許してね。
山岳地帯で爆裂魔法を二人で使って、ひとしきり環境破壊と生態系破壊を行った後。
動けなくなった俺たちは無駄に動くことを避け、暫くの間、休み続けていた。そしてある程度の回復が終わった後、眠り続けるめぐみんを背負って、アクセルの街へとテレポートした。
グリフォンを討伐したので報告の義務と報酬がある。そんなわけで冒険者ギルドへ向かう、夕暮れ時の道中。
「んっ………ここは……アクセルの街ですか……、もう日が沈みかけとは……驚きですね」
「おっと起きたのか、平気か? 結構ギリギリまで吸い取らせてもらったからな」
ようやく目を覚ましためぐみんに言葉を掛けると、肩越しに小さく頷いた。
「おかげさまでもう大丈夫ですよ。疲れもだいぶ癒えました」
「そうか、それは良かった。それじゃあそろそろ降りてくれないか? 俺も結構疲労が限界なんだよ」
体調が良さそうな事を確認した俺は、めぐみんに降りてくれるように促す。しかしめぐみんは逆にしがみ付いてくる。
「んっ………」
「どういうつもりだ? 疲労が回復したなら降りてくれよ」
「………もう少しだけこうしていてもいいですか?」
「あと少しだけなら別にいいけどさ、俺は冗談抜きで疲れてるからな? 出来れば早めに頼むぞ」
俺は軽く息を切らしながら、ふと以前にめぐみんを背負った時を思い出す。そういえば、まともにめぐみんを背負って運んでいたのは、出会ってすぐのころだけだったかもしれない。ドレインタッチを覚えてからはおんぶする必要が無くなったからだ。
それだけでなく最近のこいつは、日課の爆裂散歩を俺以外………多分ゆんゆんに頼んでいるのもあって、魔力切れのめぐみんに関わる事自体少なかったのだ。
そう考えると、めぐみんをおんぶするのは本当に久しぶりなのかもしれない。
「久しぶりですね……。こんな風におんぶしてもらうのは本当に久しぶりです。ふと私たちが出会ってすぐの頃を思い出してしまいました」
ちょうど俺と同じことを考えていたのか、めぐみんも同じような話を切り出してきた。
「そうだなぁ、パーティーに入りたいって言うお前に、初めて魔法を見せてもらったときは本当にビビったよ」
「当然でしょう。あの時初めてカズマは我が爆裂魔法を見たわけですからね。それはもう……」
「いや? 一発撃てば使えなくなる爆裂魔をどう捨てればいいか悩んだって話だぞ?」
「そっちですか!? いやもう、捨てられそうになった時死ぬ物狂いでしがみ付いて良かったですよ。実は餓死寸前まで行ってましたし」
俺たちに拾われるまで餓死寸前だった貧困少女が、今では世界を救った大魔法使いの一人だもんな。感慨深いものがある。
「そういえばそうだったな。何だっけ?『もう三日も何も食べてないのです』だっけ? あと『荷物持ちでもなんでもするから捨てないでください!』とかも言ってたな」
「う……あの時の事は忘れてください。私も生き繋ぐために必死だったのです。……それを言うなら私としても言いたいことがありますが」
俺の言葉に思うところがあったのか、少し悔しそうな反応を見せためぐみんが何かを言い返そうとしている。
「なんだ? 少なくともお前らと出会ってすぐの頃は、真面目に品行方正な生活をしてたぞ?」
「よく言いますよ。初めてスキルを覚えて帰ってきたかと思えば、人のパンツをスティールしてきたくせに」
「うぐっ!? あ、あれは故意じゃなくて事故なんだから仕方ないだろ」
確かにそうだった……。事故とはいえ、クリスとめぐみんのパンツを取ってしまったのだ。もしかすると、あの時から俺の最低な評価が決定されてしまったのかもしれない。
「私は今でも本当に事故なのか疑ってますけどね。……カズマが内心一番欲しいと思っているからパンツが手に入ってるのではないですか? 男相手だと普通に装備品を奪えたりしていますし」
「そ、そんなことはないはずだ……ぞ……?」
違うとは思うのだが……。少なくとも俺は普通に相手の持ち物を捕るのに使っているつもりだ。……深層心理とやらは知らないが。あと男のパンツは死んでもいらない。
「なんでそこで自信なさげなのですか……。まぁでも、私もあの時はカズマをどれだけ最低な男なのかと思いましたよ。一時は本気でパーティーを抜けようかと考えたぐらいです」
「そうだったのか……。まぁそりゃそうか」
年端もいかない女の子が、遭って間もない男に、公衆の面前でぱんつをはぎ取られたのだ。当然の反応だと思う。
と、めぐみんはそっと、肩に掛ける力を強めてきた。そして柔らか気な声色で、
「……そんな私とあなたが、今ではこんな関係になっているというのは本当に驚きですよ。昔の私は絶対信じなかったと思います」
「こんな関係って……まだ友達以上恋人未満の関係だろ?」
「まだ……ですか?」
「ち、ちがっ、そういう意味じゃねーよ、や、やめろっ! それ以上そのニヤケ面を続けるならこっちも考えがあるぞ」
肩越しにめぐみんを見やると、嬉しそうに唇をニマニマさせている。凄んでみるが、全くその表情を変えようとしない。それどころかさらに体を擦り付けるように密着させてきた。
もどかしくなってきた俺は、めぐみんを振り落としにかかる。
「お前っ! いい加減降りろ! もう十分元気だろうが!」
「いやですー。私を簡単に引き摺り下ろせると思わないことですね。ほらほらーカズマだって密着していて満更でもないのでしょう? 少しずつ頬が赤くなってきてますよ?」
高レベル冒険者として思わぬ握力を発揮するめぐみんを振り落とせない。一応俺も超高レベル冒険者なのだが、疲労のせいか勝てる気がしない。
……確かにおんぶのシチュエーションは悪くないと思っている。太ももや尻を不可抗力で触れるのはかなり気分がいい……うん。少し性犯罪者的な思考になってきたので自重しよう。
ともかく、嬉しいには嬉しいのだが。それとは別に、俺の反応を見て調子に乗っているこいつには腹が立つ。
「赤くなってなんてねぇよ。 勘違いするのも大概にしろ! お前の平坦な体を押し付けられて誰が喜ぶもんか!」
「おい、誰の身体が平坦でロリっ子なのか聞こうじゃないか」
「俺はロリっ子とは言ってないだろ!! 自分で言いだすってことは自覚してんじゃねーか。ということでお前を背負っても何も嬉しくないんだ。さっさと降りてくれ」
「ぶっ殺」
事実を言われて激昂しためぐみんが首を絞めてくる。それに反抗するために俺も負けじとドレインタッチを仕掛けようとする―――
と、視界の端に見知った顔が駆け寄ってきているのが見えた。
「カズマ!めぐみん!探したぞ! お前たちはいったいどこで何をやっていたのだ? 爆裂魔法が2発聞こえてきたときから心配していたが……」
ダクネスは相当に急いでいたのか、かなりの量の汗をかいている。それにもかかわらず、全く息は切らしていない。こいつのバカみたいな体力はなんなのだろう。
それはともかく、今は背中の暴力装置だ。
「あぁっ、ぐえっ、……説明するから背中のこいつをどうにかしてくれ」
「……どうしてめぐみんはカズマに背負われているのだ? いつものように体力を分けて貰えばよいだろう。というかそもそも元気そうに見えるが?」
ダクネスの訝し気な目を受け、めぐみんの動きが止まった。首を絞めるのを諦めてくれたのだろうか?
ともかく助かった。そう考えた俺がふとめぐみんを見ると……
口元をニヤリと歪めていた。
そして周りの人に聞こえるような大声で、
「爆裂魔法を撃って動けなくなった私に、カズマがあんまりにも激しくするものだから、私も足腰が立たないのです。だから背負ってもらっているのですよ」
「カ、カズマは外で一体ナニをやっているのだ!! そんなのずる……ではなくはしたないぞ!!」
一瞬頬を赤らめたダクネスが首を振り、真面目な顔で詰め寄ってくる。苛立った俺はめぐみんに向かって、
「お、お前はその紛らわしい言い方をやめろ! ちょっと体力と魔力を借りただけじゃないか」
「ぐすっ………嫌がる私を強引に手籠めにして、限界まで絞りつくしたのはカズマのくせに………」
「ゴブリンでも分かるわざとらしい泣きまねするんじゃねぇ! 大体お前自身がやれって言ったんだろうが!! しかも同意の上だろうが!!」
今回の件に関しては本当に俺は何も悪くない。おんぶしているときに尻と太ももを触ったような気がするが、あれは不可抗力なのでノーカンだ。
そんな純真な俺がダクネスに事実を伝えると、驚愕の表情を浮かべめぐみんを揺さぶり始めた。
「ど、同意の上だと……どういうことだめぐみん!! 日頃あれほど私に、エロネスだの変態令嬢だのドMクルセイダーなどと謂れの無いことを言っておいて………やはりお前はえろみんだ! 性欲魔法使いのえろみんだ!」
「誰がえろみんですか!! 私の格好いい名前を変えて馬鹿にするのは辞めてください! というかダクネスのそれは言われて当然のことですよ!」
そう言ってえろみんは、怒りの矛先を俺からダクネスに変える。ちなみに俺もダクネスのあだ名は妥当だと思っている。
と、ショックを受けたダクネスはおそるおそる……、
「わ、私は普段は清廉潔白なクルセイダーのつもりなのだが……そんなに私は性欲が強そうか……?」
「「うん」」
「んっ……そんな蔑んだ目で私を見ないでくれ……くぅ・・・・・はぁぁ」
愉悦を顔に浮かべ体をよじり出した目の前の変態に、呆れた俺は溜息をつく。すると自分のものではない溜息が横から聞こえてきた。
「なぁめぐみん、今のこいつを見てどう思うよ。ちなみに俺は変態だと思う」
「奇遇ですね。私も変態だと思いますよ」
「………うう、野外プレイをした二人に言われるのは納得がいかないぞ……」
「だからしてないっての。……色々あって二人とも爆裂魔法を使っちゃったから、回復の速いめぐみんから体力を分けてもらっただけだって」
まだ勘違いしているダクネスに俺が苦笑して答えると、めぐみんをじっと見つめて、
「……本当かめぐみん?」
「本当ですよ。……エロみん呼ばわりは非常に不本意なので弁明しておきます。カズマは襲ってきたグリフォンを倒すために爆裂魔法を使ったんです」
「そうだぞ、それで討伐の報告をするために、冒険者ギルドへ向かうところだったんだ」
ダクネスは思わぬ俺の偉業に驚愕の表情を浮かべる。
「グリフォンを倒したのか……どうやって。いや、いつもなんだかんだ言いながら苦境を乗り越えてしまうお前の事だ。あえて聞くまい。ともあれ冒険者ギルドへ向かう途中だったのなら都合がいい」
「都合がいい? 何か呼び出しでもあったのか?」
「……そういえば、お前たちは外にいて放送を聞いていなかったのだったな。私が探しに来てよかった。皆も随分長い間待っている、急いでいくぞ」
「待て待て、何なんだよ! せめて理由を教えてくれ」
そんな俺の当然の疑問に、ダクネスは急ぐ足を止めて振り返り、
「やっと魔王討伐報酬の受け渡しの準備が出来たらしい。アクアやミツルギたちが待っている」
★★★
――冒険者達でごった返しているにも拘わらず、静まり返ったギルドの中。
「冒険者、サトウカズマ殿!」
ギルドの受付の前で、他の冒険者の熱い視線を浴びながら。横に並んだ8人を代表して、
「貴方の魔王討伐に於ける助力素晴らしく、冒険者ギルドを代表し、深く感謝の意を申し上げると同時に、ベルセルク国王より賜りました感謝状を――」
そう言って、俺に深々と頭を下げる受付のお姉さんから、俺は感謝状を受け取った。
――魔王との決着から二週間が経過した今日、ついに表彰と賞金贈呈が行われることになった。
今日まで表彰が遅れた理由だが、魔王討伐の報酬は非常に高額でその準備に相当な時間を要したかららしい。
表彰式の代表を誰がやるかで、俺たち達4人、ゆんゆん、そしてミツルギ達3人で少しだけ相談したのだが、ゆんゆんは言わずもがな、ミツルギ達も『魔王討伐を果たしたのはサトウカズマ、キミ本人の力だ』とのことで、代表を辞退した。アクアが出しゃばってこなかったのは意外だったが。
「続きまして! サトウ殿への賞金授与に移ります」
受付のお姉さんの言葉に、ギルド内の熱い視線が集中する。ここからが本番だ。魔王の討伐報酬でマナタイトの元を取ることはできれば良いのだが……。
「冒険者、サトウカズマ一行! 魔王軍幹部討伐における多大な貢献に続き、今回の魔王討伐は、あなた達の活躍なければ成しえませんでした。よってここに、金二百億エリスを……」
流石に二十億エリスもは……。
「今なんて?」
「にひゃ、二百億エリスです……!」
「「「「「にひゃく……!?」」」」」
俺達は、思わず絶句した。
俺とアクアは体が震えいつもに増して挙動不審となり、ダクネスはあんぐりと口を開けて固まり、めぐみんは小声でアレを買うだのなんだの呪詛を唱えている。
ゆんゆんは思わず泡を吹き出し、ミツルギ達でさえも、余りの金額の大きさに瞳を泳がせる。周りの冒険者達も驚きを隠せないようだ。
受付のお姉さんもそれは同じようで、深呼吸してから言葉を続け、
「それでは、授与を行います。……行います。ってあれ?」
と、受付のお姉さんが素っ頓狂な声をあげて、カウンターの裏側に振り向いた。
つられてみると、その視線の先には――
報酬の金貨が詰まった大量の袋を我が子のように抱えながら、ギルド職員たちが固まっていた。
「ちょ、ちょっと皆さん! 惜しいのは分かりますが、それはカズマさん達の報酬です。早く持ってきてあげて下さい。 というかそこの職員達!『これさえあれば家のローンが……』とか『山ほどあるんだから一つぐらい……』とか言わないでください!! 上司にチクりますよ。ってそこ!今ポケットに金貨を入れたの見てましたよ!?」
……なにやら揉めているらしい。でも流石にこの場で持ち逃げする馬鹿はいないだろう。例えいたとしても、絶対取り押さえるが。
少しだけ呆れて溜息をついた後、ふと辺りを見回してみた。
食堂にはいつもは見ないような、高級そうな酒樽や、見慣れない料理人が並んでいた。いつもの席は既に埋まり尽くし、臨時の席まで用意されているらしい。そして、テーブルの上には今しがた出来上がったであろう、豪勢な料理が並んでいる。こいつら……。
現金な奴らを確認した俺は、改めて受付のお姉さんに振り返る。すると先ほどのギルド職員たちが観念したのか、金貨袋を抱えてしょんぼりと並んでいた。
そして、受付のお姉さんから声を掛けられる。
「先ほどは失礼しました。……改めまして、サトウカズマ殿! その功績を讃え、金二百億エリスを贈呈します!!」
「「「おおーーーーっ!!」」」
お姉さんの言葉を受け、俺たちだけでなく、テーブルを囲んで静かにしていた冒険者達も声をあげる。
そして……。
「まじか、まじかよ!! 二百億ってすげーな!! 奢れよカズマ!」
「うひょーー! すっごいね! カズマ様!奢って奢って!」
当然の様に奢れコールが始まる。……しかしまだ奢るわけにはいかない。
今回はいつもと違って、ミツルギ達も報酬の受け取りの対象なのだ。
「おいお前ら! 少し黙ってろ! 俺は今から大事な報酬の分け方について話し合う。奢るかどうかはそれからだ!」
俺の言葉に若干不満気な声があがるが、仕方ない。これは避けて通れない話だからだ。
とはいえ、別に俺に悩むことはない。いつでも用意周到な俺は、報酬の分け方だって予め決めておいたからだ。そういうわけで、特に緊張することも無く、討伐メンバー7人に話を始める。
「……魔王討伐報酬の二百億エリスの分け方だが、一人につき二十五億エリスにしようと思っている。つまりゆんゆんは二十五億、ミツルギ達は七十五億だ。反対意見があるなら言ってほしい」
「「「「えっ?」」」」
ダクネスとめぐみんは特に驚きはないらしい、それに対して、ゆんゆんとミツルギは驚きの声を漏らした。
「待ってくださいカズマさん!」
「ちょっと待ってくれ」
俺に向き直ったミツルギとゆんゆんが同時に声をあげた。ゆんゆんは、その凛とした表情を一瞬で申し訳ない表情に変え、ミツルギもゆんゆんをチラリと見やる。
「あ……私なんかがすみません。お先にどうぞ……」
「いやいや、キミの言葉を遮ってすまない。何か言うべきことがあるなら先に言って欲しい」
「あ、いえ………そちらこそどうぞ」
「……いや、君の方が……」
互いに固ってしまい、お見合い状態になった二人に呆れた俺は、
「……そういうのいらないから、報酬に文句があるならさっさと言ってくれ」
レディーファーストの精神なのか、ミツルギに先を譲られたゆんゆんが申し訳なさそうに、
「カズマさんは今回の戦いで、相当な額を出費したんですよね?」
「まぁそうだな。ほぼ全財産を叩いたわけだし。」
「ぜ、全財産……。それでめぐみんはこれ見よがしにマナタイトを見せつけてきたのね…………」
「………めぐみん?」
そう言うゆんゆんの顔はどこか煤けている。俺が原因の爆裂娘を見やると、何処からか最高純度のマナタイトを取り出し、ドヤ顔を浮かべた。………渡した本人の俺でもムカつくのだから、毎日見せつけられたゆんゆんなら相当だろう。
「と、ともかく、カズマさんの出費のおかげで魔王討伐を果たせたわけなので、報酬は受け取れません。私の報酬は少しでもその補填に役立ててください」
ゆんゆんはおどおどとしながらも目は本気だ。普段はこの世のチョロさを凝縮したような女の子だが、芯の強さは凄まじいものがある。普通に説得しても受け取ってくれないだろう。ちなみに俺は意地でもゆんゆんには報酬を受け取ってもらうつもりである。魔王討伐もそうだが、それ以外の時も何度も助けられた恩があるからだ。
「ゆんゆんはいつか族長になるつもりなんだよな? だったらこれは受け取ってくれ。村の運営といえば何かと金がかかると思う。二十五億エリスもあれば、あの紅魔の村ももっと良い村に出来るんじゃないか?」
「そ、それはそうかもしれませんが……あまりにも申し訳なくて……。私もあのマナタイトは使わせてもらいましたし……」
「出費の話なら、ゆんゆんだって自前のマナタイト使ってただろ。それに紅魔の里は、もしかすると俺も住むことになるかもしれんからな。住みやすい村にしてくれると助かる」
「そうなんですか……? でしたら……。うーん、でも……」
ゆんゆんのためじゃなく、他の人のため、という押しが効いているのか悩んでいる。だがまだ決断までは至らないらしい。だったら……。
「頼むよゆんゆん。ゆんゆんの友達としてこれは受け取って欲しいんだ。受け取ってくれたらこれからも友達に――」
「受け取ります」
即決だった。
最初からこう言えば良かった。
「それじゃあゆんゆんにはこの袋を……袋を……おいっ、その手を放せっ!」
尚も抵抗するギルド職員にドレインタッチを喰らわせ、ゆんゆんに金貨の袋を手渡すと、深々と礼をしてくる。本当にいい子だ………。
と、下がっていたミツルギが前に出てきた。
こいつはきっとゆんゆんと逆の理由で出てきたのだろう。俺は大きな溜息をつく。
「……お前の活躍は認めてるけど、魔王を倒したのは俺だからな? それ以上報酬を増やしてやる気はないぞ。」
「報酬を増やしてもらおうってわけじゃない。むしろ逆の話だ。……今回の報酬は僕達は受け取るべきじゃない……ということで、僕達の分はキミが受け取ってくれ」
思っていたのとは全くの逆の事を言い始めたこいつに対して、
「……どういうつもりだ?」
「どうもこうもないよ。魔王城を攻略できたのは殆ど君達のおかげだからね。魔王軍の幹部と魔王を倒したのは全てキミたちなのに、どんな顔をして僕は報酬を受け取ればいいんだ? それに君が魔王を分断しなければ僕といえど死んでいたかもしれない。実際危ない所まではいっていた。だからその袋は……」
つまりこいつは、約七十五億エリスを、その謎高いプライドで譲ってくれるつもりらしい。チート持ちの勇者といえど、その金額を簡単に稼ぐことはできないはずだ。そう考えた俺はミツルギの両隣に立つ二人を見やる。
「……ってこいつは言ってるけど、取り巻きAとBはそれでいいのか?」
「誰が取り巻きAよ! 私にはちゃんとフィオっていう名前があるの!」
「クレメアよ! アンタに覚えられるのは嫌だけど、名前ぐらいちゃんと覚えなさいよ!」
相変わらずどっちがどっちか分からない少女達が声を荒げる。
「私はあんまり乗り気じゃないけど……キョウヤの言うことならそれに従うつもりだよ」
「……一応アンタたちのおかげで助かったのは分かってるからね、納得はしてないけど」
そして、複雑そうな顔をしたミツルギが前に立ち、
「というわけだ、報酬はキミたちが山分けにしてくれ。結局……アクア様を助けることが出来たのは、僕ではなく君だからね……」
「そうかよ……」
こいつはアクアの事を女神と崇め、恋愛感情……かどうかは分からないが、俺に大口を叩いてアクアの救助に向かった。それにも関わらず、見下していた相手に助けられた形となったわけだ。プライドの高いエセ勇者様には耐えられないのだろう。報酬を受け取らないのはそのためだ。
「……サトウカズマ、どういうつもりだ?」
「どうもこうもねぇよ、さっさと受け取れ」
「ちょっ」
七十五億エリス分の袋を受け取り、ミツルギ達三人に投げつけた。予想外の俺の動きにあたふたする三人を横目に、俺はアクアを指さす。
「この馬鹿女神が勝手に家出した時、お前達がいたから無事だったわけだろ? これはその礼だとでも思ってくれればいいよ。俺は恩を仇で返すような奴じゃないんだ」
「誰が馬鹿女神よ!! それより余ってるならその金貨私にちょうだいな」
女神の尊厳より金重視かよ。優しい俺が心の中だけでツッコミを入れていると、袋を抱えたミツルギが。
「キミはどれだけアクア様に無礼を働けば気が済むんだ。 ……というか本当に受け取っていいのか」
「いいよ。それに俺はもうあんな危ない冒険をするつもりはないからな。その金で装備品でも整えて、俺が働かなくていいようにモンスターでも倒してくれ」
「キ、キミは勇者になったというのに、まだそんなことを言っているのか……」
「当たり前だろ、俺はこれからは商人でもやってぬるい人生を送るつもりなんだ。死ぬかもしれない思いなんて二度とごめんだ。お前はせいぜい取り巻き二人にチヤホヤされながら一生冒険しててくれ」
今までの様に危ない冒険してれば、命がいくつあっても足りない。ウィズ先生のおかげで多少は強くなったが、もう一度魔王城を攻略しろと言われれば百回は死ぬ自信がある。それぐらい奇跡のような戦いだったわけだ。
これだけの資産があれば商人をやっても上手くいくだろう。なにせ俺は、冒険者ギルド登録の際に商人になることを勧められた男なのだ。
と、何故か真面目な顔をしたミツルギが、
「それは本心か?」
「ん……? 本心に決まってるだろ。まさか俺が人のためにモンスターを倒す男に見えたか?」
俺は嫌味を込めて言い放つ。商人になるつもりなのはもちろん本心だ。しかしミツルギがは俺の言葉を無視して、
「……もし君の仲間が、モンスターに攫われたとしたらどうするつもりだ?」
「……金で高レベル冒険者でも雇って、じっくり待つかな」
「もし、その冒険者達がやられたら?」
「……さぁ、その時はその時だろ」
適当に吐き捨てながら俺は目を逸らす。そんな状況になった時自分でもどうするかは分からない。何処からともなく幸運だけは高い男が現れて、情けなくも必死で抵抗するかもしれないが、それは俺の知ったことじゃない。
「そうか………やっと君という人間のことが分かった気がするよ」
「……何のつもりか知らないけど、俺はお前に分かられても何も嬉しくないからな。報酬受け取ったんならさっさとどっか行ってくれ。お前は宴会とかに参加する奴じゃないだろ」
だんだん苛立ってきた俺の言葉をまた無視して、勝手に納得し始めたミツルギは小声で呟く。
「……案外、君のような男が本当の勇者なのかもしれないな」
そして、今度はハッキリと。
「サトウカズマ! どうやら今の僕では君に勝てないらしい。……いつか君にリベンジさせてもらう。この報酬はその時まで預からせてもらうよ。……フィオ、クレメア、行こう!」
そう言い放って、ミツルギ達は冒険者ギルドから出て行った。
……………。
「あいつの目標の俺って、やっぱり勇者っぽくないか?」
「その一言さえなければね。やっぱりカズマさんってばカズマさんだわ」
「どういう意味だこら!」
引っ叩かれて空っぽの頭を抱えるアクアを横目に、地面に転がるギルド職員たちから強奪した金貨袋を台に並べて、
「手元には百億エリス残っているけどみんなはどうする?」
俺の言葉を受け、めぐみんとダクネスは。
「いえ、私は結構です。今まで通り私の報酬はカズマが預かっておいてください。今まで通り、仕送りの分と生活費だけ渡してくれればそれで十分です」
「私もそれは不要だ。カズマが取っておけ。というのも、私は今回の活躍により、ダスティネス家当主として、王家から新たな領地と権限を受け取ることになったのだ。それこそ、その報酬より価値のあるものだ」
「そっか、だったらこれは俺は貰っておくぞ」
と、元気になったアクアが立ち上がり、
「それじゃあ、この百億エリスは私たち二人で山分けね!」
「そんなことを言うお前は一億エリスで十分だ」
「なんでよーーっ!」
怒りに任せて突っ込んでくる金の亡者、だってこいつに金を渡してもなぁ……
「お前は騙されやすいんだから、素直に俺に金を預けておけよ! また騙されてニワトリの卵とか買わされても知らないからな。もしそれでお前が借金を作ったとしたら、昨日言ったことなんてすぐに撤回してやる。俺はお前を容赦なく見捨てるからな!!」
「……そうね、案外カズマさんに養ってもらう方が、お金の目減りを気にしなくてもいいのかも……。分かったわ!今回はその報酬はアンタが受け取りなさいな。あとゼル帝はドラゴンの子よ」
アクアは何故かすんなりと納得した。普通の使い方をすれば、五十億なんて使いきれないんだけどな。そこまで頭は回らなかったらしい。あと、俺は別にゼル帝とは言ってない、自爆したなこのバカ。
ともかく、話はまとまった。それと同時にギルド内から歓声が上がる。
「結局報酬の半分を手にしちゃうってすげーなカズマ! ほら、さっさと奢ってくれ!」
「うひょーー! すっごい! いつもの様に褒めてあげるから奢ってよ! 私奢りに期待してお金持ってきてないんだよ」
俺たちが話をしている間にも、どんどんと注文をしていたらしい冒険者達が声をあげる。ここぞとばかりに高級食品を仕入れてきた冒険者ギルドといい、こいつらといい、調子に乗りすぎだ。
俺はその場の全員に聞こえるような、わざとらしい大声で。
「いやー、俺は堅実な男だからなー。これだけの大金が入った日は、真っ先に銀行に行ってお金を預けないといけないからなー。悪いなー馬鹿な冒険者どもに奢る金なんてないんだよなー」
「「「えっ!?」」」
「ま、まって! 私今月もうお金残ってないの!」
「う、うそだろ? 嘘だって言ってくれカズマ」
「そんな………、今日食材を捌ききれなければ大赤字だ……」
「ローンが、おうちのローンが残ってるの!」
俺の言葉に、テーブルに座っていた冒険者だけでなく、食堂のお兄さん達や、ギルドのお姉さんたちも悲嘆の声をあげる。というか最後のお姉さんはいい加減諦めろよ。
「そっかそっかー、それは残念だったな。せめてお前らの態度がもっとましならなぁ」
「ごめん、ごめんカズマ、いやカズマ様!」
「お願いしますカズマ様!私たちに恵みをください!」
慌てて懇願してくる冒険者達の声を聞いた俺は、わざとらしくドアの前で振り返り、
「おいそこの冒険者ども、この勇者カズマ様に奢って欲しいなら言うべきことがあるんじゃないか?」
「お願いします勇者様! フルコースを頼んでお金のない私に奢ってください!」
「いいぞ」
近くの席に座っていた女戦士の頼みに二つ返事で答える。
すると、どこからともなく、勇者様コールが始まった。その声は伝染し、加速度的に勢いを増していく。そしてギルド内の空気は一つになった。
もはやこの場に俺の事をバカにする奴はいないだろう。
俺は満足げにその様子を見ながら。
「しょうがねえなああああああああ!」
勝ち誇ったドヤ顔で、高らかに奢りを宣言した。
【魔王討伐報酬】金額は不明。デストロイヤーとは比べ物にならないレベルの報酬が掛けられているのは間違いないと思います。それこそエルロードで得た国家予算分の費用が浮くわけなので、案外二百億以上なのかもしれません。