人は本気で集中できる時間は1時間もないと言われている。
ハヤテ達職人は1時間以上の戦闘は稀に起こるが、合間に気を散らし意識を休めている。
さて数日の間のハヤテの行動を思い出してみよう。
飛行機でアメリカのネバダにあるデスシティーに到着後、スピリットとどんちゃん騒ぎをしてすぐにシュタインの研究所へ。そこでの会話を終えるとアフリカのサハラ砂漠に飛んだ。
機内ではアリスが持ち込んだ資料を読み込み、砂漠をスーツのままの格好で移動した。平気そうにしていたが、当然熱や日光で体力を奪われている。
バイクで砂漠を移動し、暴走列車に乗り込み、永久ゼンマイを確保。そのあとエイボンの書所有者ノアとの戦闘があった。
戦いは中断という結果で終わり、梓やシド達との会話を終え、アメリカにとんぼ返り。もちろん飛行機の中ではサハラ砂漠遠征の報告書をまとめたり、行きで読んでいた資料の確認。
デスシティーに帰ってくれば、ゾンビ化して生徒に引かれていたシドの代わりに担任を任され、生徒達のプロフィールの確認や指導の方針を決めるのに夜を過ごし、次の日はEATの生徒の面談。
そのあとシュタインが渡してきた
「……アリ、ス。今日一日、先生やって?」
「
上記のような狂行を行えば、例え死武専トップクラスの職人でもボロボロになってしまう。アリスはしっかり寝れたのかスッキリした顔でそんなハヤテに笑いかける。
いつものハヤテならそれに対して何かしらのアクションを取るのだが、ハヤテは立ちながら船を漕いでいるので無理だ。
シュタインに貰った薬の副作用か、ハヤテの視界にはアリスが三人ほど見えているが、シュタインがサムズアップして笑顔で渡したものだったので、その時のハヤテは疑わなかった。
平時なら反射的に叩き捨てるだろう。笑顔のシュタインが渡してきたおクスリなど危険物以外の何物でもない。違法なものかどうかに死神様の魂だって賭けられるだろう。
ハヤテは朦朧とする意識の中、よく考えないで反射で口を開く。それが功を奏した。
「アリス
「……!! 致し方ありませんね。私が本日の業務は全てやっておきますので、ハヤテ
「ありがとうアリスちゃん……」
アリスはハヤテの言葉の何かを聞くと、主を弄るいけないメイドの顔から嬉しそうな顔に早変わりし、教師の代行を了承した。
あやふやな意識の中で、ハヤテはまた
アリスには家で休むように言われたが、割と限界が迫っているハヤテにはそんな余裕はない。死武専の中に作ったやり部屋を残しておけばよかったのだが、元妻ナザールと結婚する前に潰している。
ならば、よくサボる時に使っていたあの場所に行こうではないか。
学生が仮病でよく来る場所、保健室へ。
***
その日の保険医メデューサのご機嫌はナナメだった。
昨日、メデューサはソウルプロテクトを解除しなくても使える、魔法で作った自動式の蛇を使って視界を確保し、談話室で行われた面談を眺めていた。蛇の視界をジャックして、新任の三船疾風とEATの生徒が面談している場面を盗み見ていたのだ。
いくら死神様でも自動式の魔法蛇が暴れるわけでもなく、潜んでいる状態では感知出来ない。職人達にもバレないようにごく自然な蛇の形状をしたその魔法蛇は、死神様にもハヤテたちにも生徒にもバレなかった。
「憧れを恋だと勘違いし、
メデューサはナザールという偽名を使って、ハヤテと結婚した張本人だ。あんな事をしたが、未だにメデューサもハヤテを愛している。
「殺したいところだけどあの娘は使える……そうね、ソウルと
マカは別にハヤテに色目なんて使っていないのだが、恋する乙女(数百歳)は恋に盲目であり、なんかもう色々と酷い。
メデューサはハヤテを殺しかけて
メデューサが次に思い浮かべるのはブラック☆スターと椿のペアだ。
「五年前に中務椿が居なくて本当に良かった。あのキャラにあの身体だし、ハヤテは絶対に手を出していたわね。中務だからという理由で手を引く可能性もあるけど、一応注意はしておきましょうか。ブラック☆スターは早く強くなってもらわないと困るわ」
中務は日本を代表する有名な武器家である。だが、その武器家の綺麗な方法だけでは対処が出来ない汚れ仕事をやるのが三船だった。もうそれは昔の話であり、今は事業拡大に成功した三船の方が家も大きいのだが、それでも中務との間には変な溝があるそうだ。
日本でナザールとしてハヤテと暮らしていた時、ハヤテが三船の次期当主として何度かパーティーに出ていたが、そういう場に出たがらなかったメデューサの代わりにアリスがパートナーとして出ていた。
メデューサはアリスにその立場を譲りたくなかったが、魔女なので致し方ない。
そして魔女だが、有望な職人にはできる限り強くなってもらわなければ、メデューサの
「あのレズ達はいいとして、あの狸……調子乗っているわよね」
メデューサは書類仕事をしながら、昨日のことを思い浮かべていたが、キミアールとジャクリーンの面談を思い出し、ペンを握り潰してしまった。
新しいペンを取り出し、怒りを抑えながら思い出す。
「可愛いから見惚れてしまった? そうね、あの狸は確かに見た目はいいわ……ぶっ殺す。でも、えへ、えへへへへ、魔女だと知っても愛している。本当に良かったわ。もしこれでハヤテに嫌われてしまっていたら、今やっていることも全てパーだもの」
盗聴していたが故に聞けたハヤテの
「問題なのはあれがどう聞いても告白紛いだったという事ね。あの狸が無駄に惚れて
そんな風にキムの罰し方を考えていると、ある男の足音が廊下から響いてきた。
それは彼女の夫の足音。任務などで抜き足である時以外では何故か特徴的な足音を鳴らすハヤテ。その音に気がついたメデューサは慌て出す。
「会いたいけど今は駄目。まだその時ではないわ。えっと……ベッドへ」
いくつも空いているベッドまで駆け込み、メデューサはカーテンを閉めて姿を隠した。今ハヤテと会ってしまったら、メデューサが絶対に骨抜きにされ、魔女としての活動が出来なくなってしまう。骨の髄まで教えこまれた快楽を思い出し、腰が抜けそうになるが、何とかベッドに潜り込めた。
「えーと保険医の、メデューサ先生いま……居ないなら勝手にベッド借りていいか。あとで謝れば、いいし」
名前を呼ばれたメデューサは返事をしそうになるが、何とかそれを堪える。それと共にあの時、ハヤテを殺しかけてしまった事実を思い出し、涙が出そうになる。
隣のベッドに倒れるように横になったハヤテは、そのまま小さな寝息を立て始める。どうやらスーツすら脱がず、そのまま寝落ちてしまったようだ。
メデューサはカーテンの隙間からチラチラと隣を確認する。
「あなたは寝落ちると滅多な事では起きなかったわよね」
抜き足差し足忍び足。足音程度でハヤテが起きないことは分かっているが、メデューサは静かに保健室の廊下への扉まで移動して、内側から鍵をかけた。廊下側の扉には外出中という看板を出しておく。ついでに窓にはカーテンを掛けておく。
ハヤテは悪意や敵意、害意には敏感に反応して起きてしまうが、逆に言うとそれ以外の感情に由来する行動ならハヤテは滅多に起きない。だからこそアリスを薬でうまく眠らせたあと、ハヤテの身体を
「まずは
メデューサは魔法や蛇を使わず、自らEATの教室まで行って確認した。もちろんアリスに見られるようなヘマはしない。
「ハヤテが寝ている時は感覚器官の共有は解除されているはずよね。あの子と違って、感覚器官まで同期しているから面倒ね。アリスはハヤテの体にはいない。そして寝ているから遠隔地からハヤテの身体を監視できない。首元の血塊を触れれば、ハヤテの体に触れたことをクソメイドが認識するでしょうけど、そこ以外なら問題ないはず」
メデューサはハヤテの眠りを深くする手伝いとして、睡眠薬を嗅がせて更に眠りを深くする。この行動もハヤテを思ってのことなので、彼は反応したりしない。
そのあとハヤテのスーツやシャツなど、アンダー以外を脱がしてハンガーに掛ける。
そしてメデューサは白衣を脱いで、ハヤテと同じベッドに入り、ハヤテを抱きしめる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。あんな事する気はなかったのに、あなたを傷つけたくはなかったのに。あの時ほど私が魔女である事を呪ったことは無いわ。魔女に大いなる魔力の導き、欲望を抑えられなくなる衝動があることを嫌ったことはない……」
メデューサはハヤテを殺しかけた時、ある事実を思い出してしまい、その結果抗えぬ衝動に負け、ハヤテの首を抉り取った。すぐに治療したかったが、好奇心という衝動にも負け、ハヤテの武器との融合のお膳立てとしてアリスを殺しかけた。アリスに対してやった行動には別段なんとも思ってなかったりする。
ハヤテとアリスの遺伝子的な繋がりを考慮し、メデューサがお膳立てしても、融合成功確率は5%もなかった。だが、ハヤテはそれを成功させた。
それを知った時のメデューサの感動はどれほど凄かったか。だからこそ魔剣を作ることにしたのだが。
「もう少しだけ待っていてね。そうすれば死神にも、鬼神にも邪魔されない世界を作ってみせるわ」
寝ているハヤテに話しかけながら、服を全て脱ぎ捨てたメデューサは、自らの欲望のままにその身を動かす。
「絶対に離さないわ、あなた」
メデューサはマーキングをするように、痕を刻み込むように、自分の身体をハヤテに忘れられないように証を刻みあった。
ハヤテが目を覚ますと、体がとても軽かった。色んなものを解消したあとのような軽さだったが、寝ただけでこれほどの開放感を得られるものなのだろうか?
ハヤテはスーツのまま寝てしまったはずだが、今は全裸でベッドに横になっていた。
「……アリスが世話してくれたのか。また貸しが出来ちゃったな」
キッチリカッチリ服装を整え、勝手に借りたことを保険医のメデューサに謝罪しようとしたが、ベッドの横のサイドテーブルに手紙が置いてあった。
『徹夜で事務をしていたと聞きました。保健室は生徒だけではなく、先生方のためにも開いていますので、気にする必要はありませんよ。また睡眠を取りたい時には来て下さって構いません』
手紙の主の名が書いていなかったが、内容的に保険医のメデューサ先生によるものだとハヤテは理解する。
「うーん。確か女性だったよな? いい人そうだし、一度お茶でもしたいものだ」
ハヤテの他にも寝ている人はいるようなので、小声で呟いてから、保健室をあとにした。
「またいらっしゃい」
保険医メデューサは隣のベッドから出て、ハヤテの背中に声を掛けた。彼女の顔は先程までと異なり、艶のある満ち足りた表情になっていた。
その表情をたまたま見たスピリットがメデューサに声を掛けたが、気分を害された彼女はスピリットの顔面をぶん殴った。
***
「お目覚めになりましたか。本日はデス・ザ・キッド様がご登校されまして」
「死神様の息子でも生徒なら呼び捨てでいいだろ」
「いえ、そこは死神という尊き……ハヤテ様? どこで睡眠を取っていたのですか?」
ハヤテはちょうど昼休みに目を覚ましたようなので、午後からは教師として授業をしようとアリスと合流した。
どうやら死神様の息子であるキッドが遅刻してきて、絡んできたソウルとブラック☆スターをボコッたらしい。
午前に起きたことを説明してもらっていたが、いきなりアリスの目から光がなくなった。しかも口調から怒りが滲み出ている。
「待て、なんでそんなに怒っているんだ?」
「寝不足で睡眠を取りに行ったはずですよね? 何故そんな時に女を抱いたのですか? 仕事をサボって娼館に寝に行ったのですね」
「は?」
アリスは僅かにハヤテの体から匂ってきた、交わりの臭いを感じ取り、ハヤテが女を抱いていたのだと考えた。別に夜にそういう所に行くのは、溜まってしまうので仕方がないと諦めているが、教師としての仕事を休んで行ったというのは許されることではない。
「家で寝ていましたか? イエスかノーで答えてください」
「……ノー。だが、俺は」
ハヤテは家では寝ていないのでそれを否定し、保健室で寝ていたことを言おうとしたが、時既に時間切れ。
まずハヤテは女性を抱いていないのに、何故か抱いている前提で話が進んでいることに混乱する。そしてこの状況で保健室で寝ていたなどと言ったら、生徒に手を出したと思われ、アリスが修羅となる。
ハヤテはどうやら詰んでしまったようだ。
「一週間ほどサービス残業を8時間ほど行ってください。死武専のために働ける名誉を与えます」
「……了解した」
ハヤテは様々な女性と色んなことをしたからこそ無駄だと悟った。思い込んだ女性を説得するのは生半可なことでは無い。下手したら酷い譲歩をさせられる可能性があるので、ハヤテは甘んじてそれを受けることにした。
ハヤテの身勝手な
スピリットが半狂乱して、顔を腫らしながら喜びの舞を踊ることが確定した。
***
時が少し進み、フィレンツェのサンタ・マリオ・ノヴェラ教会。
最近『マテラッツィ』という不良グループが毎晩この教会で大騒ぎをしている。
そんな一般人が踏み込めばただでは済まない場所に、男にも女にも見える子が入ってきた。
「今から君たちをボクが殺します」
ピンクの髪をしたその子はおっかなびっくり、不良達に向けて殺害宣言をした。
評価や感想などありがとうございます。とても励みになります。