蛇の元夫   作:病んでるくらいが一番

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昨日投稿するはずが、筆が進まず遅れてしまいました。申し訳ありません。


第31話:彼の伝説は

 モスキートは気に食わない。

 

 あのギリコとかいう粗悪な男はアラクネの傍にいるべきでは無い粗悪な男だ。しかし800年の月日を人の身でありながら、転生を繰り返すことで生き延びてきた。その忠誠心だけは高く評価している。

 

 だが、今のアラクネの傍仕えは800年来の執事、吸血鬼のモスキートではなく、アリスとかいう死武専を裏切ってきた若い女だった。

 やっと復活した主の横には無表情な女が立っている。800年もアラクネに仕えるために待っていたのに、モスキートが立っている筈の場所を我が物顔で居座る雌が許せない。

 

 そんな中アリスはミフネ、裏の世界の人間なら誰もが知っている強者を連れてきた。

 

「よくやったわねアリス」

「お嬢様の御力があったからこそです」

「そう畏まらなくても良いのだけど。昔みたいにアラクネお姉ちゃんでも」

「私はメイドですので」

「……まあいい。ミフネはそのままアリスに、」

「お待ちくださいアラクネ様!」

 

 アラクネは少しため息をついてから、アリスとの約束通りにミフネをアリスの部下にしようとした。

 そんなアラクネの判断に、モスキートはこのままアリスに仕事を持っていかれたら自分の存在価値がなくなると思い込み、ミフネを試すことを提案した。

 

 

 ***

 

 

「貴様がやる事は道徳操作機が完成するまで、この研究所の警護だ。アラクネ様に比べたら死武専の情報収集能力は高が知れているが、それでもあの魔道具を破壊しにくるかもしれない。貴様は襲撃者を殺せ」

「……契約は守れよ」

「分かっておる。小さき魔女の衣食住を整えれば良いのだろう?」

「勉強も見るという約束だ」

「それは契約には入っていないであろう」

「アリスと個人的に契約を結んでいた。本来ならあの女の下につくはずだったのを、お前が勝手に話をねじまげたのだから執行しろ」

 

 ミフネは今までただアンジェラを守れば良いと思っていた。だが、ミフネの弟のハヤテは少し前に戦ったブラック☆スターを育てていると言っていた。

 外と内の両方を鍛え、例え()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()だけの強度を得ていた。あれならばあとは戦いに身を委ねれば、相当な強者となると確信できるほどだった。

 ブラック☆スターはハヤテとシドとシュタインの教育を受けていて、星族というポテンシャルの塊だから当たり前といえば当たり前なのだが。

 

 そんなこんなでハヤテと話してアンジェラの英才教育の重要性を理解したミフネは、アリスに条件をいくつか追加していた。そのうちのひとつが教育だったりする。

 教育と言っても学力的なものだけではなく、女性としての振る舞いやマナーなんかも、幼い頃から知っているのと知らないのとでは、天と地ほどの差が出てくる。

 

 ミフネは譲る気がないことをモスキートは一目見ただけでわかり承諾してから、アンジェラを連れてその場をあとにする。せっかくなので、アンジェラがアラクネを崇拝するような教育を、

 

「洗脳教育をしたら、その時点で貴様を殺す。分かっているな?」

「私がそのようなことを行うとでも?」

「ああ」

 

 普通に教育しようとモスキートは内心舌打ちをした。

 

 

 ***

 

 

「弓様! やはりあそこなのでしょうか?」

「恐怖の狂気を辿って来ましたけど、ここって」

 

 デスサイズの中でも特に探知能力の高い弓梓は()()()()と何人かの職人ペアと共に鬼神を追っていた。ここにいるのは指折りの職人達で、もし鬼神と遭遇してしまっても、腕の一本ほどを犠牲にすれば逃げられるかもしれないくらいには実力がある。

 そんな人たちと梓は鬼神を追ってきたのだが、他よりも強く鬼神の痕跡が残る場所を見つけた。

 

「あそこって、あのエクスカリバーの居る洞窟ですよね?」

「ええ。何故鬼神が……エクスカリバーを脅威に感じて襲撃をした? ですが、今の鬼神はヴァジュラが使えない状況で、伝説のエクスカリバーに襲撃をするのでしょうか」

 

 梓と仮の職人はエクスカリバーのいる洞窟へ、それ以外の職人はいつでも逃げられるように洞窟の外で待機することになった。

 梓だって仮の職人では下手したら死ぬかもしれない。だが、彼女の能力によって奥に入らなくても、内部を調査することが出来る。

 

 彼女は周囲50メートルを見通せる『千里眼』という力で奥を見通した。通信機越しに梓と共鳴すると、その通信機の範囲50メートルを見通せるという能力まで持っている。これほど探索に便利な能力、そして危険地帯を見回れる能力はない。

 

「酷く荒れていますね」

「この場所、特に奥の広間はエクスカリバーが聖地と定めているはず。にも関わらずここまで荒れているとなると、鬼神の襲撃があったということですね」

 

 エクスカリバーは岩に自らを刺し、職人をいつも待っている洞窟の広間はズタズタに引き裂かれ、強力な攻撃を何度も受けたのか、最奥であるはずの広間から更に洞窟が続いている。

 しかし広間の中心にある岩の台座だけは綺麗な姿を保っている。

 

「あの紙はなんでしょう?」

「…………『私のエレガントで紳士的で至高な帽子(海苔巻き)が焼き食われてしまったので少し外す。勝手に私の聖地を荒らさないように。皆のアイドル、エクスキャリバ~~~♪』」

「なんかウザイ」

「ウザイですね」

 

 その後広間やその奥の抉れている部分も含めて安全であることがわかったので、足を踏み入れた。

 行ってわかったことは鬼神の痕跡がここで途切れていること、そしてエクスカリバーは不在で手紙がウザイことくらいだった。

 

 

 ***

 

 

「初めましてと言っておきましょうか。以前はエイボンではありませんでしたので」

「……なにかお飲みになりますか?」

「それなら珈琲を」

「かしこまりました」

 

 未だに死武専がその場所を見つけられていないアラクネの居城。アラクノフォビアの全員がそこに集まり、死神との戦争に向けて準備を進めている。

 そんな中ミフネ以上のネームバリューを持つ男がアラクノフォビアに参加し、アリスに面会を求めてきた。

 

「……世界のあらゆるモノを収集していますが、それらを十全に扱える訳ではありません。ですからこの世界で最も美味しい珈琲豆を所有していても、ここまで美味しい珈琲を入れることは出来ない。とても美味しいですよ。最高のバリスタとして収集したい程度には」

「そうですか」

 

 黒髪の黒人。その肌には刺青が蠢いていて、その手にはこの世界の全ての叡智が詰まっていると言われているエイボンの書を持つ男。アラクノフォビアではエイボンと名乗っており、本来の名前はノアという。

 

「……お嬢様をあまりお待たせ出来ません。ご要件を」

「そうですね。まずお願いなのですが、私の名を他の方に教えないで頂きたい」

「ノア様ではなく、エイボン様とお呼びすればよいのですね? お嬢様に聞かれた場合以外は秘匿としておきます」

「それでいいです。私が気になっているのは、何故旧支配者レプリカ(狂気を発する者)、三船疾風と一緒に居るはずの貴女がアラクノフォビアに居るのかを聞きたい。貴女と(ハヤテ)は二人で一つであることによって、私のエイボンの書に収められる価値が出てくる。どんな心変わりをしたのですか?」

 

 ノアがアラクノフォビアに参加したのは面白そうな魔道具や収集したいモノが集まりそうだったから、ただそれだけだ。そんな組織に将来エイボンの書に収集しようとしている片割れがいた。

 エイボンの書はただモノを集めるだけの書物ではない。叡智を収集することが目的であり、収集したモノのバックストーリーなども出来る限り取得し、それをエイボンの書に記載する。それを怠ればいつか集めた叡智も曖昧になってしまう。

 三船疾風と三船有栖は調べた限りでは依存関係にあり、片方がどこかに行くような関係には思えなかった。離れるにはそれなりの物語があるのかと思い、ノアは直接聞くことにした。

 

「私が、」

「ただあなたが離れた理由を聞くのも詰まらないですね。あなたや三船疾風の過去を教えて頂けませんか?」

「……条件としてお嬢様の行おうとしていることに対して、露骨な妨害をしないこと」

「いいですよ」

 

 暗にノアは妨害する気だったと口にしているが、アラクネもそれがわかっていながら、ノアというエイボンの叡智を迎え入れた。それだけエイボンというネームバリューは無視できない存在なのだ。

 

「昔昔、私がまだ()()()と正式なペアになっておらず、ハヤテが泣き虫だった時のお話から始めます」

 

 エイボンの書には叡智の自動収集機能があるので、ノア自身が書に書き込む必要は無い。だが、ノアはあえて万年筆を取り出し、自らの手でノアの主観を混じえながら話を脚色しつつ綴っていく。

 

 

 

 三船の家の子供の生まれは数パターンある。

 三船に巣食う魔女から直接生まれた子供。直接魔女が絡まず、魔女の血筋で交配して生まれた子供。そして上記の魔女要素が薄れた親から生まれた、ただの子供。

 

 最後は三船の考えからして劣勢であるが、故に序列には加わらず、三船を運営するために働く。

 魔女が絡んだ子供は0歳の頃から英才教育を受けさせられる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、1歳になる頃には苛烈な試練が待ち受けている。

 

「……貴女は三船に巣食う魔女の洗脳を受けていないのですか? 洗脳を施すのなら忠誠心も植え付けるはず。にも関わらず貴女にはそれがないように見える」

「私は確かに洗脳によって自我を手に入れましたが、1歳になる頃には洗脳が全て解けていました。懸命に優れた武器になるべく努力をしていた時、ある蜘蛛に出会ったのです」

「……世界に散りばめられていたアラクネによって、貴女は変わったと」

「私が優れていると皆に言われるのは、私がお嬢様のネットワークと繋がっていたからです」

 

 ノアはアリスがアラクネに洗脳されていると指摘しようとしたが、アラクネはあえて洗脳しなかったのだと思い至る。アラクネの洗脳は傀儡人形のようにしてしまうものであり、このような自我を保てるような洗脳ではない。

 故にアリスは本当に洗脳などされていない状態で、アラクネを崇めているのだとわかる。気づくきっかけを与えてくれたアラクネをアリスは盲信しているのだろう。

 

 黒龍と呼ばれた幽霊船を迷うことなく一直線に進んで発見したり、その場に居ないのに死神達が秘匿している情報を手に入れられていたのも、アラクネのネットワークのおかげだったりする。

 

「元々彼への忠誠心は無かったと」

「ええ。ハヤテへの忠誠心など欠片もありませんでしたよ」

「……なるほど、前提として貴女は元々アラクネのモノであり、ただ帰ってきただけだったと。分かりました。次は彼の話をお願いします」

 

 ノアはつまらない戯曲を聞かせられたと内心ため息をつきながら、アリスの情報を消し去る。洗脳の気づきを与えただけで、忠誠を誓うなど、ありきたりすぎて詰まらない。

 アリスは自分のことを話し終え、ノアにハヤテの話を催促されて、初めて表情を少しだけ変える。少し、少しだけ困った顔に変わる。

 

「どうかしましたか? 話せないなどという事はありませんよね。ただの隠れ蓑として使っていたパートナーなのですから」

「話せはしますけど、あまり詳しくは知りません。話していくうちにその理由はわかると思いますが、ハヤテは私達の世代の中でも特に情報が抜けている存在ですので」

 

 洗脳して管理されて育てられたはずの三船で情報が抜ける。エイボンは少しだけ期待しながらアリスの話に耳を傾ける。

 

「まずハヤテは元々同世代の序列の中でも最下位でした」

「あの彼が?」

 

 ホラードラゴンを前に不敵に笑い、白い刀身のアリス()を真っ赤に染めて、狂気を解放しようとしていたあのハヤテが最下位。ノアは最弱から最強という、下手をしたらただの戯曲、駄作、塵芥になる可能性のある作品の歴史に更に興味が引かれる。もしただ安易な方法で強くなったのなら、その時は焼却処分すればいいだけの事。

 

「三船の職人は恐れを知らぬ妖刀になれる適性がとても高い性格になるようにプログラムされます。強さを求める三船にとって、その性格が前提条件なのです」

「三船の目的は最強の人間を作るでしたね。戦いを拒絶する性格になれば意味が無い。魔女の体を数ヶ月占領して生まれた子が戦いを嫌えば、それだけその世代の蠱毒効率が落ちるということですか」

「はい。そして子供の頃のハヤテは今エイボン様が仰った性格でした。優しさを持ち、傷ついた競争相手にも手を伸ばし、笑顔の絶えない優しい男の子でした」

「……」

 

 アリスの表情が優しい笑顔を浮かべながら、過去を想起している。そんなアリスを見て、ノアは先程消したアリスの過去を元に戻す。どうやらただアラクネに従っているわけではなさそうだ。ノアは愉悦に顔を歪ませるが、アリスはお客様の変化に珍しく気がつけない。

 

「そんな子が序列で上に上がれる訳もなく、魔女から生まれたのに弱い、失敗作と言われていました」

「それで? 彼はどうやって今の力を手に入れるに至ったのですか?」

「……不明です」

「はい?」

「ハヤテが五歳の頃、三船の敷地内から突如姿を消したのです」

 

 三船は死神にやっていることがバレれば、確実に殲滅対象になるくらいにはヤバい事をしていた。ハヤテの密告により、その罪を死神様に知られたが、ハヤテという死武専の戦力のために最近までは見逃されていた。もちろん誘拐などの非合法的なことをすれば、それを理由に攻め入ろうとしていたが、そのようなことが表立ってされることは無かった。

 そんなバレたら即アウトの事をやっているので、三船の敷地内と外の境界線には科学と魔法と人力によって、徹底的な警戒がされていた。内から外に出る心配は洗脳によってないが、外から勝手に入ってきた奴が真実を持ち帰ってしまったらそれで終わりだ。

 

 そんな警戒網が引かれている中、五歳のハヤテは森の中を走り回り、体力をつけるための訓練中に消えた。彼は一番遅く、故に周りには誰もいなかったのも彼を見失った理由の一つだ。

 

「消えた。ですが戻ってきたのですよね?」

「はい。大体三年ほど経った夏の日、ハヤテが敷地内で倒れているのを見つけられました」

 

 三船の敷地内にある森や山は安全ではない。狼や熊などの危険な獣もいる。そんな中で行方不明になり、それが失敗作(ハヤテ)ならば勝手に死ぬだろうと一度の捜索で打ち切られた。

 しかしそれから三年程が経ち、ハヤテは消えたはずの森のマラソンコースで倒れていた。

 

「だから彼の過去は語れないと言っていたのですね」

「最もハヤテが変わったはずのその空白期間はハヤテも含めて覚えていません。ハヤテ以外に知らないこと、しかしハヤテも覚えていない。故に語ることが出来ないのです」

「なるほど。彼が変わった理由には興味がありますね」

 

 もし物理的に記憶が消えていなければ、エイボンの持つ魔道具でなんとでも出来る。エイボンはこの未知を既知に変えることを心の中で誓う。

 

「……エイボン様が知っているハヤテは帰ってきた時のハヤテとは少々性格が違うという事はご存知ではありませんよね?」

「知らないね。教えてくれるかい?」

「今の性格、キャラはスピリットがメインで、シュタインや死神の影響を受けています。そして昔の帰ってきたハヤテは」

 

 アリスはハヤテが他人に影響を受け過ぎていると改めて思い、昔のハヤテが目覚めた時の言葉を口にする。アリスはその影響を与えた存在を直接見た事はないが、きっと相当キャラの濃い存在だろうことを確信している。

 

「『……三船の悲願、最強になるという()()は私が叶えてやろう! さしあたって、次期当主としての地位と武器アリスを要求する!!』」

「……何故か、何故か分かりませんが虫唾が走りますねぇ」

 

 そんなハヤテに反論した別の職人に『ヴァカめ!!』と叫んだのは、当時感情が全く表に出なかったアリスはツボり、腹筋が崩壊しそうだったとも語った。




次回やっとブラック☆スターの話です。裏でブラック☆スターは色々とイベントが進行しています。

ハヤテの女性を幸せにするという紳士(?)思考はスピリットではなく、空白の三年で手に入れたモノだったりします。

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