ちなみにサブタイトルは作中の主人公の頭の中。
つぐみハーレムとの面談を終え、そのあともハヤテは数ペアと話したが、あの四人ペアと同等以上の有望な人達も数ペアはいた。ハーレムだと侮るなかれ、あのハーレムよりも強いペアは実際にはそこまで多くない。
あのつぐみハーレムには王宮槍術の使い手の王女アーニャ・ヘプバーン。ハヤテが昔から知っていた柔道や空手のジュニアタイトルホルダーの多々音めめ。その血筋というだけで理不尽な才能を持っている星族の星野蒼。
将来が楽しみになる反面、どんどんつぐみハーレムが広がり、その対処にハヤテやスピリットが翻弄されるのだろうと今から気が重くなる。
ハヤテは逃げるように担当教師の項目を三船有栖に書き換え、自分のパートナーに丸投げした。
今はあの四人組の話はいいだろう。あの後にいた有能なペアのうちいくつか例を挙げるとすれば、
「この髪型は僕にとって誇りなんです!!」
と叫びながら、避雷針のような髪型を二本生やしていたオックス・フォード。そのパートナーである雷槍のハーバー。オックスはふざけているように見えて、身体もしっかり鍛えていて、知識も学年トップクラス。少し感情に流されやすい印象を受けるが、ハーバーという冷静沈着なパートナーがその手網を握っているようだ。
どうやらオックスは好きな女性がいるようだが、その話は次回することになった。こういう話をハヤテはあまり周りとしないので割と楽しみだったりする。
え? 悪名が轟くほど女を手篭めにしていたのに、それ関係で話をする機会はなかったのかだって? 女を取られるから言わないと皆が揃えて口にしていたそうだ。
あと有望そうなのと言えば、
「……流石にストライクゾーン外」
「は?」
「いいや、何でもない。シュタインと同じ万能職人のキリク。その才能が羨ましいよ」
「でも先生だって割と合わせられるんでしょう?」
「そんなこともわかるのか」
「ええ!」
キリク・ルングがサムズアップで答えた。
既にスポンサーのついている職人でなかなかに根性や気概のある好青年だった。大地の力を行使出来る二人のポットナックルを扱う職人。
双子の兄妹は未だに幼いが、幼い時期から完全な武器化が出来る人はなかなか居ない。アリスも子供の頃から武器化していたが、三船は除外した方がいいだろう。
そんな風に思い返していると、ラストのペアが来る時間になったのでハヤテは誰が来るのか一覧表を見る。
「さて、この子達で最後か。キム・ディールとジャクリーン・オー・ランタン・デュプレ。武器特性を活かして空を飛べるのか。あとジャクリーンは武器の名家だな」
そこには二人の女の子が映っていた。ハヤテはキムが少しだけ魅力的に見えたが、何故そう思ったのか理解出来ず首を傾げた。その意味はすぐに分かることとなる。
***
ハヤテは今回の面談に二つの目的を設定していた。ひとつは宣言していた通り、生徒達と話をすることによってキャラ把握や自分を知ってもらうこと。
もう一つは魔女が潜んでいないかを
「いつもこんな授業ならいいのにね」
「学生の本分は勉強よ? ハヤテ先生は次からは普通の授業って言ってたじゃない」
「ほんとジャッキー硬い」
「私は頑固者でもいいですー」
最後のペアが話しながら部屋に入ってきた。ハヤテが進める前からソファーに座るキムと、進められてから座るジャクリーン。
そしてハヤテの目にはキムの魂にソウルプロテクトが掛けられているのが見えた。
談話室の対面するソファーくらいの距離なら、見ることに集中すればソウルプロテクトの有無くらいわかる。
別段特徴のない魂がキム本来の魂を覆い隠しているため、とてつもなく違和感を感じる。
いつからソウルプロテクトを見ると違和感を感じるようになったのか。ハヤテはズレそうな思考を目の前の少女達に向け直す。
ジャクリーンは普通の武器のようだ。これなら二人が襲いかかってきても、ハヤテなら問題なく倒せるだろう。今も一人ではない。
お願いだから敵対しないでくれと願いながら、ハヤテは戦う算段をつけていく。戦いたくはないが、ハヤテはこんな所で死ぬわけには行かないのだ。もう一度彼女と会うために。
「あの、先生?」
「すまない、君たちが可愛いから見惚れてしまったよ」
「あははは。そういう目で見るなら金取るよ?」
「気をつける。さて、既に他の子達から聞いてると思うけど、君たちの今までの戦いや楽しかったことを教えて欲しい。もちろん話したくないことは避けてくれよ? 話してから金を取るのはなしで」
プロフィールにある通り、キムは金に執着しているようだ。その理由は不明となっているのでそこら辺にも探りを入れた方がいいだろう。
一々生徒の金銭事情に首を突っ込みたくないが、ギャンブルで負けて、借金風呂落ちなんて流石に洒落にならない。
「キムが話すと料金が発生しそうですから、私がメインで話をしますね」
「別に話をするだけでお金を取ったりは、」
「オックスとお茶する時は取ってなかった?」
「オープンテラスであの髪型と座るのにはお金を取るのも仕方が無いと思うんだよね」
ハヤテはオックスの好きな人がわかったと同時に、今の子供たちの間で流行っている髪型ではないことも理解した。元々99%あんなものは流行ってないと確信はあったが、時たま奇抜なファッションが流行ることもあるので注意が必要だ。
彼もあの髪型がキモがられているのを理解しているはずだが、それでもあの髪は誇りとして譲れないのだろう。
そこから思いつく限りジャクリーンが話していく。真面目な彼女は先生に言われるがままに、言いたくないことを除いて何でも話す。
そんな中ジャクリーンは話しても問題ないが、キムは言われたくない話題に突入し、キムも会話に意欲的に参加する。
そして出るわ出るわ色んな話題。元妻もパートナーも梓も、そこまで自分から我先にと話すキャラではないので、ハヤテは新鮮な気持ちで話を聞いていく。
そして楽しそうに嬉しそうに職人としての生活を話すキムを見て、ハヤテは胸を撫で下ろした。この子もやはり悪い子じゃないんだと。
ハヤテが二度ほどコーヒーのお代わりを取りに行き、そのカップの中身もなくなった頃、あらかた話し終えたのか、服装が少しだけ乱れた二人がソファーに深く座っている。
途中で可愛らしい喧嘩にもなったりしたが、二人は心の底から信じあっているようだ。
ジャクリーンはキムが魔女であることを知っているのかもしれない。何故ならキムが全く警戒していないのだ。人に紛れて暮らす魔女はソウルプロテクトが完璧でも、常に心のどこかで怯えて暮らしているらしい。
だがキムにはそういう所はなく、ジャクリーンとの関係が安全なものとして見ているようだ。そして信頼できる人といるからこそ、ハヤテとの面談でもそこまで緊張しないで済んでいる。
ハヤテが何故そんなことを知っているのかと聞かれれば、知っているからとしか答えられない。彼も何故魔女についての知識があるのかは分からないのだ。産みの親である
例えば尻文字で魔女界に行くための扉を呼び寄せるなんてことも知っている。
***
ハヤテは気配を薄くしてキムの前まで移動する。移動した勢いのまま彼は座っているキムに覆いかぶさり、片手で優しく抱きしめながら、もう片手には
この状況で最も安全に、そして相手の抵抗をさせずに動きを止める方法はこれだとハヤテは自負している。趣味だったナンパを実務に昇華させ、ハニートラップを仕掛ける側となっていた。今回はその時の動きを利用した形なのだが、傍から見たら就任初日に女子生徒を襲うやばい奴でしかない。
「え?……ハヤテ先生、それはどういう!?」
「こ、これは洒落にならないよ? いくらになるんだ、」
「今から俺がやる事は君を絶対に傷つける。だが、俺は逃げないし逃がさない。真実を答えて欲しい。逃げようとしたら手足がなくなると思って欲しい。ジャクリーンが部分武器化するよりも早く君を殺すことだって出来る」
これはハヤテなりの誠意だ。死神様のお膝元で魔女が暴れるかもしれない現状、ハヤテの持てる力を可能な限り使って、穏便に事態を終息させる義務がある。
ハヤテはそのあとジャクリーンに数歩下がるように命令してから、心の中で願いながらキムに問いかける。
キムはハヤテの無表情な顔を見て、威圧などなくてもわかる職人としての力の差を思い知り、体が酷く震えている。
「まず初めに言っておくが、俺の逃げられてしまった奥さんは魔女だ」
「……まじょで!?」
ジャクリーンも驚いているが、隙を見てキムを救うことのみを考えているのか黙っている。
ハヤテは魔女であるキムが逃げ出さないように、自分が魔女の味方にもなれることを分かって貰えるように、嘘をつかずに真剣に話す。
ちなみに『まじょで』とは『まじで』の魔女間で流行っている言葉だったりする。元妻もポロッとこぼして顔を真っ赤にしていた。曰く、若い魔女が使う言葉なのだとか。
「まじで。俺は妻が魔女だと知っていても愛している」
「そ、それで? こんな事してただで済むと思ってるの? 教師が強姦とか、」
「俺は生徒には手を出さないと誓っているから天地がひっくり返らない限りありえない。で、俺の母親は魔女だ」
「……はぁ!? 奥さんが魔女で母親が魔女って、まじょで言ってるの?」
「ああ」
ハヤテから見て、警戒一色だったキムの目が少しだけ好奇心を覗かせ始めた。
ハヤテはキムの同情を引き、自分が他とは違うと分かってもらうために情報の出し惜しみはしない。
魔女が職人に魔女である事がバレたのだ。しかもその相手が自分では勝てないであろう相手。とにかくキムがパニックにならないようにハヤテ自身の情報で我を忘れさせる。
「俺の実家は魔女を達磨にして孕袋として数代にわたって凌辱してきた。俺は思うんだよ。魔女は確かに恐ろしいが、真に恐ろしいのは人間ではないかってね。でも全ての人間が恐ろしいわけじゃない。いい人だっている。なら魔女にだっていい人はいるんじゃないかって」
「だ、だからなんで私にその話をするのさ……」
キムは既にバレていることがわかったが、それでも自分では白状しない。その言葉共に、ジャクリーンに救出は早まらないで欲しいとアイコンタクトで意思疎通をする。
彼女もハヤテがここまで必死になって、無表情だった顔から
「キム、君が何故魔女なのに死武専にいるのかわからない。もし君が魔女側のスパイとしてこの場にいるのなら、俺はこのまま君を殺す。隠蔽をしていたジャクリーンも殺す。でもね、もし死武専の職人として生きたい。死武専が狩るべき魔女ではなく、一人の少女として生きたいのなら俺は全力で君を助けてやる」
ハヤテはキムに触れ始めてから頭の中で知らない記憶が呼び起こされていた。いや、知っていたが忘れていた記憶なのかもしれない。
自分を産んだ
ハヤテの知る魔女は皆が嘆き悲しみ、その手を伸ばしていた。目の前にいる
ハヤテが助けると言葉にした時、怯えた顔をしていた。人が信用出来ないのだろう。ハヤテの全ての言葉が嘘であり、今すぐに殺される可能性が心にチラついているはずだ。
もうこの少女が自分たちを襲うことは無いはずだ。ここまでしたのだから死神様にも義理は果たしている。
ハヤテは武器を後ろに放り投げる。壁に刺さる前にアリスが人の姿に戻っているのが感覚でわかる。あと少しだけ怒っている気がするのもわかる。
ハヤテは抱きしめるように拘束していたキムを解放し、涙を流している少女の頭を優しく撫でる。
ハヤテも昔に泣いていた時、頭を撫でてもらったような気がする。温かみを感じたその時の撫で方を真似しながら、キムの頭をゆっくりと撫でる。
「……全部嘘でしょ?」
「本当さ。死神様に誓ってもいいよ……それとも死神様の前で叫んでやろうか? 俺は魔女の妻を愛している! 魔女は俺の味方だってさ」
「訳わかんない。ジャッキー……どう思う?」
「どう思うって、この状況で言わない選択肢があるとは思えないのだけど」
先程からキムとハヤテの接触が多く、頬を膨らませているジャクリーンが拗ね気味に返した。その反応にキムは緊張が解れ、少しだけ笑ったあと覚悟を決めた。
「私は魔女よ。道端でバイクに撥ねられた野良犬を魔法で治してバレるようなアホな魔女」
「……あっ! 二人だけの約束だったのに!?」
ジャクリーンがへなへなと床に座り、床に何か文字を書いているが、キムは視界に入っていないのかそのまま口を開く。
「私は再生を司るタヌキの魔女。大いなる魔力の導きによる破壊衝動とは真逆の性質だったから、魔女界にもあんまり居場所がなくて、死武専にいれば魔女との縁も絶てると思ってた」
「優しい力じゃないか。職人よりもよっぽど平和の為に力を使える。さて、キム・ディール、」
「キミアール・ディールが本当の名前」
ハヤテが秘密を話したので、キムも対価として一つだけジャクリーン以外が知らない情報を伝えた。
「……キミアール・ディール、君はどうしたい? 君が魔女と縁を切り、人として、死武専生として暮らしていきたいなら俺はいくらでも手を貸す」
「魔女が可哀想だから?」
「いいや、俺が君の教師だから……いや、待て。俺は臨時の教師だし、それじゃあ駄目か。先輩だから? 君が可愛いから?……理由はなんでもいいじゃないか。まあ可哀想ってのも多少はある。それで俺の、」
ハヤテの首筋が痛む。ハヤテはチラりとアリスを見ると、何やら自己主張していた。ハヤテと同じ環境で育ち、ハヤテと同じような考えを持っているアリスもキムを護りたいと思っているようだ。
自分で言えばいいのにとハヤテは思うが、いつもカッコつける場面はハヤテに譲ってくれるので、今回もハヤテがその役をこなす。
「俺達の力は必要か?」
「…………お願いします。わ、私たちを護ってください」
「任された。死神様に誓って護ってやる。魔女だけど魔女に馴染めず、再生の力を貸してくれる仲間を死神様も見捨てるはずがないからな。何故ならあの方は規律の神。弱きものを見捨てることは絶対にしないし、庇護を求める者を突っぱねることは絶対にしない。もしそんな事をしたら規律が規律でなくなってしまう」
ハヤテは念押しするように言葉を重ねた。
その言葉に未だに撫でられていたキムは頷き、ジャクリーンはもうおしまいとばかりにハヤテの手を吹き飛ばした。
***
キムがジャクリーンに抱きしめられ、安心したからかまた泣き出してしまった。それが収まり、顔の腫れもある程度引いたあと二人は女子寮に帰っていった。
キムにはハヤテが何かあった時のために用意しておいた、デスサイズス仕様の社員IDカードを渡しておいた。
『死神様には認めさせるけど、他の何も知らない奴らは君が魔女だと分かったら、変なことをしてくるかもしれない。そんな時はそのカードを見せて、俺やデスサイズやシュタイン、死神様の元に来れば何とかしてやれる。デスサイズス仕様のそれを無視できる存在はこの街にはいないからな』
そのあと緊急時以外は使わないこと。そうハヤテは付け足してキムに渡した。何故かジャクリーンが管理することになったが、キムが持っているとイタズラに使うかもしれないからと言っていた。
ハヤテはアリスからコーヒーを受け取って、未だに貸し切りにしてある談話室のソファーに座る。
そしてソファーの奥にある
「キミアール・ディールは魔女でしたが、聞いての通り魔女活動をする気のない子でした。死神様の作った優しい世界にはこの子の居場所は勿論ありますよね?」
ハヤテが鏡に問いかけると、ため息をつきながら死神様が鏡に写った。そう、死神様は面談の初めからずっとその様子を観察していたのだ。
「ハヤテくんさ、マカくんに魔女は悪かとか、椿くんに動乱期の戦争について教えたり、キムくんにハニトラ仕掛けたり……はぁ」
「別にハニートラップは仕掛けてないでしょ。ソファーに座っている女性職人に対してはあの方法が一番いいんですって。魔法を使いそうになったら、口で塞いで詠唱を塞げますし」
「まあいいけどね。とりあえず星3以上のカード持ちには周知しておくってことでいいでしょ。それ以上は事務処理的にスピリットくんが死んじゃうし」
「そこら辺は死神様に任せますよ。俺は死神様のことを信じてるんで」
「君の信頼は重いからな〜」
ハヤテは魔女の情報を秘匿する方向で考えていたが、どうやら死神様はハヤテを外部の問題解決に駆り出す気のようだったので方針を変えた。
もしデスシティーに居ない時に、変なことをされて内々に保護していた魔女が狩られてしまっては可哀想だ。
という事で初めから死神様にバラしながら、世界の規律の神である死神様的に拒否できない言葉を並べて保護を約束させた。
今回の面談でもし魔女が見つかって、その魔女が悪者ではなければこんな風にする気だったのだが、上手くいってハヤテもアリスも胸をなでおろしている。
「……でさでさ、アリスくん的にさっきのハニトラもどきは許せるの?」
「いやいやいや、あれは合理的な方法であってやましい気持ちはない。不安を感じている女性に甘い言葉を言って、あそこまで持ち込んだ時の成功率は100%だからね? 暗殺任務での話だよ?」
「ミクロやましい気持ちがないのなら許します」
「…………あのボーイッシュな子が顔を赤らめたのは可愛いと思ったよ、畜生! だが、しょうがないじゃないか! 俺は悪くねぇ!」
可愛い女の子に反応しちゃうのは男のサガだと叫ぶハヤテを無視して、少しだけムスッとしていたアリスは爽やかな笑顔で死神様に報告する。
「死神様、ただ今から明日の一限目まで、ハヤテ様は事務仕事がやりたいようです。それもギリギリ達成出来る以上の量を求めているようですので、タスクの割り振りをお願いします」
「……待って、アメリカ来て、すぐに砂漠行って、帰ってきたら生徒のプロフィール読みで寝ず、今日はやっと寝られると思ったのに! ねえ、アリス? 主の仕事は当然手伝うよね?」
「私は本日つぐみ達とパジャマパーティーがありますので。それではおやすみなさい。ハヤテ様、いい夜にしましょう」
少しだけハヤテの靴を踏んでから、アリスは本当に部屋から出ていった。
「スピリットくーん! 君が三日フルで処理する量の仕事をハヤテくんがやってくれるってー!」
「死神様!?」
死神様はスピリットから離れた場所で面談を見ていたため、スピリットに叫んで仕事の割り振りを頼む。鏡の奥から半狂乱するような喜びの叫びが聞こえる中、ハヤテはボソリと呟いた。
「……もっと人雇えよ」