ここ数日ハヤテはベッドから一切立ち上がらなかった。御手洗なども含めて全て世話をされていた。当然マリーに。
シュタインは現在も狂気で顔が常に笑っていて、マリーの世話を受けているが、それでもハヤテのように全く動かないなんてことは無い。ハヤテは魂感知以外の自発的行動を全て行わないのだ。ただひたすらまだ居るはずのメデューサを探し続ける。
マリーはハヤテとついでにシュタインにも甲斐甲斐しく世話を続けるが、ハヤテの世話をすればするほど心が苦しくなる。彼女の元からぶっ叩きジョーが去った後、ハヤテが空虚な心を埋めてくれた。その恩と愛を返す為にマリーは精一杯接するが、ハヤテの瞳にマリーは映らない。それがどうしようもなくやるせない。
ハヤテが起きてから数日が経ち、メデューサへの愛以外の全てを捨てていたハヤテの元に一通の手紙が届いた。
「ハヤテ宛に手紙が来ていたわよ」
「……」
「蝋印が付いている手紙なんて個人間でやり取りするものなの?……三船一族招集命令?」
「……」
ハヤテの体を起こしてからマリーは丁寧に蝋をはがし、ハヤテに一言断ってから時代錯誤な手紙を開ける。その内容を読み上げる前に、ハヤテに向けてチラリと中身を見せた。
これを今から読みますよと示すために行った行為だったが、マリーはその手紙を朗読することは無かった。
手紙を見た時、ハヤテの耳に耳鳴りが聞こえ始める。決して気持ちの良い音ではないが、マリーには聞こえてないようだ。その音はハヤテの脳内に響いていく。
その音が疾風を犯し続けると、彼はゆっくりと立ち上がった。操り人形のように誰かに操られるように。
「……マリー、ありがとう。ちょっと出る」
「それじゃあ、え? ハヤテが立った!? じゃなくて、待って! 何処に行くの!?」
「死神様に許可を得てから里帰りかな」
疾風の瞳には濁った光が宿り、マリーを見つめてから窓から屋敷を出ていった。疾風がやっと動き出したことに喜びを感じていたマリーだったが、
「……あれは誰?」
声も喋り方も姿だって三船疾風のモノだった。だが、マリーは今話した疾風など知らない。そうデスサイズとしての勘が告げていた。
「……ヘラヘラッ」
そんな光景をシュタインが真っ赤に顔を染めて、愉悦に頬を歪めていた。やっと玩具が動き出したと喜ぶ子供こように。
***
「待ちなさい。今のあなたをあの方の元には行かせません」
「……」
疾風はマリーに宣言した通り、死神様の元に向かっていたのだが、その行く手を一人の男が立ち塞がる。
彼の名はジャスティン=ロウ。13歳にしてデスサイズとなった史上最年少記録を持っている青年。金髪碧眼で神父のような装いをしているが、耳には大音量の音楽が流れるイヤホンを付けている。
疾風は無表情でジャスティンを睨みつけるが、ジャスティンは爽やかに音楽に耳を委ねる。
『三船に仇なす物には死を』という疾風にとって
「シャー」
もし魂にほぼ同化しているその蛇の声が聞こえ、疾風が正常な状態なら、蛇の声が焦っていると何となく分かったかもしれない。しかし今の疾風にはそんな機微を理解できない。ただ『三船の教え』に従うのはやめた方がいいと思い直す。
ジャスティンを倒せないなら説得するしかない。だが、ジャスティンに説得など確実に通じないだろう。彼は神を信じる狂信者。狂信という力がなければジャスティンはデスサイズという最強の一角になることは出来なかっただろう。デスサイズになれるほどの強い思いをぱっと思い浮かんだ策で落とせるわけがない。
「……」
「なんですか? その腕は……」
疾風の手がジャステンの胸を触れる。そのまま彼は微動だにしなくなる。殺すのも無理。説得するのも無理。疾風はどうするべきかを考えながらジャスティンの心の奥をのぞき込む。
あまりにも強い思いを持っている人間は何かしらの弱点がある。疾風にとってメデューサ。スピリットにとっては家族。シュタインは……。疾風はジャスティンを精神的に屈服させるべく、原作でマカがクロナの心の中に入ったように、ジャスティンの心の中に入り込み、土足で彼の心を踏み荒らす。
ジャスティンは疾風に触られて少しすると、言い知れぬ不安に襲われる。彼の強い信仰心はそのような不安すら本来なら弾き飛ばすはずだ。だが、心を覗き込まれる気味悪さは初体験だったようで、ジャスティンは疾風の伸ばしている腕を拘束して、デスシティーの三船屋敷に戻そうとするが、それを察したのか手が引っ込む。
何を考えているんだ? とジャスティンは疾風の顔を見た。疾風は冒しそうに嗤っていた。ひとしきり冒しそうに嗤ったあと、ジャスティンに哀れみの目を向ける。
「な、なんですか?」
焦る必要などない。にも関わらず、ジャスティンの声はいつもの調子から外れる。
本能が叫ぶ。目の前の三船疾風のような何かの言葉を聞いてはいけないと。今すぐ昏倒させて、マリーの元に連れていくべきだと。今感じている不思議な感覚を忘れ去ってしまえと。
もし疾風が嗤ったままならジャスティンも行動に移せたはずだ。しかしまるで信仰心で充ちているはずのジャスティンすら知らない足りないものを理解し、それを哀れに思っているかのような表情。それが堪らなくジャスティンを逆撫でし、言葉に耳を傾けた。
「お前はひとりじゃない」
「……は?」
疾風はジャスティンに近づき、彼の頭を優しく撫でた。撫でられながら声を掛けられただけなのに、ジャスティンの中の何かが軋んでいく。
決して埋まることの無い場所に嵌っていたそれが疾風の言葉によって破壊され、彼の言葉が呪詛のようにその部分に嵌り込む。
ジャスティンは初めて感じる恐怖ともうひとつの感情に戸惑っている間に、疾風は彼を抜いて死神様の元に向かった。
***
「体調は大丈夫なの?」
「もう平気です」
「うーん。絶対平気じゃないよね。目が濁りすぎているもの。もしスピリットくんに見つかったら強制入院3ヶ月だね」
「平気平気余裕ですって」
死神様の間に直接乗り込み、ため息をつく死神様の前で疾風はニコニコしている。目は鈍い光しか宿っていないし顔は凄いやつれ、どう考えても平気ではないが、それでも疾風は死神様に笑いかける。
「それで用は何さ。君たちの戦いはつぐみくんとめめくんが見ていたから、確実にメデューサの魂が弾けたのを見ている。けどあのメデューサのことだから、何かして生きてたとか?」
つぐみとめめは疾風を呼びに行ったあと、自分たちにもできることはないか? と駆けていく疾風達を追った。そして疾風とメデューサの戦いを最も近くで見てしまい、妻を殺して暴走した疾風を見て、その時に発していた狂気に触れた。
今つぐみとめめはアーニャと蒼の四人で住んでいる家で寝込んでいる。あまりにも強い
「俺もそれを信じています。確実に殺してしまった俺が言うかって感じですけどね。でも今回は別件です。三船の家から緊急招集の呼び出しが来ました」
「……」
疾風と有栖以外の三船は死神様のブラックリストに現在
三船がリスト入りをしたことは、死神様にスピリットやシュタイン以外は誰も知らない。公開されているブラックリストには乗っていないからだ。三船の一族が公開リスト入りすれば、三船疾風や三船有栖にも色んなしがらみを付けなければならなくなる。死神様的にも疾風と有栖が使えなくなるのは困るので保留にしていた。
そんな中疾風が実家に帰ると言ってきた。公開をしていないが、どうせ疾風と有栖はリスト入りのことを知っているはずだ。疾風はともかく有栖の情報収集能力は死神様ですら情報の秘匿を保てないので、知られている前提で話を進める。
「三船が記載されているブラックリストを見せてください。殺してきますので」
「ハヤテくんはそちらを選ぶのね」
「……当然ですよ。まあ、本来なら妻の罪を減らしてもらう対価とか考えていたんですけど、鬼神を復活させちゃいましたからね」
疾風の頭の中に響く耳鳴りが強くなる。耳鳴りと表現するには強すぎるその音は疾風を攻めるが、もしメデューサが生きていたら三船は邪魔になる。疾風は抗えぬはずのその音をメデューサへの愛で少しだけ塗り替える。
「アリスくんはどうしたの? 今居ないよね」
「さあ?」
「はぁ……気をつけて行ってくること。もしハヤテくんが死んで奥さんが生きてたら悲しむのは当然、ねぇ?」
「分かってますよ」
死神様は仇敵である魔女を本来こんな使い方したくないが、疾風にはこれが一番なのがわかっているので、魔女をだしにする。
彼は
「もしかしてアリスくんと合流する気ない?」
「ありませんよ。アリスはアリスで何かやりたいことをやっているはずですからね」
「三船はいくつもペアを囲っているんだよ? 死ぬよ?」
「平気ですよ。助っ人に助けてもらうので」
「……助っ人? アリスくん以外で三船の問題に……あ〜」
死神様は三船疾風の言う助っ人に心当たりがあるのか驚きながら、その助っ人もきっと関係者だろうと止めようとする自分を抑え込む。ブラックリストに入っている人との共闘になるが、死神様は黙認することにした。
***
「……何をしに来た」
「兄弟に会いに来るのはそんなにおかしい事かな?」
「三船の母の洗脳に囚われている者と俺が会話をするとでも思ったか……我が弟よ」
疾風は有栖に教えて貰っていたミフネの隠れ家にやって来た。
今のミフネは小さな魔女アンジェラを守る為に、様々な勢力から姿を隠し、または殲滅して逃げ続けている。それが出来るのはミフネの素の強さが異常だからだ。
そんなミフネの居場所を有栖はどうやってか把握していて、鬼神復活戦前に貰った情報を頼りに逢いに来た。
ミフネは来訪者が疾風だと分かると、刀を構えていつでも斬り殺せるようにしながら反応する。ミフネからしたら隠れ家に平然と来られ、アンジェラのことで死武専とは敵対している。三船からもミフネの殺害命令が出ているのを知っているので警戒するのも当然だろう。
「……ああ、なるほど。死神様を殺せみたいな脳に響く音は洗脳だったのね」
「解除せずに抗えているのか」
「そりゃ抗うさ。奥さんに迷惑かかるしね」
「殺されかけたのによくやる」
ミフネは調べて知った情報を開示しつつ、疾風を家の中に招き入れる。家の入口でずっとやり取りするのは目立つし、何よりあの
「……」
「アンジェは奥の部屋に行っててくれ」
「……わかった!」
「あの子が子供の魔女か」
「本来は守られるべき
「普通はそんなもんだよ」
アンジェラの頭をミフネは優しく撫でた後、奥の部屋に行くようにお願いする。もし万が一疾風が刺客だった場合、ミフネが唯一負ける可能性がある戦い方がアンジェラを人質に取られた場合だからだ。
思考はゴチャゴチャ。常に耳鳴りが頭の中で響いていて、ひたすら目の前の『三船の裏切り者を殺せ』とその音は語り続ける。しかしそれら全てをメデューサと再び暮らすためには選ばない方がいいという、メデューサ至上の考えで無視し続ける。狂気的な愛で仕組まれた呪いを払い除け続ける。
「三船を抜けた兄に逢いに来ただけ、というわけではないだろ?」
「三船本家の人間が全員ブラックリスト入りした。俺はこれから三船を終わらせに行く。協力して欲しい」
「断る。アンジェラを危険に晒してまでやるべき事ではない」
ミフネは当然断る。三船とは敵対しているが、攻め入るとなるとそれ相応の危険が付きまとう。常にアンジェラを守りながら三船の雑兵を殺し続ける程度なら簡単なことだが、デメリットの方が目立つ。
「なら危険に晒してでも得た方がいいメリットを示そう」
「そんなものはない」
「アンジェラが死武専に狙われなくなる。いや、死武専に正しい意味での保護をさせるように取り計らう。これが条件だ」
「……なに?」
死神様は基本的に温厚だ。ただ一点、今は二点どうしても死神様が許せない者達がいる。鬼神と魔女だ。
その魔女を死武専が保護をする? あまりにもふざけたことを言う疾風を斬り捨てようと、ミフネは刀に手を乗せる。
「これを見てからじゃないと後悔するよ? 兄さん」
疾風が提示した書類にはキミアール・ディール、キムと呼ばれる職人として活動する魔女について書いてあった。キムは公的な書類で死神様に保護をされ、死神様のお墨付きで疾風の養子となってる事が分かる。
疾風はそれ以外にもクロナにマカとソウルがぶった斬られ、その傷を死神様の前でキムが魔法によって治している映像なんかも出した。
「あの魔女嫌いの死神が……有り得るのか?」
「アンジェラはまだ魔女的悪事を行っていないでしょ? それなら簡単に死神様と交渉が出来る。交渉すら要らないと思うけどね。敵になるかもしれない魔女が敵にならないでくれるんだから」
「……アンジェラは固有魔法がまだ現れていない。もしそれが攻撃的な魔法だったらどうなる。もし魔力の導きに呑み込まれたらどうなる?」
「本来ならそれだとキツかったかもしれない。でもそのアンジェラの手網を握れる人が共に居るでしょ?」
「俺か」
疾風はミフネの言葉に強く頷く。
ぶっちゃけ死武専からしたらアンジェラよりもミフネが味方になる方が価値がある。人が変身する武器を使わずに疾風やシュタインと同じだけの強さを誇っているのがミフネだ。そんな人間を魔女思想に染まっていない魔女一人受け入れるだけで手に入るなら、死神様は絶対に断らない。死神様は常に正しいが、その身は必要悪も内包している。
ミフネは頭の中で自分の価値を正しく評価し直したあと、何も言わずに部屋から出て行った。
ミフネが居なくなった部屋で疾風は自分について考える。
メデューサと戦ったあと、確実にハヤテの精神は一度死んだ。魂感知が高度なレベルで操れる疾風はそれを理解している。ただひたすら魂感知で妻を探すだけの肉塊になっていた。それなのに今は思考に引っ掛かりはあるが、普通に考えることが出来ている。
疾風はシュタインに改造されたり、メデューサが裏で改造したり、三船という遺伝子レベルで改造を施す家で生まれた。
そして今回は三船の手紙を見てから頭がスッキリとし、耳鳴りが酷くなった。そのことから疾風は三船によって精神が持ち直したと分かるが、もし三船がそれを施したのなら少しおかしい。
現在の三船は疾風よりも上の世代は全て魔女を犯すために三船本家にいる。達磨にされて犯され続けている魔女を一度味わえば、絶対に裏切りなんて考えが起こらないそうだ。
デスシティーで三船とは別の価値観を得た疾風を操り人形にしたいのなら、精神がほぼ死んでいる状態で三船本家に呼んだ方が手間も省けるはずだ。
「どうでもいいか。皆殺しにしたらメデューサを探さない……あっ、
好きな人の罪を減らすために身内を皆殺しにする。好きな人との愛の結晶だから愛する。常人に比べてズレにズレているが、それでも疾風はそれを異常だと理解しながら許容する。
「……いいだろう。三船殲滅に手を貸そう」
「ありがとうございます。兄さん」
疾風が一人で思考の海に浸っていると、ミフネがアンジェラを肩に乗せて戻ってきて、疾風に手を向けた。疾風はその手を握って、
淡々と進んでいるだけですが、無駄にここら辺で描写を増やすとまともに話が進まないのでご勘弁を。
ちょうどアリスは前回の話にあった通りギリコとかと会っています。