「頼む!!」
「……何を?」
ハヤテはうら若き乙女達が暮らしている女子寮の中で土下座をしていた。
ハヤテとアリスはクロナとの戦いを終え、すぐに西ヨーロッパ支部にいるジン達に連絡を取り、医者を手配させた。
医者に
その場で治療すればいいじゃんと思うかもしれないが、現地にいる医者はシュタインと比べたら泣き出すレベルの腕の持ち主しかいないので、急いでシュタインに見せるべく飛んだ。
補足しておくが、現地の医者の腕が悪いのではなく、シュタインの
実際現地にいる医者もマカとソウルを治せるだけの腕前を持っているのだが、ただ治すだけではダメなのだ。
「マカは女の子なんだぞ!!」
ハヤテの訴えに数割の男は理解したが、残りは何を言っているのか分からない。逆に女性は大抵の人が理解でき、手配を急がせた。
(俺がもっと早く行っていれば、うら若き乙女のマカの肌にあんな酷い傷をつけさせなかったのに……いや、そんなこと言ったらマカが職人出来なくなるか)
まだ15歳にもなっていないマカが、腰から肩にかけて一筋の切傷痕など残していいわけがない。このままでは傷は治るが、一生消えない傷痕が残ってしまう。
女性に一生残っていい傷は初めての時のあれ以外は決して認めない! と叫び、周りの女性にボコられたハヤテは飛行機の中で気絶していた。
***
「無理」
「……は? シュタインなら傷痕を残らずに完璧に治療出来るだろ?」
「ヘラヘラ、ハヤテだって分かっているでしょ。僕は確かに医療の腕前はピカイチですけど、縫合に関しては適当だって」
白衣を脱いでいるシュタインは腕をその場で広げて、彼の腕にあるいくつも残っている縫合痕を見せた。
ハヤテの体にも同じような縫合痕が残っているが、それも全てシュタインがやった事だったりする。
そのうちのいくつかはハヤテが結婚したあと、綺麗さっぱりなくなっているが、あれは別の
「本気出しても無理?」
「……うーん、無理なんじゃない?」
「俺の体をどれだけ好きにしてもいいって言っても?」
「………………無理」
シュタインはハヤテを幾らでも切り刻めると分かると、本気で頭の中でシミュレーションしてみた。縫合痕を一切残さず、綺麗な肌に戻すことはシュタインには不可能だと結論づけた。
死んだ人間をゾンビにしたり、首が思いっきり抉れて瀕死の人間をけろっと復活させ、左右の指をうまく詰め替えられるシュタインだが、傷跡を綺麗に消すという趣味に反することはできないとハヤテに言い放つ。
「どうしよ」
「とりあえずの処置は終わっているみたいだけど、早く決断しなよ? 唯でさえ先輩への情報統制は大変なんだから」
「分かってる」
今現在、スピリット=アルバーンにマカが負傷し、死武専に運び込まれたことは告げられていない。本来なら親であるスピリットに真っ先に伝えられることなのだが、とてつもなく面倒なことになるので、シュタインが死神代行として各所に命令をした。
だが、人の口に戸は立てられない。今すぐにでもバレてしまうかもしれない現状、そんなに時間はかけられない。なのでシュタインは制限時間を一時間と決めた。ハヤテがそれまでに方法を確保出来なければ、自分が出来る限り傷跡を残さない治療を施すと告げる。
「一時間程度で僕並の腕前の医者を連れてこられないと思うけどね」
「少し黙れ」
「ヘラヘラ、こっわ」
アリスはマカとソウルについているのでここにはいない。ネバダ近くでアリスに起こされたあと、二人で話し合ったが、シュタイン以外には治せる医者は居ないと結論がついている。
それでもハヤテはなにか方法はないかと考え、ある考えに思い至った。
「よし、行ってくる!」
「……まじか〜」
スピリットの娘を合法的にチョキチョキ出来る展開に、シュタインはニコニコしながら準備をしていたのだが、ハヤテの顔を見て、テンションがただ下がりする。
長い付き合いのシュタインには、今さっきのハヤテの閃きが悪足掻きではなく、割と良い賭けだと思っていることが分かった。
***
ハヤテはある人の居場所を聞き回り、女子寮にいる事が分かった。
デスサイズス権限を使って、男の身でありながら女子寮に突入する。途中で権限が通じない
「ハヤテ先生、こちらですわ!」
「私たちがミザリーさんを抑えるから」
「アリスさんに感謝していますって伝えて欲しいですッ☆! もちろんハヤテ先生にも感謝していますよッ☆」
アリスの
ハヤテはちょうど部屋から出てきた女の子の目の前に飛び、土下座の体勢になる。頭を床に叩きつけて願う。
「頼む!!」
「……何を?」
キミアール、死武専ではキムと名乗っているたぬきの魔女は、大の大人がいきなりガチの土下座をしてきて少しだけ引いていた。
***
キムにとって三船疾風は愛欲を向ける相手……な訳がなく、何こいつ不気味といった印象だ。
魔女との繋がりを絶ち、人間として生きたいと思っているが、いつかは魔女だと死武専にバレるのではないか? と不安に思っていた。そんな状態で優しい温もりで抱きしめ、死神様に魔女であるキムが死武専にいる許可を取ってくれ、更に後見人となってくれたからって惚れるほど
……自分の魔女として力が優しい力と言われたのは嬉しくは思っているが、そんなにチョロくはないったらない。
「……くしゅんっ」
どこかで蛇の魔女がクシャミをした。
面談の次の日、死神様に呼び出され、魔女である証拠を見せるように言われ、ソウルプロテクトを解除した。そしたら、
「おけおっけー。もし魔女の事で何かあったら相談するから、そこんとこよろしくー」
簡単に死神様に認められたので、キムはハヤテが口にした約束をちゃんと守ったことを知った。ついでにデスシティーにあるキャバクラで務めていた魔女二人も許されていた。
そんなことがあったが、ひたすらに何故そんなにもハヤテが魔女を信じられるのかという思いしかない。母親が魔女という衝撃的な話は聞いたが、それ以上に死武専に居ると魔女の悪意に満ちた悪行を嫌という程耳にする。キムですら魔女のその行為に頭を悩ませているのだ。
キムは自分でいうのもなんだが、魔力に唆されておらず魔女的な悪行をしない、キムのような善良な魔女はほぼ居ないと思っている。そして昔から職人をやっているはずのハヤテだって分かっているはずなのに、何故か魔女だからってだけで信じてくれている。
まず母親が魔女で一目惚れしたらしい相手が魔女。そして魔女のソウルプロテクト自体を感知出来る魂感知能力。魔女である自分を初めから信じ、抱きしめられるその思考。
キムはそんなハヤテが不気味に思えてならない。
そんな相手がいきなり土下座をしてきて訳が分からなかった。元々訳が分からなかったが、更に訳が分からない。
「マカが魔女の使いにやられた!?」
「ああ。たしかキムは治癒魔法を使えるって言ってたよな? それって傷跡とかを綺麗に消しつつ治せたりする?」
「魔女の魔法を舐めてない? 余裕、だけど……そんなにマカが大切なの? 普通大人が私みたいな小娘に土下座なんてしないでしょ」
純粋な気持ちでキムはそう尋ねた。キムには人間の大人の男というものがイマイチ分からないし、周りの男は土下座なんて絶対にしないだろう。
「俺はマカが産まれた時から見てきた。マカは俺にとって娘みたいなもんでな。その娘の嫁入り前の体に大きな傷跡が残るとか、絶対にあってはならない!!」
「……そういえばハヤテ先生はもうすぐ30歳なんだっけ。見た目が若すぎない?」
「キムは見た目通りの年齢なんだっけか。俺は何故か成長が遅かったんだよ。アリスは特にそういうことないんだけどね」
ハヤテは今年20歳になりました! と言っても何とか通じる程度には若い。アリスの成長自体は普通の人と変わらなかったが、全く老化しそうにない。ぷるぷるの赤ちゃん肌だ。
昔は若すぎるのが嫌で嫌で仕方なく、故に形や行動からスピリットをリスペクトしていたのだが、大人になった今ならこの若さはありがたい。
ハヤテはキムが治してくれる流れである事に拳を握りしめるが、まだキムは治療してくれるとは言っていない。彼の腕時計を見ると、残り時間も余裕がなくなりつつあるので、もう一度頭を下げる。
「それでだ、頼む。マカを治してやってくれないか?」
「……いい、」
キムはソウルは良いのかな? と思っていたので返事が少し遅れた。キムは目の前で子犬がバイクに跳ねられたら、周りを確認せず魔法で治そうとするほどのお人好しだ。対価などなしに受けようとした。
だが、その少しの沈黙をハヤテは勘違いした。
「金か!」
「はぁ?」
「依頼料が欲しいならいくらでもやる。だから頼む」
「わかっ、」
「もしくは体で払えとかか? それなら幾らでも払ってやるよ」
「いや、そういうのはいいんで」
「なら何でも言う事聞くとか?」
「…………じゃあそれで」
キムは優しいが、貰えるものはちゃんともらう程度にはちゃっかりしている。そしてデスサイズと同じ権力を持つハヤテが何でも願い事を叶えてくれるなら、大抵危機は何とかできるだろう。
キムは自分や
ハヤテは自分の(義理の)娘だから、こんなに必死になっている。だが、交渉手段として誰にでもなんでも言うこと聞くから! なんてことは言わない。
親交があり信じている人達か、
「……あっ、人とか魔女を殺せとかは駄目だぞ? 死神様が怒らない範囲で」
「そんなこと分かってるから。で、マカ達はどこにいるの? まず私はマカが居るところで魔法が使える?」
「そこら辺はしっかり手配済みだから安心してくれ」
キムはハヤテの言葉に頷き、部屋を出ようとする。その前にキムも忘れつつあったことを聞く。
「ソウルはいいの?」
「男なら一人でなんとか出来るだろ。治療自体は大体終わってるわけで。背中を斬り裂かれたくらいで死にはしない。俺なんて何度スピリット先輩に斬り裂かれてるか」
「……可哀想だからついでに治してやろ」
キムは狸のパーカーを着込み、哀れに思ったソウルも一緒に治してやることを決めた。
ハヤテはスピリットほど男卑女尊が酷くないが、パートナーを守れなかったソウルには少し容赦がないようだ。それでもパートナーを守るために、覆いかぶさり気絶した彼のことは高く評価もしている。
デスシティーの三船の屋敷に二人は向かい、何故かいる死神様の前でキムは魔法を使って二人を治療した。
その時についてはまた後日語られるだろう。
***
「何故あなたは日本にいるのかしら?」
「あんたが言ったんじゃない。日本はいい場所だって。だから来てみたのよ!」
「うーん、甘くて美味しい、チチチ」
日本の首都にある、これ見よがしに外国人を釣るために作られた茶屋に三人の女性がいた。
一人は蛇の刺青が腕に彫られていて、左手薬指に指輪をしているメデューサ。
カエルの被り物をしていて、口節にゲコゲコ言っているのはエルカ=フロッグ。
ネズミの被り物をしているマカくらいの年齢の少女はミズネ。エルカ曰く、ミズネ×3らしい。
ここに居るのは全て魔女であり、魔女が日本の首都でお茶会をしていた。
魔女ミサを終え、エルカが通ってきた魔婆の転移門を使って、三人はこの場所に来ていたのだ。ただの女子会(推定年齢数百歳)である。
「私が住んでいた場所はもっと田舎だけどね」
「……そういえば田んぼばかりの場所だって言ってたわね、ゲコ。
「クリームあんみつも美味しい」
「周りにはスーパーすらなかったけど、あの人が居るだけで楽しかったわ」
ミズネは
エルカは甘ったるそうな顔で溜息をつきながら、昔に比べて何十倍も丸くなった蛇の話を聞く。
「…………まあ、あの人も無事だったことですし」
「ゲコ? ねえ、メデューサ。あんた確か夫には会わないって言っていなかったかしら? あの死武専の処刑人にバレたら終わりよ!? 分かってるの?」
ハヤテとアリスのペアは死武専の目的のひとつである魔女狩りを行わず、たまに逃亡の支援を行ったりする割に、同族である人間を殺しまくっていることから、死武専の(人間)処刑人と呼ばれている。
魔女内ではハヤテ達は他の職人達に比べたら、そこまで印象は悪くない。それも全てメデューサのイメージアップ戦略のおかげなのだが。
「別にあの人と保険医メデューサとして話してないわよ。あの人がたまたま保健室で寝ていたから、久しぶりに愛し合えただけで」
「それ愛し合ってないと思うわ。ただのレイプよね? 蛇は怖いわ」
「愛があれば問題ないのよ?」
「あんた本当に変わったわよね」
エルカは昔を思い出す。
メデューサといえば、問題児ゴーゴン三姉妹という魔女の糞女共の一人だった。特にアラクネが武器という人間どもを作ったせいで、魔女の人数が減る一方である。
もちろんメデューサも仲間の魔女すら脅し、使役することが有名だったりして、近づく魔女はあまり居なかった。
そんなメデューサがある日の魔女ミサから変わった。周りを威圧していた蛇の睨みがなくなり、ほわほわ笑顔でだらしなくなっていたのだ。
エルカはいつもふんぞり返っていたメデューサが油断していることを好機と見て、一発キめてやろうとミズネ×1と共にメデューサを奇襲した。
「私の話を聞け」
エルカとミズネは速攻で返り討ちに会い、殺されるのかと思ったら、何時間もメデューサと
何でも魔女的萌えの話を人間には出来ないからとか言っていたが、ただ単に他人に話したいだけだろうとエルカは5年以上前に分かっている。
当時のメデューサはハヤテを理解するために、ハヤテのように周りと仲良くするという体験実験をしていた。知識だけでは理解したとは言えない。夫を理解するために、色々とメデューサは体験している。異性のナンパはしていないが。
ぽわぽわでだらしない笑顔だったのは、素が出てしまった訳だが、その結果親睦の深い仲間を手に入れていた。
当然エルカにもミズネにも蛇を仕込んでいない……訳では無い。遠距離で何かあった時のために、通信用の蛇を同意の元仕込んでいる。
「あの人に愛してもらえばどんな女も……私のハヤテに手を出そうとしたら、分かっているわよね? 殺すから」
「わかったから、こんな場所で蛇を解き放とうとするのはやめて!」
「……終わった? それなら
「ええ。でもいいのかしら? これからの計画は事を起こせば、全てが終わるまで魔女界に帰れなくなるのよ?」
あのメデューサが他人に意見を聞いた!? と10年以上前なら叫んでいただろうが、ハヤテと指輪にさえ手を出さなければこのメデューサは怒らないとエルカは学んでいる。
ミズネは魔婆の部屋からある物を盗み出した事から、既に協力する気だとわかる。
「協力するわよ。だって楽しそうじゃない。あの死神にギャフンと言わせられるんでしょう?」
「ええ。私たちが全てを握るのよ」
「なら協力してあげるわ。それで? まずは何をするの?」
「魔眼の男をエルカ、貴女に解放して来て欲しいのだけど」
「……え? 魔婆の目を奪った最悪の男を解き放つの? あんたは私に死ねと?」
「いいえ。その男の性格は大体プロファイルが終わっていて、助けた相手に攻撃するような獣じゃないわ」
顔を真っ青にするエルカにメデューサが様々な書類を手渡した。震える手でメデューサの渡す書類を流し読みしていく中、魔眼の男とは関係ないものがでてきた。
「……これ要らないんだけど」
「あげないわよ」
「アホくさ、チチチ」
書類の中にハヤテの寝顔の写真が紛れていて、メデューサはエルカの手から奪い取る。
ミズネは全メニュー制覇したことに一息つき、席を立つ。話すことは終わったので、そそくさと会計をメデューサに預けて逃げる。
「……払ってもいいけどちゃんと働きなさいよ?」
「分かってる」
「えぇ。こんな書類見てもあの魔眼の男は怖いのだけど。だって、魔婆の片目を抉った相手なのよ?」
「平気よ。ハヤテを殺しかけたあの時の私よりは怖くないわ」
「……そうね」
ハヤテに嫌われたと、世界の全てを道連れにしようとしたメデューサだったが、その彼女の落ち着かせる役を魔女界に押し付けられた苦労人のエルカは溜息をついた。
「それじゃあ、よろしく頼むわね。明日からまた死武専の保険医として潜入しているから」
「全ミズネは必要?」
「そんなに要らないわ。それに食費だけで馬鹿にならないのだから来ないで。三人でお願い」
「チチチ」
メデューサは茶屋の会計で頭を抱えたくなる金額を払いながら、あの子達に褒美を与えようか考え、一応買っていくことにする。
「この団子のセットを二つほど包んでくれないかしら」
「わかりました!」
「あんた体型を維持するために甘いもの食べないって言ってたわよね?」
「クロナ達に買っていくのよ。虐待し過ぎたらハヤテに嫌われそうじゃない?」
「……はいはい」
メデューサはハヤテが許すであろうギリギリの教育法でクロナ達を育てている。そんな中、いつもは買わないお土産を買って帰路に着くメデューサだった。
きっと保健室のハヤテとの出来事で機嫌が良いのだろうとエルカは受け流していた。
マカとソウルがキムの魔法で完治したあとの話は次回します。黒血侵食の話なので文字数かかると思いますし。