「僕が決めたことじゃないんですけどね〜」
「…………すまん!」
スピリットは感情のままにハヤテが悪人リストに載ると発したシュタインに掴みかかった。
だが冷めた目で落ち着いた口調のシュタインに諭され、すぐに腕を離す。落ち着いているというよりもヘラヘラしているが。
「死神様もシュタインも俺に伝えていないことがあることは分かっています。俺は甘いから言わなかったってことも分かっています。でも、慕ってくれている後輩について何も知らないまま戦うことなんてできません。だから!」
「スピリットくん」
「はい!」
「別に話さないなんて言ってないよ? シュタインくん、説明よろしく〜」
死神様は軽い感じでシュタインに説明するように頼んだ。死神様は今回の件は真面目な雰囲気で行こうとしていたが、スピリットがその気配を感じ取って過剰反応してしまったのでやめた。
「初めてハヤテに僕達が会った時のことは覚えていますか?」
「あれを忘れられる人はほとんどいないと思うんだが。強そうな気配がしたから戦え! とか言ってきたからな」
二人は昔のハヤテを一言で言い表すなら、妖刀と答えるだろう。
妖刀とは悪人の魂のみを食らっている死武専の武器とは違い、強さのためなら善人の魂すら喰らい、狂気に陥っているもの達の総称だ。
そんなモノをつけられるくらい昔のハヤテは暴れていた。
「そう。昔、この街に来た時のハヤテは強さに固執していた。今では先輩みたいな立派な女たらしになりましたけどね」
「シュタインくんもハヤテくんも女遊びで訴えられることがないから凄いと本気で思うよ。結婚までした奥さんには逃げられたけど」
「死神様!!」
「めんごめんご。続けちゃって」
号泣しそうなスピリットを死神様が慰めながら、シュタインの話が続く。
「僕と先輩に完敗してからつるむようになりましたけど、その事はどうでもいいですよね?」
「頭を丸めて来た時は驚いたな」
「……あれをやらせたの僕ですけどね、ヘラヘラ」
「うっわ」
毎度何かしらで驚かされているスピリットはまたシュタインにドッキリを仕掛けられた。
「そんなことはどうでもいいんですよ。問題は彼の家系です」
「東方の職人を排出している家の一つだろ? アリスちゃんも東方の武器家だと聞いたが」
「その家が滅ぼされた星一族と同じような……いえ、下手したらそれ以上にやばいことをやっている」
「ハヤテくんはその情報を死武専に流して、彼の働きによってあの一族は見逃されていたんだけどねぇ。新しいこの情報が正しければ不味いよ」
ハヤテがシドのような公的な機関に属さず、死神様直属の部下、デスサイズと同じような扱いを受けていた意味をスピリットは今初めて知った。
そんな彼が死神様の傍仕えなのに全然ハヤテの秘密を知らないのは、スピリットは優し過ぎるので非情な判断ができない。故にもしハヤテを討伐することになった時、変に同情させないために情報を絞られていた。
無駄に被害を出さずにハヤテとアリスを殺すにはスピリットとシュタインのペアが最も適しているからだ。
「あの殺し屋集団の星一族よりもやばいって何をやってるんすか?」
「ハヤテの家は魔女を飼っているんですよ」
「……は?」
「達磨にして死なないように、魔法を使われないようにひたすら痛めつけている。死なないように母胎としての機能が損ねないようにね」
「母胎って……もしかしてハヤテは魔女なのか?」
魔女は魔女から生まれると言われている。実態は不明だが、もし違ったとしても、魔女という強力な母胎ならば強い子供も生まれてくるだろう。
そう考えた三船疾風の実家は数代前、
魔女は長命であり、普通の歳の魔女なら数百歳くらい行く。そんな魔女だから何代に掛けて配合実験が行われている。
血が濃くなるなどは一切考えられていないが、何故か健康児しか産まれていない。
「ちなみにアリスくんもハヤテくんも同じ母親から生まれたらしいですよ。素質によって別けられて育てられたとか」
「そんなやべえものをハヤテが抱えていたなんて、俺一切知らなかったぞ……」
スピリットはハヤテの兄貴分として色々と世話してきたが、そんな秘密があったのかと驚き、何もしてやれなかったことに気を落とす。
やはりスピリットには話さない方がいいと進言した過去の自分をシュタインは自画自賛しながら続ける。
「ハヤテはスピリット先輩にはそういう気遣いをして欲しくなかったから言わなかったんですよ。僕達が若い時にそんなことを知っていたら、ハヤテと馬鹿騒ぎ出来ました? ちなみに僕は出来ました」
「……無理だな」
「でしょう? この事はハヤテの中では終わったこととして処理されているからいいんですよ」
「そういう家柄だからこそ、強さに固執していたんだな」
アリスは過去に戻れるのならハヤテがスピリットと仲良くしないようにしようと思っているが、スピリットがいたからこそ、今のハヤテがいるという事を忘れてしまっていたりする。
アリスも昔は主であるハヤテを小突いたりしない性格だった。
「先輩はハヤテ以外の三船といえば誰を思い浮かべますか?」
「うーん……ああ、そりゃあいつだろ。職人でもなく、ただの百本の刀を使って雇われ傭兵をやっているミフネっていう剣士」
「そいつも三船家の人間らしいんですよね。三船に付けられた名を捨て、三船の業を忘れないようにするためにミフネと名乗っているとか。昔にハヤテがそんなことを言っていたかな」
「へぇ〜……いやいや、そんなことはどうでもいいんだよ。ハヤテが悪人のリスト入りしちまう話はどうなったんだ!?」
スピリットは少しだけズレ始めた話の舵を戻す。今話すべきことはハヤテの悪人リスト入りの回避についてだ。
「ぶっちゃけちゃうと三船は滅ぼさないと不味いんだよね〜。ハヤテくんがもしそれの邪魔をしたら同じように悪人として裁かないといけない。それくらい状況は切羽詰まっているんだよ」
「今まで見逃していたのになんでいきなりリスト入りなんですか? 三船一族がなんかやらかしたとか?」
奥さんが魔女だったことが確定したのがそんなに不味かったのだろうか? とスピリットは思ったが、そりゃやばいよなと。
だがそれよりももっと危険なことになる可能性があるから三船一族はリスト入りを果たそうとしていた。
「三船は魔女を母体に職人と武器を作り出す。その力で星一族みたいにやらかしまくっているわけじゃなかったから見逃されていましたけど、三船一族の職人と武器は魔剣と同じ存在になれることが判明したんだよ」
「魔剣ってさっきシュタインが言っていた?」
「現在ハヤテとアリスは言葉通り一心同体ではないか……二心同体になっているってことは知っていました?」
「……!?」
スピリットは何度も驚いていたが、今度は驚き過ぎて反応が出来ていない。しかしスピリットはそれを否定できる材料がある。
「いやいやいや。ハヤテとアリスは別行動してたぞ。さっきも一人でシュタインの所に行っただろ?」
「件の魔剣が分離できるか分からないけど、あの二人は分離できるみたいなんだよね。アリスくんから聞いたよ」
ハヤテがスピリットとキャバクラに行っている間、アリスは死神様の元に行き、魔女の容姿以外の全ての情報を報告していた。本当はナザールの容姿についても言いたかったが、アリスはハヤテを裏切ることは出来なかった。
その時にアリスとハヤテが魔剣と呼ばれる存在と同じ構造の存在になったことを語っていた。
「元々アリスくんはデスサイズでもないのに多少の形状変化は出来ていたでしょ? 椿くんのように武器の種類を変えるわけではなく、剣としての長さや大きさを自由に変えられた。あれは本来欠片しか持っていない魔女の魂を生まれた時からある程度母体の魔女から得ていたかららしいんだよね。弱体デスサイズみたいなもん」
「ハヤテは頸動脈から胸にかけて魔女の魔法で消し飛び、アリスはハヤテと対になるような傷跡があるんですよ。いくら僕でもそこからの復活は適切な医療を早期に施し、シドのようにゾンビ化でもさせないと蘇生は無理。だけど二人は今も生きている」
「それは何故なんだ?」
「アリスがその変化能力を暴走させ、自らハヤテの体の一部となった……らしいんですけど、検査した感じそんな痕跡ないんですよね」
ハヤテの告げた魔剣の作り方のように、アリスを何らかの方法で液状化させて、傷口から融合する。火事場の馬鹿力で変化能力を進化させ、液状化し、ハヤテの中に入り、失った臓器などの代わりになる?
(無理だ)
シュタインは愛や思いの強さといったものを信じていないが、それを考慮してもここまでのことをするのは無理だと思う。たとえハヤテもアリスも魔女から生まれ、常人に比べて魔女要素が多かったとしても、そんなことは不可能だ。ただし、一つだけ例外をあげるとすれば、
(ハヤテとアリスを瀕死にさせた魔女が初めから仕組んでいたというなら可能。ハヤテとアリスを瀕死にさせて、アリスを液状化し、ハヤテと融合させる。それなら出来なくはないけど)
失敗覚悟でその実験をやるには実験体である二人は希少すぎる。魔女の魂の要素を多く持った職人と武器はほとんどいない。それこそ三船一族くらいだろう。
更に言えばハヤテが元妻の魔女から得た知識をアリスが活用し、失った部分を補強してくれている。
ハヤテの認識下ではされていないのだろう。もっとじっくり見てみないとシュタインでもどうにも出来ないことだ。
知らぬうちにハヤテの体はその魔女に改造されたらしき痕跡もあったので、アリスも改造されている可能性はある。下手したら……。
「三船一族の職人と武器を使えば魔剣、鬼神の卵を量産できる。これを残しておくにはあまりにも危険すぎるとシュタインくんも理解出来るよね?」
「はい……でも、あの二人が邪魔をしなければ」
「あの二人は殺さなくて済みますよ。一族を滅ぼした死武専の僕達と顔を合わせてくれるかわかりませんけどね」
「……」
ブラック☆スターの生まれである星一族は死武専に滅ぼされた。しかしブラック☆スターが復讐やその他マイナス感情を抱かないのは、彼が幼かったからだ。あとはブラック☆スターがBIGだから。
だが三船のハヤテは既に大人であり、スピリットは親しい仲間を失う可能性に顔を俯かせる。
「三船については最終調整があるから少し先だけどね。あとシュタインくんは大丈夫だろうけど、スピリットくんはまだ彼には言わないでね? 混乱を招くから」
「……はい」
シュタインは死神様の前だがタバコを吸う。シュタインがタバコを吸いたい時は頭をすっきりさせたい時であり、顔には出さないが彼も少し思うところがあるようだ。
スピリットにはそのタバコを吸っているシュタインの顔に、少しだけ狂気の色が見えた気がするが、こんな場面では流石にそんな顔はしないだろう。
「……そのハヤテは今後どうするんですか? 死武専で軟禁? それとも投獄なんてしませんよね!?」
死神様はやる時はやる。そして死神様が一番危険視しているのが鬼神なので、そういった行動も取るかもしれない。
「今ハヤテくんとアリスくんにはデスシティーを出てもらっているよ」
「……え? 今さっきまでシュタインの研究所に居たんすよ? しかも帰ってきたばかり」
「うん。そうなんだけど、今たまたま魔女との戦いで空白地帯になった場所があってね」
「その場所とは?」
死神様がシュタインを見て、彼に答えるように視線で命令する。
そしてシュタインはニヤリと笑って言った。
「砂漠ですよ」
戦闘は先とか言ってましたが割と早く来そうです。