神有月   作:蟠蛇ヶ森

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どうけい

 久し振りに夢を見た。

 あれは、まだ何故母方に疎まれるか、何故理不尽を弱者が受けることになるのか良く受け入れられない頃の事だったな。

 

 何故、祖父が辛く当たるのか、

 何故、恐ろしいものがこれ程見えてしまうのか、

 何故、誰も助けてくれないのか――

 

 未だ何も理解していなかった、弱くて愚かで無様で――振り返りたくも無い日々の思い出だ。

 

 

 周りの影がグルグルと周り出したり、隙間から涎を垂らしながら血走った目の女が此方を見ていたり、虚空から無数の手が磯巾着のように揺らめいていたり…

 誰も助けてはくれなかった。例外で祖母だけは祖父がいないときは助けてくれた。

 とは言え、祖父がいるときは悪霊や化け物達に襲わせはしないものの、遠ざけてはくれなかった。

 …それでも一定以上には奴らは決して近寄ることは出来なかったから助けられてはいたのだろう。

 

 祖母から渡されたお守りは確かに強力だった。

 肌身は出さず持っていたものだ。

 それが無くては恐ろしいことになっていた。一度身から放したときには凄い勢いで奴らが集まってきた。

 

 それでも、逆にそれさえあれば最悪の事態にはならなかった。

 ただ、恐怖にさえ耐えていればそれ以上の実害は無かった。

 けれども、それでもあの時は恐怖を感じた。

 

 

 外にいると何かに狙われるから家にいることが多かった。

 それでも、それでも――――俺には家に居場所がなかったのだ。

 

 理不尽に感じた。

 俺を置いて亡くなったとされた母を逆恨みしたこともあった。

 それを言葉に出した時は、祖父に殺される手前まで折檻された。

 誰も助けはしなかった。誰も、見ている以上のことはしなかった。

 

 仕方ない。

 この世に祖父に逆らえる人間などいない。

 そう、誰もあの人達には逆らえない。

 

 

 

 

 あれは旅行に連れて行って貰ったときだった。

 いや、本当はあれは旅行のつもりでは無かったのだろう。

 だが、それでも俺は未だ生きている。だからあれは旅行と呼ぼう。決して生け贄として捨てに行かれた訳では無い。

 そう。祖母まで俺を見捨てたわけなど無かったのだ。あの人だけは裏切ったはずが無い。そうだ、あれは家族旅行だ。

 

 

 俺はあの日、旅行先で一人、山の中へと駆け出した。

 あの人の孫で、あの人の甥にも関わらず、俺に感心を振るう者はいなかったからこそ、一人山の中に入っていけた。

 誰も追いかけてもこなかった。

 

 正直、誰かが追いかけてきてくれると思っていた。

 だって、小さな子供が一人で山の中に入っていくのだから。

 無様な期待だった。

 精々、追いかけてくるのは怪異ぐらいだった。

 

 その怪異も山に足を踏み入れるとそこからは急に引いていった。

 だからあの時俺は、山は神聖なものだと思った。

 …実際は、凡百の怪異より恐ろしい存在が居を張っていたからに過ぎない。

 

 

 思えば、あり得ないほど道が整っていた。

 確かな道があった。子供が歩きやすいように、わかりやすいように、引き込みやすいように。

 

 

 

 澄んだ小川があった。輝く木漏れ日があった。

 美しく清らかに見える風景は俺を奥へ奥へと誘った。

 道中で動物は全く見なかった。

 ただ、植物の葉や枝は全て奥へと向いていた。まるで標識のようだった。

 

 辿り着いた先には、澄んだ湖が見えた。

 何故か此処が辿り着くべき場所だと思った。そう思わされた。

 

 湖の周囲を見渡すと、近くに大きな神社があったが、行くべき場所はそこでは無いと感じた。

 だから行くべき場所(・・・・・・)へと歩いた。

 

 キラキラしたものが張り付いた木の根を潜り抜けながら進むと、

 そこには、小さな祠があった。

 

 

 その祠に近づいて、戸を開いたとき、お守りがバリッと割れて粉々になった。

 咄嗟に不味いと思った。

 

 直ぐに引き返そうとすると、磨かれた鉄細工を身に纏った、今までに見たことも無い絶世の美女がいた。正しく人外の美と言って良い。

 そう、アイツだ。

 あの時はあれ程の性悪、いや邪悪とは思っていなかった。

 

 

「私を探しに来たのね」

 

 その問いは断定に近いものだったが、あの時の俺には何のことか解らなかった。

 

「私は貴方を待っていたわ」

 

 美女――今は赤城山智織と名乗るアイツは俺にそう言った。

 

 

 

 あの時の俺は意味も解らず婚約と接吻をすることになった。

 その相手は勿論アイツだ。

 

 赤城山智織(アカギヤマチオロ)。その正体は赤城山の大蛇(アカギヤマノオロチ)。笑えるくらいそのままの名前だ。

 系譜を辿れば、かの有名な八岐大蛇を親に持つというのだから笑えもしない。

 

 きっと、俺は母の優しさに飢えていた。

 だから優しく接してくれる母性的な容姿の女性に簡単に言いくるめられた。

 今考えても本当に騙し易い人間だった。

 

 智織、いや大蛇神は俺の砕けた祖母のお守りが付いていた紐を取って捨てると、代わりに別のお守りをくれた。

 あの時は素直にそう信じたが、コレは今思えば目印(GPS)でもあったのだろう。

 しかし、実際祖母のお守りよりも強力だったから、信じた俺も仕方ないと言えよう。

 

 それにしても、今にして思えば神聖な上位者に徒なす悪物を廃する概念を付与された、闇御津羽神系の神社の家系であった祖母のお守りも凄い物だった。

 …だが、果たして同じ竜神系の祠の鍵であった可能性は無いのだろうか?

 いや、それは考えるべきで無い。祖父や叔父とは違うのだ。その証拠にそれまで怪異に命を取られることは無かった。

 

 

 

 

 そして俺は山から帰った。

 帰り道は覚えていない。必ず再会する約束をした後、帰る道はあっという間だった。

 何度振り返っても、何故か遠くに先程の女性がいるのが解った。

 そんな帰途だった。

 

 

 俺が宿に着いたときには二日が経っていた。

 俺の感覚とは随分と差異があった。

 祖父は俺に何も言わなかった。誰も何も言わなかった。

 

 心配してくれていると期待した俺が甘く浅はかだった。

 二日も行方不明だったというのに。俺はその程度の存在だった。

 

 

 智織に優しくされた直後だったから、何故か俺は脆くも泣き出してしまった。

 誰も慰めもしなかった。祖母だけが済まなそうにしていた。それでも、――それだけだった。

 祖母のお守りよりももっと必要だったものが、完全に砕け散った。

 誰も信用できない。誰も信頼してはいけない。そうで無ければ耐えられない。

 だから耐えられるように、耐える必要の無いくらいに強くならなければならない。

 きっとこの時、俺は今の俺への第一歩を歩み始めた。

 

 

 

 

 邪悪な赤城山の大蛇神。

 何故か俺に執着する怪異の中の怪異。

 何者をも見下す隔絶した絶対者。

 理解も想像も蚊帳の外から喰らい尽くす。

 所詮、あの存在からすれば俺も奴の贄でしか無いのだろう。

 

 

 

 

 

 …それでも、それでも無条件に俺を求めてくれるなら、そう悪い気はしないものだ。

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