インフィニット・ストラトス、通称IS。
篠ノ之束によって発表され、本来は宇宙開発用のマルチウェアスーツであったが、10年前に起きたある事件をきっかけに現在では兵器――表向きはスポーツだが――として扱われている。
それはシールドエネルギーという未知のエネルギーや多数の兵器運用を可能にしたこと、絶対防御と呼ばれる搭乗者の生命を保護する機能などにより、現存するほぼ全ての兵器を凌駕していた。
しかし、世界が虜になっているこの兵器(オモチャ)には2つの大きな欠点があった。
1つ、ISをISたらしめている源であるISコアが467個しかないこと。これは開発者の篠ノ之束が作製した(その中でも存在が確認されている)コアの総数であり、本人がそれ以上作製することを頑なに拒んだためこの数に留まっている。またどの国も企業も複製はおろかコアの原理や機能が全く解明出来ないために下手に扱えないというのが現状らしい。
2つ、ISは女性にしか扱えない。女性の中でも適正はあるのだが、男性ではまったく動かすことが出来ないのだ。理由は前述したコアのこともあり全く不明である。また、このことにより社会において男女の優劣が逆転、というかそれ以上に女性の権利が膨れ上がり、女尊男卑とも言われているらしい。
「そんな中現れた2人の男性操縦者、か」
校門の前で待つ僕は呟いた。確かに僕がその1人ではあるけど、だから何だというのだろう。これが10人や20人乗れる人が現れたというのなら分かるが結局男性適合者は2人しかいなかったのだ。それに、僕の方はまだ知られていないけれど、もう一人の彼はあの人と面識があったことが知られているはずだから、それが関係しているのだろうと誰かが考え付いてもいいはずなのに、誰もがむやみやたらに騒ぐだけ騒いで、研究すべきとか保護すべきとか喚くだけだ。これでは、昔の人が鳥は羽ばたくことで空気を押し下げて飛んでいるのだと考えているのと一緒だろう。見当違いも甚だしい。
「まるで他人事だな」
そう言って、校舎の方から女性が軽く息を吐いてこちらに向かって歩いてきた。黒いスーツを着こなし、その姿には一部の隙もない。
「あれ、千冬さん? お久しぶりです」
僕は少し驚いた。織斑千冬。モンド・グロッソと呼ばれるISの世界大会の第一回での総合部門と格闘部門の優勝者で『ブリュンヒルデ』の異名を持つ人だ。そして、それよりも前に知り合い、多少の武道の手ほどきも受けたことがある。こうやって面と向かって話すのはあの時以来だろう。一時期は名前を聞くことすら嫌だったこともあったが、今は平気なようだ。時間というフィルタのおかげか、それとも様々な経験を重ねたことでそういう感覚がどこか隅の方に追いやられてしまったのかもしれない。
「入学試験で一度戦っただろう。それからあまり時間は過ぎていないぞ」
「ああ、そうでしたね。でも、あの時は戦うことに必死だったから結局話せませんでしたし、こうやってちゃんと話すのは久しぶりですよ」
入学試験の時に一度会っているらしいが、実はその時のことは記憶が曖昧だった。わかるのは、気づいたら保健室のベッドで寝かされていた、ということだけだ。後で聞いた話によると、その時は我を忘れて突撃してしまっていた挙句に、これでもかというほど叩きのめされていたらしい。この人に叩きのめされたなんてゾッとしない。きっとハンバーグのミンチの方がまだ丁重な扱いを受けているに違いない。とにかくよく生きていられたものだ。
「あれでもまだ全力は出していなかったがな。とにかくついて来い、教室まで案内する」
どうやら考えていることを読まれたらしい。そんなことまで出来るのは流石としか言いようがない。そんなことを考えているうちに千冬さんは歩き出していた。僕はおいていかれないように、少し早足でその後をついていった。
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廊下を歩いている僕らは言葉を交わすことなく、ただ歩いていた。何か話しかけようとも思ったが、なんだか躊躇われて、結局言葉になることはなかった。
「緊張しているのか?」そう千冬さんが話を切り出してくる。
「いいえ、別に緊張することは何もしないでしょう?」
僕はそう返す。入学式で生徒代表の挨拶をするとかであれば多少なりとも緊張はするだろうが、あいにく入学式にすら出ないのだから何も緊張する要素はない。世間一般では、自分が新しい社会や集団に入ったときには人は緊張するらしく、そのように言っている人もいた。そいつらはそんなに他人が自分のことを注目してみているとでも思っているのだろうか。僕に言わせてもらえば、自意識過剰もいいところだ。
「確かにな、あいつにもお前の態度を見習わせたいものだ」
あいつとは間違いなくもう一人の彼のことだろう。後ろを歩いているからその表情は確認できないが、苦笑している様子が雰囲気から窺える。それと同時に家族に向ける優しさも伝わってきた。
「そういえば、彼はもういるのですか?」僕は尋ねた。
「いや、お前よりは遅いだろう」
その後、会話が途切れて再び静寂が訪れる。廊下には淡々と刻まれる二つのリズムだけが響いていた。
「なあ、
「千冬さん」
少しの沈黙の後に彼女が発した言葉を僕は遮った。予想はしていたが、実際に言われるとこんなにも嫌なものなのかと自分の言葉が厳しくなっていたのに少し驚く。
「今はまだその話をする気にはなれません。3年もあるのですから焦らずとも話す機会は幾らでもあるでしょう?」
「…そうだな、すまない」
彼女は立ち止まり、僕をじっと見据えていた。僕はなんとなく彼女の顔を見るのがはばかられ、目を逸らした。
「いえ、別に謝られるようなことはされていませんよ」
「そういってもらえると助かる。それと、学校では織斑先生だ」
「わかりました、織斑先生」
僕の返答に満足したように、織斑先生は前を向き直し再び歩き始めた。優しい人だと思う。きっと人を守りたいという思いがあるからなのだろう。僕には到底真似できそうにもない。だってそうだろう。僕は人を守りたいなんて思わないし、僕が守りたいと思っていた人もそんなことを望んでいなかっただろうから。そもそも、自分を守ろうとしないのに人を守ろうだなんて、おこがましいではないか?
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教室に着いて自分の席に案内された後、彼女はこれから会議があると言って出て行った。まだ入学式の最中らしく、教室には誰もいない。とりあえず荷物を置いて自分の席に座る。窓際の後ろから2番目の席だ。何もすることがなかった。本の一冊でも持ってくればよかったかもしれない。とりあえず僕は音楽でも聞いていようと思い、カバンから音楽プレーヤを取り出した。画面を見ずに曲を選んでイヤホンを耳に着け、机に伏せ目を閉じた。速いテンポで重めのバンド・サウンドが心地よく流れる。人が入ってくる音がしたが、そちらを気にすることなくそのまま少し微睡んでいた。その後、周りがいきなり騒がしくなったかと思うと静かになっていた。僕にとっては好ましい状況だから気にせずいると、頭の上に何かを乗せられる感触がした。顔を上げてみると、千冬さんが目の前に立っていた。どうやら僕の頭に乗せたのは出席簿のようだ。
「いい加減起きろ、もうショート・ホームルームが始まっている」
「すいません、退屈だったものですから」
「今回は初犯だから大目に見てやるが、次からは容赦しない」
「以後気を付けます」
少しクラスを見回すと真ん中の列で一番前の席に座る人物が頭を押さえながらこちらを見ていた。おそらく出席簿ででも叩かれたのであろう。僕が叩かれなかったのが不思議だったらしく信じられないというような顔をしていた。
「ちょうどいい。三海、自己紹介をしろ」
その言葉に返事をして立ち上がる。すべての視線が僕に向けられた。ずいぶん期待しているみたいだった。それに応える気はさらさらないけど。
「
教科書を読むみたいに坦々と話して、再び席に着く。途端に周囲がざわめき始め、同級生たちが口々に感想を言っていた。なかなか騒ぎが収まらず、教壇に立つ眼鏡をかけた教員らしき人がどうすればいいのかと戸惑っていた。
「静かに!諸君らにはこれからISの基礎知識を半年で覚えてもらう。その後実習だが、基本動作は半月で身につけろ。いいか、いいなら返事をしろ。よくなくても返事をしろ!」
まるで、というか軍隊の教官そのものみたいな台詞だったが、2人を除いてクラス全員が返事をする。それと同時にチャイムが鳴った。
「では次の時間から授業を始めます。ちゃんと準備をしておいてくださいね」
眼鏡をかけた先生がそう言って、二人は教室から出て行った。それと同時に生徒たちも話し始めた。なぜか僕と彼の周りには誰も近寄ってこない。話し声に聞き耳を立ててみると、話してみなさいよ、とか抜け駆け禁止、とか言う声が聞こえた。なぜ気になることがあるのに自分で訊ねてこないで、いちいち他人と調子を合わせているのだろう。周りでひそひそ話をされるより、質問攻めにあう方がまだましなのに。そんなことを思いつつなんとなく前を見たら、彼が僕の方を見ていて目が合った。席から立ち上がり、僕の方に向かってこようとしたところで誰かに呼び止められている。長い髪をポニーテールにした少女で、そのまま2人は教室を出て行った。出ていくときに彼が名残惜しそうに僕の方を見ていた。必然的に僕に視線は集まったが、わざわざ自分から話しかける気もなかったから、窓から見える空を眺めていた。生憎、ぼくはそんなに優しい人間じゃない。
初回なので2話連続投稿です。感想、批評お待ちしています。