生存本能ヴァルキュリア 作:ろっぴー
高度治療室の入口前にある長椅子に一人、ありすは座っていた。
両腕、両足に痛々しいほどの包帯を巻いてはいるが既に自分のことは自分で出来るほどに回復していることは幸い……なのだが、ありすはそれを素直に享受することが難しいという面持ちでうつむいていた。
と、高度治療室のドアが開き、中から柳清良が出てきた。
「清良さん」
ありすの声に清良が振り向く。
「ありすちゃん」
「あの、夕美さんは……?」
その瞳がたったひとつの答えを求めていることを承知しながら、そしてそれを伝えることの出来ないもどかしさを飲み込んだ清良はつとめて優しい笑顔を作った。
「とっても静かに、穏やかに眠っているわ。バイタルも安定しているからもう一般治療棟に移しても大丈夫なくらいよ。あとは夕美ちゃんの回復を待つだけね」
そこまで言うと、清良は自分を見つめる真っ直ぐな視線に折れたように零した。
「いつ意識が戻るかは分からないの。私たちに出来ることは夕美ちゃんの生命力を信じてその時のために全力でサポートすることだけ……ごめんなさいね」
「あ、い、いえ……」
清良を責めているわけではない、とありすが答えようとしたところに
「ったったたたた、たいへんでしゅ! あ、かかかっかんだ」
道明寺歌鈴が足早に駆け寄ってきた。
「歌鈴ちゃんどうしたの?」
「っそそその、っあ、ああ藍子ちゃんが居ないんです!」
ただでさえそそっかしい気のある歌鈴が更に動揺を隠しきれないという感じでそう言うのを聴くと、ありすは椅子から立ち上がり、その場を去ろうとした。
「ありすちゃん!」
転びそうになった歌鈴を抱きかかえた清良の声を背に、ありすは振り返ることはなかった。
数日ほど雨降りの日が続いていたのだが今日は穏やかな日差しに恵まれ、施設からほど近い小高い丘に咲く花々はそよぐ風に心地よさそうに揺れている。
心当たりは
「藍子さん!」
花々に囲まれるようにして座る姿にありすは声を掛けた。
「……ありすちゃん」
呟くように藍子はそう言って向き直り、笑顔を浮かべた。
「どうしたの? こんなところに」
「それはこっちの台詞です! 勝手に施設を抜け出したりして、歌鈴さんがいつも以上に動揺していましたよ!」
思わず語気が強くなってしまった、とありすは言葉を止めたが、藍子は笑顔のまま、ごめんね、と答えた。
「お天気が良かったからついお散歩したくなっちゃって」
「なら、ちゃんと言付けをしておくべきです、皆さん心配して――」
「ありすちゃん」
ありすの言葉を遮るように藍子はそう言葉を挟むと
「隣に、座って?」
そう言ってありすを手招きした。
言葉のやり場に困ったありすは、はい、と小さく答えると藍子の隣に座った。
「いいお天気だね」
そう言って目を閉じる藍子はありすよりも包帯に覆われた面積が多く、細くしなやかな指も包帯で保護されている。
「……そうですね」
そう言いながら藍子の指先を見たありすは、そこに編みかけの花冠と、無造作に手折られた花があることに気付いた。
「藍子さん、これ」
「うん、夕美さんお花が大好きだから、早く目が覚めてくれるようにって」
ありすの方を向いて藍子はそう言って笑顔で答えた……のだが
「でも」
精一杯の笑顔を作っていた藍子の瞳に大粒の涙が浮かぶ
「指が震えちゃって……私、怖くて、もし、このまま、夕美さんが……」
「藍子さん!」
編みかけの花冠に零れる涙を、もう笑顔を繕うことの出来ない藍子の顔を思わずありすは抱きしめていた。
「ごめん……ごめんね……しっかりしなくちゃいけないのに……」
泣き声を噛み殺しながらそう呟く藍子に、ありすは掛ける言葉が見つからず、ただ静かに抱きしめ続けるしかなかった。
――藍子さんも、夕美さんも
ありすはもらい泣きしてしまいたい気持ちを必死に堪える
――私を護るためにこんなに傷ついて、こんなに心を痛めて
志希との戦いで真っ先に倒されてしまった自分の未熟さを恨む
――私が、私が子供だからっ……!!!
常々子供扱いされることを嫌い、一人の存在として認められることを目指しているありすにとって、その事実を否応なく突きつけられたことは屈辱であり、同時に、打ちのめされる思いであった。
「弱さを受け入れることこそ大人になることの一歩ですぞ、橘氏ー」
ありすの背後から、そんな戯けた声が発せられた。
慌てて振り返るありすと、涙に濡れた顔を上げた藍子の瞳に映ったのは
「フレデリカ……さん?」
「はいはーい、フレちゃんだよー。元気してるー? 藍子ちゃんに橘氏ー」
ありすの言葉にそんな返事をするLiPPSの戦乙女、宮本フレデリカ。
掴み所の無い性格でありながら、いや、それ故に実力を推し量れないフレデリカが目の前に居ることに、ありすは息を飲んだ。
――今、ここで
フレデリカと渡り合うのは無謀以外のなにものでも無いが
――藍子さんだけは私が護らなくては
そう、覚悟をした。
「おやおやー? 顔が怖いですぞ橘氏ー」
フレデリカはそう言うと両手をありすの前に差し出し、戦う意志はないと現した。
「フレちゃんはただお話をしに来ただけだよー。って、言ってもさっき美波ちゃんと文香ちゃんに解放してもらった帰りに見かけたから立ち寄っただけなんだけどねー」
フレデリカのその言葉に、ありすはハッとした。
先日の戦いはLiPPSの二面攻撃によって戦力が分断された状態であった。
美波と文香は塩見周子、速水奏、宮本フレデリカの三人を相手に、ありすたちは一ノ瀬志希と城ヶ崎美嘉を相手にする手筈となっており、美波たちはフレデリカを捕虜として捕らえたと報告がされていた。
「そんな、せっかく捕らえたのに美波さんと文香さんが解放するなんて考えられません」
ありすが睨むようにしてそう言うと
「そんな怖い顔しないで欲しいですぞ橘氏ー」
フレデリカは戯けたようにそう言って笑った。
「んーまぁ今のフレちゃんたちは敵対関係にあるから警戒するのは仕方ないかもなんだけどー」
スッとそこでフレデリカの表情が真剣なものに変わる
「戦乙女の名において、正々堂々とあるべきだと――」
そこまで言いかけたところで猫のようにフレデリカの表情がまた変わる
「フレちゃんは思うなー。だから、ね? 藍子ちゃんと三人でーお話しよーよ?」