生存本能ヴァルキュリア 作:ろっぴー
「……そうですか、フレデリカさんがそのように」
空調機の音が低く響くミーティングルームで鷺沢文香は目の前に座っているありすと藍子を真っ直ぐに見ながらそう言った。
丘でのあらましの報告を兼ねつつ、その時に二人がフレデリカと話した内容の真偽を確認するために問い質したありすたちは文香の次の言葉を待っていた。
「その……フレデリカさんのお話が是か非か、ということについて私がお答えすることは難しいのですが……」
ゆっくりと、しかし言いよどむ様子ではない文香の言葉が紡がれていく。
「アインフェリアとLiPPS……いえ、戦乙女の存在そのものの根幹に関わるお話として聞いてください……」
人間の心の核(コア)にある潜在的な力を発露させる力学式が発見されて以来、人類はその力を用いてさらなる発展を手に入れることに成功した。
しかし、大いなる力というものは繁栄をもたらすと同時に、力そのものに魅せられてしまった人間の弱さから破滅へと向かう側面を持つ。
多くの研究者たちのたゆまない研究の結果、その負の側面へと向かう力を抑え、均衡を保つことで世界の秩序を護るシステムを作り出すことに成功した。
それが現在の力学均衡式であり、その守護者として選出されたのが清純な心の核を持つ乙女たち。
畏敬の念を込めて名付けられた乙女たちの称号は神話に登場する戦乙女――
「それが……私たち、ヴァルキュリアと呼ばれる存在です」
文香はそこまで言うと少し呼吸を置き、水を一口含んだ。
ありすと藍子もそれにならい水を飲む。
「しかし……悪しき力というものは押さえつければ押さえつけた分だけの反動を持ち、いずれ暴発するという危険性は認識されていたものの、具体的な対策は講じられずにいました……」
講じる術がなかった、というべきでしょうか、と文香は呟いた。
「その悪しき力が暴発する予兆を検知した戦乙女……LiPPSの皆さんは今の私たちと同じく世界の秩序を護るために悪しき力の根源へと赴いたのです……」
そんな、と藍子が小さく声を零した。
「対策もないのに……どうして戦ったんですか?」
藍子の言葉に文香はその長い睫毛を伏せるようにゆっくりと視線を落とした。
「……それは」
文香は再び視線をあげ、真っ直ぐに藍子を見た。
「おそらく……夕美さんと同じ覚悟だったのではないか……と」
夕美の名前を聞いて、藍子は息を飲んだ。
「LiPPSの皆さんの決死の行動によって悪しき力の暴発は抑えられ……今の私たちがあるというのは間違いありません……」
――なら、なぜ?
ありすはそれを文香に問うていいのか迷っていた。
――なら、なぜ今、LiPPSは人類に敵対しているのか?
そんなありすの様子を見た文香はどこか寂しそうに微笑んだ。
「これは……美波さんと一緒にフレデリカさんから聞いたお話を踏まえての、私の個人的な推測ですが……」
そう一言断って文香は続けた。
「先日のLiPPSの二面攻撃作戦では精神的支柱である美嘉さんの姿がありませんでした……」
ありすと藍子の瞳に驚きの色が差す。
「フレデリカさんのお話が本当だとするなら……暴発しかけていた悪しき力の全てを美嘉さんが自分の心の核に封印し……それと同時に美嘉さんの意識そのものも心の核に封印されてしまい……深い眠りについたままとなっていることが考えられます」
ありすと藍子はフレデリカの言葉を思い返す。
「便利すぎるものってさーあるとやっぱり便利だけど不自由で不便だよねー。あれ? それってどっちなんだろー?」
「もうさーそういうのいっぺん、こう、ぜーんぶナシってしちゃたらダメかなー?」
――もしかすると
その言葉の意味するものについてありすは考えを巡らせた
――フレデリカさんたちは美嘉さんのために
もし自分が同じ境遇にあったら、その考えに至るかもしれない
――美嘉さんを取り戻すために秩序を否定しようとしている?
それは身震いするほどに恐ろしく、そしてあまりに悲壮な覚悟に思えた。