神有月 作:蟠蛇ヶ森
暴論かも知れないが、ミリタリーに憧れる人々の多くがミリタリーの適性が無い。
この暴論を裏付ける最大の理由が、力無い者こそ力に憧れるからである。
ハートマン軍曹を気取る格好付けの多くが、現実では周囲から微笑みデブ並の評価しかされていないのが良い例だ。
つまり、何が要点かと言えば、強くなりたいと思いながらも行動に何一つ移せず口だけでイキる者は周囲から見下されて仕方ないのだ。
努力を続ける強い精神力を持ち、そしてその努力を意味のあるものにするための
努力賞なんてのは、小学生相手にしか価値がない。いや、それは小学生に失礼だ。
誰にとっても努力だけに終始する努力賞に意味は無い。
努力の後に結果を生む事に努力賞の価値は生まれる。
生まれ持って高い資質を備えていれば、その様な問題は意識すること無く達成できるかもしれない。
それは、努力が直ぐに結果に結びつく故の楽しみが大きいのだろう。
苦痛の中で努力したからといって、楽しみの中で努力した人間より偉いなど、結果を出さなければ誰も認めない。
そして残酷なことに何か一つぐらいは才能があると言う言葉ほど無責任な事は無い。
記憶力や思考力が低い人間はどの教科の座学も不得手であろうし、例えば体力が無いのにサッカーは駄目だがバスケは得意などということは無い。
醜いのにアイドルにはなれなくてもモデルになれると言うことも無い。駄目な者は何をやっても駄目なのだ。
そういう人間の親は往々にして、そういう遺伝子を提供する程度の親である可能性が低くは無い。
上澄みの成功者同士が結ばれ、余り者の沈殿物同士が妥協婚をする。
そして社会の求める上澄みと、求められない沈殿物が更に乖離して再生産されるのだ。
ならばいっそ、努力して結果が出ない沈殿物の人間は消え去るべきだろう。
上澄みだけを残して、沈殿物を廃棄するべきだろう。
ワインボトルの底に本来除去する筈の不純物を一緒に入れては手に取られなくなるだろう。それと同じだ。
そして…それを時代の総理大臣は実行に移した。
しかし、その総理大臣が想定できなかった事が一つある。想定しようとも想わなかったことがある。
何と、切り捨てられる沈殿物達もまた、生き残りたかったのだ。消え去りたくなかったのだ。
己の遺伝子が粗悪品だからと、他者の賢く美しく健康な高級品の遺伝子を病院や関係施設で代用できるという施策に誰もが納得をしなかったのだ。
七五三で不出来な子を生け贄として国に買い取って貰うことを良しとしない親だっていたのだ。
切り捨てる側にいる上澄みの賢人達は、意外とそんな簡単なことを考えていなかった。
上級国民には考える必要も、余裕も無かっただけなのかも知れないが…。
此処は、四国四県が重なり合う狭間の都市。
近隣には先駆けて飛び抜けて優秀な遺伝子の子供達だけを作り、五歳までに選別し、残りを特別なカリキュラムで育てたことにより、
多くの優秀な人材を輩出した実験都市があった。
とはいえ、その中でも優秀な部類の殆どが県外に出てしまった故に、地元に残っているのはその中の落ちこぼれが殆どだが。
しかし、それでも常人よりは優秀な人々の集まりであった。
上澄みのピラミッドの底辺が、沈殿物のピラミッドの平均に勝利したという証明になってしまったのだ。
その、優秀な者が優秀な結果を生み、その結果で得た財産で優秀な結果を再生産する都市の近く、
そこにはその都市に寄生して生かして貰うようにの、その都市から追い出された者達が、追い出される前に自主的に出た者達が住まう集落があった。
富裕層は富裕層を再生産し、貧困層は貧困層を再生産する。
それは教育の差や資本の差のせいでは無い。
富裕層は今あるお金を元に更に増やす能力があるから富裕層なのであり、貧困層には今あるお金を消費する程度の能力しか無いから貧困層なのだ。
しかし、貧困層は己が真っ当な手段で資産を増やせないからと、富裕層もあくどいことをしていないと資産を貯められないはずだ――――――即ち富裕層は悪人だと断定して妬みを誤魔化すのだ。
互いが互いを色眼鏡で見るから、わかり合える事は無い。
いや、わかり合える通りなど無いのだ。貧困層にしか慣れない遺伝子と、富裕層にしかなれない遺伝子は最早別物なのだから。
今回の頼人への依頼者は国、言い換えれば頼人が最も複雑な感情を持つ相手であった。
建前上の主な依頼者は四知事の連名だが、そんな事は普通あり得ない。控えめに言って『案件』だった。
政府の肝いりで作られた山中の都市、そしてその都市に入ることを許されなかった昔ながらの人々。
その軋轢は、徐々に拡大して、遂に亀裂に至った。
何かあれば都市の人々は集落の人々を疑い、集落の人々は唯一のアドバンテージである相手の恐怖を煽る為に否定も肯定もしなかった。
そして、ある時、その断層は誰の目にも誤魔化せない事態となった。
都市でも随一の資産家に生まれた青年が跡形も無く消え去った。
その青年の両親は、共に選別遺伝子英才教育プログラム『筺船』の第三期生であり、父親はその期の最上位、
母親はその期の女性の中でも美しかった事もあり、両親とも友人に官僚や資産家など、財政共に顔が利く人物であったことが大きかった。
圧倒的な税収を誇り、嘗ては平等に一人一票の民主主義だったが、納税額に合わせて一人の持つ票が変わるシステムが導入されて以降、
貧困層に集票の価値も無くなったとあっては、議員や知事達は最初から都市側にたった論調で物事を進めた。
そして、一晩の間に多くの人々が謎の消失をした集落に厳しい尋問を行った結果、
これが、頼人が呼ばれた原因の一つである。
既に先の防衛省と警視庁が母体となった防人省の人員の多くが山入りをしている。
それだけでは対処できない可能性があるので、エキスパートの嘱託職員が選別して呼ばれたのである。
どうしてその名前が出ただけで此処までの事態に陥ったのか。
土佐藩
本来、
加えて清流四万十川の源流の一つだ。土佐藩があった時代に許可無く入れなかったのも頷ける。
そもそもは人間如きが手に負える物では無い。
とはいえ、逆転の発想で、土砂や洪水の化身という側面があるなら、土木工事でその力を削ぐことが出来るとも言えた。
故に、国土交通省の人間も多く参加することで、自体は最終的に解決できるという見積もりが流れていた。
だが、先日事態は一変した。
須佐之男命系、闇御津羽神系の神々が封じていた酒神を祀った神社のある香川中央近くにおいて、
大蛇神、そしてその眷属である無数の水霊『
そして、その始祖はかの八岐大蛇に通ずる可能性すらあるという。
明確な被害こそ未だ出ていないが、時間の問題とも言えた。
その結果、防人省の人員の多くがそちらに割かれてしまった。
しかし、蟠蛇森の姫がそれに匹敵しない霊格だと誰が言ったのだろうか?
「馬鹿ね。蛇は頭が一つでも多産な生き物なのに何が驚くことなのかしら」
そう智織が呆れるのも無理は無いのだ。
防人省の人々の中にもその可能性を考えなかった者が居なかったわけでは無いだろうが、上が指針を示した以上はそれに従わざるを得なかった。
その判断をした人物は現在の防人省では珍しい一般家庭出身の人物で、資産家のお坊ちゃまが消失したからと、
他の人間が被害者であった時とは全く違う対応で騒ぐ事への嫌悪感から、多くの民衆重視という建前を打ち出したという背景があった。
だが、その理由は何であれ、その決定が何故か通ってしまった。
いかに官僚が集まっても、更にその上にいる人々は動かすことは出来なかった。
故に、此処からは頼人達嘱託職員の力の見せ所とも言えよう。
智織の姉妹みたいなものなら何とかしろとは頼人は言わないし、言えない。
何せ、人間と姉妹のどちらの味方をするかと言えば彼女の立ち位置は昔から明白なのだから。
状況証拠からすれば、集落側が住民の生け贄を以って姫大蛇の封印を解いたのは確実だというのが防人省側の部内向けの判断だった。
だが、何故幾多もある手段の中から敢えて、蛇神の封印解除を選んだのか?
何故今なのか。そして何故被害者が一人目以降現れないのか?
何故、不思議な残り香が被害者の部屋に残っているのか?
集落側が何かしたという都市側の発表と、集落の住民の自白以外、何の情報も無い中どう動くというのか。
嘗ての科学文明最盛期の伝説が駆逐されかけた時代とは違う。
神代に再び逆行し始めた現代の山に入ることの危険を殆どの嘱託職員は理解していた。
敵は姫大蛇だけとは限らない。想像も付かぬ怪異が
17:00この日の調査が終了して、この手の省庁のアフターの常として野営場所で宴会が開かれることになった。
群れるのは好きでは無いが、有象無象の話にも少し程度は益があるだろうから仕方あるまいと頼人も参加することにした。
それ程情報というのは無くて困ることはあっても、あって困ることは無い。
その宴会で、美しく、酒に強い智織は人気者だった。
「おっ、お嬢ちゃんいけるクチだねえ」
美しく妖艶な智織を酔い潰させようと男達は持ってきた酒を智織に貢ぐが、智織は文字通りのウワバミである。
土佐鶴の天平という庶民には高級な酒を丸々一瓶空にしても彼女は酔う事は無い。
精々、男達から酒を巻き上げるために酔い潰れそうな演技をはしたなくない程度にする程度である。
一方、頼人はチラチラと己の方を見てくる智織を意図的に無視しながら情報収集を図っていた。
「今回の怪異、どう見る?」
「あっ? 偉そうな坊主だな。
まあいい。今回の件だな。正直に言って難易度はべらぼうに高い。
これだけの雁首を揃えてもな。想定される相手が悪すぎる」
無精髭を生やした中年退魔師が話しかけてきた頼人にぶっきらぼうに答えた。
「だろうな。姫大蛇に神器も無く立ち向かおうと言うのがおかしい。
宮内庁も静観しているのが不思議なほどだ」
「…坊主も意外に解ってるクチか。
いや、そうで無ければこんな所には来ないか。
ところで呑むか? 酒はあるぞ」
「酒は飲まない事にしている。
鬼退治ならともかく蛇退治なら酒は相手に振る舞うのに使うべきだ」
パートナーとは対照的に酒の奢りを固辞した頼人。
薦めた中年はそれも想定していたらしく、まあ、未成年だもんなと諦めた。
「堅いねえ。死ぬかも知れない依頼の前くらい酔い潰れても良いだろうに。
ああそうだ、良いニュースがある。
モグリの姉ちゃんに加えて、イザナギ流の巫女がやってくるらしい」
「ほう、あのお嬢さんか。頼もしいな」
「違えねえ。俺たちが束になるより、よっぽどだ」
いつの間にか頼人と中年男性の周りに他の嘱託職員も集まってきた。
彼らの言い分に、そこの有象無象に自分たちを含めるなと頼人は内心思った。
頼人のプライドはスカイツリーよりは高いのである。
そんな高慢な頼人が周囲を鬱陶しがっていると、彼の知る人物の声がその場に響いた。
「お兄様っ!? お兄様ではありませんかっ!?」
頼人に駆け寄るその少女に、拒絶は無いものの一定以上は踏み入らせない態度で頼人は応えた。
「お前も来ていたのか。
彼女の名前は
現在は高知県である呪術の修行をしている。
彼女の顔立ちは人外の智織は別格にしても、人類の中では飛び抜けて整っていると言っても良かった。
その彼女は今、白い肌をほんのり赤らめていた。
「…飲んだな」
…飲酒だった。
「ええ…ヘリポートから此処に来る途中、知らない男の方達に飲み物を勧められて…
それがどうやら色々混入していたようで――」
色々な意味で犯罪だった。
勿論、最終的に一番の被害者はその若者達だった。
「で、呪ったか」
「基本的に自動発動なのでそうなりましたね。
か弱い女の子にお酒と危ないクスリを使ってものにしようだなんて有罪になっちゃいますよ」
『有罪になっちゃいますよ』が口癖の従妹に手を出そうとした愚か者がどうなろうと頼人には知った事では無い。
因みに彼女の父親はかなりのお偉いさんなので、文字通り法律における有罪にすることは難しい話でも無いのが凄いところだ。
「…ところでお兄様、今回の件ばかりは私も本気でいこうと思います」
「あの人達の指示か」
「いえ――、勿論それが無いとは言いませんが、お兄様だって本気でやるでしょう?
異界の存在が人を浚うなんて、残された者達の苦痛を考えたら有罪でも足りませんよ」
「俺のためにやるのなら止せ。俺の復讐は俺だけのものだ」
昏い瞳になった頼人に一瞬怯えを見せるも、決して引く事は無かった。
嫋やかそうに見えてその実、名家の跡継ぎに相応しい気位を兼ね備えていた。
「伯母様の事件のような事は二度と赦しませんよ。私、神隠しとか蛇とかが大嫌いなんです。
特に神隠しを目論む大蛇などは存在そのものが――――有罪です」
はっきり有罪だと断定した壽々奈は、しっかりと智織の方を見てそう言った。
彼女は一目見て智織が蛇の化生だと見抜いていた。そして頼人を起点に生身での行動を確立している事も。
彼女は退魔師として、神隠しの被害者遺族の一員として、そして女として智織の存在を赦せなかった。
一方、そんな彼女を智織は精々美味しそうな存在としか見ていなかった。
歯牙にもかけないとはこのことだろう。
何時でも呑み込める鼠の中では一際大きい程度の鼠に怯える必要など無いのだから。
いつものように余裕の笑みを返すだけだ。
そしてそれは力の差を理解できるからこそ、壽々奈を怒らせる行動となっていた。
頼人と壽々奈と智織が同じテントの中で休んでいると、そのテントを訪ねてくる者が居た。
「遅い時間にすまない。人を探しているのだが…」
そう言って、訪ねてきた女性はキレのある細い身体に小麦色の肌をスーツ姿に包んだ、健康的な美しさを持つ退魔の世界での有名人だった。
「お前は……。俺から言うべき事は無い。だから話す必要も存在しない」
頼人はその女性を拒絶した。
「…頼人君。すまない。私は、私は君のお母さんを――――」
「黙れっ!! その話をするなっ!!
謝られる筋合いも、その権利も、一切貴様にあるものか!!」
珍しく激高する頼人。
その隣で今にも呪いをかけそうな目で女性を見る壽々奈。
そして頼人の表情に愉悦を覚え、美しく微笑む智織。
「伯母様を護れずに、お父様達に公的資格を剥奪された
一体、どの面を下げてお兄様の前に現れたのですか?」
壽々奈の憎悪は凄まじいものがある。
だが、智織に言わせれば所詮彼女の憎悪は借り物か紛い物だ。
他者に押し与えられた洗脳の類いに過ぎない。見ていて滑稽だった。
対して、本来憎悪を抱いてもおかしくない頼人は、葛では無い別の人物に恨みを向けているために、その恨みを惑わしそうな葛の存在自体が邪魔だった。
「…あの日から私は贖罪のために生きてきた。
君からお母さんを奪ったような事件を二度と起こさないために」
「如何なる善行を積もうと、お父様やお爺さまも貴方の事は許しませ――――」
「口を出すな壽々奈っ!!
…お前が母を奪ったと言ったか?
己惚れも大概にしろっ!!
母は、あの人は――――、己の意志で俺を捨て置いた」
それは――――呪詛に似ていた。
呪詛使いである女性3人にはその感情の色がよく視えた。
頼人が最も憎んでいる相手は、冷遇した叔父や祖父でも無く、連れ去った怪異でも無い。
ましてやそれを防げずに公的資格を剥奪された当代最高の退魔師でもない。
怪異と共に歩む選択をして、そして現世に子を置いていった母自身なのだ。
そこには恨みだけでは無く、母への慕情や寂しさが元になっているのは言うまでも無かった。
少なくともそれは智織や葛といった年を経た者には理解できるものだった。
黒原葛は当代最高の退魔師であり、公的資格を剥奪されたモグリでありながら、最強の退魔師の名を手にする女性である。
公的戦力が別の方面に集中する中、嘱託職員側の最大の切り札であった。
そもそも彼女は昔から一線で魔を祓う有名人だった。
だからこそ、かなりの名家の御令嬢である頼人の母親の護衛に抜擢された。
そして怪異を撥ね除けられず失敗して、頼人の母方の親戚の怒りを受けて公的資格を剥奪された。
その後、当時の急進派で日本を神代に向けて時代を逆行させた総理大臣の時代の時、
葛の故郷である沖縄が独立宣言をした。
理由は幾つかある。国家中央に批判的な沖縄知事に総理大臣と知事では対等では無いのだから頭を垂れたまま会話をしろと総理大臣が言った事もある。
急進的に日本そのものが改革されていく上、他の共産主義国家と物理的に切り離された事で、
共産主義者や異国人の血を引く在日人達が最後の革命のチャンスだと捉えた事もあった。
結果として、沖縄に反日本主義者が集結して戦後最大の共産主義運動を行う事となったが、国家の対応は強硬的だった。
自衛隊が改変されて消える前の最後の任務として、抵抗する沖縄県民を全員殺害する任務が下された。
軍人には命令は絶対だ。離脱者も多かったが、それでも残存勢力を以て、
抵抗する反国家主義者を、資本主義・アメリカ・日本・島津を憎む琉球の民や、共産主義者、異国人を日本国家は容赦なく切り捨てた。
泥沼になっていく中、防人省の前身となる呪術部隊が投入されて、一気に駆逐は進んだ。
そんな中、彼らを護ったのは、彼らが散々石を投げて罵倒してきた在日米軍だった。
在日米軍は日本の勝手な鎖国により母国と切り離されたという事もある。
しかし、それ以上に、石を投げられようが罵倒されようが、そうで無かった琉球の民との繋がりだってある。
力無き者を蹂躙する行為は、自分勝手な正義であろうが、曲がりなりにも正義を掲げる彼らには許す事は出来なかった。
その内に、呪術部隊に対抗する琉球の風土に根付く独自の呪術隊が結成されて、駆逐の勢いは緩やかに止まっていった。
だが、緩やかと言っても沖縄は何度目になるのか解らない人々の血で島を覆う事となった。
そして、沖縄の外から来た共産主義者の呪術師はある提案をした。
この島を覆う人々の血をそのまま呪いに変えて、反撃をすべきだと。
これは、島に存在する光を否定して、闇に染めても敵を討つ自爆手段だった。
沖縄が滅びても共産主義の夢を残すための手段だった。
そして、沖縄の人々の中にも憎悪に染まったが故に、島を闇に染める事に賛同する者が出てきた。
そこに、葛は再び表舞台に表れた。
島の呪術を誰よりも深く識るが故に、島を染める呪い『ニライカナイ計画』による反撃を琉球の血が流れる彼女自身が妨害して台無しにした。
それによって、共産主義と異国人は力を失い、沖縄の琉球としての発言力は急激に低下した。
黒原葛はそれによって、本土ではモグリでありながら内紛を集結させた英雄とされ、代わりに彼女の地元には帰る事は出来なくなってしまった。
当時沖縄に残っていた彼女の弟も、虐めというのも生温い被害を受けて沖縄を去った。
暗い過去はともかく、一人で他の呪術師の複合呪詛を挫く事が出来るほどには葛は優秀で、それが今回の怪異解決の最大戦力とされる訳であった。
葛がテントを訪ねてきた次の日、嘱託職員による山狩りが始まった。
最初は何も無かったが、山奥深くへ進むにつれ、蛇の怪異が現れ始めた。…まるで何かを阻むように。
頼人と壽々奈は毒蛇返しの呪詛を唱えられる葛を先頭に、最も蛇の出現率が高い方向へと進んでいた。
智織は今回は別行動を取ると言って、三人で進む事となっていた。
「お兄様、智織と名乗る女が怪しいのでは無いでしょうか?」
当然の疑問を持ちかける壽々奈を頼人は一蹴した。
「だとしたらそれを防げるか?
その女でも無理だろうな」
ついでに葛を抉る様な発言を乗せて。
そして山の奥深く、深く深く入り込んだ場所に彼らは着いた。
被害者の青年の部屋にあった残り香と同じ香りが漂うそこには、何処か智織に似た美女と青年が居た。
彼女らの後ろには異界への門があり、彼らの周りには護るように大きな蛇たちが蠢いている。
無論、普通の蛇では無い。どの蛇も霊的な格はかなり高かった。
「来ないで下さい。誰かを傷つけるつもりはありません。
わたくしと優理様を放っておいて欲しいのです」
「父さんや母さんには悪いけれど、僕は乙女さんと添い遂げると決めたんだ」
彼らは手を握り合いながら追っ手を拒絶した。
「そういう訳にはいかない。私は…もう二度と置いていかれる者を生み出さない」
「人に徒為すなら容赦はしません。
神隠しは――――有罪です」
顔料を自身の腕に塗って幾何学的な紋様を描いた葛と、
紙飾りを多く付けた棒、俗に言う大麻を手にした壽々奈は、乙女と呼ばれた姫大蛇を攻撃する構えを取った。
これは、頼人の母親が浚われた時の再現のようであった。
頼人だけは何もしなかった。いや、何も出来なかった。
伝説の姫大蛇と青年が愛し合っているのも解る。
そして今までの防御と逃亡にしても余り害意が無い程度には善良な神霊なのも理解できる。
だが、これは高貴な家の人間を神が誑かして向こうの世界に連れて行くというこの状況は、
壽々奈にも、葛にも、そして頼人にも劇薬だった。
最初に動いたのは壽々奈だった。
イザナギ流の強力無比な防ぐのに難い呪いが姫大蛇を襲う。
呪いの正体も掴めない青年は良くも解らず姫大蛇を庇うように前に出たが、姫大蛇が一部本性を現し、人間の下半身から脚を尾に変えて、
その尾で呪いを弾き消した。
如何にイザナギ流を修めた巫女といえど、神霊には通じない。
次は葛の番だった。
地面が周囲の沼のようになり、波となって姫大蛇と青年を呑み込んだ。
そして青年を波で引き離した。
互いを求め合うように手を伸ばし合う二人だが、人攫いの怪異には葛も壽々奈も容赦はしない。
姫大蛇には目眩まし以上の攻撃になっていないが、それでもその内に青年と引き離せば青年を取り返せる。
姫大蛇は青年を取り戻すために人の貌を捨てて完全な蛇の姿に戻ろうとしたときだった。
二人の攻撃が止んだ。
「――どういうつもりですかお兄様」
「頼人君、解せないよ。君がこんなことをするなんて」
頼人は水を鎮める祝詞を奉じて泥の波を強制的に沈静化させていた。
「お兄様。これはお兄様のお母様の時の再げ――――」「被害者であった君なら解るはずだ。これは――――」
同時に頼人に呼びかける二人の女性。
その二人に対して頼人は、
「外野が俺を通して騙るなっ!!!!」
激昂で答えた。
そして、ゆっくりと逃亡者達の方へと歩いて行った。
「…行け。それがお前達の望みだろう。無責任に自分勝手に…幸せに――早く…、早く行ってしまえ」
頼人の言葉を聞いた逃亡者の二人は、無言で頼人に頭を下げると門を通って、この世から消え去った。
駆け落ちした二人を見送った頼人は、姿を消していく霊蛇達にも、同行する女性二人にも目もくれず、
ただ、この世の向こう側に繋がる門があった場所をじっと眺めていた。
「お兄様…? 大丈夫ですか…?」
「…頼人君、ショックだったのは解るが…」
「二人で先に帰ると良い。蛇達も帰りは邪魔をしないだろう。
それと――、暫く独りにしてくれ」
頼人を置いてはいけないと残りたそうな壽々奈の腕を掴んだ葛は首を振ると、二人で先に山を下り始めた。
頼人がその命を受けた
彼は写真で見た母親と、神隠しの犯神がその扉があった場所の向こう側にいる風景を幻視した。…幻視しようとした。
そしてそれは所詮自分の願いでしか無いと理解した。
理解できていた。
だから彼には出来る事は涙を堪えながら、気持ちを吐露する以外の事が無かった。
「母さん…」
その言葉は山だけが聞いていた。