生存本能ヴァルキュリア 作:ろっぴー
ソファの上で目覚めた奏はゆっくりと身体を起こすと額の汗に触れた。
――嫌な夢ね
そうため息と同時に斬り捨ててしまいたい微睡みの中で見た映像は
――美嘉
部屋の奥にあるベッドの上で眠る美嘉と莉嘉の姿が現実であることを奏に突きつける。
奏は二人の姿を確認するとゆっくりと息を整え、ソファから立ち上がる。
「やっほーただいまー」
フレデリカの暢気な声が部屋に響く。
奏が物憂げな視線をフレデリカに送るとフレデリカは笑顔で手を振って答えた。
「奏ちゃんなんだかいつもより31.415倍くらいミステリアスな感じーもしかして寝起きかなー?」
「……色々と指摘したいところがあるけど、乗らないわよ」
奏がそう言ってフレデリカの言葉を軽くあしらうと、フレデリカは芝居がかった様子で
「あああ……LiPPSのミステリアスビューティー担当の奏ちゃんを心から褒め称えただけなのに、なんとも連れない」
と天を仰ぐ。
「それで?」
フレデリカの小芝居をもいつものこととあしらいながら、奏はフレデリカが何かを含んでいることを察し、言葉を促した。
フレデリカはその言葉を受けると小芝居をやめ、少し悪戯な笑みを浮かべた。
「今日は無事に帰還したフレちゃんおかえりパーティに絢爛豪華なゲストをお招きしましたーこの方でーす!」
と両腕で奏の視線を誘導した。
その視線の先に居たのは
「奏ちゃん」
その声に、奏は顔が一瞬強張る。
「美波……」
フレデリカに誘われた視線の先にいたのはアインフェリアのリーダー、新田美波。
先日の戦闘で数的不利をものともしない戦乙女……いや、戦女神の如き強さを見せつけられた印象が奏の脳裏をよぎる。
「何をしに来たの? っていうか、フレデリカ?」
奏は両腕を組み、不満であるという意思表示をしながら美波とフレデリカに問いかける。
奏の様子に美波がフレデリカを見やると、フレデリカは、気にしないで続けて、と笑った。
「フレデリカちゃんから聴いたの。なぜ戦乙女LiPPSが人類に敵対するような行動を起こすようになったのか、その理由を」
美波の言葉に奏はフレデリカをきつく睨むが、フレデリカは全く気に留める様子もない。
二人の様子を見た美波は言葉を続けた。
「今の力学均衡式によって保たれている世界の秩序では悪しき力の集約は留まることを知らず、いずれまたカオスと化して暴走してしまう……」
そう言うと美波は奏の背後にあるベッドに目をやる。
「美嘉ちゃんと莉嘉ちゃんのように戦乙女の誰かが封印の依り代となることで一時しのぎは出来るかもしれないけれど、それは根本的な解決にはならない」
美波の言葉を聞いていた奏は、そうよ、と言うと美波に向き直った。
「あまりにも世界は無責任に力学均衡式を使いすぎたのよ、負の側面には蓋をしたまま」
奏は自らの言葉に感情が昂ぶる。
「カオスの浄化という最終対応策の完成を封印というその場しのぎの防衛策だけで先送りにして、そのせいで美嘉は……」
奏の言葉がその先を紡ぐことを止めたのを受けて美波は静かにまぶたを閉じた。
「それでも」
美波はそう言うと真っ直ぐに奏を見つめた。
「封印を解けば美嘉ちゃんと莉嘉ちゃんとカオスはそれぞれに分離して二人を救うことだけなら出来るのに、それをやらないのは美嘉ちゃんの意志を無駄にしないため、だよね」
奏はその言葉に弾かれたように美波を見る。
「解放されたカオスによって多くの人々が傷つくような未来を望まない、美嘉ちゃんの優しさを奏ちゃんが一番知っているから――」
「そうよ」
美波の言葉を奏が遮る。
「だからなんなのって話よ」
奏の瞳が虚ろに澱む。
「美嘉を犠牲にして保たれる秩序なんて私は望まないわ」
そう言うと奏は力なく笑った、ように見えた。
「依り代が必要なら、美嘉じゃなくていい……」
奏の瞳が鈍く光る。
それを察した美波が、奏ちゃん! と制するが奏は止まらない。
「同じ戦乙女の……アインフェリアの美波を依り代としたってなんら変わらない……!」
奏は腕を天に突き上げ、指で印を描く。
それはかぎ爪のように細い、三日月の形をしていた。
「お人好しの美波、人類のため……美嘉のために……」
奏の瞳の鈍い光は大粒の涙となって零れていた。
「依り代と……なりなさいっ!」
奏が手を振り下ろすと黄金色の三日月が美嘉と莉嘉の上に舞い降りていく。
二人の止められた時間と、歪められた時空が再び現在に紐付いていく。
大きなガラスが割れるように空間が割れ
そして、封印は解かれた。