IS-Beyond-   作:アカトーム

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Prologue ―過去―

 その日の始まりはいつもと変わらない平凡なものだった。朝目覚めて、学校に行き、友達と喋り、授業を受け、そしてまた家に帰る。いつもと同じ。やがて昔を振り返る時でさえ思い出さないであろう、平凡な1日。でも、そうはならなかった。

 偶然立ち寄った神社。家に帰りたくなかったのかそれとも知らない場所を探検でもしたかったのか。結局、風に流される雲みたいに理由なんてものはどこかに消え去っていた。ドラマチックに言えば、運命、とも言えるだろう。

 道なりに歩き、鳥居をくぐったそこに“あの人”がいた。キーボードを叩くその姿だけで、僕はあの人が普通じゃないと分かった。だからこそ、あの第一声は失敗だったと今でも後悔している。多分この時の罪悪感があるから、僕は人と話すのが苦手なのだろう。

 

「何をしているの?」

 

 僕はそう尋ねた。まったくもって愚かで軽率だったと思う。あの人を侮辱した、とも言えるかもしれない。そんな風に考えている僕を一瞥もせずにあの人はキーボードを叩いていた。質問を無視してくれたのは僕にとってはとてもラッキィなことだった。一生分の運を使い果たしたのではないか? と思うほどだ。だから僕はあの人の後ろに回って何のためにキーボードを叩いているのかを見た。次の質問は失敗できないものだったから、少しだけ頭の中でシミュレーションをして、よし、と声に出さずに呟き、

 

「どこまで行けるの?」

「え?」

 

 あの人は鏡に映った自分が勝手に動いたのを見たかのように、目を見開いた。よかった、まともな質問ができた。僕はただそれだけで満足だった。

 

「君はこれがなんだかわかるの?」

「なんとなくだけど、わかる。」

「へぇ…」

 

 そう呟いてあの人は、僕の顔をじっと見つめた。そんな風に見られたことがなかったから、僕は少し照れてうつむいた。あの人は一瞬不思議そうに首を傾げながらも、すぐに僕の意図を理解したらしく、口を斜めにして笑った。

 

「ところで、君はいったい誰なのかな?」

 

 興味を持ってもらえた、とは思ったがまさか名前まで聞かれるとは思っていなかった。驚いた僕は思わず顔を上げあの人をじっと見つめ返してしまった。整った顔立ちに、無邪気な笑顔。とても美しい人で、僕は一瞬魅入ってしまった。

 

「そんなに見つめられるとちょっと照れちゃうな~、とりあえず君の名前を教えてよ」

 

 頬に朱を滲ませて言ったのを聞き、僕は名前を訊かれていたのを慌てて思い出した。

 

「ご、ごめんなさい。僕の名前は三海隆宏です」

「じゃあ、君はたーくんだね。よろしくね~」

 

 そう言って、僕の手を握って大きく振る。いきなり手を握られた僕は驚きと嬉しさに心を奪われ、ただなすがままだった。

 

「じゃあ、たーくんには特別にこれが何かを教えてあげよう。これはね…」

 

 近くの階段に二人で腰かけ、あの人は嬉々として語りだした。その時の僕はその言葉の三割、いや一割も理解できていなかっただろう。でも、そんなことは関係なかった。わかることだけでも十分に僕の心は躍ったし、何よりあの人が話をしてくれているということだけですでに最高だったからだ。

 

「とりあえず、大体の説明はこんな感じかな~。5%も理解できていないと思うけど、何か質問ある?」

 

  一通りの説明を終えたらしく、あの人はそう僕に尋ねてきた。僕としては、二回目にした質問に反応してもらえただけで十分な成果だったから、ほかに何を言うのかなんて全く考えておらず、困惑してしまった。少し考えていると、ふとあることに気付いた。

 

「あの…、あなたの名前は何ですか?」

 

 そう、まだあの人の名前は知らなかったのだ。でも今この場所には僕とあの人しかいないのだから名前なんてものは必要なかった。なのにこんなことを訊いたのは何でもいいから話をすることでこの時間を終わらせたくなかったのだろう。

 

「ああ…そういえばまだ言っていなかったっけ。うっかりしていたよ」

 

 軽く舌を出しておどけて、焦らすようにゆっくりと言う。僕は待ちきれなくなって少し身を乗り出した。あの人は微笑みながら、

 

「そんなに焦らなくても、教えてあげるって。私の名前はね――」

 

 その時、どこからか声が聞こえてきた。おーい、とか居るのか、とかそんな感じのことを言っていた。よく研がれた日本刀みたいに凛とした声だ。あの人はその声に聞き覚えがあるみたいで、いきなり立ち上がった。

 

「この声はちーちゃん!? 今いくよ~」

 

 そう言って、あの人は声のする方へと駆け出そうとする。僕はとっさにその手を握った。

 待って。まだあなたの名前を訊いていない。もっと話をしたい。もっと、もっと。

 でも僕の口から言葉が発せられることはなく、ただただあの人を見上げることしかできなかった。あの人は一瞬驚いたような顔をして、悪戯をした子供のように笑って言った。

 

「またここに来なよ。そしたら次は必ず名前を教えてあげるから。約束だよ」

 

 あの人は僕の手からすりぬけるようにして手を放して走っていった。僕はあの人をつかんだ右手を眺めた。また、ここに来よう。次は名前を教えてくれるとも言っていた。約束してくれた。だから、次こそはきっと…

 

*******************************************************************

 

 室内電話のコール音が鳴り響く。その音で目が覚めて、受話器を持ち上げる。モーニングコールを頼んでいたのを思い出し、受話器を下ろした。その頃にはすっかり夢を見たかどうかすら忘れていた。なんとなく部屋を見回す。持ってきていた荷物は前日にすべてしまってあるから、今置いてあるのは肩掛けカバンと充電器に接続された携帯電話、段ボール箱が3つとギターだけだ。携帯が充電されていることを確認してカバンに入れ、ハンガーに掛けられている制服を取って、着替える。その後部屋で朝食をとりテレビをぼんやりとみていると、ドアがノックされた。誰なのか確認してみると見知ったスーツの男だったので扉を開けた。

 

「おはようございます、間もなく出発ですが、よろしいでしょうか?」

「はい。」僕は簡潔にそう答える。

 

「なお、お荷物の方は後で直接貴方のお部屋にお届けいたしますので」

「よろしくお願いします。丁寧に扱ってください」

「承知しました。では参りましょう」

 

 僕は部屋のカードキーを渡し、スーツの男――確か前原(マエハラ)と名乗っていた――についていく。今日は僕がこれから通うことになる学校の入学式である。と言っても、僕は特別扱いで入学式には出ないらしい。別に出てもいいのではないか、とも思うのだが混乱を避けるための対処らしい。結局、混乱―というより騒ぎだろう―が起きるのが遅いのか早いのかだけの気もするのだが、まあ、長ったらしくつまらない話を聞かないですむのだから不満はない。それに騒がれるとしたら僕より1人目の彼の方だろうとも思った。でも、残念なことにきっと僕のことが騒がれないなんてことはないだろう。なんせ、これから行くのは世界で唯一のIS操縦者養成機関であるIS学園であり、僕は世界で2人目の男性IS操縦者なのだから。

 

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