今回は少し短いかもしれません。
「それでは、織斑君の代表決定を祝って、カンパイ!」
『カンパーイ!!』
数か所で同時にグラスが合わせられて、ガキンと言う音が鳴り響いた。それから、会話を始める者、テーブルに並べられた御馳走を取り始める者など、皆が思い思いの行動をとり始めた。
「ほらほら、みうみうも食べなきゃ。なくなっちゃうよ?」
「うん、分かっているよ」
グラスを傾けてその中の液体を口に含み、味わう間もなく飲み込む。そして、大きく息を吐いた。
「それで、僕はどうして連れてこられたの?」
「だって、せっかく美味しそうなものがたくさんあるのに、食べなきゃ損だよ~」
そもそも、こんなパーティ――確か正式名称は織斑一夏代表決定記念パーティだったと記憶している――に参加するつもりなんて全くなかった。夕食にしようと思って食堂に来たら、いつもより人が多く、何事かと様子を窺おうとしたら布仏さんに見つかって、半ば無理やり僕も参加することになったのだ。
「そうだね。夕食を食べに来たわけだから、頂くことにするよ」
このまま問答を続ける気もなかったので、置かれている料理を何品か取ることにする。別のテーブルから鶏肉やサラダなんかをいくつか取ってから最初にいたテーブルに戻ると、布仏さんが困っているように見えた。
「どうかしたの?」
「ううん、ちょっと……」
彼女の見ている方向を向くと、そこにはお菓子やデザートの類が置かれているテーブルがあった。でも、その進路上には何人かがグループとなって、人が通る妨げになっており、加えて話に夢中になってそれに気づいていないようだ。
僕が行くよ、と彼女に告げて欲しいものを聞く。話をしているグループに近づくが、誰も気づかない。仕方なく、声を掛けてどけてもらった。一瞬眉をひそめられたけれど、その理由が会話を妨害されたからか、それともその内容を聞かれたのではないかという不信感から来ているものかのどちらかは見た目からは判断がつかなかった。とにかく、目的は果たせたからそれを持ってもといた場所へと戻り、ケーキなんかが乗っている皿を渡した。
「ありがと~、助かったよ」
「別にいいよ。僕も欲しかったところだから」
それから布仏さんは食事の方に集中し始めたので、僕も食べることにした。皿の半分くらいにしか料理を分けていなかったから、彼女が食べている途中で僕は先に食べ終えてしまった。これ以上食べるつもりはないから、部屋に戻ってしまってもよかったけれど、まだ同じテーブルで食べている人がいるのにそれは失礼だと思い直し、グラスを傾けつつ他のテーブルの様子を見ていることにした。よく見ると、見覚えがない人物もいる。他クラスからも来ている人がいるようだ。
「……やっぱり、みうみうは優しいね」
ケーキを食べていた布仏さんがフォークを置いて、ぽつりと呟いた。
「今朝のことだって、とっさに言ったことなんでしょ?」
「さあね、どうだったかな」
「そうやって誤魔化す~」
隣を見ると、頬を膨らませて抗議の意を示していた。軽く謝りながらまだ手をつけていなかったケーキを差し出すと、数瞬悩んだようだが、受け取って食べ始めた。
「はいはい、失礼するよー。新聞部でーす。話題の新入生2人にインタビューしに来ました!」
騒がしさのギアが1段上がったと思ったら、新聞部の腕章を付けた人が入ってきていた。リボンの色から2年生だということが分かった。
「あれ、もう1人の子は? いないの?」
一斉に僕の方に視線が集まった。これでは自分の部屋に戻ることもままならないから、仕方なく一夏たちのもとへ行く。こんなことになるのだったら、さっき退出していればよかった。
「お、いたいた。私は2年の黛薫子。新聞部の副部長やってるの。よろしくね」
名刺が差し出されたので受け取る。無造作にポケットに入れるのも失礼だから、このまま手に持っているしかなさそうだ。
「じゃあ、先に織斑君ね。まず、クラス代表として、意気込みをどうぞ!」
「えーと、まあ、全力を尽くして頑張ります」
「えー、もうちょっといいコメントしてよ。俺に触れると火傷するぜ、とかさ」
「自分、不器用ですから」
なんだか、漫才みたいな調子でインタビューは続けられている。でも、結局あまり聞きたいことは聞けなかったようで、今度は僕の方にボイスレコーダが向けられた。
「次は三海君ね。まず、クラス代表を織斑君に譲った理由は?」
「そうですね、彼の方が僕よりも相応しいと思ったからです」
「またまた、ご謙遜を。じゃあ、次の質問ね」
それからの質問は、生年月日や血液型、趣味や好物といった定番の質問だった。8月15日生まれで、o型、趣味は読書で好物は蕎麦、とそつなく答えた。
「――じゃあ君に専用機についての打診があったって聞いたんだけど、それって本当?」
僕は目を見開いた。何故そのことを知っている。誰にも相談した覚えはなかったから、恐らく何処かで僕と九条さんの会話が聞かれていたのだろう。
「いえ、ありませんよ。そんな話は」
もう手遅れだとは思うが、表情を変えないようにして言う。黛先輩はそう、と短く呟くと、持っていたメモ帳を何枚かめくって再び口を開いた。
「じゃあ、十朱財団からコンタクトがあったという噂があるんだけど、それについてはどう?」
「十朱財団? 何ですかそれ? よく分からないのですが」
「これもガセネタだったか。残念ね。よし、ラストはセシリアちゃんにもコメントしてもらおっか」
黛さんがオルコットさんへと体の向きを変える瞬間、ほんの一瞬唇を歪めたのが見えた。僕の見間違いでなければ、私は本当のことを知っている、ということを示したかったのだろう。わざわざ隠す必要があっただろうか。しかし、財団側からすれば情報の漏えいであるし、そのこと自体が不利益となる可能性もあるのだから下手に言うべきではなく、加えて僕にとってはいちいち他人に言いたくはなかったから結果的にはこれでよかっただろう。
「――じゃあ、最後に3人並んで、写真撮らせて」
オルコットさんへのインタビューも終わったらしく、黛先輩が僕と一夏の手を取って3人を並ばせる。写真の構成としては女性1人と男性2人だから必然的にオルコットさんが中心となった。撮影側から見て右に一夏、左に僕が立って、手を重ね合わせるポーズをとった。オルコットさんの手の上に僕が手を置こうとした時に彼女を見たところ、ちょうど彼女もこちらを向いていて目が合った。何か言いたげだったが、先に僕が目を逸らし、カメラの方を向いた。結局、何かを言われることはなかった。
「うん、いいね。それじゃあ取るよ。はい、笑って―!」
フラッシュが瞬く。多少口元を緩めたつもりではあるけれど、上手く笑えている自信はなかった。取り終えてから、ふと背後が気になって振り向くと、何故か食堂にいた全員がそこにいた。写真に写ろうとしたのだろう。オルコットさんが何か抗議していたようだけど、写真を撮ってしまった後だからあまり意味はないだろう。
再び賑やかさが増している時に、僕の腕に何かが触れた。そちらを向くと、黛先輩がいる。他の人に気付かれないように何かを当ててくるので、手を開いてそれを受け取る。小さく折りたたまれた紙切れのようだ。そして、彼女は左手の人差し指だけを伸ばし、口元に持っていく。誰にも言うな、というジェスチャのようだ。その後、何食わぬ顔で食堂から去っていった。
**********
その後、周りが話しているのに紛れて食堂から出て、今は屋外を歩いている。所々に外灯が設置されているからある程度周囲の確認はできるけれど、夜は確かに更けていて、黒色の画用紙に穴を開けたみたいに星の光が瞬いていた。さらに1,2分ほど歩き、周りに人がいないか確認する。目視できる範囲にはいないようなので、先ほど受け取った紙を右のポケットから取り出した。4つ折りにされているそれを開く。紙面には丁寧に書かれた文字が並んでいた。
明朝5時、下記URLの場所に来てください。
この文章とホームページのURLらしきものだけが書かれていた。上着の内ポケットから携帯端末を取り出し、紙に記されたURLを打ち込む。念のためそのページを表示する前にウイルスチェックを行ったが、安全だということが確認された。どうやらそのページの内容自体がトラップということだろう。そのページには1つだけリンクが貼られていた。ダウンロード・ファイルのようで、やはりウイルスチェックをした上でダウンロードすると、写真が5枚入っていた。まず1番上のものから見る。それが携帯端末の画面に現れた瞬間、僕の視線はくぎ付けとなった。
ベンチに座る金髪の少女と木に寄り掛かって立つ俯き気味の少年。間違いなくオルコットさんと僕だ。他の写真も撮られている角度が違うだけで、登場人物と場所は全く同じだ。
あの時の会話が見られていた? そうとしか考えられない。ほぼ確実にその内容まで把握されているだろう。録音されている可能性だってある。
上がった心拍数をどうにか落ち着けようと深呼吸をする。冷えた空気が体の中に入り、少しだけ頭も冷えた。ファイル内のデータはこれだけだ。つまり、明日の待ち合わせ場所は、この写真の場所、ということらしい。もっとも、取引場所といったほうが正確かもしれないけれど。
自分の状況を整理しよう。現時点で僕はすでに、他者に公開したくはない情報をいくつか握られている。専用機のこと、それに付随して十朱財団のこと、そして先日のオルコットさんとの会話。特に最後のことは学園内での出来事であり、場合によっては僕だけでなくオルコットさんにも迷惑がかかる。結局、明日行かないという選択肢はない。今できるのは、相手の出方を予想して対策を練ることだけだ。
いい加減うんざりだ。貧乏くじ、と言ってしまえばそれだけだが、こんなにも悪い状況が二重三重にも重なるとは。もういっそ、あの屋上から飛び降りてしまおうか? 死ねなくとも、二度とISに乗らずに済む体にはなるかもしれない。そんな出来もしないことを考えると、少しだけ気分が軽くなった。
「ねえ、そこの人! ちょっと道教えてくれない?」
携帯端末を上着にしまい、自室に戻るのに歩みを進めようとすると、姿が見えるか見えないかくらいの距離から誰かが僕を呼び止めた。そして、そのまま僕の方へと駆け寄ってくる。
「あれ、一夏!? ……じゃない。なんだ、もう1人のほうか」
現れたのは、大きなボストンバッグを持ち、長い髪を左右の高い位置で束ねた少女だった。加えて学園の制服ではなく、私服だった。幾つか疑問が湧いてきたが、それを言葉には出さず黙っていると、再び相手が口を開いた。
「ねえ、受付ってどこ? 案内してくれない?」
別段、断る理由もなかったから承諾した。方向転換して、目的の方向へと歩き出す。
「……あんたって、2人目よね?」
「そうだけど」
「あ、自己紹介がまだだった。わたしは凰鈴音。中国の代表候補よ」
「三海隆宏。知ってのとおり、2人目の男性操縦者」
ぽつりぽつり、と外灯が照らす道を歩く。言葉を交わしていく中で、いくらかの情報を得た。端的に言えば、凰さんは一夏と数年の交流があり、その一夏がIS学園に入学したことがきっかけでIS学園に転入することを決めたらしい。普通に考えて、勝手なことにも思えるが、国としてはその繋がりを利用して男性操縦者との関わることが出来るならば、という感じだろう。倍率数百倍、などとも言われるこの学園に転入するなんてまず不可能だが、国家代表候補ならば話は別なのだろう。
「――それで、一夏は今どんな感じ?」
「今だったら、クラス代表決定パーティがまだ続いていると思うよ」
「何よそれ?」
「一夏が1組のクラス代表に決まったから、それを記念してのパーティ、だって」
「ふーん」
頷くと何か考え始めたのか、会話が途切れる。そのまま歩き続けていると、目的地である受付の前にやって来た。そのことを伝えようとすると、いきなり彼女は立ち止まった。
「ねえ、2組のクラス代表って誰か知ってる?」
「いや、流石に隣のクラスまでは知らないよ」
彼女のクラスが2組だからお友達を作るためにまずクラス代表に話しかけるため、というわけではなさそうだ。恐らくは……
「なんだ、まあ受付で聞いてみればいっか」
「結局、明日にはわかることだと思うけど? それを知ってどうするの?」
「決まってるじゃない」
そう言って、彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「お願いするのよ。クラス代表を譲って、てね」
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