私としてはもう降りたいんだけど……ともかく、忠告に誠実な感謝を」

 私がそう返す。すると、男の脇から彼の一回りほど小さな人影が現れた。

 

 

「おに……お姉、さん」

 

 現れた人影は、年若そうな少女の姿をしていた。同じ車両に乗り合わせていた乗務員、ローレ・レランクルを思い浮かべたのは言わずもがな。

 

 私は軽く膝を曲げ、目線を合わせて口を開く。

「なぁに? 私は少し忙しいから、名前と要件だけ教えてくれるかな?」

 愛想のかけらもないというか、ぶっきらぼうというか。酷い返答だった。

 しかしこれが私、旅人ウェルフという人間の性格だ。

 

「私の名前はリサ」

「リサちゃんね。で、私に何の用?」

 ここまでは、私の目の色は普通だった。

 

「……そこに倒れてる、怖いお兄さん達が話してたこと、私聞いてたの」

 ここで私の目の色が変わる。そんな自覚があった。

 

「なに? そこの怖い武器を持ったお兄さん達はなんて言ってたの?」

 武器が怖いのか、武器を持ったお兄さんなのかもはっきりしない言葉を返す。

 少女は一瞬だけ呆気を浮かべ、口を開く。

 

 

「あの人、私に『あ、小娘!』って言って、そしたらもう一人のお兄さんが『職服じゃねえだろ、遊ぶんじゃね!』って」

 

 

 言葉の節々が不思議な発音になっているが、私はリサという客少女の言葉に様々な感情を覚えた。

 

 一人は、この少女に向かって感嘆符を浮かべた。

 まるでこの子と面識があるか、この子の存在を知っていたように。

 

 もう一人は、賊仲間に指摘した。その内容は”何かが職服でない”こと。

 

 

 そして後に”遊ぶな”または”遊ぶのでは”という意味の言葉をはいた。

 

「遊ぶ……? あれ、どこかで――あっ」

 

 遡ること少し前、ここ五号車へ突入して身を隠していた時。

 一人の賊が鳥の羽を見つけたと言って、もう一人は何と言ったか?

 

 こう言っていたはずだ。

 

 

『……遊ぶなよ、ゴドレ』

 

 

 疑問の余地はあるものの、私の仮定はある程度の根拠を手に入れた。

 

「そうか、そうだったのか! 片方は『あ、小娘がいた!』と言い、片方は『服装が職服ではないだろ、遊んでないで仕事しろ』、と言った! つまり――」

 

 私は息が苦しくなってしまい、言葉を切った。

 脇に居た乗客が「あ」という短い声を発した事に私は気が付かない。私は推論の結末を言い放った。

 

 

「仕事服を着た女性、しかも小柄で歳若い人! それが賊の探し人だ!」

 

 

「――え?」

 間の抜けた声はやっと、私にその存在を伝えた。

 風の音が聞こえたのは、私が推論を語り終えた後となった。

 

 

―――

 

 

 振り返る。

 視界には車内の景色が映り、後ろの車両に繋がる扉が開いている。

 開いた扉に人影が一つ。間の抜けた顔をして右足を前に出していて――

 

 ”歳若く、小柄で、仕事服姿で、女性”。

 

「いたーッ! あいつが賊にいう小娘だーッ!」

 

 

「”小娘”って言うなぁーっ!」

 

 

 なんとも立派な叫びを上げて、黒乗務員服姿の少女がこちらへ歩いてきた。

 彼女の名はローレ・レランクル。何度も名前を思い出した気がするが、覚えにくい名前なのも悪いと思った。

 

「悪い悪い、賊の狙いを探ってたら、どうやら(ローレ)がそうらしくて」

 悪気を含まぬ返事で返した。

 

「今さらっと怖いコトを……あぁもう、ウェルフさんと関わるとロクな目に……」

 乱暴に頭を掻くローレ。少し悪気を感じてしまった私がいた。

 

 まぁ、彼女は無事だったのだ。少し安心した面もありつつ。

 

 

―――

 

 

「それで? 本当に付いて来るの?」

 心底面倒そうに私が言う。

「あぁ、もちろん。お客さんの面倒を見張る、それが乗務員の務めだからね」

 乗務員ローレが皮肉を言うように呟く。

 妹に見えても姉には見えぬ顔はいつ見たことか。

 

 

―――

 

 

「ああ、ああぁ……ひどい、ひどすぎる――」

 少女は瞳に涙を浮かべ、眼前の光景に口元を覆った。

「四号車は無事通過……と」

 医師エンヴの手記を持ち、私は借りた彼の筆でそう書き入れた。

 

 四号車では誰とも話せなかった。

 

 

―――

 

 

「そんな、どうして、どうして――ッ!」

 少女は顔に怒りを浮かべ、眼前の光景を嘆いた。

「乗務員らしき人間が複数。三号車も無事通過」

 手記の残りページは二十と少し。列車の揺れで文字がふにゃふにゃになった。

 

 三号車でも話せなかった。代わりに既視感を覚えた。

 

 

―――

 

 

「なぁ、ウェルフさん」

 少女は顔に涙痕(るいこん)を浮かべ、眼前の光景に立ち止まった。

「賊らしき人間と装備が五つ、二号車同じ。……なに」

 手早く記入し、インクを仕舞って右袖のピンを外す。

 

「――正しいって、何なのかな」

 

 人間の頭を撫でるのは久しぶりだった。

 

 二号車同文。足元には先端が鋭い剣になっている杖が落ちていた。

 

 

―――

 

 

「さよなら、ローレちゃん」

 一号車にて会敵。数は二人、性別は男女一人づつ。乗務員服を身に着けていた。

「ローレ、邪――魔ッ!」

 鉄球のサプレサに、今日は二度もお世話になった。

 

 乗務員内に離反者を確認。運転手を解放した。

 一号車同じ。

 

 

―――

 

 

「ねぇ、ローレ」

 少女は俯いて答えない。

「さっきの答えだけど」

 私は曇り空を見ていた。

 

 

「――人を救うこと。私はそれを”正しい”と思う」

 

 

 空はまだ晴れない。

 まだ旅は始まりだというのに。


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