神有月   作:蟠蛇ヶ森

9 / 10
どうけ

 此処は四国が誇る霊峰石鎚山。

 本命の依頼へと向かう前に、下手をすれば本命の依頼以上の重要度がある別の依頼を解決する為に頼人達は向かっていた。

 

 西日本最高峰にして、天照皇大神の兄――即ち国生みの貴神の第二子に当たる…実質的に長男が廃嫡されているのでその格は口にするのも恐れ多いものだ。

 その威光を一つの像で表すことは烏滸がましいと、珠・鏡・剣――――即ち我が国の国宝と同じ形を以て表されている。

 石鎚毘古命は一柱にして弟・妹達の統合的な力を持つといっても過大表現ではあっても、無意味虚構では無い。

 実際に、石鎚山は修験者の始祖の一人と言われる踏破者、役小角は石鎚の山の霊気で大天狗法起坊と化したと言われるほどの霊山である。

 役小角は、瀬織津姫自身の抵抗が無かったとは言え、最上級の神を封じた人側の最初期の存在である事から、この霊山の格は計り知れない。

 

 そんな偉大なる神がおわす石鎚山の山奥に、一つの多くの民には知られざる神社があった。

 しかし、現在の日本の霊的怪異を押さえ、五穀豊穣を護るには無くてはならない神社の一つでもあった。

 頼人達のような霊や怪異に関わるものならばその存在を知る者は少なくない。

 

 修験者が霊験を得ようと山に入った時代には、女人禁制を求められたがそれの理由の一つが『赤不浄』である。

 古来日本では身から離れるものを穢れとした。

 この理屈より、人の身体から血が抜ける生理を持つ女性が山に入ることは、神山・霊山で獣を殺し山を血で穢すに等しい行為とされた。

 

 しかし、他にも理由があった。

 女性の役目は孕むこと。その中に新たな生命を宿す役目がある。

 そして男性は心写りしやすいもの。

 一人しか女がいなければ浮気のしようが無いが、二人女がいれば心揺れることもある。

 

 話を神社に戻そう。

 この神社は代々女しか生まれない。

 その様に遙か古代に呪術で固定された家系だった。

 その理由は効率よく霊力を孕むため。

 山の霊気を孕む為だけに、女だけの一族が誕生したのだ。

 

 嘗ては多くの悲劇があった。

 山の最高神ではないものの力を持っている、山のとある霊格が神社の女では無い、山に知らずに入った別の女を孕ませたことがあった。

 その女は処女であったにもかかわらず懐妊した。

 そして、それを相談するために近くにあった神社に寄った。

 そう、寄ってしまったのだ。

 

 その結果――――女は殺されてその血肉を当時の巫女達が食べた。

 そうやって霊気の拡散を防ぐしか無かった。

 

 山の力を制御する術も意識も無い女が霊気を孕むのは、非常に危険なことだったからである。

 このような悲劇は他にもあった。

 だからこそ、女人禁制という規則に様々な理由付けを含めて女性の山入りを封じたのだ。

 

 

 しかし、女人禁制が行われていても女達の悲劇が終わったわけでは無い。

 だからこそ、当代の巫女を護る為に頼人達は神社の管理者達から呼ばれたのだ。

 

 

「孫を…、どうか孫をよろしくお願いします。

娘は亡くなり、もうこの孫しか私たちにはいないのです」

 

 そう言って初老の夫婦は頼人に頭を下げた。

 そう、夫婦である。

 巫女は神の妻であるはずなのに、先々代の巫女は人間の男性を夫にしていた。

 これは如何なる理由があったかというと、神々への信仰と神々の影響力が失われていった時代に大きく関係している。

 

 地域の伝説では本来は霊気を孕んで巫女が次の巫女を生み、地域の安寧を図るというものであったが、それらの時代にはそうでは無かった。

 地域や隣接する地域における権力者の子を巫女が産む事で、神社や地域への配慮を図るというものだった。

 巫女は地域の生け贄であり、権力の座の副賞であったのだ。

 そして公式には父親のいない子供を巫女が育て上げるのだ。

 例外として、次の巫女へと代替わりした場合、前の巫女は人間の男とこっそり祝言を挙げることもあったという。

 当代の巫女の祖母、先々代の巫女の場合もその流れで娘の父親と熟年結婚したのである。

 

 

朔夜(さくや)、お前からもこの方にお願いしなさい」

 

 老婦人にそう言われた若い娘は、お願いしますと頭を下げつつも、少しだけ祖母に反論した。

 

「でも、お母さんが護ってくれる。きっと悪霊なんかにお母さんは負けないよ」

 

「……(かなめ)を早く楽にしてあげないといけないでしょう? 何時まで母親に縋るつもりなの」

 

 朔夜の祖母、呈香(ていか)は悲痛そうな顔で孫を見ながらそう告げた。

 

 

「…ところで俺は何をすればいい? 御家騒動のことは薄らとは知っている。

見当が付かないとは言わない。だが、依頼を受ける以上は必要な情報は渡して貰おう」

 

 興味が無さそうな目で仕事に必要な情報を寄越せという頼人。

 それに対して、呈香は当初自分が頼人達に事情を話し、その後に呈香が朔夜と入れ替わるようにして事情を話すと言うことになった。

 

 御家騒動のことを微かに知っている頼人はその条件を受け入れ、宿泊場所となる社に入って呈香から詳しい話を聞いた。

 

 

 2時間に渡る説明の後、呈香が部屋を出て暫くすると朔夜がやってきた。

 そして、朔夜が語る話は、彼女の祖母が話す内容とは大きく食い違っていた。

 

「…お前の母親が悪霊の呪いから助けてくれている…だと?」

 

「はい。授穣家の加護を担う私を呪う悪霊によって身体を壊したこともありましたが、

お母さんの幽霊が出てきて護ってくれるから大丈夫なんです」

 

 

「貴女の御祖母さんからは、貴女が生まれて直ぐ母親は急逝したと聞いたけれど、その幽霊が母親だと解るのかしら?」

 

 智織がそう尋ねるが、朔夜は自信を持って答える。

 

「はい。だって、呪いが迫ってくるとお母さんが出てきて助けてくれるんです」

 

 頼人は少しだけ痛ましげに智織に目配せをし、智織は少しだけ愉しそうに目を細めた。

 

「大凡の内容は理解できた。俺は今回の怪異を解決する。

問題は無いな」

 

「…本当のことを言うと、私のピンチが来る度にお母さんが来てくれるならそれでも良かったんですけど…

そういう訳にもいかないんですよね…」

 

 

「依頼通り悪霊は祓う。そこに例外は無い」

 

「解りました。お願いします」

 

 

 その後、頼人の従妹と朔夜に交流があった事などが発覚し、軽く雑談をした。

 そして朔夜が出て行き、襖が閉まると同時に智織はこらえていた嗤いに耐えきれず、口元を押さえて淑やかに嘲った。

 

「…本当に道化ね。笑わせる玄人に思えるわ。」

 

「ああ、そうだな。血縁だけで無償の愛が約束されるものか」

 

 頼人は血の繋がった親子の絆など信じてはいない。

 己が実の両親に捨て置かれた存在だからだ。

 

「あら、私はお母様に良くして頂いたわよ。

…姉妹の中には私の腹の中に入ったものも居るけれどそれはそれね」

 

 血縁の絆に関して言えば、智織の方が信じていると言って良い。

 そして、その智織にとっては血縁への憧れを自己否定する頼人もまた道化の一人だった。

 

 

 その夜、朔夜を囮として彼女を呪う悪霊を誘き出す作戦が実行された。

 神聖な神社の外、敢えて穢れを許す場を作り出して、そこに用意した結界の内部に朔夜を置いて悪霊を呼び込むのだ。

 

 この山で命を落とした不特定の有象無象な霊達と共にそれは来た。

 かつて『授穣要』と呼ばれた女の霊。朔夜の母親が来たのだ。

 

 

「お母さんっ!!」

 

 朔夜が結界から出て彼女の母親に近づこうとするのを智織が手で封じた。

 同時に頼人は八角の実を潰した液を浸した紙の剣を要に向けた。

 

「頼人さん、何するんですかっ!!

お母さんは味方ですっ!!」

 

 慌てる朔夜を心底哀れむ目で一瞥した頼人は残酷な事実を告げた。

 

 

「俺はこの場に悪霊として現れた存在を全て滅すると契約している。

この世に未練を残して留まった霊は全て抹殺する」

 

「うそ…やめてっ、やめてぇぇっっ!!!!」

 

 この後頼人が行う事を想定できた朔夜は絶叫した。

 頼人はそれを気にすること無く、要の霊を他の有象無象の浮遊霊と共に剣で刻み落とし、祓った。

 そしてその霊達は消え去る寸前に不可視の舌によって智織に呑み込まれたが、気が付いたのは頼人くらいだった。

 

 絶叫しながら頼人が作った結界を強引に壊すように出て行こうとする朔夜の額に、頼人はそっと手を触れると祝詞を唱えた。

 途端に糸が切れるように朔夜は倒れた。

 従妹と同い年の少女の悲壮な姿を見ても頼人に共感するような様子は見られない。

 鋼の仮面と精神を持っていると依頼人達に語られるその評判は伊達では無かった。

 

「面倒なことになる前に、此処を去るぞ」

 

「頼人、明日の朝ご飯も食べてからにしない?」

 

 

「俺には、自分の子供であれば親は愛してくれるものだと信じる甘えた奴の顔が目障りだ」

 

「…そういうことにしておくわ」

 

 

 頼人達がもう場所を発つという旨を呈香に伝えると、呈香は怪異を解決したことを感謝すると共に頼人達を見送った。

 

 

 

 見送られて再び山道を歩んでいく頼人達。

 ふと、頼人は先程の一家を思い出してその事を口にした。

 

「覚えているか、あの娘の祖母の話を」

 

「ええ、覚えているわ。確か――――――

自身の母親の手によって、恋人と無理矢理別れさせられて、強制的に有力者の女にされたあの子の母親は、

自身の不幸の証明でもある我が子を呪って死んだのよね」

 

 

「ああ、娘には悪いことをしたと言ってはいたが、腹の中ではあの老婆は世のために仕方ないことだと想っているのだろう」

 

「実際にそうでしょう。あの一族は地域に貢献しているわ。

…それに、虐げられたものは痛みを知り優しくなるわけじゃ無い。

その痛みを次のものにも教えようとするのが常というものよ」

 

 

「娘に一族の要と名付けた祖母もまた、香りを呈す…生まれ持って身を売ることを示すような名前を与えられ、そう育てられたのだろう」

 

「それにしても、あの子の名前の意味も哀れね」

 

 

「朔夜、月の無い暗闇の夜――即ち己の人生の不幸。

お前は私の不幸の証明だと、実の母親に呪われて生まれてきたにも関わらずに、記憶にも無い母親の姿を求め信じ込む姿は哀れすぎて笑う気にもならない」

 

「そうかしら、私には十分笑える内容よ。

もしかして笑いの沸点が低いのかしら?」

 

「さあな」

 

 朔夜を呪う悪霊の正体であった彼女の母親を、頼人は朔夜自身の目の前で祓った。

 朔夜を苛む呪いの正体を母親自身と告げないまま。

 敢えて不特定多数の悪霊を呼び込み、それらごと母親の霊を祓うことで母親自身が呪いをかけた証拠を有耶無耶にしたまま。

 そして、母親を理由無く他の悪霊を祓うために巻き込んで抹消したという誤解を残したまま。

 

 そんな悪役を甘んじて請け負った理由は彼自身に言わせれば、有象無象の誤解を解くような必要性も無いからだ、と言っただろう。

 だが、智織は理解している。

 頼人は未だ自身を捨てた母親のことを割り切れていない。

 割り切れた振りをしているだけなのだと。

 

 だと言うのに、強がって斜に構えて無条件の母の愛を否定する姿は、結局の所与えられて当然のものを自分だけが与えられなかったわけでは無く、

本当は存在しないものだと気が付かない偽善者達が存在していると思い込んで嘯くだけだと主張しているだけなのである。

 

 朔夜の祖母からも、娘の忘れ形見として後悔と共に愛情を注ぎつつも、残すべき血筋の末端としての『役割』を求められ、

母親から捨てられるどころか呪われるという立場に、同情や共感など持たない顔をしておきながら絆されていたのだ。

 

 その姿を道化と言わずしてなんと言おうか。

 智織はその事実を心に留めようとしながらも、笑いを抑えることは出来なかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。