生存本能ヴァルキュリア   作:ろっぴー

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第9話

「んー夕美ちゃんはこれが限界かー」

「うん……これ以上はちょっとキツイかな」

 

 志希と夕美は向かい合い、お互いの手を重ねてエネルギーの調整を行っていた。

 苦しそうな表情を浮かべる夕美を見ながら志希は考えを巡らせていた。

 

――あの時

 

 オーバーロードがぶつかり合ったあの瞬間、志希は力学均衡式の上限を超えるエネルギーの発露を感じた。

 例外的位置づけにあるオーバーロードはその能力者も限られており、未だ研究が進んでいない部分も多い。

 

 オーバーロード同士を重ね合わせると力学均衡式の上限を超越したシンデレラ・パワーに限りなく近いエネルギーを生み出すことが出来る、という仮説は前例がなく、またそれを補うような理論もない。

 

「だけど」

 

 肌で感じた、などという言葉は非論理的で一笑に付すものでしかないのだが、志希はあの邂逅で感じ取った直感をぬぐい去ることが出来なかった。

 

「もう少し……頑張ってみるね」

 

 思考の中にあった志希に、夕美は笑顔を浮かべてみせた。

 

「いやーこれ以上はなかなか――」

 

 志希がそう苦笑いを浮かべながら答えようとしていると、ドン、という音と共に美波、フレデリカ、周子、奏の四人が文香の結界内に飛び込んできた。

 

「皆さん!」

 

 ありすが悲鳴にも近い声を上げると、美波は手を上げて駆け寄ろうとするありすを制した。

 

「大丈夫、ちょっと隙を突かれただけだから」

 

 美波がそう言って笑みを浮かべると、隣に立つ周子がスカートの埃を払いながらフレデリカと奏を見た。

 

「時間稼ぎも楽じゃないねー」

 

 フレデリカと奏は顔を上げるが、大きく肩で息をする姿からかなりの疲弊を感じられた。

 

「みんな、少しここで形勢を整えておいて」

 

 美波はそういうと力を手に集約して光り輝く戦槍を作り出した。

 

「ちょっと待った!」

 

 カオスに向かって飛び出そうとしていた美波を志希が引き留める。

 

「美波ちゃん、その力……それってオーバーロードの応用、だね?」

 

 その言葉に美波は頷く。

 

「でも、どうしてそれを?」

 

 美波が不思議そうにそう言うと、志希は得心した表情を浮かべて瞳を閉じた。

 

「そっかー」

 

 美波が戦女神の如き圧倒的な強さを誇る理由の一端を見た志希の頭はすさまじい速さで自らの仮説を補強する理論を構築していく。

 

「やっぱり志希ちゃんってば天才~」

 

「よーし! 思いっきり暴れちゃうぞー! ガオー☆」

「こら莉嘉! 一人で突っ込まないの!」

 

 旋弾の合間を駆け抜けていく莉嘉を美嘉が追う。

 

「だってー。おねーちゃんと一緒に戦えるなんてチョー最高じゃん!」

「そうやって浮かれていると、ほら」

 

 莉嘉の背後に襲いかかってきた旋弾を美嘉が打ち落とす。

 

「後ろを取られてるし!」

「そーゆーおねーちゃんだって!」

 

 今度は美嘉の背後に襲いかかる旋弾を莉嘉が蹴飛ばすと、得意げな表情を浮かべた。

 

「やっぱりおねーちゃんとアタシってばサイキョー姉妹だよね☆」

 

 

 

「いやー仲良きことは美しき哉、でありますなー」

「ホント、後で冷やかしてあげたくなるくらいね」

 

 フレデリカと奏は僅かな時間で持ち直した呼吸が再び浅くなっていくことを感じながらも立ち止まることなく美嘉と莉嘉の後を追う。

 

「奏ちゃんまだ休んでいても良かったんだよー?」

「あら、フレデリカ、私も今あなたにそう言ってあげようとしていたのよ?」

 

 旋弾を交わしながらカオスへと近づく二人はそんな言葉でお互いを鼓舞する。

 

「自分のしたことの責任は、自分で取る主義なの」

「ワォ! 重たい一言もらっちゃいました! ということで現場からは以上でーす!」

 

 これが戦闘中の会話でなければいつものようにチャチャが入っているだろうに、と奏は背後の志希たちを見た。

 

「これくらい……?」

「んーそうだねー。もうちょっと、かなー?」

「待って……二人ともすごい……」

 

 美波、志希、そして夕美の三人がお互いの手を重ね合わせてオーバーロードの出力を整えているのだが、SSランクのオーバーロードを扱える美波と志希に対してSランクのオーバーロードを扱う夕美とでは調整する出力が異なる。

 

「夕美さん!」

「おーっと、藍子ちゃんはそのままそのままー」

 

 苦悶の表情を浮かべる夕美を見て声を上げた藍子を周子が止める。

 

「いま藍子ちゃんがすべきことは藍子ちゃんにしか出来ないことなんだよー」

 

 でも、と言い淀んだ藍子に周子は優しく笑った。

 

「シューコちゃんもね、自分にシンデレラ・パワーが眠っているなんて考えたこともなかったけど……」

 

 周子はそう言いながら志希を見ると志希はその視線に気付き、ニヤリと笑った。

 

「志希ちゃんが言うならってさ、シューコちゃんに覚悟させたその可能性に賭けてみようよ」

「……周子さん」

 

 周子の言葉に鼓舞された藍子は力強く頷き、自らの内にあるエネルギーを両手に集約させる。

 

――お願い

 

 眩い夏の日差しにも似た光が複雑に編み込まれていき

 

――シンデレラ

 

 ひときわ煌めく光は一点の曇りもない白銀のティアラとなった。

 

「……出来ました!」

 

 自らの作り出したティアラを見つめながら藍子がそう言うと

 

「こっちも準備出来ました!」

 

 美波が応じ、志希を見た。

 

「それじゃー周子ちゃん。いってみよー」

 

 志希の言葉に、はいよー、と応じた周子が藍子の前に跪いた。

 

「では、いきます……」

 

 藍子が恐る恐る周子の頭にティアラを載せると、周子とティアラが眩い光を放った。

 

「周子……さん!?」

 

 藍子が目を凝らした先にあった周子の姿は先程までとは全く異なっていた。

 

 純白でありながら複雑に光を反射するドレスを纏い、青い宝石が施されたティアラを戴いた周子の姿はまさに――シンデレラと呼ぶに相応しい姿であった。

 

「周子ちゃん、これを」

 

 夕美の差し伸べた手から扇子を受け取ると、周子は高く跳んだ。

 力学均衡式の三要素の力をオーバーロードと共に吹き込まれた扇子は一振りするだけで多くの旋弾を吹き飛ばすほどの力を持っていることを確認した周子は

 

「はいはーい、みんな下がってー危ないよー」

 

 と言い、カオスと対峙していた美嘉、莉嘉、フレデリカ、そして奏をその場から離れさせた。

 

「人類の、なーんて言うのはアレだけど」

 

 優雅に舞うようにしながら周子の口元が少し緩んだ。

 

「ウチらの願いは、この一番星となって未来を切り拓かん」

 

 煌めく流星のように周子の手元から放たれた扇子は拒むように放たれた旋弾の全てを消し飛ばしながらカオスへと向かい――

 

 カオスを飲み込むようにして輝き、そして、カオスと共に消えた。

 

 

 轟音のような旋弾の音が消え、静寂がその場を覆う。

 

 と

 

 ドサッ

 

 何かが倒れる音がした。

 

「文香さん!」

 

 ありすが文香の肩を抱き起こす。

 

「……大丈夫、少し……疲れた……だけですから」

 

 力なく、だが、やり遂げたという確信を持った笑みを浮かべながら文香はそういうと、ありすの腕の中で眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……奏」

 

 美嘉は静かにそう声を掛け、奏の前に立った。

 

「言い訳はしないわ……好きに罰してちょうだい」

 

 真っ直ぐに美嘉を見つめながら奏がそう言うと

 

「そう……それじゃ」

 

 美嘉は右手を大きく振りかぶった。

 

「!――」

 

 その動作から何が起こるかを察した全員が目を瞑ったその直後

 

ぺちっ

 

「!? 美嘉?」

 

 奏が目を開くと、奏の頬に美嘉の手が添えられていた。

 

「まったく、一人で抱え込むなんてもうやめてよね」

 

 美嘉はそう言って笑う。

 

「アタシたち、仲間でしょ?」

「美嘉……」

 

 美嘉の言葉に、奏の瞳が潤んでいく。

 

「あー美嘉ちゃんったら奏ちゃんを泣かせたー」

「あーあー、これは大変やわー」

 

 志希と周子が囃すと美嘉が取り乱す。

 

「ちょ、ちょっと! アタシ? アタシじゃないでしょ!?」

「酷いわ美嘉……親にもぶたれたことないのに……」

「か、かな、かなかなかな……!!!」

 

 美嘉と奏のやり取りと、それを囃す志希と周子を見て、フレデリカは嬉しそうに笑った。

 

「えー! おねーちゃんがいつの間にか弄られる側になってるー」

「んー! みんなお帰りー! って感じだねー」

 

 不満げな莉嘉の頭を撫でながらフレデリカはそう言い、誰にも気付かれないように目尻を指で拭った。

 

「……以上が、私の見聞してきたことの全てです、と」

 

 パソコンの前でありすは大きく伸びをした。

 

「お疲れ様です……随分と熱心に取り組まれていますね……」

「文香さん」

 

 背後からの呼びかけに振り返ったありすは嬉しそうな声を上げた。

 

「もうお身体の具合はよいのですか?」

「えぇ……清良さんのお陰で……すっかりと」

 

 文香の柔らかい笑みにつられ、ありすも笑みを浮かべた。

 

「その……それは先日の……?」

「そうです」

 

 文香が指差すパソコンの画面に向かってありすは頷いた。

 

「この報告書がLiPPSの皆さんへの誤解を解き、力学均衡式の不備とシンデレラ・パワーの再現性の難度を示すことになれば……」

 

 子供染みた、と普段なら笑うかもしれない

 

「未来を変えることが出来ると信じています」

 

 だが、その言葉が今はとても似つかわしく思えた。

 

 

 

生存本能ヴァルキュリア

 

 

 

 

 


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