神有月 作:蟠蛇ヶ森
「広大な畑ね。見事だわ」
「ああ、畦で囲まれた広さから測るに法人農業だろうな」
二人が高台から今回の依頼があった村を見下ろすと、見事な、それはもう見事すぎる田畑が一面に広がっていた。
未だ、その時期には早いという作物もその中には見受けられた。その作物さえも見事に実っていた。
今回の依頼はやたらと金払いが良かったので恐らく、その法人の社長だろう。
そう目算を付けながら坂道を降りていく二人。
坂道を降りて行くと、途中石碑があった。
その石碑はそれなりに新しいもので、繁栄と結界の意味が掘られていた。
「壊したらどうなるのかしらね?」
「封じ込めたものが出て行くか、来てはいけないものが来てしまうのだろうな」
「そうね」
智織が意味深に何処かを眺めながら笑うが、頼人にはどう見ても嫌な予感しかしなかった。
村の中に入っていった二人は村の中央にある屋敷へと向かった。
他の家にあったのと同様に、入り口には大きなダルマが置いてあった。
「良い趣味をしているわね」
「確かに良い漆を使っているな」
「…頼人は天然なのかしら?
いえ…、仕方ない事なのでしょうね」
ダルマの染料に人間の血が使われているとか、呪いがかけられているとかそういうものでは無かった。
ダルマ自体はごくごく普通のもの。
だから頼人には気づけない。
それが――――人間の感覚の限界だった。
今回の依頼者、屋敷の主にして農業法人社長、
農業法人にデザイナーに、他にも色々手を伸ばしていると話すとおりには有能そうな人物でもあった。
遅れてきた頼人達を喜んで歓待すると共に、直ぐに屋敷の中に通して茶と受け菓子を用意して依頼内容を語り始めた。
依頼内容は、『カタカタ』の退治というものだった。
亜久里曰くカタカタはこの辺りに出現する妖怪で、身体の何処かが欠損している姿をしているそうだ。
そして、欠けた部位を補填するために遭遇した人間から奪っていくのだという。
退治で無く封印でも報酬は変えないとも亜久里は言った。
「…そういうことね。頼人は受けるの?」
「割の良い報酬だ。引き受けよう」
「流石、話がわかる。
それでは解決までの間、この屋敷の客室でご寛ぎ下さい。
本日の食事もここの畑で取れた新鮮なものを用意しました。
どうぞご賞味下さい」
そう言って、亜久里は客室を案内するための人を呼ぶと、仕事があるといって外へ出て行った。
この時点で、智織はおおよその全容は掴めていた。
人間の思考ごときが神をはかろうとは己惚れも良いところであろう。
野菜の天ぷらにも鮎の塩焼きにも勿論毒や呪いは入っておらず、非常に美味であった。
「美味しかったわね」
「そうだな」
「ヒントだけはあげる。カタカタ自体はそんなに歴史あるものでは無いわ。
似たようなものなら私でも難なく作れるし、貴方でもなれる――――まあ、そんなところね」
「そうか」
頼人はその言葉を額面通りには信用しない。
何せ、智織の歴史は下手をすれば紀元前にも遡る可能性がある。
その様な存在が言い放つ、『歴史あるものでは無い』『難なく』程当てにならないものは無い。
その夜は満月だった。
道も明るく照らされるような、綺麗な夜だった。
だから頼人達は朝を待たずに今回の依頼を解決することにした。
村の道中は何も感じるものは無かった。
何かありそうな気配があったのは、村の外、より正確に言えば石碑の外側に出たときだった。
何かを伝うようにカリカリと音を立てながら『ソレ』はやってきた。
片足と両腕の無い近代的な巫女装束の女性。
無論、『ソレ』は生きた人間では無い。
「『
智織は心底見下したように嗤った。
「只の霊では無く、高い霊力を持っていた者の悪霊か。
成る程、報酬に色が付くわけだ」
思えば、石碑も古い物では無かったと頼人には浮かんだ。
「カエシテ…嗚呼、ワタ
「
精々、分家の分家のそのまた分家程度の者でしょうけど」
「そうだな。だが、依頼は依頼だ。
情無く心なく慈悲無く無に還そう」
智織は頼人の青さに思わず微笑ましさを感じてしまう。
何の感慨も動揺も無いのなら、わざわざ言葉に出す必要など無いのだ。
だとしても、
遠い親戚が、手足を奪われて怨念に縛られて化け物として徘徊している。
それを認識して尚、依頼だからと滅する覚悟を行動に移せるだけでも及第点ではあったが。
手と片足の無い身体で弱ったヘビの様にのたうち回りながら、手足のある生者から奪わんと悪霊はやってくる。
必死で無様な姿ながらも、その速度は決して遅くは無かった。
頼人は紙人形を取り出して、その手と片足の部分を千切ると己の血を付けて前に放った。
悪霊は溜めを作ると一気に跳躍し、その紙の手を口に咥えた。
そして蜷局を巻いたヘビの様に身体を丸め、その紙の手を大事そうに囲んだ。
それが最大の隙だった。
仏教の輪廻の考えと、神道の祓いの考えは違う。
頼人達の在り方は神道よりだ。
日本は日本と繋がる異界や、過去や未来と共に世界から切り離された。
即ち、仏の威光が極めて及びにくいのが理由の一つだ。
手と片足の無くなった紙人形を頼人は祓い言葉を唱えながら、裂いて燃やした。
すると、悪霊の身体もそれに呼応するように裂けて、消えていった。
…村への怨嗟を叫びながら。
「ネタばらしをするとね、先程の悪霊は村の繁栄のために身体の一部を奪われて捧げられたようね。
行った人物は、中々呪術に長けているわ。
始まりはあの娘では無かったのでしょう。先代のカタカタに両腕を奪われて次のカタカタになった。
そして先代のカタカタは更に前のカタカタからそうされたのでしょうね。
先代のカタカタはそのまま――まあ、それはいいわ」
「ダルマを家の前に置くのは、商売繁盛では無く、この家には手足のある者は居ないから見逃せという事か。
とにかくこれで依頼は解決だな。
…大体、こんなところであっているか? ――――黒原亜久里」
「ええ、正解ですよ。お二人ともお見事です。
ここまで早く解決してくれるとは思っていませんでした」
頼人が視線を向けた方向から、依頼人の亜久里と村人達がやってきた。
「それで? 報酬に色でも付けてくれるとでも言うのか?」
「ええ。それでも良いですよ」
平然としている智織とは違って、頼人は少しだけ険のある表情になった。
話に入れない鬱憤を晴らすように可愛らしく石碑をつついている智織は、それを見て、その表情も少し可愛らしいと思った。
「まさかとは思うが、お前と下僕達が持っている刃物が報酬か?」
「…ええ。此処で貴方にも次のカタカタになっていただこうと思います。
手と足、どちらからが良いですか?」
頼人は感心した。
道理で大量の金を気前よく現金で渡してきたわけだ。
どうせ、直ぐに回収できるなら惜しくもあるまい。良く考えられている。
悪霊を中に入れない結界に加え、入ってきたときに備え、ダルマで各家ごとを守っている辺りも用意周到だ。
「こちらは確かに依頼は解決した。今後とも良い付き合いをしたいものだと思っていたが、そちらはそうでは無かった様だな。
金を払ったままにしてくれるなら見逃そう。金払いが良い顧客は嫌いじゃ無い」
「…どちらがどちらを見逃すか、理解していないのでは?」
黒原は実に良い笑顔でそう聞いてきた。
「いや、理解はしているつもりだ」
頼人がそう言った途端、智織の横にあった石碑が腐臭をたてながら沈んだ。
「悪霊がカタカタだけとは限らないわ。立派な結界だったけれど、裏を返せばそれだけ厄い土地柄なのでしょう」
智織が口元を押さえながらそう嗤った。
「それと、カタカタを作る術場は穢しておいたわ。暫く同様の事は出来ないでしょうね。
果たして、今後作物は今までのように実るかしら?
美味しいお野菜だけに、勿体ないわね」
勿体ないわねという智織に対し、
頼人は心の中で魚と野菜ばかりの肉の無い構成に文句を言ったり、満腹だからとウコンの天ぷらを渡してきた癖にと思った。
そうやって巫山戯たことを脳裏に浮かべつつも、濡れた山椒の葉を使った呪縛の用意を行う程度には頼人は優秀だった。
黒原亜久里は智織に驚愕し、頼人の術者としての素質の高さに感心した。
「降参しますよ、今回は。
それにしても多芸ですね。一体、幾つの神々の守護を受けているのやら」
「多芸なのはお互い様だろう。
デザイナー以外にも仕事があるといっていたが、
「いえ、これもデザイナーの延長ですよ。
降参しますから、後は適当にもてなされて少し増えた報酬と共にお帰り下さい」
「話がわかるようで何よりだ」
頼人と亜久里は合意を結んだ。
しかし、納得がいかないのが村人達だ。
「黒原さん、それじゃあ俺たちはどうなる?
今後どうやって行けば良い?」
「そうだそうだ敬吾の言うとおりだ」
「あんたの失敗だ。でも俺たちにも影響があることだ。どうにかして貰わんと」
「…五月蠅いですねえ。代わりに貴方達が次のカタカタになりますか? 一人では無理でもつなぎ合わせれば一人前のカタカタになるでしょう。
ああ、冗談ですよ。暫くカタカタは作れませんからね」
その発言に急に青ざめだした村人達に、今度は亜久里は優しく諭すように話しかけた。
「まあ、次に何をするかは考えていますよ。ご安心を。
私がやりたいことは沢山ありまして、カタカタはその一つに過ぎませんから」
そう言った亜久里に村人は納得した風な形をとって、引っ込めることにした。
それから次の日の昼まで、村人達の白々しい歓待を受けながら村での時間と食事を楽しんだ頼人達は、
再び次の依頼場所――四国へ移動する為に最寄りの駅へと進むことにした。
「次は四国ね。その前に良い腕ならしにはなったかしら?」
「四国は京都に並ぶ呪術の本場だからな」
「ええ。そうね。
――それにしても、哀れだったわね。
自分達で決定している風に考えていても、結局は強者の駒でしか無いという様は滑稽な見世物だったわ」
「…ああ、まさしくその通りだ。」
頼人は勘違いをしていた。
頼人は自己決定したつもりの駒というのは村人達の事だと思っていた。
だが、智織の中ではその駒達は解釈が違った。
(頼人、貴方…と、あの黒原という男も所詮は駒に過ぎないのよ。精々良い手足になりなさい)