生存本能ヴァルキュリア 作:ろっぴー
「ざーんねんだったねー」
一ノ瀬志希はそう言って笑うと目の前で倒れた人影たちに目をやった。
遠くに二人――橘ありすと高森藍子が、そして志希のすぐ足元に相葉夕美が地面に伏している。
彼女たちはアインフェリアと呼ばれる世界の秩序を護るために戦う戦乙女、そして志希はLiPPSと呼ばれる「かつての」戦乙女に属する。
「PaはCoに強くCuに弱い。CoはCuに強くPaに弱い。そしてCuはPaに強くCoに弱い。こんな小学校で習う力学均衡式(パワーバランスルール)を無視して志希ちゃんに挑むなんてさー、夕美ちゃんはカミカゼ志願者なのかな?」
志希が足元に伏した夕美を一瞥しながらそう言うと、夕美の背中が僅かに動いた。
「……力学均衡式、そんなの、分かっているに決まっているでしょう」
震える声で答えながら夕美は身体を起こす。
「……それでも、あなたを足止めさえ出来れば」
「足止め?」
夕美の言葉に志希は僅かに眉間を顰めた。
「そう、足止め……伝説の戦乙女LiPPSを相手に無事で済むなんて初めから思っていないもの」
夕美はそう言って笑うと続けた。
「それでも……それでも私は、世界の秩序を護る今の戦乙女アインフェリアとして退くことは出来ない!」
震えながらも凛とした決意の籠もった言葉に、志希が一瞬すくむ。
「うぅ……夕美さん」
夕美の遥か後方で伏していた藍子が意識を取り戻し、顔を上げるとそれを見た夕美は優しく笑った。
「藍子ちゃん、ありすちゃんをお願い。あと、美波さんと文香さんによろしく伝えて?」
「夕美さん! そんな、そんなこと言わないでください。そんな、サヨナラみたいな……」
言葉に込められた「なにか」を察した藍子が悲痛な声を上げるが、夕美はそれに応えることなく志希と対峙した。
一瞬すくんでいた志希だが、すぐにいつものような飄々とした顔を繕い
「やっぱり、夕美ちゃんはカミカゼ志願者だったんだねー」
と笑った。
だが、その瞳の奥は最大限の警戒を光らせ、静かに攻撃に向けた構えを拳に忍ばせていた。
「でもさー、カミカゼは起きないよ。今の世界は力学均衡式に完全に支配されている。それを越える術(イレギュラー)はまだ確立されていないんだから」
志希が冷静に、そして淡々と言いながらも口の中に含んだまま言わずにいた言葉を夕美が引き取る。
「確立されていない、けれどその可能性は示唆されている、よね」
「……シンデレラ・パワー」
ありすを抱きかかえた藍子が小さく言うと、夕美は振り返らず、けれど深く頷いた。
「私たち戦乙女を超越した乙女たちのもつ力学式の総称、シンデレラ。ただ、それはまだ理論上の存在でしかないけれど、彼女たちの力は力学均衡式を超越しているとされているわ」
「証明されていない理論は実在するとは言いませーん」
そう言って軽く笑うが、志希は決して言葉通りにそれを否定出来なかった。
かつて、その片鱗に触れたことがある、と言って奇異の目で見られた過去は彼女の心に小さな傷を刻んでいた。
「私に、その資格があるかは分からない、だけど、もし、もしその可能性が1%でもあるなら私は……!」
夕美はそう言うと両手を空にかざし、激しい光を集めた。
「私の、全てを……!」
夕美の手から放たれた薄紫色の光が志希に当たると辺り一面は目を開けていられないほど眩く煌めき、だが、それは刹那のことだったかのように瞬時に静寂に包まれた。
「夕美……さん……」
閃光に目がくらみながら、藍子はその光源に夕美の姿を探した。
藍子の視界に映し出されたのは、まるでスロー再生された映像のようにゆっくりと仰向けに倒れていく夕美と
「にゃっはー」
僅かに傷つきながらもそう言って笑う志希の姿だった。
「まさか夕美ちゃんがオーバーロードを使ってくるなんてねー」
愕然とする藍子を見やると、志希は少し戯けたように
「今の力学均衡式において唯一確認されている例外、という意味でオーバーロードの選択は実にクレバーだなってさすがの志希ちゃんも感心しちゃったなー」
と言うと小さく息を吐いた。
「でもねー、それはシンデレラ・パワーには及ばないし、なにより、SランクのオーバーロードはSSランクのオーバーロードに及ばないってところに気付けなかったのが敗因だねー」
さらに志希は小さく息を吐く。
「ま、術者自身もそのエネルギーで傷ついてしまう諸刃の剣であるオーバーロードをこんな至近距離で打ち合うなんてのは初めてだったし? 結果的に志希ちゃんもこーんなに疲れちゃったし?」
くるりと志希は背を向け
「いいサンプルも採れたことだし、だからもー志希ちゃん帰るねー」
ひらひらと手を振りながら志希はその場を去って行った。