蛇の元夫   作:病んでるくらいが一番

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ミフネペアの過去に魔女の影を作りすぎな気がするが、三船の目的を考えればまあ



第17話:地雷となるのは一本の斧槍

「イヤアアアアアアアア!!」

「落ち着いて下さい」

「きゃああああ!!」

「お静かに!」

「あ、あい……」

 

 アリスとつぐみは船内の下層で、襲いかかってくる()()()()を避けていた。そんな二人を遠くから見る幽霊たち。

 何故こんな状況になっているのか、それは少しだけ時間が巻きもどる。

 

 

 ***

 

 

「や☆ば☆い」

「まともな依頼もありませんわね」

「お腹減ったよ〜」

「……皆がお金を使ったせいだからね!」

「「「まさか他の人が生活資金にまで手を出すとは思わなかった」ですもの」ッ☆」

「……なんの為の生活資金なのさ」

 

 武器(つぐみ)を三人の職人がシェアをして戦っている特殊なペアが依頼ボードの前で項垂れていた。

 つぐみ以外のめめとアーニャと蒼が限界まで金を使い、今日の昼飯すら買えない状況になってしまったのだ。

 

「ジャパニーズシャチホコなんてこのデスシティーで初めて見ましたわ! これは私たちの家の屋根に飾るべきですよね!!」

「蒼ちゃんと本気で戦ってたら近くにあった機械を壊しちゃって」

「弁償するのに二人分のお小遣いだけじゃ足りなかったんですッ☆」

 

 王女様(アーニャ)は論外として、めめと蒼はつぐみとの添い寝権利を賭けて戦い、熱中してしまった結果、街の一部をぶっ壊してしまった。

 悪人との戦いで器物破損をしてしまったのなら、それは死武専が何とかしてくれる。だが、ただの痴話喧嘩で破損させたものは補填してくれなかったようだ。

 

 つぐみはちゃんと計画を立ててお金を使っていたのだが、流石につぐみの持ち金だけで暮らすとなると、皆で一日三杯のかけそばだけになってしまう。

 

 そんなこと当然認められないので、依頼ボードを見に来たのだが、ある程度まとまった金額が貰える依頼は残っていなかった。受付のおばさんに聞いても、割のいい依頼はもうないと言われ、先程めめが単独であるカフェにバイトが出来ないか? と聞きに行ったが、あいにくバイトは埋まっているとの返答が帰ってきた。

 

「やばい……ですわよね? これは」

「アーニャちゃんとは当分一緒に寝ないから」

「……嘘ですわよね? つぐみ?」

「ふーんだ」

 

 弁償でお金を使ってしまった二人はまだ許せるが(争っていた理由は聞いていない)、シャチホコを買って金欠になったアーニャにつぐみは冷たく接してみようとしたが、

 

「ひっぐ、ごめんなざい。づぐみ、無視ば悲しいでず……」

「……え? あっ、その、大丈夫だよ、ごめんね? やり過ぎだったよね」

「ハグ」

「ん?」

「ここでハグ」

「みんなが見てるんだけど」

「ここでハグしてくれなきゃペア解消します!」

「わかったから! ハグだよね?」

 

 結果何故か公衆の面前で抱き合うアーニャとつぐみ。それを見て、死神的な閃きをしためめと蒼が何かをしようとしていた時、メイド(アリス)が通りかかった。

 

「……何をやっているのですか?」

 

 

 

 アリスは四人の事情を聞き、ため息をついたあと、全員を連れて死神様の間まで連れてきた。

 

「お、怒られちゃうのかな?」

「平気だよ。私が守るから」

「私もつぐみさんは悪くないってちゃんと言いますねッ☆」

「私もです」

「みんな……」

 

 ただ移動するだけなのに、ピンク色な雰囲気を醸し出している四人を無視して、アリスは死神様に話しかける。

 

「まだ表に出していない依頼で、高額の報酬を出せるものはありませんか?」

「あれ〜? アリスくんが女性に積極的にお世話を焼くのは珍しいねぇ」

「この四人はハヤテ様の狂気()には呑まれませんから。それに適度には仲の良い方々はいますよ」

「あ〜、納得」

 

 死神様とアリスを無視して、キャッキャ騒いでいる四人の乙女を微笑ましげな目で死神様は見る。

 死神様は依頼ボードには出すのを許可していない依頼を頭の中でいくつかピックアップしていく。

 

「アリスくんはついて行くの?」

「行く予定です。彼女たちはサポートがあったとはいえ、魔女を倒したと聞きました。その実力を自らの目で確かめておきたく……駄目でしょうか?」

「いやいや、アリスくんがついて行くなら……息子に行かせる気だった依頼をあげようかな」

「ありがとうございます」

 

 アリスはスカートの裾を軽く持ち、頭を深く下げた。

 

 アリスは死神様を全面的に信頼している。まず死神様が居なければ、ハヤテもアリスももうここには居ないだろう。

 死神様がハヤテを神の規律で縛ったおかげで、()()()()()()()()()()()()()()()()。それを()()しているアリスはそれを含めて頭を下げる。

 

「ハヤテくんは当分あそこに入れておくことに決めたからね」

「シュタイン様が体調不良、シド様が黒血を作りだした魔女(メデューサ)捜索を行っていて、ハヤテ様を止められる人が居ないからですね」

「そそ。あんまり地下に置きたくないんだけどねぇ。ハヤテくんには極力外の情報は入れたくないからしょうがないね」

「……三船の掃除(皆殺し)はいつに?」

 

 アリスとハヤテには極秘だと言われていた三船家の掃討についてを死神様に問い掛ける。それ対して死神様は驚いたポーズだけをとる。

 

「やっぱり知っていたのね。その情報収集力はどこから来てるのかちょっと気になるよね」

「メイドですから当然です」

「…………まあいいか、まだ先だよ。それじゃあ頼むよ、黒龍討伐」

「お任せ下さい」

 

 アリスは未だに姦しくしている四人を引っ張って、死神様の間をあとにした。

 

 

 

 そんなアリスを見て、死神様はため息をつく。

 

「ますますあの女に似てきたな。やはりあの糞女は死んでいなかったか」

 

 仮面を外した死神様は険しい顔をして、将来きたる敵を思い、強く睨んでいた。

 

 

 ***

 

 

「こ、これがお金持ちの力!?」

「三船は一応お金持ちの部類に入る家ですから」

「クルーザーくらい持っていて当然では? あっ! 庶民力の高いつぐみさんは持っていないのですね!!」

「いやいや普通持ってないから! だよね、めめちゃん?」

「柔道のタイトル取った時にクルーザーを副賞として貰ってて……ごめんね?」

「くそぅ! めめちゃんもあんまり普通じゃなかった! 蒼ちゃんは……どう?」

「私は持ってませんよ。つぐみさんとお揃いですねッ☆!……仲間内(星族)では持っていますけど」

「よかったぁ〜。持ってないのが普通、今なんか言った?」

「なんでもないですッ☆!」

 

 現在アリスが操船するクルーザーに乗って、黒龍と言われている謎の存在が居るらしい海域に来ていた。

 庶民力が死武専でもトップクラスのつぐみは、クルーザーに乗っただけで騒いでいるが、他の人たちは割と慣れているのであまり反応が良くない……つぐみの反応を見て、笑顔にはなっているが。

 

「お金持ちの本物のメイドさんはみんなが操舵出来るんですか?」

「メイドとは主人が求める全てのスキルを持っているべきですので」

「ほぇ……すっごい」

「私に付いていたメイドも同じようなことを言っていましたわね」

 

 メイドは普通そこまでキチガイスペックを誇っていないのだが、色々おかしいメイドと王家に仕えるメイドを知る王女の言葉により、つぐみの中ではメイド=スーパーウーマンという図式が出来上がってしまった。

 そのあともズレているメイドや王女、ジュニアタイトルホルダーや星族によって、相当ズレている価値観を植え付けられるつぐみであった。

 

「アリスお姉様ありがとう」

「恋に卑怯も何もありませんから」

「私たちだけだとつぐみさんが警戒してしまうので、とっても助かりましたッ☆!」

「愛は人それぞれですから。私はあなた達を応援していますよ」

「助かります!」

 

 女の子同士は国によっては別に問題ないという価値観を植え付ける手伝い。そんな裏の取引が行われていたことをつぐみはもちろん知らない。

 

 

 ***

 

 

 海を渡ること数時間、アリスは()()()()()()まっすぐと舵を取っていると、前方に巨大な幽霊船が現れた。

 どうやらバルト海沿岸で生き残った人が黒龍と呼んでいた化け物は、この幽霊船だったようだ。

 

「……ニーズヘッグですか」

「アリスさん何か言った?……って! アリスさん大丈夫ですか!?」

「なにかおかしな所でもありますか」

「アリスお姉様の目のことだよねッ☆」

「そう! すっごい充血してますけど大丈夫ですか?!」

「そのことでしたら問題ありません。よくなるもので」

「よく充血するなんて大変ですわね」

「私の星目みたいなものですかねッ☆」

 

 アリスの青い角膜から何本もの赤い線が白目に伸びている。アリスは事も無げに、本当に何も思っていないのかつぐみに心配する必要は無いと語る。

 今さっきまではそんなことが無かったのにいきなり、しかも両目とも同じような充血をしていることに、つぐみは頭をひねるが、大丈夫と言っているのなら大丈夫なのだろうと、目の前の幽霊船を見る。

 

「いつでも戦えるようにしておいて下さい。あの船はバルト海沿岸を襲った化け物です」

「わかった。つぐみちゃん、お願い」

「はい!」

 

 つぐみは幽霊船と目が合ってしまいキョドっていたが、めめに手を握られて正気に戻る。そして数ヶ月前は刃すら生やせなかったハルバードへと体を変形させる。

 

「蒼さん、すみませんが私を持って船に跳んで貰えますか」

「……あれ? アリスさんは戦わないんですか?」

「私は主に戦うことを望まれませんでしたので、戦闘技能は会得していません。ですからこの高さを飛び越えることは出来ないのです。船についたら離してもらって構いませんので」

「ハヤテ先生はアリスお姉様に本当に好かれているんだね」

 

 アーニャと一緒につぐみ(ハルバード)を持っているめめは、お泊まり会の時に聞いたアリスとハヤテの物語を思い出してそう呟いた。

 

「ええ、私はハヤテ様を心の底から愛しています」

 

 だからこそ、アリスはあの蛇だけは許せないと心の中で呪詛を吐く。

 

 

 

 つぐみ(ハルバード)を持っためめとアーニャ、アリス()を持った蒼は職人の身体能力を活かして、ひとっ跳びで船に乗り込む。

 クルーザーはどうやったのか皆が船から離れると幽霊船から距離を取った。

 

「さて、幽霊船には悪霊がいるのが相場です。今回の依頼はこの船を停止させるか、コアとなっているものの破壊か回収。並びに善人の魂が存在した場合は回収し、死神様に届けること。巨大船ですが、手分けをせずに回りましょう」

「アリスさんがいるのですから、二手に別れた方がいいのでは?」

 

 アリスはデスサイズではないがそれと同列に扱われていることは四人とも噂で聞いている。色々と面倒(主に告白)だからスピリットなどに頼んで広めているので知っていても問題は無い。デスサイズとはそれだけで人を寄せ付けない存在である。

 

「私はそれでもよろしいのですが、つぐみさんを使わずに、私を使いたい方はいますか?」

「「「……」」」

「な、なんか照れちゃいますね」

「こういう事です」

 

 アリスが人の姿に戻ったのを見たつぐみは同じように人の姿に戻っている。

 そして三人の()()がつぐみの服のどこかしらを持っているのに照れくささを感じ、髪に触れてソワソワする。

 

「もうみんな! 離してくれないと動けないよ」

「そ、そうですわね。下手に戦力を分散させるのは下策ですわ」

「私はつぐみちゃんと回れるならなんでもいいかなー」

「同じくですッ☆」

 

 ガコン

 

 三人がつぐみから手を離した瞬間、つぐみの足元に人が一人くらい落ちられる穴が出現した。唐突にいきなりつぐみの足場は消失した。

 

「え?」

「「「つぐみ!!」」」

 

 落ち始めたつぐみに三人は本気で近づき、手を伸ばそうとした。しかしつぐみがギリギリ通れるくらいの穴に三人で詰め寄って手を伸ばしたせいで、互いにぶつかり合い、つぐみの手を誰も取れなかった。

 

「すぐに合流しますので、お気をつけて」

 

 アリスはワンテンポ遅らせてから勢いをつけ、その姿を剣に変えて、塞がっていく穴に無理やり突っ込んだ。

 船にいきなり開いた穴が塞がると、地面から一人の男の幽霊が出てくる。

 

「ダッチチチチチ。武器を持たない職人なら余裕ダッチチチ」

 

 その男は特徴的な帽子とメガネを身につけ、宙を浮いている。この幽霊船の船長、さまよえるオランダ人だ。彼は古風な長筒の銃で肩を叩きながら、三人の職人を見下ろす。

 余裕そうに見下ろす船長だが、つぐみを引き離すということがこのペアにとってどういうことを意味するのか、知らなかったからこそやってしまった。

 

「つぐみちゃん……」

「アリスお姉様がいますから平気だと思いますが」

「あなただけは絶対に許しません☆」

「なーにが許さないダッチチ。武器もないのに……ダッチ?」

 

 このさまよえるオランダ人は幽霊だが、生前の習慣をそのまま反映させている。息だって吸っているモーションをするし、瞬きだってする。

 船長は瞬きをして目を開けると、視界には一人の女しか残ってなかった。

 そして背後から強烈な殺気を感じて、無理やり体をひねる。

 

「魂☆威!」

「ぐあっ!?」

 

 船長は蒼の掌底を何とか掠るだけに留めたが、魂の波長を打ち込んでいる魂威は掠るだけでもアウト。幽霊であるが故に魂の存在となっている船長にはシャレにならないダメージが入る。何だかやばい奴らを引き当てたと気が付き、逃げるために床に潜ろうとしたのだが。

 

「逃がさない!!」

「なんな、がはっ!」

 

 ちょうど自分の降り立つ場所で拳を構えていためめ。魔女すら吹き飛ばすその拳を鳩尾にモロに食らい、再び空に舞い戻される。

 下がダメなら上へ。船長は吹き飛ばされた勢いのまま、空に逃げようとしたが、上空にいるはずの彼に影が指す。

 

「つぐみさんを狙った罪を償っていただきます!」

「ぎょえええええ!!」

 

 帆を張るために立てられているマストを蹴り、船長よりも更に上空にいたアーニャは、そこら辺に落ちていた木の棒を槍代わりに使い、船長の首を斬り飛ばすべく、首を一閃した。

 

 しかしいくら卓越した技術があっても、獲物はただの木の棒。船長の頭と体は離れず、そのまま船に叩きつけられ、逃げるようにして船内に消えていった。

 

「あっ、つぐみさんを使っている時の調子でやってしまいました」

「アーニャちゃん! 落ち込んでないで行くよ!」

「アリスお姉様は戦えないようですので、早く行かないと二人が危ないですからね☆」

 

 一人の女の子を介することで始まった繋がりだったが、今ではここにいる三人は強い絆で繋がっている。そして共通するのはつぐみが大好きということであり、もしこのペアを倒したいのなら決してつぐみを一人だけ隔離してはいけない。乙女が怒ると何をするか分からないからだ。

 

 三人はつぐみとアリスを迎えに行くため、甲板をあとにした。

 

 

 ***

 

 

 そんなわけで船の下層に落ちたつぐみとアリスは、三人の職人と合流すべく甲板を目指していた。

 お尻から着地したつぐみを拾い上げるようにアリスが立ち上がらせ、甲板を目指すことを告げる。

 

 船内を走って上を目指していると、どこからともなく

 

「ダッチチチチチチチ!」

 

 というどこか痛いのか、引き攣った笑い声が轟いた。そのあとから船の床が、壁が、天井が牙を向き始める。周りには幽霊が出現したりしてつぐみはパニックになるが、アリスが底冷えした声で命令すると、パニック状態が嘘のように落ち着いた。

 

「わ、私は武器だから無理いいいい!」

「武器だから無理というのはただの言い訳にしかなりません。()()()()()()が居ますから」

「それって最年少で武器単独でデスサイズになった天才じゃないですか!?」

 

 つぐみとアリスは話しながらも、四方から飛んでくる銃弾や壁がめくれてそのまま突き刺そうとしてくる木材なんかを避けていく。途中つぐみが攻撃を喰らいそうになると、アリスが引っ張って無理やり避けさせる。

 

「彼以外もマリーがいますよ? 彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()人です」

「どっちもデスサイズ!!」

「現状の死武専で最もデスサイズに近いのはつぐみさんですよ? 魔女の魂を狩るのが一番難しいことですから」

 

 魔女はソウルプロテクトで隠れている。故に魔女を見つけるだけでも相当な運が必要で、更にそこから魔女を殺せるだけの実力が必要になる。魔女によって系統は異なり、職人ペアが強いからといって勝てるというものでは無い。

 一番難しい関門を既に突破しているつぐみは、デスサイズになることがほぼ確定している。ただその事をつぐみは正しく理解できていなかったりする。最近まで戦いとは無縁の学生だったのだから無理もない。

 

「そ、そうなんですか?」

「デスサイズ内定のようなものです。私も戦えませんが、避けることは出来ますよ? 職人が基本は戦ってくれますが、分断された時のことを考えて、避けられるようになっておいた方がいいです」

「わ、わかりました。めめちゃんに聞こうかな?」

 

 二人はやっと長い廊下を抜け、大部屋に入った。しかし、それはこの船の船長の思い通りの展開だった。

 

「ダッチチ。これでお前らは袋のネズミだ」

「ふむ」

「ア、アリスさん! 道が!」

 

 先程この大部屋に入ってきた廊下への入口が塞がり、それ以外の廊下への道も完全に塞がっていた。

 アリスは辺りを見回すと、二人に大量の大砲が向けられている。しかも装填が完了していて、いつでもこちらに発射できる準備が出来ているようだ。

 

「……さまよえるオランダ人、あなたの目的は初代鬼神ですね? 沿岸部を襲ったのも魂の収集のため」

「ダッチチ。よく分かってるじゃねえか。神の掲げる理想を打ち砕いて下さる救済の神。人々は鬼神を求めているのだと貴様も分かっているのだろ?」

「そうですね。私も狂気で頭のおかしい人を愛しています」

「……」

 

 アリスは船長と話を合わせながら、つぐみの手を握る。そしてアリスは内にある、人々が皆持っている力を解放すため心を落ち着かせる。

 

 メイドとは常に冷静に物事を観察するべきである。主人のことを一番に考えるからこそ、頭はクールで居なければならない。

 幼少期のアリスは今ほど冷静ではなく、もっと弾けていた。そんなある日、自分という()()を操るように、自分を第三者として俯瞰する考えを覚えてからは今のアリスが形成されている。だからこそ、アリスはハヤテよりもうまく狂気を扱う。

 

 アリスの角膜と瞳孔が真っ赤に染まる。

 

「……?」

 

 そんなアリスの目、赤目からいくつもの赤い線が伸びているその充血の形が、何らかの生き物のように見えた。しかし今のつぐみにはどんな生き物だと思ったのか、瞬時に思い出せなかった。

 

「狂気を愛せるのなら貴様もこちら側だ。さあ、鬼神様に魂を捧げろ。ニーズヘッグッ!!」

 

 狂気を愛していると言っているのに、アリスの目には船長と見ているものが根底から違うように見えた。実際それは正解なのだが、その目に恐怖した船長は、つぐみとアリスを包囲している大砲の一斉射を幽霊船(ニーズヘッグ)に命じた。

 

「ひっ!」

「私が魂を捧げる相手は主のみです。それではさようなら」

 

 大砲から破裂音と共に、当たれば体が弾け飛ぶであろう鉄球が飛んでくる。それにつぐみは恐怖し、アリスにしがみついて目を閉じる。

 アリスは悠長に死神様へやったように、スカートの裾を軽く持ち、頭を下げてからそれは始まった。

 

 アリスのメイド服の背が破け、背中から赤い、紅い血が噴き出した。その血はアリスとつぐみを包み込むように回転し、大砲の砲撃を全てはじき飛ばす。

 血液で弾いたのに、まるで鋼鉄に打ち付けたかのような音が響く。そう、まるでクロナのラグナロク、黒血のように。

 

「き、貴様! お前があの出来損ない(魔剣ラグナロク)なのか!?」

「違いますが」

「……えっと?」

 

 砲弾が未だに来ないことに疑問に思ったつぐみは目を開けると、メイド服の背が破け、とても妖艶に笑っているアリスと目が合った。

 しかもそんなアリスと抱き合っていて、顔が物凄く近い位置にある。

 

「今回やることは秘密ですよ? ブラッドランス」

「あの、あ……へぁ!?」

 

 アリスはつぐみの額に軽くキスをしたあと、腕を天井に向けて突き出した。その腕の動きを追うように周囲の血液が長く鋭く、円錐状に天井を突き破り、陽の光を二人のいる場所まで届ける。

 そのままアリスは紅い血で悪魔の翼を生やして、一気に甲板まで飛びあがり、つぐみをお姫様抱っこしたまま綺麗に着地をした。抱えられているつぐみはおでこを押さえて、顔をとても赤らめている。

 

「どういうことですの?!」

「メイドさんは空も飛べるんだ」

「うーん、あれってちょっとやばくないです☆」

 

 三人はつぐみ救出のために船の中に入ったはずだったが、いつの間にか甲板に戻ってきたようで、地面を突き破って飛んできたアリスを見て驚いている。

 そんな三人に向けて、武器になってもらったつぐみを投げつける。

 

「あなた達で決めて下さい」

 

 飛んできたつぐみを蒼がキャッチし、三人でつぐみ(ハルバード)を持つ。

 

 つぐみとアリスを追ってきたのか、破壊された穴から船長は顔を出している。

 

「や、やばい! ニーズヘッグッ!! ぶっころせぇ!」

「「「四人の絆を!」」」

「魂を一つに!」

 

 四人による魂の共鳴。二人のペアでは決して出せないような魂の波長を発揮し、つぐみは巨大な光を放つ白い馬上槍のような姿に変形した。

 そんなつぐみを三人で持ち、さまよえるオランダ人に向けて突撃する。持ち手の部分から伸びているリボンが突撃をブーストし、アリスのように空を四人で駆けながら、船長の悪霊だけでなく、巨大な幽霊船であるニーズヘッグもろとも貫いた。

 

 倒すことだけを考え、下が海であることを完全に忘れていた四人はそのまま海にダイブ。

 背後で真っ二つになった幽霊船ニーズヘッグがタイタニック号のように沈んでいっているが、乙女達にはそんなもの目に入っていない。

 

「あはははははは!」

「だからあのタイミングで止めようと言ったんです!」

「でもやるなら船も一緒がよかったよね」

「しょっぱい終わり方ですけど、終わり良ければ全て良しですからねッ☆」

 

 四人は海で抱きしめ合い、プカプカと浮きながら笑い声を大海原に響かせていた。

 そんな様子を空から眺めていたアリスは、陸のある方の空を一瞥してから、クルーザーに向けて飛ぶ。

 

 

 ***

 

 

「これって僕達怒られるのかな?」

「しょうがねえだろ。()()()()()()って命令されたのによ、来てみれば既に死んでいたんだからよ!! 適当に嘘をついて、倒したってことにすればいいんだよ」

「えぇ、もしバレたらどうするのさ!?」

「おめえが飯抜きになるだけだろ」

「お腹と背中がくっついた時にどうすればいいか分からないからやだよ!」

「でも倒したって報告すれば褒めてもらえるぞ?」

「……考える」

 

 黒い翼を背に生やし、こちらこそニーズヘッグよりも黒龍と呼べるような姿で空を飛んでいたクロナとラグナロクは、沈んでいく幽霊船を見て肩を落としてから、拠点へと帰るのだった。




ハヤテのようにつぐみにした訳ではありません
ちゃんと理由があります。

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