蛇の元夫   作:病んでるくらいが一番

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少しいつもよりも長めです。


第28話:三船が堕ちる時

 メデューサはハヤテに死武専地下で殺された。殺されたといっても、肉体が殺されただけで魂はフェイクを用意して逃げ延びていたのだ。

 

 メデューサにはハヤテならあの場で発狂し、()()()()()()狂気を放出することは分かっていた。その発狂にアリスも巻き込まれ、メデューサの死に関して集中出来ないことも分かっていた。

 誤算はつぐみとめめが見ていたことだが、ハヤテの発狂に当てられて()()していたので問題ない。逆にメデューサの死を確定してくれるプラス要因になっていた。

 

 メデューサはあの場であえてハヤテに殺される事で、ハヤテが無意識に押さえつけていた愛欲の狂気を解放させると共に、ハヤテの魂に妻を殺したという一生消えないトラウマ(愛の証)を刻んだ。

 あの場から逃げ出した魂は事前に用意しておいた蛇に乗り移り、その蛇で合流ポイントに向かう。

 

「あんた本当にただの蛇になったのね」

「今ならあのゴーゴンのメデューサを殺せる、チチチッ」

「そんな事しないけどね。もしそれがメデューサの夫にバレたら殺されちゃうもの」

「恩人を殺そうとしたら俺が止めるけどな」

 

 ミズネは冗談でそんなことを口にしたが、このメデューサはミズネともエルカとも割と仲が良いので、裏切られることは無かった。

 メデューサは三人の力を借りて死武専を後にした。そこには息子がいないが、クロナを死武専に放置したのは自分の元に居ては成長出来ないし、何より同年代の友人を作らせたかったからだ。今のメデューサでいうエルカやミズネのような存在を。

 

 赤の他人の名義で買い上げた秘密の研究所に連れて行ってもらい、メデューサはそこで培養していた自分の肉体の中に魂を移す。元々は100年程度しか生きられない、夫の肉体を換装する為に研究を始めた不老長寿。その副産物がクローニング技術だったりする。今はまだクローニングで創った肉体は数年程度で朽ちてしまうが、それでも良い。もしハヤテの老化をどうにか出来なかったら、一緒に死ねるので逆にありがたい。

 

 本当はハヤテの好みであるボンキュッボン(アリスやマリーのような体)にしたかった。しかし何故か出来ず(悲しき遺伝子)、無理やり形成することも出来たが、偽りの自分を見て欲しくなかったのでそのままになった。

 

 あとクロナ達くらいの年齢層な見た目になってしまったのは、単純に培養時間が足りなかったせいだ。

 

「あんただけ科学と魔法科学が数世代先にいってるわよね」

『愛する夫の為ならこのくらい普通よ』

「絶対に普通じゃないチチチッ」

「異常よね」

 

 メデューサは魂を肉体に馴染ませるために、培養層で眠っていると、ハヤテの魂に仕込んだ蛇の反応が日本に向かっていた。

 メデューサの予想では死神がハヤテを死武専から離すことはないと思っていた。今のハヤテは下手を打てば死武専の敵になってしまう存在なのだ。それを死神が許可を出した?

 

 許可を出していないのなら不味い。許可を出しているのなら()()()()()()

 もし許可を出しているのなら、三船本家に行くだろう。メデューサのいない日本への用などそれくらいだ。そして三船に行けばあの魔女がいる。

 

 メデューサは培養層から急いで出て、服を着てから人を呼ぶ。たとえ仮初の体だとしても、仲間だとしても裸体を夫以外の男に見せる訳にはいかない。

 

「フリー! あなたの力が借りたいわ!」

 

 エルカとメデューサの演算魔法で補助をされたフリーは、四人を連れて空間魔法のテレポートで日本に飛んだ。

 その後、ハヤテの様子を魂に埋め込んだ蛇でソワソワしながら監視していると、やはりハヤテは羊の魔女の()に囚われたので、再びフリーに頼み、ハヤテと羊の魔女がいる部屋にテレポートしてもらった。

 

「なに人の夫を奪おうとしているのかしら? 羊」

 

 酷くやつれているハヤテの様子に心を痛めながら、ハヤテを狂気そのモノにしようとしている同胞に怒りを向けた。

 

 

 ***

 

 

 金髪の達磨の筈の羊の魔女と呼ばれた女はメデューサの名を怒りに任せて叫ぶ。メデューサはその女が抱いている怒りの何倍もの憤怒を込めて羊の魔女を睨む。

 

「メデューサ! 殺されたはずじゃ!!」

「残念だったわね……そう、ちょっと過激なSMプレイよ」

 

 メデューサはドヤ顔でハヤテが前に言った言葉と同じことを口にする。その言葉にハヤテが全く反応せず、少しだけ顔が赤くなるというおまけ付きだ。

 一方ハヤテも殺したはずのメデューサがトリックとばかりに生きていたことに驚いているが、表情すら動かせない。

 

 まず何もかもおかしい。

 

 先程まで元々煌びやかだったであろう廃れた部屋にいた。血潮や白濁液、その他の汚れで部屋の中は酷く悪臭を放っていた。

 しかしメデューサが現れた時に世界が割れたように感じた後に目を開けると、三ツ星ホテルのスイートにも勝るとも劣らない部屋が現れた。部屋の匂いはアロマでも焚いているのか心を落ち着かせる。

 

 そして何よりハヤテの母親、達磨で監禁されていた筈の魔女が両足で立ち、メデューサにモコモコとした何かを向けている。その顔や首には拘束している筈の魔道具も付いていない。

 

「あー。ハヤテさんはあなたの夢で動けないのね」

「ええそうよ。それにしても最悪なタイミングで来てくれたわね」

「当たり前じゃない。夫が寝取られそうになったのだから」

「死ね」

 

 羊の魔女は手にしていたモコモコを手放すと、それが複数個に別れ、羊に変化した。数匹の金の毛を持つ羊はメデューサに突撃するが、メデューサが体から出した蛇達に阻まれる。

 

「忙しそうね。そんなにネタバレをされるのが嫌なのかしら?」

「貴様は昔からそうだ。何故私の邪魔をする!」

「……今までの事を謝罪して欲しいなら幾らでも頭を下げてあげる」

「なに?」

「その代わりにハヤテに変なことしたら殺す」

 

 メデューサは『ベクトルブースト』を乗せた『ベクトルアロー』を数本放ち、金の羊を貫いた。どの羊も軽快な動きでベクトルアローを避けたが、避けた瞬間直角に曲がりその身をラム肉に変えた。

 

「……ふふふ、あはははははは!! まさか本当に私のハヤテ(道具)を愛しているのね。あの子を通して私の研究を盗もうとしているのかと思ったら、本当に愛しているなんて! 人間を愛するなんて魔女失格ね」

『……え?』

 

 羊の魔女は人間の男に恋をしたというエピソードから考えれば絶対に言わないはずの言葉を口にする。ハヤテは頭の中で驚いていたがそんな思考を捨て去り、自分の妻を殺そうとしている母親を殺す為に必死になって体を動かす。しかし体は多少揺れる程度で満足に動けない。

 先程までは生かせるなら生かそうと思っていたが、例え母親であっても愛する者を殺そうとするなら敵だ。現に三船を壊滅させたのだから、母親だからという理由で止まるわけがない。

 

「無理しなくていいわよ。今のハヤテさんは夢に囚われているの。この魔女は羊を操り、夢の魔法を使う。でもおかしいわね。ハヤテさんが耐えられるように改造したのだけど」

 

 この羊の魔女はメデューサの様な武闘派ではなく、どちらかと言うとアラクネの固有魔法(精神支配)に近い性質を持っている。

 相手を夢に落とし、夢と現実を曖昧にする。そして夢の世界が現実だと認識させてから洗脳する。

 

 アラクネのようにその場ですぐあやつり人形に変えるような魔法ではないので手間がかかる。だがその洗脳の下準備を幼少期に済ませ、何時でも落とせるように羊の魔女は用意しておいた。故に例えハヤテの体を改造して耐性を上げても、受精卵の時から魔法の影響を受けているハヤテは動けない。

 

「魔……道具」

 

 それでも何とかハヤテが口に出せた言葉を聞いて、羊の魔女は少し吹き出す。その反応でハヤテは三船が魔女を支配していたのではなく、この魔女に支配されていたのだと理解した。

 

「エイボンの洗脳魔道具や魔女を拘束する魔道具なんてない。私は元々拘束なんてされていないし、洗脳は私の魔法で行っていたことよ。そう思い込ませていただけ」

「……貴女が達磨にされて母胎にされているという話も当然夢だったわけね。それならもっと早くどうにかすれば良かったわ」

「当然でしょ? 人間なんかが私を縛れるわけがない!」

「嫌にベラベラと話すのね」

 

 メデューサは黙りこまずに口を開き続ける羊の魔女に少しだけ違和感を覚えた。この魔女はメデューサに恐怖して、関わらないようにしていた魔女の一人の筈だ。にも関わらず、既に勝ったような笑みを浮かべている。

 

「メデューサをハヤテの目の前で殺してから、精神が壊れたこの子をもう一度夢に落とす(洗脳)すればいいもの」

「もう三船の人間は全て殺され、私と単独で相対しているのに随分余裕ね」

「ええ。だってもう勝ちは確定しているもの」

「……え? 何これ?」

 

 メデューサは油断していた訳では無い。武闘派のメデューサが蠍の魔女よりも弱い羊の魔女に遅れはとらない。そう思っていたのに、羊の魔女が指パッチンをするとメデューサの体から力が抜けた。

 

「まだ話せるなんて効きが弱いわね」

「どういう事かしら? 貴女の毛糸か雲か知らないけど、その魔法発動に必要な媒介には触れていないはずよね?」

 

 羊の魔女は金の毛糸でもあり雲でもあるその魔法物質を対象に接触させなければ魔法の効果を発動できないはずだ。元々鬼神を復活させて混沌を呼ぼうとしていたメデューサは、敵対することになるだろう魔女達の魔法は一通り明かしていた。

 故にこの戦いで警戒すべき点は独立して動く羊と直接放たれる金のモコモコだと思っていた。

 

「私の魔法はアラクネと違って面倒でしょ? でもアラクネと違って魂に作用しているの。あの女の魔法は精神に作用しているだけ。そして私の魔法の媒介になるモノは私の魔法で作りだしたものだけじゃないわよ。そこにいるじゃない。私が産み出した存在が」

「……貴女が作りだした人が代用になったという事か」

「理解が早くて助かるわ」

 

 羊の魔女は倒れているメデューサに金のモコモコをぶつけ、更に夢を侵食させる。体の感覚は完全に夢に囚われたが、メデューサは意識が落ちることは無い。厭らしい笑みを羊の魔女が浮かべているので、苦しめた末に殺す気なのが容易に想像できる。

 

「私が生み出したハヤテの精を何度も体内で受けた貴女は、知らぬ内に私の魔法にも侵食されていたのよ。私が直接産んだ子じゃないと媒介にならないのだけど」

 

 羊の魔女は拘束などされていなかったし、魔力を封じられていなかった。だが、三船で子供は産んでいた。羊の魔女は子供()を増やせば増やすほど、その力は広範囲に影響する。

 羊の魔女はメデューサの頭を踏み、高笑いをしながら更に口を開く。ゴーゴン三姉妹のせいで死神の怒りは加速し、魔女の友を両手で数えられないほど失っている。その怒りとその相手を倒せたことによる慢心で口が軽くなる。

 

「メデューサは不思議に思わなかったかしら? 確かに私は子を産めばその子供を媒介に魔法の効果を発揮できる。でも魔女は普通人間に体を犯させない。獣姦と変わらないでしょ? それでも私がそれをやったのは死神を殺す為。魔女なら当然よね」

 

 メデューサは頭を踏まれながら、どうやってハヤテを逃がそうか頭を回す。地団駄を踏むように頭を踏まれ、血で目の前が見えないがそれでもハヤテのことを考える。メデューサなら肉体を失ってもワンチャン逃げられる。しかしハヤテはメデューサの様に魂の状態で逃げることは出来ない。

 

 それに羊の魔女の話も気になる。魔女は快楽的で楽しいことを重視する。メデューサやアラクネのように下準備に何十年も掛けることはしない。そして魔女の天敵を殺す為に好きでもない人間に体を明け渡すほどプライドが低い種族ではない。

 ゴーゴン三姉妹が異常だからこそ、それと同じ以上のことやっている羊の魔女が、死神を殺すだけの為に人間に犯されることは無いと確信を持つ。

 

「別に死神を殺すことが魔女の最大の喜びでもないのに、何故下賎な人間に体を貸したのかと貴女は思っているでしょうね。冥土の土産に教えてあげるわ。私は死神や鬼神も超える化物を作ってみたかったのよ。人造旧支配者と言えばわかりやすいかしら? ハヤテはやっと完成した第一号ね」

 

 メデューサはチラリとハヤテを見る。愛欲の狂気を平然と操っていたのはそういう事だったのかと納得する。本来のメデューサなら考えれば辿り着けただろう答えだが、ハヤテの事になると「ハヤテさんだから」という脳が蕩けた答えが浮かんでしまう。

 

 その人造旧支配者(ハヤテ)は自分が狂気を操れている理由や羊の魔女(母親)が悪い魔女だったことなど全く頭に入ってこない。ただメデューサの頭を踏んでいる魔女()を殺す為に体に力を、血液に力を込めるがやはり動かない。

 

「……ふう、私も好きでもない人間に体を使わせていたから、ストレスが溜まっていたみたいね。死神に目を付けられた事ですし、また別の場所でやり直さないと。死になさいメデューサ!!」

 

 どうせ忘れさせるとはいえ、話し過ぎた羊の魔女はメデューサに拳銃を向ける。魔法どころか動くことさえ出来ない魔女なら、拳銃ひとつでその命を殺し尽くせる。

 ハヤテによく見えるところまで蹴り飛ばし、メデューサの腹を思いっきり踏みつけた後、セーフティーを外して彼女の頭に向け、トリガーを……

 

「さあ死、ぐぅっ! だ、誰だ!?」

 

 弾を放とうとした羊の魔女だったが、逆に外から窓越しに狙撃され、拳銃を持っていた腕を撃ち抜かれた。羊の魔女は腕を庇いながら、二発三発と外部から撃ち込まれる銃弾を避けている中、一発の銃弾がハヤテを貫いた。

 

 

 ***

 

 

 動かない体でその銃弾がハヤテに向けて飛来しているのは見えていた。しかしハヤテはその銃弾に全く恐怖を覚えなかった。そしてハヤテの中で弾は弾けた。

 

 メデューサがこの部屋に突入してきた時のように、ハヤテの中で何かが割れる。世界ではなく自分の中の何かが割れる。

 受けた弾丸がハヤテを無理やり改変しているようで、その実彼を心配しているようにその弾から感じた。武器(人間)の攻撃でもない純粋な兵器による攻撃なのに、そんなことを感じるなどハヤテは焼きが回ったなと思いながら、()()()()()()

 

「へ?」

「え?」

「は?」

 

 三者は別のことに気がつき、そして三葉に驚く。

 ハヤテは体の中から力が溢れてくることを感じ、自分の魂の格が明確に上がっていることに気がついた。

 メデューサはハヤテの魂が一度割れ、中から今までよりも大きな魂が出てきたように見えた。まるでソウルプロテクトを解除した時の魔女の魂のように。

 羊の魔女は動けるはずのないハヤテが動き出し、初めて見る赤目(発狂中)のハヤテに驚く。

 

 ハヤテが動けるようになったのを確認するかのように、彼に向けて弾丸が外から再び飛んできた。ハヤテは足元にあった刀に血を纏わせて、弾丸を斬り結ぶ。

 動けるようになった原因の銃弾を見つけるために辺りを見回すが、羊の魔女が避けた弾丸や斬り裂いた物も含めて痕跡が全く残ってなかった。

 

「……私の侵食()が完全に消え去っている!? どうやった!!」

 

 ハヤテが何となく察していたことを羊の魔女が補足してくれる。どうやら羊の魔女の中に居る時から受けていた魔法の効果が、ハヤテの中から完全に消え去ったようだ。何故消えたのか、あの弾丸は何だったのかハヤテには何一つ分からないが、彼は羊の魔女に血の斬撃を放つ。

 混乱から覚めやらぬ羊の魔女だが、敵意のある攻撃が放たれたことで思考を一時停止させ、回避に専念した。

 

 ハヤテはそれを待っていたとばかりに血液による無理矢理な身体強化を発揮して、メデューサの元まで一足で跳ぶ。

 

「大丈夫か? メデューサ」

「……」

「話せないんだったな。にしても人の嫁の腹を踏むとかお前は親としての自覚がないのか! 二人目の子供が作れなくなったらどうするのさ」

「…………ふざけるなふざけるなふざけるなよ! 何世紀掛けたと思っている!? それをメデューサに訳の分からない狙撃者に崩壊させられる? 許されるわけがない!!」

 

 半狂乱となって羊の魔女はハヤテを無視して叫び続けたが、ある時ピタリと止まった。

 

「……二人目? そうか、そうだ。メデューサとハヤテの子供で新たに計画を進めればいい。別の魔女の血が混じったのだからきっと更に良くなる!」

「クロナをお前にやるとでも?」

 

 ハヤテは顔を狂気で歪ませて、狂気をその身で抑え込む。放出させていた狂気を自分のやりたいこと(妻を守ること)にベクトルを与える。

 ちょっと前にクロナをボコッた大人が何か言っているが、次会ったら何度だって土下座しようとハヤテは腹を括っている。

 

「クロナはハヤテさんの事を怖がっているからゆっくりとやってね」

「あれ? 動けるようになったのか」

「私って魔女の中では武闘派として名が通っているけど、それ以上に演算や解析なんかの分野の方が秀でているのよね。無駄にそこのアホ(羊の魔女)が辞世の句を語っている間に解析は終わって、今治したわ」

 

 事も無げにメデューサは言っているが、魂に作用する魔法をこんな短時間で解析して解除することなど本来なら出来ない。

 その無理を愛と魂だけの状態になった経験からゴリ押しで解除した。

 

「……」

 

 羊の魔女はハヤテかメデューサだけなら何とかなると思っていた。しかし二人が同時に攻めてきたら敗北は必須。無言のままハヤテとメデューサに金の羊を出せるだけ出し、背を向けて部屋にある秘密の抜け道へ逃走を始めた。

 根本的に強者じゃないからこそ、逃げるべき時に迷いなく逃げれたのだろう。

 

 しかしここに居るのは生粋の武闘派だ。逃げる者を狩る方法を心得ている。

 

「ハヤテさん! スネーク……」

「ああ」

 

 ハヤテはメデューサから具体的な事を聞かずに、羊の魔女を真っ直ぐ追いかける。ハヤテの動きを止めるべく、金の羊が彼に突進を掛けてくるが、

 

「ベクトルプレート。ベクトルアロー。ベクトルブースト」

 

 メデューサは金の羊の進路上にベクトルプレートを出現させて、金の羊の進む方向を真横に曲げ、ハヤテから遠ざかるように壁に向かって行った。更にベクトルアロー越しにハヤテに触れ、ベクトルブーストを掛けて、足元に羊の魔女に近づく為のベクトルプレートを発動する。

 

「やめろ! メデューサだってお前を洗脳していただろ! 何故私だけを、」

「どうでもいいわ」

 

 ハヤテは羊の魔女に追いつき、逃げられないように足の健を斬り飛ばす。

 動けずハヤテやメデューサの殺気に怖気づき、色々と漏らしながらもメデューサとハヤテの仲を裂こうとしたが、ハヤテはそれを一閃する。

 

「俺とメデューサの事は後で話し合う。お前はやり過ぎた。例えメデューサの事がなくてもお前を最終的には殺していただろう。人間を愛したことがあると言っていた母さんならともかく」

「……私が死んだらアリスは、」

「アリスが俺たち如きにどうにか出来るわけないだろ? 俺が完成した人造旧支配者ならアリスは完全だろ」

 

 まともに命乞いすらさせる気がないようで、ハヤテは倒れた羊の魔女の首に血を纏わせた刀を添える。

 

「……死にたくない。もうお前達には手を出さないから殺さないで!」

「最後に貴女……母さんに言っておくことがある。産んでくれてありがとう」

 

 ハヤテはその言葉を言い終わると同時に、自ら母親の首を刎ね飛ばした。すぐに肉体は消滅して、魂だけとなった母親の魂をハヤテはきっちり回収した。

 親を殺すという禁忌を犯したハヤテは感じたことのない喜びに顔が歪みそうになるが、お腹を抑えているメデューサの元に急ぐ。

 

「お疲れ様ハヤテさん」

「とう」

「痛っ! な、なに!?」

「俺のこと洗脳してたんでしょ? あの状況で嘘つくとは思えないし、その事についてじっくりと話し合おうか」

 

 ハヤテはメデューサの腰を抱き、笑顔でメデューサに誘いをかけた。その誘いから逃げようとしたメデューサだったが、踏みつけられた頭と腹の痛みで抵抗出来ず、話し合いを行うことになってしまった。

 メデューサは少しだが夫婦をやっていたからこそハヤテが内心相当キレていることに気がついてもいた。

 

 

 ***

 

 

「……そうか。ハヤテが囚われていたのではなく、アリスが囚われていたか」

「お嬢様がお呼びです。もちろん来てくださいますよね?」

 

 ミフネは変装したまま、近くの街にある茶屋でアンジェラとハヤテを待っていた。アンジェラは甘いお饅頭にご満悦だった。

 そこに現れたのは()()()()()()が入ったケースを、片手で軽々と持っているアリス。

 

「俺を脅すか。アンジェラを守りながら武器であるお前を倒すことなぞ容易い。斬る!」

「既にアンジェラはアラクネ様の魔法に干渉されています。彼女の精神が崩壊しても構わないならどうぞ」

「……」

 

 アリスはハヤテといた時とは違い、表情豊かにニッコリと微笑んで頭を下げた。

 戦ってもいない。明確にアンジェラを人質に取られた訳では無い。ただの可能性を口にされただけだ。

 

 だが、ミフネは刀を下げざるを得ない。自分なら無理も無茶も押し通すが、子供であるアンジェラにそれを強要するから死んだ方がマシだ。

 

「連れて行け。ただしアンジェラには、」

「分かっています。成長期のアンジェラには栄養バランスを考えた食事、適度な運動の相手に快眠できる寝室を用意していますので、何か不足があれば御要望をお出し下さい」

 

 ミフネはため息をついてから心の中でハヤテに文句を言いつつ、アンジェラを肩に乗せてアリスが用意していたリムジンに乗り込んだ。

 

「……ハヤテはいいのか?」

「元々私の主はアラクネ様だけですから」

「そうか」




ハヤテが急に復活した理由やアリスが露骨に向こう側にいる理由などはアラクネ編後半に分かると思います。
その前にBREW争奪編ですが。

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