IS-Beyond-   作:アカトーム

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第3話 ―対話―

 放課後になり教室の外にまた人が集まり始めた頃、僕は机に倒れ伏している一夏の所に行った。

 

「大分お疲れみたいだね」

「ああ、この周りからの視線と授業が訳分からなすぎて、もうヘトヘトだ」

「じゃあ、その片方を解消する手助けをしてあげるよ」

 

 そう言って、僕は少し勿体ぶってカバンからノートを取り出し、一夏に渡した。

 

「これは?」

「とりあえず中を見て」

 

 ノートをパラパラとめくる一夏。1枚めくるごとに驚きの表情に変わっていくのはなかなか愉快だった。

 

「これって、今日の授業のか!?」

「御名答。僕なりに噛み砕いて理解し易くしたつもりだけど、まだ理解し辛い箇所があれば言って」

「いや、かなりわかりやすいぞこれ。借りてもいいか?」

「勿論。というか、元々一夏用に作ったから次の日の朝までに渡してくれれば、これからの授業分も作っておくよ」

「マジか?」

「マジだよ」

「スゲェ助かるよ、ありがとう」

 

 誰が見てもわかるくらいの笑顔を浮かべ、一夏は僕に向かって大袈裟に手を合わせて頭を下げた。顔立ちが整っているから一夏の笑顔は男の僕がみても魅力があった。女子達が一気に色めき立つのも無理はない。

 

「でも、隆宏は大丈夫なのか? 俺のせいで隆宏の方を疎かにさせちまったら、申し訳ないんだが」少し不安を滲ませて訊ねてくる。

「大丈夫だよ。僕は此処に入ることが決まる前からISのことを学んでいたから。渡された教科書と参考書に書かれている内容くらいは頭に入っているし」

「す、凄いな」

「そんなことはないよ。学び始めるのが今か昔かの違いだけだよ」

「いや、本当に凄い。苦労かけるけど頼りにさせてもらうぜ」

「遠慮しないでいいよ」

 

 それから、ノートをめくる音と時折漏れる感嘆の声だけが流れていく。まあ、相変わらず周囲にいる女子の会話がBGMになっているけど。

 

「ごめんね」ポツリ、と呟く。

「いやいや、謝るのは俺の方だって。わざわざここまで――」

「そうじゃなくて」

 

 少し声を荒げてしまったかもしれない。一夏がノートから目を離しこちらを見上げていた。

 

「僕が余計なことをしたせいでオルコットさんと決闘することになったんだ。だから……」

 

 言葉が続かなかった。何を言っても言い訳になってしまうのが分かっていたからだ。

 

「なあ、そんなこと気にするなよ」

「え?」

 

 全くの予想外の言葉をかけられ、驚いて思わず僕も一夏の方を見た。

 

「お前が言わなくても結局こうなったと思う。俺もあいつも折れる気はサラサラなかったからな」

 

 それに、と言って言葉を続ける。

 

「お前、あの時かなり怒ってただろ? 何が気に障ったのかはわかんないけど、あの怒り方は大切なものを傷つけられたような感じだった。それこそ、あそこで言ってやらなきゃ男じゃねーだろ」

 

 確かにさっきは男性や日本のことが貶められたことに少なからず不快感を抱いたけれど、それよりもその後の周りが発した言葉があの人を侮辱しているようだったことの方が僕には耐えられなかったのだ。だから実際はオルコットさんに対する言動は八つ当たりみたいなものだったのだけど。そんなことを考えていると、僕の胸が軽く叩かれた。

 

「だからさ、これからどうするかを考えようぜ」

 

 ほんの少し、一夏の前向きさが羨ましくなった。でも、僕には全然似合わない代物だ。

 

「うん、そうだね」

 

 

 僕は自分に言い聞かせるように呟いた。すると、今度は一夏から右手を出してくれた。だから僕はそれを思いっきり握り返してやった。

**********************************

 

「よかった、まだ二人とも教室にいたんですね」

 

 その後、一夏と会話をしているところに山田先生が片手に書類を持ってやってくる。どうやら早歩きでもしてきたらしく、少し息を切らしていた。

 

「どうかしましたか?」

 

 訊ねてから一夏の方を見るが、一夏も何のことか分からないようで、首を傾げている。

 

「寮の部屋が決まったのでそれをお知らせに来たんですよ」

「ああ、そういえば今日からここの寮で生活するんでしたね」

「はい、その通りです。という訳で、これがお二人の部屋の鍵です」

 

 そう言って、僕と一夏にそれぞれ鍵が渡された。教室の扉も自動ドアだったから、部屋の鍵もてっきりカード式のものかと思っていたが、実際はカギ穴に差し込むタイプのようだ。案外アナログな方が信頼をおけるのかもしれない。

 

「あれ、俺の部屋はまだ決まっていないって話じゃ? 一週間は自宅から通えって言われましたよ?」

 

 

 流石にそれは不用心すぎるだろう。今や一躍時の人なんだから、そんなことをしたらどうぞ攫ってくださいと言っているようなものだ。

 

「そうだったんですが、事情が事情なので特例措置として無理やりでしたが部屋割りを変更して対応したとのことです」

「なるほど。そういえば隆宏も自宅からなんじゃ?」

「いや、僕は初めから寮で暮らすことになっていたよ。入学までは取材や研究所の人間なんかを避けるためにずっとホテル暮らしだったし」

「そ、そうだったのか…」

 

 若干顔を引きつらせて答える一夏。実際はホテルで軟禁されているみたいなものだったけど、わざわざスイートルームを用意してくれただけましと考えよう。

 

「とにかく、部屋のことはわかりましたが今日はもう帰ってもいいですか? 一度荷物を取りに行かないといけないし」

「あ、荷物なら――」

「私が手配をしておいた」

 

 いつの間にか千冬さんが山田先生の隣に立っていた。気配を断っていたのだろうか。多少悪趣味が過ぎるような気もする。

 

「とはいっても、生活必需品だけだがな。服と携帯の充電器でもあれば十分だろう」

 

 一夏のかなり落胆した様子が見て取れた。僕でさえ何冊かの小説とギターを持ってきているのに。というか、僕の場合は服よりそれらの方が多いかもしれないけど。

 

「じゃあ、そういうことでお願いします。夕食は6時から7時までに寮の一年生用食堂で取ってください。あと、各部屋にはシャワーが備えられています。大浴場もありますけど、織斑君たちは今のところは使えません」

「え、ダメなんですか?」

 

 どう考えても駄目だろう。僕たち以外は全員女子なんだから当たり前だ。むしろ一夏の頭の方が駄目なんじゃないだろうか。

 

「馬鹿か、お前は。まさか同年代の女子と入りたいとでも言うんではないだろうな」

「え、女子と入りたいんですか?! ダ、ダメですよ織斑君!」

 

 師走のお師匠さんなんか目じゃないほど慌てる山田先生。それは早計すぎるだろう。

 

「い、いや。はいりたくないですよ」

「えっ? 女の子に興味がないんですか!? ……それはそれで問題のような」

 

 だから早とちり過ぎる。おかげで周囲の女子がとんでもなく騒々しくなっている。中には過去の交友関係なんかを洗い出そうとする人もいるくらいだ。

 

「ええっと、それじゃ私たちはこれから会議なので。二人とも、道草食わずに寮にちゃんと帰るんですよ」

 

 と言って教室から出て行こうとするが、

 

「きゃあ!?」

 

なぜか何もないところで躓き、書類が紙ふぶきのように舞う。

 

「大丈夫ですか?」僕は慌てて近寄り、散らばった紙を拾い始めた。

 

「ご、ごめんなさい」

 

 少し涙目になって謝る姿は、申し訳ないけど先生というより同年代に見えてしまう。何だか小動物的な感じもした。

 

「いえ、気にしないでください。……僕はこれを持って行くのを手伝うから、一夏は先に部屋に行っておいて」

「俺も手伝おうか?」

「そんなに量はないから大丈夫。それに、先生に相談があるから」

「わかった、また後でな」

 

 教室から出ていく一夏。廊下にいた女子たちが一斉に道を開けているのが見えた。

 

「これで全部かな。立てますか、先生?」手を差し出した。

「うう、ごめんなさい」

 

 僕の手を取って立ち上がる。どうやらあまり男の手に触れたことがなかったらしく、顔を赤くしていた。

 

「それで相談とは何だ?」横から千冬さんが訊ねてきた。

 

「歩きながら話します。会議に遅れるといけませんからね」

******************************

 

 三人で廊下を歩く。時折、すれ違う女子が皆悲鳴みたいな歓声を上げていた。三人の内一人は今絶賛話題の渦中である男性操縦者だし、一人はあのブリュンヒルデだから仕方がないと言えば仕方ないのかもしれない。

 

「あまりその呼ばれ方は好きじゃない。それで相談とは何だ?」

 

 どうやらまたしても僕が考えていたことを読んだようで、少々うんざりした様子が見て取れる。

 

「相談って言うのは、僕にISの操縦をレクチャしてほしいってことです。実際にISを動かす授業は来週以降ですから、放課後にお願いしたいと思って」

 

 歩きながら二人に向けて言う。一週間後の決闘に備えて少しでも動かせるようになる必要がある。付け焼刃もいいところだが、当日初めて乗ります、ではいいお笑い草だ。

 

「そういうことか。だが生憎、私はここのところ仕事が立て込んでいて厳しいな。……山田先生、お願いできますか?」

「わ、私ですか?! 私なんかでよければですけど」

 

 そう言って上目づかいでこちらを見てくる。その眼には本当に私でいいのかという不安の色が混じっている。

 

「勿論です。よろしくお願いします、山田先生」

 

立ち止まって礼をする。少しドジな所もあるが伊達にIS学園の教師をしてはいないだろう。今日の授業からもそれが分かった。

 

「そんな畏まらないでください。こちらこそ不束者ですがよろしくお願いします」

 

 そう言って、こちらに深々と頭を下げる。かなり意味が違う気もするが誠意は伝わってきた。

 

「なに二人で頭を下げ合っている。早く行くぞ」

 

 呆れた様子で先を歩く千冬さんに慌ててついていく僕と山田先生。山田先生を見ると思わず失笑していた。僕もきっと口元を緩ませているのだろう。

 

「訓練機を借りるのとアリーナの使用には申請書がいる。職員室でそれを渡すからその場で書いて提出しろ」

「分かりました」

「おそらく、明日すぐには使えないだろう。明後日以降になると思う。」

 

 それもそうだろう。ここにある訓練用のISは全生徒の10分の1以下なのだから、順番が回ってくるのにも時間がかかる。男ということで多少の融通は利かせてくれるのが幸いといったところだ。

 

「大丈夫なのか?」

「何がです?」

 

 質問の意味はわかっていたが、聞き返した。僕がISで戦えるのか、ということだ。あの事があって以来ISを使った戦闘行為は忌避していたが、ここにいる以上仕方がないのも理解している。

 

「いや、何でもない。忘れてくれ」

 

 そう言うと、千冬さんは何も言わず再び歩き出した。僕も話をする気にはなれず、黙って後をついていった。事情を知らない山田先生がうろたえているのが少し申し訳なかった。

 

「そ、そういえば三海君はどの機体を使いますか?」

 

 雰囲気に耐え切れなかった山田先生が話を切り出してくる。

 

「ここにあるのは打鉄とラファールでしたよね」

「は、はい。その通りです」

「そうですね。……ラファールにしようかと思います。打鉄もいい機体だとは思いますが、今回に関しては近接タイプでは分が悪いと思うので」

 

 幾分か空気も和らぎ、僕は機体特性や武装について山田先生に質問した。千冬さんが心配そうだったが、結局何も口に出さず前を歩いていた。

 

「ここが職員室です。では、申請書を渡しますね」

 

 二人についていき職員室の中に入る。やはり、男の僕は教職員にも珍しいのか何人かがちらちらとこちらを窺っていた。山田先生は申請書を取りに行ったようで、千冬さんは自分の席に座っていた。千冬さんと目が合う。心配しているのが見て取れた。

 

「大丈夫です」

 

 思わず口に出していた。千冬さんは少し目を見開いて、すぐに元の凛々しい顔つきをして、もう一度僕をじっと見た。今度は目を逸らさなかった。

 

「そうか」

 

 そして、僕から目線を外しどこか安堵したとも諦めたとも取れる調子で一言だけ呟いた。

*******************************

 

 申請書類を提出した僕は寮の廊下を歩いていた。時折既に寝間着姿の女子を見かけたが、もともと女子校だったから仕方ないとはいえ、些か無防備すぎるような気がした。でも結局僕が口に出すべき問題ではなかったから何かを言うことはしなかった。

 

「ここか……」

 

 誰に言うでもなく呟いた。鍵に記されている部屋番号と照らし合わせて、間違いがないことを確認する。とりあえず軽くノックをしてみた。何も反応がないようなので、ドアを開けて中に入ってみる。どうやら一夏はまだ戻ってきていないみたいだ。軽く部屋を見回すと、ここに来るまで滞在していたホテルに勝るとも劣らない部屋だった。並んでいるベッドの片方にはケースに入ったギターが置かれている。

 とりあえず荷解きをしておこうと思い立ち、ベッドの脇に置かれている段ボールを開けて荷物を取り出しては、備え付けの本棚や机に並べていく。そんなに量は無かったから30分程度で終わった。

 その後は、シャワーを浴びて並べたばかりの本から一冊を取り出して読むことにした。もうすでに何回も読んでいて内容は覚えているから、流し読むようにパラパラとページをめくる。大体4分の1ほど読んだところでドアが開く音がした。

 

「遅かったね、一夏。どこで道草食っていたの?」

「え? 誰?」

 

 本から目を離さずに言ったが、直後に聞こえた声は明らかに一夏のものではなく女子だった。驚いて僕は顔を上げる。

 そこには眼鏡をかけた少女が立っていた。セミロングの髪は水色で内側にはねている。驚きの様相を映し出している瞳からは暗い陰のようなものが感じられ、その姿からは触れたら壊れてしまいそうな儚さも感じられた。

 

「えっと……どちら様でしょうか?」

「……それはこっちのセリフ。何でこの部屋にいるの?」

「何でと言われても、僕はこの部屋を割り当てられたからで……もしかして、君もこの部屋なの?」

「……うん、そう」

 

 幾らなんでもこれは不味すぎる。僕が気にしなかったとしても、相手からしたらいきなり見知らぬ男と同じ部屋で寝るなんて耐えられないだろう。逆の立場だったら絶対に無理だ。

 

「えっと、僕はとりあえずドアのところで寝るとするよ。隣が男なんて流石に嫌でしょ?」

 

 そう告げると、彼女は理解が追い付いていないようで、しばらく頭の中で僕が言ったことを反芻していた。

 

「いきなり飛躍しすぎ。……それに、隣で寝るくらいなら別に気にしない。」

「ごめんごめん、驚いて少し取り乱した。とりあえず着替えとかシャワーとかのルールを決めよう。」

 

 彼女は頷いてくれたので、生活上のルールを取り決めた。粗方決まったところで時計を見ると、もうすでに消灯まで30分を切っていた。

 

「とりあえずこのくらいかな。他に何かある?」

「ううん、時間はそれで大丈夫。……でも、聞きたいことがある」

「答えられる範囲なら答えるよ」

「……そもそも、貴方の名前は?」

 

 僕は思わず首を傾げた。そういえば、まだ僕たちはお互い名前すら知らないことに気付いた。

 

「そうだった、まずは名乗るのが先だったね。僕の名前は三海隆宏。二人目の男性操縦者です」

「私は更識簪。一応、日本の代表候補生」

「へぇ、凄いな。ISのことで相談とかしてもいい?」

「……少しくらいなら、いい」

 

 これは本当に心強い。代表候補生ということは操縦技術も相当なものだから動きの参考にもなるだろう。

 

「それでも十分だよ、ありがとう更識さん。そろそろ消灯時間だけどもう寝ようか?」

「ううん、やっておきたいことがあるからもう少し起きている。……それと、名字で呼ばないで」

「初対面の人を名前で呼ぶのは馴れ馴れしいと思ったんだけどいいの?」

「……あまり名字で呼ばれたくないから」

 

 そう言う更識さん、いや簪さんの顔に陰りが見えた。どうやら事情があるらしいが深く詮索するのは失礼だと思い、邪推するのを止めて肯定の頷きを返した。

 

「わかったよ、簪さん。それと僕ももう少し本を読んでから寝るから明かりは消さなくて構わないから」

「…うん、ありがとう」

 

 僕は枕の上に置いておいた本を手に取り再び視線を落とし始める。簪さんはキーボードを叩いていた。しばらく経って、ふと何をしているのか気になって簪さんが操作している画面を横目で見てみる。

 

「機体の機動に関するプログラムか。自分でISを組み立てているの?」

「え? これが何だかわかったの?」

「何をいじっているか程度はね、それくらいは誰にでもわかるよ」

「……そんなことない」

 

 そう言う簪さんは何かを思案していたが、首を横に振っていたことからどうやら否決されたみたいだ。とはいえ、まだ悩んでいる様子だったけど。

 

「何も聞かないの?」唐突に訊ねてきた。

「別に聞く気はないよ。聞いてほしいなら話は別だけど」

「……やっぱり今のは忘れて、おやすみ」

「うん、おやすみ」

 

 どうやら今日はここまでのようで、投影されていたディスプレイを消してベッドに潜り込んだ。僕も途中の箇所にしおりを挟んで枕の脇に置き、明かりを消した。彼女は僕に聞いてほしいことがあったのか、それとも聞きたいことがあったのか。少し考えてみたけれど、結論は出なかった。考えることを放棄して目を閉じると、あの眼鏡の奥にあった瞳が浮かんでくる。ふと携帯を開いて画面を見た。そこにはぼんやりと自分の顔が映っている。でも、瞳の黒だけは鮮明に見えた。

 




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