それで予定よりも数日遅れました。
デスシティー郊外には様々な施設がある。一般の人が入ってもいい場所や駄目な場所。あからさまに入ったらおっ死にそうな場所。
そんな危なげな場所のひとつにツギハギ研究所がある。
このツギハギ研究所は建物の主を模したのか、建物なのに縫い合わせたかのようにツギハギだらけだ。
何故ツギハギなのか、いつからツギハギなのか、色々な憶測が飛び交っているが、
「ただの趣味だしなこれ」
ハヤテは友人の家に遊びに行く気楽さでツギハギ研究所に来ていた。
スピリットにはこのあと行くつもりだったなどと言っていたが、まずスピリットと会ったのも偶然なのでそんな予定を立てているわけもない。
予定自体は立てていなかったが、ハヤテはこちらに戻ってきたらできるだけ早くこの建物の主の元に向かおうと考えていた。釘を刺すために。
この建物は
診療や解体実験などをやっているのに清潔感のない建物の中をハヤテは迷うことなく歩いていく。
廊下の端をツギハギな縫合痕のある小動物が駆けている時点でセキュリティや清潔感など捨てていることがわかる。それでも腕がいいから許されているのだ。
「入るぞー」
ハヤテはこの建物の主がいるはずの部屋の扉を開けながら声をかける。
扉を開けて正面にある机に普段なら齧り付いていたりするその人は今は存在せず、その奥から気配がする。
「おーい、シュタイン!……昼なのになんで寝てるんだよ」
まだ酒精が抜けきっていないハヤテは、寝ているその人を無理やり起こそうとするが起きない。
「……ガチ寝するなら施錠しろ」
いつもなら隙なくヘラヘラとニヤついた表情で人を笑うツギハギ男は、眼鏡を外してキッチリカッチリ患者を載せるベッドの上で目を覚まさない。
ハヤテはダル絡みしても反応がないことにため息をついてから、キッチンに向かった。
***
「…………いや〜久しぶりだ。僕にも一杯ちょうだい」
「入れ物はビーカーしかないけど」
「もちろん」
「俺が買っておいたカップは?」
「趣味に合わなかったから捨てたけど?」
「……」
シュタインは熟睡から目覚めると部屋に人の気配があった。即迎撃に出ようとしたが、よく知る魂の波長だったので真面目な顔から一転、にやけた顔でハヤテに注文をした。
ハヤテもそう言われることがわかっていたので、インスタントの粉をビーカーに入れてお湯を注ぐ。ここにはちゃんとした道具がない故のインスタントコーヒー。
「なんでこんな時間に寝てたんだよ。徹夜なんて特技のひとつだろ」
「最近忙しかったんだよ。ハロウィンがあったじゃないですか」
「デスシティーでは盛大なイベントになるけど、シュタインは出し物しないだろ?」
「その時に魔女がデスシティーに現れた」
「……ふーん」
ハヤテは頭の中に元嫁が浮かぶが、元嫁のナザールと名乗っていた女性は頭のとても良い。そんな人がハロウィンというイベントに乗じるなんていうよくある作戦を組むわけがない。
そんなハヤテはニヤつきながらも鋭くシュタインに観察されているが、そんなことハヤテだって気がついている。わかってはいるが元妻のことになると、シュタインに隠蔽できるほど上手く誤魔化せない。
「まあ結局NOTの武器1職人2の組み合わせによって滅せられたんですけどね」
「武器2職人1ならたまにいるけどその逆か。やっぱり職人が強くて仲良しだったり?」
「武器は未熟だけど将来性という面なら悪くない……馬鹿っぽいけど。職人は王室槍術の使い手に総合格闘の実力者。もっと詳しく話します?」
「強そうだね……それでその魔女ってどんなやつ?」
シュタインがニタニタしながらあからさまに魔女の話から離れようとし始めたので、ハヤテは降参するように手を挙げ、話の矛先を戻す。
「ゴーゴン姉妹の一人、シャウラ・ゴーゴン。サソリの魔女で毒を使って洗脳なんかをしてくる奴だけど……ハヤテは知らないみたいだ」
「シャウラ、メデューサ、アラクネだったか。アラクネは昔に死神様が殺して、シャウラも同じく殺された。あと残ってるのはメデューサくらいか」
「……メデューサがどこかでおっ死んでなければですけどね」
シュタインもハヤテも聞きたい情報がもうないので二人とも黙る。ハヤテは元妻ナザールが殺されたわけではなかったことに安堵し、シュタインは面倒だと言われているゴーゴン姉妹がハヤテの元妻ではなさそうなので一息ついた。
***
「……そういえば何故僕のところに? 何も用がない時は大抵先輩同伴のはずだけど」
「先輩にシュタインにも行っておけって命令されたから」
シュタインは少し考えてからハヤテの言いたいことがわかった。
「奥さんと10年くらい前から別れていること? それともその首筋にある大きな裂傷のこと……はたまたマリーのこともありそうだ。それから」
「もういいストップ」
ハヤテはこれ以上シュタインに話されるとまずいことになりそうなので黙らせる。首筋、赤い血で固められた傷跡が痛みを発している時点でもう遅い気がするが。
「大方奥さんと別れたことでしょ。スピリット先輩には言っていなかったとかそんな感じでしょうし」
「シュタインには妻に逃げられて、初めてデスシティーに来た時にバレてたけどね。傷の話もあったことだし検査よろしく」
「改造の調整は?」
「程々に頼む」
ハヤテはジャケットや上着をその場で脱いで上半身を晒す。すると首筋から胸元にかけて大きな傷跡があった。赤い血で傷跡が固められているのは首だけで、胸元は痛々しい傷跡だけが残っている。
ハヤテはスピリットと違い、自らシュタインに改造されていた。昔、強さに固執していた時にやってもらってしまった名残のようなものだ。
元々才能があったからか、無理やり開花させられた魂感知能力。それ以外にもハヤテは普通の職人よりも高い身体能力を誇るが、それはシュタインによる肉体の魔改造による部分も割と大きい。
麻酔で顔以外動かなくなったハヤテにシュタインは、ヘラヘラ笑いながらメスをチラつかせながら質問する。ハヤテはいつものお遊びだろうと無視したら顔を軽く抉られたので、言えることは素直に答えることにした。
「魔剣というものを知っていますよね?」
「魔武器のこと……わかったから目ん玉えぐろうとしないでくれ」
「ハヤテが言えないラインはだいたい把握しているからさっさと話せ。言えないことは言わないとはっきり言ってくれていいですから」
シュタインは至極真面目な顔で問いかける。
シュタインは最近死武専に呼び戻された。それもこれも魔剣という存在が現れたからだ。そしてシュタインはその魔剣がどういうものなのか何となく予想はしているが、どんな能力、どんな戦い方、どんな性格かなどは全くわからない。
まず本来ならこの時のシュタインは魔剣がどんなものか知らないはずなのだが、ハヤテという存在で魔剣が何なのかを理解していた。
「魔武器を何らかの方法で溶かして職人の血管に流し込む。武器と職人が一体となった存在が魔剣だな。シュタインが知りたいのは魔剣本体よりも黒血じゃないか?」
これらの知識は全てハヤテの元妻、ナザールに殺される時に冥土の土産として送られたものだ。彼女本人もまさかハヤテもアリスも生きているとは思わないだろう。
「黒血についても知りたいが、まずは魔剣についてもう少し」
「魔剣は溶かされた魔剣が職人の血液と溶け合っているから、多分血液を操作出来る。硬質化や血液操作は余裕だろうね」
「……斬撃では不利と。なら魂威と縫合で戦うべきか」
あまりにも知りすぎているハヤテを全く疑わず、シュタインはハヤテの言葉をそのまま鵜呑みにしていく。
普通なら魔女が作り出した魔剣についてここまで知っていたら、協力者だと思われても仕方が無いのだが、シュタインはそんなことは無いと今のハヤテを信頼している。出逢ったばかりのハヤテならやりかねないが。
「魔剣本人については知らない。で、死神様にも探れって言われているであろう黒血だな」
「……ヘラヘラ、やっぱりバレてました?」
「言われたから調べたが1%、興味があるから調べたが99%。どうせこんなんだろ?」
「そりゃ知らない事を暴きたくなるのが大人ってもんですからねぇ」
「それで天然記念物を解体するのはやめろよ? 死神様が怒られるんだから」
「前向きに検討だけしようと思います」
「……はぁ」
ツギハギ研究所の奥の部屋に捕えられている一匹の天然記念物の鳥が悲しみに鳴いた。
「黒血は死神様の予想通り血を抜いた化け物を復活させるための触媒だよ」
「……なら魔剣はやはり鬼神の卵か。厄介だ」
ハヤテはそれ以降黙り込んだ。これ以上の知っていることは言えない。何故ならあと残っているのは元妻に関してのことばかりだからだ。
「どうせ言わないと思うけど、ハヤテを不意打ちで瀕死に持ち込み、アリスを瀕死にした魔女の姿はどんなですか?」
「……」
「まあ、ここまで情報があれば何とかなるでしょう」
シュタインは喋りながらもハヤテの体をバラして調整し、元に戻していく。ハヤテの体をしっかり見るのは久しぶりだ。その体は前にシュタインが弄った時と大幅に変わっていた。
(魔女がハヤテの体を使って実験でもしたか。これは僕の実験体なんですけどねぇ……ここまで珍しい素体はいないからしょうがないと言えばそれまでだが)
昔に比べて更に
「麻酔は数時間で解けるからそれまではそこで寝てるように」
「どっか行くのか?」
「魔剣と黒血についてを報告ですよ。ああ、面倒くさい」
「そうか、いってらっしゃい。」
シュタインは報告することを告げてから、そのまま身を翻して研究所を後にした。
「それでシュタイン様が言おうとしたマリーについて。私は知らないのですが」
「……麻酔が効いて眠くなってきたから寝るわ」
「マリーを堕としただけではないのですか? それ以外にも何かをシュタイン様は言おうとしていましたが」
「……」
「答えてくださいハヤテ様」
「…………」
「ハヤテ、答えて」
先程までいなかったはずのアリスがハヤテの真横に立っていて、光の宿っていない目でハヤテを尋問し続けた。結果はハヤテの我慢勝ちで戦いが終わった。
***
場所は変わり死神様の本体がいる空間。
そこには死神様とシュタイン、あとキャバクラをシュタインのツケにしたことがバレて折檻されたスピリットがいた。
「やっぱり彼は離婚してたのね。しかも10年以上前に」
「びっくりっすよね」
「僕も死神様もすぐに察してましたよ、スピリット先輩」
「……まじ?」
「部下を気遣えるのがいい上司のひとつだからね」
スピリットは体を縫合糸で雁字搦めにされながら、自分の鈍さに少しだけ落ち込み始めた。そんなスピリットをヘラヘラした笑みで眺めていたシュタインだったが、死神様の一言で態度を変えた。
「それでハヤテくんを
「……はぁ!? まじっすかそれ!」
「ハヤテ本人が喋りました。黒血と魔剣についてだけ」
「ハヤテの奥さんだったナザールについては?」
「当然黙秘ですよ」
スピリットはすぐさま死神様の顔色を伺う。ただの強いだけの魔女の情報を意図的に黙っているだけでも割と許されないことだ。そして今回はあの鬼神、厄災であり災害であり、復活させてはいけない存在を復活させようとしている存在の情報隠匿。当然死神様は黙っていないだろう。
「……不味いね」
「リスト入りかな?」
「シュタインももう少し俺にわかるように話せって」
「ハヤテが悪人のリストに載るかもしれないっていう話ですよ」
「は?……どういうことだ!」
シュタインの言葉にスピリットは少し呆然としてから、縫合糸を武器化して切り裂き、シュタインの白衣の胸元を持ち上げるのだった。
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